AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

無題(☝の写真はカマス/カマッシアです)(w/ P.S. X 6)

 すっかり勘違いしていた! 19日の夜、恐らく投稿された直後にこの記事を読み、その延長線上で最後に紹介されている26日の平取町シシリムカ文化大学行事を見たものだから、てっきり平取のアイヌ遺骨を考える会(☜正式名はこれで良かったかな?)が篠田氏を招いたのかと思った。そこにこれまでお独りで(?)人類学者や考古学者と「対話」してきたらしい阿部氏が加わるようなので、その点についてはお二人に敬意を表さねばなるまいと思っていたのであるが、主催そのものは平取町のようで、ある意味では、アイヌ遺骨のDNA分析による「歴史研究」の推進派のPR活動の一環と言えそうである。平取町アイヌ施策推進課は、インターネット中継できないのかな。あるいは、少なくとも、何日か後にYouTubeに録画を投稿するとか。

P.S. #2(06.24):奥村チヨ「恋泥棒」が替え歌ではなく、そっくりそのまま合うのは、このお二人の関係なんだとか!

 阿部副理事長は、「対話」の結果、アイヌ遺骨を研究資料として差し出すことに賛成するようになったのだろうか。
 過日画像で紹介していた某地方のアイヌ協会の、阿部氏もよくご存知の若者は、その論稿でこのように主張しているのであるが、「本末転倒」の事態に繋がらないという確信はおありなのだろうか。
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 ところで、先日お知らせした第30回政策推進作業部会の「議事概要」の内容であるが、提示されているアイヌ遺骨の「地域返還の考え方」(p. 5以降)は重要である。重要さから言えば、それを転載しておきたいところであるが、今日はむしろ、この2人の発言を対比しておきたい(pp. 6-7)。

○ 今①~⑤の説明があったが、この中で、まず①の一番最初の尊厳ある慰霊の確保という観点は、非常に大事な問題だと思うが、⑤の一番最後の継続的な慰霊に努めること、これが本当に返還の基本的な考え方だと思う。実は今年になって、返還を去年受けた日高地区連合会の会合があった。そこに出席して、いろんな話を聞いたところ、今回、返還を受けるために、去年新しい組織としてコタンの会というものをつくった。それは今までの50年の北海道アイヌ協会の組織とは全く違う組織。そうしたら、そこの人たちが会合で、自分たちは、慰霊をしたくても慰霊の仕方がわからない。イナウという私たちが神様に上げる、供える、そのイナウの削り方もわからない。イチャルパの仕方もわからない、慰霊の仕方もわからない、教えてほしいと言っている。非常に驚いた。こういうことで、①~⑤の言っていることが達成できるのか。慰霊をするといっても、慰霊の仕方もわからない、お金もない、アイヌのそういういろんな儀式をするためのこともできないと言っているのだから、これをどういう具合に考えているのか。

 誰の発言とは書かないけれど、Tさん、これが先日お話しした「内面化されたレイシズム」というものの一つの表出形態でしょう。
 この発言から延べ10人後に、この発言がある。

○ 先ほどのイチャルパの方法がわからない、何もわからない、でも返してほしいといっている人たちがいるという話だが、実際に今、生きているアイヌ全員が全てアイヌプリを身に着けて、イチャルパができるわけではない。私はイチャルパをこだわってやるタイプだけど、イチャルパをやらないアイヌもいっぱいいる。やり方がわからないから教えてほしいというのならば、指導してやれるように育てていくというのも1つの方法だろうし、引き取った側が埋葬して、普通にお墓に埋めて、土に返して、それで自分たちの慰霊は成就するのだという考え方で引き取る人も絶対に出てくると思う。だからその辺を、イチャルパの仕方も知らない云々というだけではなくて、知らないのだったら教えてやろうという発想も必要なんじゃないか。(下線は追加。)

 自分(たち)が推進している「慰霊(と研究)施設」に是が非でも遺骨を集約せねば気が済まない、それが唯一絶対的なものであって異なるやり方を許せない――この考え方の根底にあるのは、アイヌ民族が晒されてきた「同化思想」と同じじゃないのかな?

P.S.:念のため、私が1年くらい前から注目して、その業績を追っているオーストラリアの文化人類学者兼医学博士は、次のように述べている。

[遺伝子検査は]決して誰かに、その人が先住民ではないということを語ることはできません。それは、ある人がDNA塩基配列の別の集団にどれだけ似ているかを示すことができるだけです。アボリジニであることに対する遺伝子試験は存在しません。遺伝子試験が実際に行なうのは、あなたの遺伝子配列をあるサンプル、別の誰かの遺伝子配列と、あるいはある集団の遺伝子配列と比較することだけです。

P.S. #3(06.25):あーあ、再編ならず崩壊か。

P.S. #4(06.25):今夜の二節。

世界的に、文化的自律の価値の認識が、植民地的態度へのより強い感受性と、地球上の至る所での先住民族の権利を承認する政治運動の拡大ともに増大してきた。植民地主義的慣行は、政治を越えて広がった。それには経済的および社会的システム、そして科学的システムさえ包含された。科学植民地主義とは、「その国についての知識の獲得のための重心が、その国そのものの外に位置しているところのプロセス」(ガルトゥング、p. 13)として定義されてきた。この定義を用いると、過去の[先住民族の]社会への考古学および自然人類学の研究調査は、科学植民地主義の一形態であると考えられ得る。研究は[先住民族の]国々の外で、外の科学者たちによって行われている。遺骨は外で収蔵されていて、これらの遺骨の研究から得られた知識は、一般的に[先住民族の]国々の外に広められている。

科学的研究過程の一貫性は、人道的関心事より重要ではないのか。ガルトゥング(同上)が論じるように、「知識は善きものとして知られているが、人間に関する事柄において、その知識がどのようにして獲得されたかということは取るに足らないことではない。」それが含蓄することは、研究対象が人間である考古学者、自然人類学者、そしてすべての他の研究者は、自分たちの研究方法が人道的かつ科学的条件において正当と認められるものであると確信していなければならない。

Cf. J. Galtung, "Scientific Colonialism: The Lessons of Project Camelot," Transition 5-6 (30): 11-15.

 以上を読んで訳しながら、改めてこの国の考古学者、人類学者、そして北海道アイヌ協会が頻繁に用いている「(社会への)還元」という言葉について思った。「還元」とは

1 物事をもとの形・性質・状態などに戻すこと。「利益の一部を社会に還元する」

 「原状回復」である。そして、遺骨もそれから得られてきた知識も、その元(もと)とはどこか。この社会の「外」である。逆にアイヌ民族の側から見れば、研究の中心地は「外」にあり、「外」の研究者たちによって「外」で研究(知識獲得)は行われてきた。還元する先は、この社会ではないはずである。

P.S. #5(06.25):確認したいことがあって過去の記事を読み直すと、遺骨の返還問題で一晩で大急ぎで書いていた頃の記事で間違いを犯していることに気づいた。こういう時はブログごと閉じてしまいたい気持ちになるのであるが、4本の関連記事のうち3本を訂正した。時間がなくなったので、残りの大元の1本は今夜にでも訂正することにして、下書きに戻した。すべて終えてから、もう少し説明を付け加えることにする。

 こういう時の慰めの言葉:

Freedom is not worth having if it does not include the freedom to make mistakes.
――Mahatma Gandhi
自由は、過ちを犯す自由が含まれていなければ、持っている価値がない。
――マハトマ ガンジー

だが、過ちに気づいたら、すぐに訂正して謝罪せねば。

P.S. #6(06.26):★「1,000年」のこと

 大元の記事というのは、2010年10月27日(もう6年半以上前)の「イギリスの『人体組織法(2004年)』と遺体・遺骨の返還」である。
 3学協会のラウンドテーブル(RT)報告書の「註2」でも言及されている「人体組織法」について、RTは研究利用可能な遺体の死亡後の年数に注目して、「100年」に言及している。私は、2010年当時、博物館の歴史が豊かな英国でどのくらい古い年代の遺体まで返還可能としているのかという情報を探していた。そこで、上の記事中にそのまま引用しているが――それゆえに、英語の読める読者はこの時点で間違いに気づいていたと思うのだが――、私は"de-accession"の条項を取り上げていた。

 "de-accession"――あまり聞き慣れない/見かけない言葉かもしれないが、これは、博物館、美術館、図書館などが資金集めのために収蔵物を売却できるようにその収蔵物リストから公式に取り外す(remove)することという意味である。第47条2項では、私はその部分を「その収蔵物から遺体や遺骨をはずすことができる」と訳しており、"de-accession"の意味から"transfer"(移す)を「はずす」と訳したのだと(今振り返って)思う。ここまでは間違いではないだろう。(条文の下のリンクの2つ目から同条の注釈へ行くことができるが、その63にも"transfer"とあり、第47条のタイトルへの注目を疎かにしてしまったのだろうと思う。

 そして、収蔵品からはずすことが出来れば、2010年には既に実際に行なわれていたように、「返還」することも含まれると解釈して、導入部分で「同法の第3部第47条が、博物館などに収蔵されている人間の遺体や遺骨などを「帰還」させる(返還する)権限について規定している」と書いてしまっていたようである。だが、厳密な意味では、"de-accession"と"repatriation/return"は異なり、そこは間違いであったと言わざるを得ない。
 さらに、その延長で第3項に関して、「第2項の権限には、その関連物を一緒に返還する権限が含まれることを規定している」と解釈してしまったようである。(記事タイトルと合わせて、「返還」⇒「移管」と訂正した。)

 関連する記事が他に3本(これこれこれ)あったので――検索機能の便利さを再認識した!――それぞれで同じ訂正を行った。(廃刊となっている印刷媒体についてはどうしようもない。)

 もう1本ここでも「1963年の大英博物館法」と「人体組織法」に言及しているが、要望が来なかったので出典を記さないままになった文書の著者である先住アメリカ人の法学者も、「収蔵物から外してもよいことになっている」とか『博物館の収蔵物から人骨を移転すること』を可能としている」として、返還と結びつけて書いている。

 もし誰かにご迷惑をおかけしたとすれば、お詫び申し上げます。

千年の古都 都はるみ 21 1990' UPL-0020 posted by kazu1spx.

オーストラリアからのアイヌ遺骨と京都大学の琉球人遺骨

 キャンベラの博物館サイトを訪問したけれど、見つかったアイヌ遺骨のことは何も公表されていないようだった。
 北海道アイヌ協会のサイトも然り。阿部副理事長、オーストラリア大使から渡された報告書には3体の遺骨はどこから持ち出されたものと書かれているのですか。それぞれの地域のアイヌの同胞にお知らせしなくて良いのですか。(もしもうされていたら、謝ります。)

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*残念なことに、1カ所、ポスターの誤植がそのまま使われている。

死者が平穏に休息する権利 vs. 「考古学者」の物質主義的価値観

 何度も言及してきたことではある。ここにおける「考古学者」には、墓掘りをしたり、埋蔵文化財として収蔵されている「近代」の遺骨に飛びついてDNA分析をしている自然人類学者も含まれよう。

 人骨の科学的分析に関して、私は個人的にこれに反対です。それは死者が休息する権利に対して無礼だと、私は信じています。しかしながら、考古学者として、私たちの目標は人類の過去のより良き理解を促進することです。抽出技術は、掛け替えのない骨、歯、そして埋蔵物の一部を抽出します。これらは、その人が誰であったかについて私たちにより良い理解を与えることになるでしょうけれども、一部の人々は、骨の一部を取り除くことは無礼だと論じることでしょう。それゆえに、死者の願いとその平穏な再埋葬が死者に与えられるべきです。考古学者として、私たちは、私たちの研究対象を分析する際に、私たちの物質主義的な価値観をその対象に押し付けているのです。この点で、上述の討論に基づき、私は、死者が休息のためにそっとしておかれる権利を持った人ではなく研究者の単なる物質であるという考えには同意しません。(略)

スコットランドの大学の考古学者の、博物館における死者の取り扱いの道義的課題を論じた2015年12月刊の論文の結論より。

P.S.:これも「研究者の正直な気持ちなのでしょう」って。
 この方は、昨年秋、京都に来ていたのかな?
 全文をお読みになりたい方には出典をお知らせします。

 昨夜は、前に書いたことがある、先住民族から採取された血液の今日的対処問題に関する有益な論文も見つけて「わくわく」し、むしろそちらについて書きたかったのであるが、他にやっていることが片付いていないし、遺骨問題ほどに読者の関心はなさそうだから、時間をかけてコツコツとやっていくしかない(コレ、意図せざるpun)。ここでも日本は大遅れだ。またそのうち(10年くらい経ってからだろうか)、「世界の潮流」が「大きく変わった」から「政府や関係する研究機関には、徹底した調査」をせよと、道新あたりが論じるだろうか。

北海道新聞社説:「先住民族の遺骨 返還の機運を高めたい」(w/ P.S. X 8)

 読者からお知らせ戴いたけれど、いま他のことに集中しているのでコメント一言、質問一つだけにしておく。
 昨年来、北海道新聞の担当者も調査に関わってきている感じだから、そりゃそうでしょう。
 第30回作業部会の「議事概要」で、どなたかが面白いことを言っていた。政府の官僚がドイツからの別の遺骨の返還に消極的なことを言っていたのに対して、遺骨の返還を求めるのに、なぜ奪われた側のアイヌに挙証責任を押し付けられるのかと。ドイツの1体、オーストラリアの3体と言わず、どんどんと返還の機運を高めるとよいだろう。オーストラリアからアボリジニの遺骨に関する関心が伝えられてきた。また当然、琉球人遺骨の返還の機運も高めねばなるまい。しかし、なぜ「政府や関係する研究機関」だけに「徹底した調査と返還をめぐる関係国との真摯(しんし)な協議が求められる」としているのだ? この編集委員は、先住民族の権利宣言をちゃんと読んで書いているのだろうか。

 「一言」を超えてしまったか。上にも疑問形で書いてしまったが、質問というのはこれである。「先住民族の遺骨研究には、人類学上の観点の半面、人種差別的な収集という負の側面がつきまとってきた」という一文。「人類学上の観点の半面」というのが、私には意味不明である。この編集委員も、研究の内容には興奮を覚えるというのだろうか。「人種差別的」というのは、「収集」だけのことか。

先住民族の遺骨 返還の機運を高めたい 06/17 08:50

 ドイツの民間学術団体が、保管しているアイヌ民族の遺骨の1体が墓からの盗掘だったと判断し、近く日本政府を通じて返還する。

 オーストラリア政府も、自国内の2博物館に保管されているアイヌ民族の遺骨3体を返す意向を日本側に伝えた。

 昨年夏以降、海外に渡ったアイヌ民族の遺骨の存在が次々と分かり、返還の動きが続いている。

 アイヌ民族の遺骨を巡っては、国内の大学などで保管状況などの調査が進められている。

 一方、国外流出の遺骨は8カ国に及ぶとの指摘もあるものの、全容はよく分かっていない。

 政府はまず、海外に渡った遺骨の把握を急ぐ必要がある。

 その上で、持ち出された経緯を詳細に調べ、出身地域や子孫などが特定できるなら、元の場所に戻す努力をするべきだ。

 先住民族の遺骨研究には、人類学上の観点の半面、人種差別的な収集という負の側面がつきまとってきた。

 しかし、2007年に採択された「先住民族の権利に関する国連宣言」に「遺骨の返還」を求める権利が明記され、その前後から流れが大きく変わった。

 例えば、欧州に流出したオーストラリアの先住民族アボリジニの遺骨である。

 英国は約10年前、エディンバラ大学が保管していた約2千体のうち700体をオーストラリアに返還。ドイツも13~14年に大学主体で約50体を返した。

 気になるのは、国外から入手した遺骨に関する、両国と対照的な日本の動きの鈍さだ。

 北大では1995年、サハリンのウイルタ民族などの遺骨6体が段ボール詰めで長年放置されていたことが分かり、4体がロシアの民族側などに返還された。

 だが、後が続いていない。

 オーストラリア政府から返還されるアイヌ民族の遺骨3体については、アボリジニの遺骨との交換であり、3体が東大に送られた記録が同国側に残されている。

 なのに、東大側はノーコメントを通している。閉鎖的な対応は世界の潮流に逆行するのでないか。

 このままでは、他国にアイヌ民族の遺骨返還を求めても、勝手な言い分ととられかねない。

 実は、国内で保管されている外国由来の遺骨は、その実情すら分かっていない。

 政府や関係する研究機関には、徹底した調査と返還をめぐる関係国との真摯(しんし)な協議が求められる。

P.S.:削除。

P.S. #2:削除。

P.S. #3:新聞の社説というのは出典を明記しなくてよいからいいよな。例えば、オーストラリアのアボリジニ遺骨の返還がどのように行われて来たか、今度特集でも組んで、時系列的に2007年の「前後から流れが大きく変わった」のかどうかを検証してみると良いだろう。北海道新聞にとっては、そのくらいのことは容易いことだろう。

P.S. #4:参考までに記しておく。
 エジンバラ王立外科医師会が500体の遺骨を返還したのは2000年のこと。「約10年前」とは、これに言及しているのだろうか? 私には、もう20年近く前に思えるが。エジンバラ博物館からの返還は2003年。この年、アイルランドのダブリン王立外科医師会が、自国に遺骨を帰還させるためにアイルランドまで訪ねたアボリジニの代表に60体の返還を行っている。翌2004年には、スウェーデンストックホルム民族学博物館が20体のアボリジニ遺骨を返還。これは、ヨーロッパの主要博物館からの初の自発的返還であった。
 先住民族の権利に関する国連宣言採択後の2008年にはスコットランド国立博物館が6人のアボリジニの頭蓋骨を返還しているが、この年にエジンバラ大学は、収蔵しているアボリジニの最後の遺骨を返還し終わっている。もちろんその後も、アボリジニへの遺骨の返還は、世界の各地から続いている。
 残念ながら、10年前の2,000体のうちの700体という情報を私は持ち合わせていない。インターネット上で探せば見つかるかもしれないが、それは私の仕事ではない。
 仕事と言えば、先日ブログを非公開にした際に、「生活の糧の仕事でない限り、気が乗らない事はしない方が個人の人生として健全だ」という的確な助言を戴いていた。記して感謝します。

P.S. #5:「政府や関係する研究機関」が保有している国内・国外の先住民族の遺骨/遺骸に加え、先住民族文化遺産の返還のための「徹底した調査」を課す法律制定の「機運を高めたい」ものである。しかし、北海道新聞社はまず、「人類学上の観点の半面」に自社がこれまでどう関与してきたかの検証を行なわねばならないだろう。

 次の社説は、「『アイヌ新法』制定の機運を高めたい」だろうか。

P.S. #6(22:40):いくつか感想を付け加える。
 恐らく多くの読者は、上の社説を好意的に受け止めているのではないかと思う。しかし、私にはいくつかの疑問が残る。
 第一に、これまで長い間、北海道アイヌ/ウタリ協会の代表が国連の会議などに行く時に、海外に保管されている文化財に関しては独自に調査をしたり、博物館などの機関を訪ねたりしていたようである。然るに、こと遺骨に関しては、独自で動こうとしていないように見える(あるいは動いていてもそれがまったく見えてこない)のはなぜなのか。

 社説は、「3体が東大に送られた記録が同国側に残されている」と書いている。先日、駐日オーストラリア大使が阿部副理事長と会談した際に渡したと報じられていた報告書にその記録が収められているのだろうか。北海道新聞は、その記録についてアイヌ協会やオーストラリア大使館に取材して報道しているのだろうか。もし報じられていたら、どなたか道新を購読している方が教えて下さるとありがたい。
 そういう記録があるのであれば、オーストラリア政府は同国のアボリジニのコミュニティや団体に周知徹底するか、既にしているはずであろうし、いずれ、東大の博物館にも照会や訪問があることであろう。(もしかしたら、同博物館ではどこにあるのか分からずに右往左往しているのかもしれない――勝手な推測であるが。)

 また、「東大側はノーコメントを通している。閉鎖的な対応は世界の潮流に逆行するのでないか」とも書かれているが、道新の「水曜討論」にも出ていた篠田氏らは、「世界の潮流」が間違っているという考えなのだから、それに「逆行する」と言ったところで、彼らにとっては「屁の河童」ではないのか。だから、上述のように、「人類学上の観点の半面」という意味を明瞭にする必要があるし、単純に2007年前後に「世界の潮流」が「大きく変わった」という議論ではダメだと思うのである。各国の先住民族の不断/普段の努力があってのことなのだ。だから、そこでまた話が3段落上のアイヌ協会の不活発に戻るのである。

P.S. #7(06.20):26日の講演者の組み合わせが非常に面白い! 篠田氏の話には新しいことはなさそうだし、私としては、阿部副理事長の話により強い関心がある。

P.S. #8(22:50):今、「日本人類学会の研究倫理基本指針とアイヌ「人骨」研究」を読み直した。初出は約6年前。

現在、大学等に保管されているアイヌ民族の遺骨の研究は、日本人類学会の研究者が「集団として倫理的責任を負う選択を提出」していると言えるであろう。日本人類学会および「人骨」研究者が、アイヌ民族に対する「第一位の倫理的責務」に従って、遺骨研究の自主的モラトリアムを宣言することを期待したい。

 当時、理事だった篠田氏は現在、会長となっている。モラトリアムを宣言するどころか、この頃も盛んにアイヌ遺骨のDNA分析を行っていたようである。

<放影研>被爆者に謝罪へ ABCC時代、治療せず研究

 消える前に残しておく。

「<放影研>被爆者に謝罪へ ABCC時代、治療せず研究」毎日新聞、6/17(土) 13:30配信

 原爆による放射線被ばくの影響を追跡調査している日米共同研究機関「放射線影響研究所」(放影研、広島・長崎両市)の丹羽太貫(おおつら)理事長(73)が、19日に被爆者を招いて広島市で開く設立70周年の記念式典で、前身の米原爆傷害調査委員会(ABCC)が治療を原則行わず研究対象として被爆者を扱ったことについて被爆者に謝罪することが分かった。放影研トップが公の場で直接謝罪するのは初めてとみられる。丹羽理事長は「人を対象に研究する場合は対象との関係を築くのが鉄則だが、20世紀にはその概念がなかった。我々も被爆者との関係を良くしていかなければいけない」としている。

【写真特集】原爆投下翌日 米軍が8月7日に撮影した航空写真

 ABCCでは被爆者への治療は原則行わず、多くの被爆者の検査データを集めた。被爆者たちは「強制的に連れてこられ、裸にして写真を撮られた」などと証言。「モルモット扱いされ、人権を侵害された」と反発心を抱く人が少なくなく、「調査はするが治療はしない」と長く批判を浴びてきた。

 丹羽理事長は取材に「オフィシャルには治療せず、多くの人に検査だけやって帰らせていた。被爆者がネガティブな印象を持って当然で、さまざまな書物からもそれははっきりしている」とし、「おわびを申さなければならない」と語った。歴代の理事長らトップが被爆者に直接謝罪した記録はなく、放影研は今回が初めての可能性が高いとしている。

 記念式典では、冒頭のあいさつで「原爆投下の当事者である米国が、被害者である被爆者を調べることに多くの批判や反発があった。不幸な時期があったことを申し訳なく思う」などと述べる方針。この内容は1995年に放影研作成の施設紹介の冊子で言及されているが、ほとんど知られていなかった。

 一方、被爆者を裸にして検査をしたり遺体の献体を求めたりしたことについて、丹羽理事長は「米国側が日本の習慣などを十分理解しておらず、文化摩擦があった。だがサイエンスとしては必要だった」との見方も示した。

 放影研歴史資料管理委員会委員の宇吹暁・元広島女学院大教授(被爆史)は謝罪について「放影研被爆2世、3世の研究を今後も続けるには、組織として謝った方が協力を得られやすいと判断したのだろう」とみている。【竹下理子】

Cf. 2012-01-28「人体「標本」返還と脱植民地主義(先住民族の「遺骨」と原爆犠牲者の臓器)」

 昨夜、第30回作業部会の議事概要に出て来る「謝罪」と「賠償」への言及について書かねばと思いながら床に就いていた。

Shabby Manipulation by the Ainu Policy Council

As I briefly informed here, the Cabinet Office of the Japanese Government posted the summaries of the proceedings of the 29th and 30th meetings of the Working Group of the Council for Ainu Policy Promotion here on June 15, 2017. These are the SUMMARIES (giji-gaiyou), not the official Records (gijiroku) of the meetings. It usually took the Cabinet Office a month to publish such a summary and it had become a customary practice.

The Cabinet Office, however, broke its own custom in March*1 and started to withold the summary from the public. The Summaries put out the day before yesterday were of the meetings held on February 16 and March 23 of this year. The Summary of the 31st meeting held on April 21 -- nearly two months ago -- has not been put out yet!

As I have shown some traces of manipulation in the summaries of past meetings, there has been plenty of time for shabby manipulation for the latest two Summaries. The Council for Ainu Policy Promotion has already lost what little credibility it had, by its own deed.

*1:I will write about what happened in March later when I have the time.

Strange Silence on the "Exchanged" Ancestral Remains of Australian Aborigines (rev.)

As I wrote here and here, something strange seems to be going on among the Japanese government, the Australian government, and the Ainu Association of Hokkaido.

Based on the Kyodo News, The Global New Light of Myanmar reported on June 7 (Wed.), 2017 that "The Japanese government said on Monday it will start negotiations with Australia toward returning to Japan the remains of indigenous Ainu people held by Australian museums." (Emphasis added.) It was only three days after the Japanese government's announcement and one day after the Kyodo's report that Australian Ambassador to Tokyo, Richard Court, visited the Ainu Association to convey his government's intention to return "three sets of Ainu remains currently held in Australia by the National Museum of Australia and Museums Victoria." (Facebook of the Embassy of Australia.) Besides, the Australian government had already "notified Japan in May" about the Ainu remains.(Kyodo News.)

The Kyodo news article says that Tokyo "will confirm the wishes of the association before beginning talks with Canberra." So did the Australian ambassaor's visit come as a surprise to the Japanese government and, in particular, to the Ainu Association? Is that why the Vice Executive Director (Mr. Abe), rather than the Executive Director (Mr. Kato), received the ambassador?*1 Or it may be just that Mr. Kato was sick or too busy to be present in Sapporo. Or it may be that Ambassador Court just stopped by on his way back from Tomakomai. Whatever the case, it is quite interesting that the "wishes of the association" had not been confirmed by the Japanese government in advance and that, according to the Hokkaido Shimbun, the Australian museums in question are ready to return the remains upon the application from the Association -- although there are subtle nuances between this report and the embassy's facebook post. In other words, the Ainu Association had neither approached the government of Australia nor applied for the repatriation of those remains.

According to the Mainichi Shimbun (June 8), the Ambassador presented to Mr. Abe a report which explains how the remains have been preserved. What is strange to me is that none of the parties concerned made any mention of the ancestral remains of Australian aborigines, which are said to have been "exchanged" with those Ainu ancestral remains and kept in the museum of the University of Tokyo. Has the Australian government not even inquired about those Aboriginal remains?

I wonder how those Aboriginal remains have been taken care of in the Todai museum. Have they been left unattended, missing, or destroyed in the process of DNA analysis, just as Ainu human remains have experienced in more than a dozen Japanese universities and museums? Who would regard it inconvenient if the actual conditions of those Aboriginal remains come to light?

The repatriation process of indigenous peoples' ancestral remains must be "transparent" as Para. 27 of the Outcome Document of the 2014 UN World Conference on Indigenous Peoples provides.

*ははは、これには関連記事が表示されない!

*1:Their official titles are taken from here.