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AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

ブログ終了のお知らせ

 突然ですが、本日をもちまして、このブログを終了することにしました。
 コメントや情報を入れて下さった方々、ありがとうございました。

 政策室よ、小細工のない議事録を公開せよ。アイヌ政策推進会議を待って、辻褄を合わせてから出そうと考えているのか!?)

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Source: here.

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アイヌ遺骨返還2題(w/ P.S. X 4)

 北海道新聞電子版を訪問すると、次の2本があった。

札医大も遺骨返還へ 浦幌アイヌ協会が要望(03/29 07:00)

 札幌医大は28日、十勝管内浦幌町で発掘され、同大が保管するアイヌ民族の遺骨1体を、浦幌アイヌ協会に返還する方向で調整に入った。同協会が遺骨の返還を求める要望書を札医大に提出していた。

 要望書は27日付。かつて存在したコタン(集落)が管理し、その権限は同協会が継承しているとして返還を求めた。札医大の担当者は「要望に添えるよう対応したい」としている。

アイヌ遺骨、札幌で保管 独から返還予定1体 身元調査の期間(03/30 19:00)

 政府は、札幌市内で29日に開かれた北海道アイヌ協会の理事会で、ドイツの学術団体が返還の意思を示しているアイヌ民族の遺骨1体を札幌市内で一時的に保管する方針を伝え、了承された。今後、具体的な保管場所について関係機関と協議するとともに、遺骨の身元を特定するための調査に入る

 返還対象となる遺骨は、学術団体「ベルリン人類学民族学先史学協会」が保管する6体のうち1体。1880年(明治13年)発行の学術誌に、札幌市内のアイヌ民族の墓から頭骨が持ち出され、ドイツ人学者の手に渡った経緯が記録されている。

P.S.(3.31, 1:30):外野席からはよく見えないし、若干気になることがある。先日ここで言及した「独から返還決定のアイヌ民族遺骨」という記事(下に転載する)と上の2つ目の記事の内容である。(14日の記事の内容については、18日の平取の学習会でも小田氏による報告があったようである。)

 上の30日の記事にある「関係機関と協議する」(下線部)の主語は「政府」のようであるが、「関係機関」とは具体的にどの機関を指しているのだろうか。そして、「調査に入る」(下線部)というのも、「政府が」ということのようである。

 一方で、小田氏は平取で、「草の根」という言葉を用いて話をされていたようであるが、既に、遺骨の郷里を探す聴き取り調査に入っているようであった。

 気になることは、これら2つ(に外野席から見える)動きは協力関係にあるのか、それとも競合関係にあるのかということである。もし後者であれば、なんとも不幸というか、残念なことに思えて仕方ない。

独から返還決定のアイヌ民族遺骨 偕楽園で盗掘 北大教授が確認
03/14 17:00

 ドイツの民間学術団体が札幌で盗掘されたアイヌ民族の遺骨1体の返還を決めた問題で、発掘場所は北大近くの公園、偕楽園(かいらくえん)緑地(札幌市北6西7~北区北7西7)周辺にかつてあったアイヌ集落(コタン)だったことが、北大の小田博志教授(人類学)が同国で行った調査で判明した。1882年(明治15年)に同国で発行された学術雑誌に「カイラクエン」の名称が記されていた。

 79年に盗掘し、遺骨を母国に持ち帰ったドイツ人旅行者ゲオルク・シュレジンガー本人の翌年の報告には発掘場所の具体名はなく、「政府の試験農場」といった報告の内容から歴史の専門家が偕楽園周辺の可能性を指摘していた。

 小田教授が先月、ベルリンの国立図書館で当時の文献を閲覧。遺骨の提供を受けた解剖学者ルドルフ・ウィルヒョウが82年発行の民族学雑誌に「シュレジンガー氏はサッポロの試験農場(カイラクエン)からアイヌの頭骨を持ち帰った」と書いているのを見つけた。
 偕楽園は71年に開拓使が札幌に初めて造った公園で、周辺にはサクシュコトニ川にのぼるサケを捕って暮らしていたコタンがあった。小田教授は「発掘場所の特定は誰に、あるいはどこに返還すればいいかを検討する上で重要な情報」とみる。
 当時、コタンの長(おさ)は琴似又市さん。ひ孫に当たる旭川市の女性(73)は「北大のアイヌ納骨堂で行われた慰霊の儀式に参加したことがあり、アイヌ民族の遺骨がたくさん集められていたことは知っていましたが、コタンの遺骨が海外にまで持ち出されていたことが分かり、戸惑いを感じています」と話している。(編集委員 小坂洋右)

■小田博志北大教授「子孫の声聞くべき」
 ドイツの民間学術団体「ベルリン人類学民族学先史学協会」がアイヌ民族の遺骨1体の返還を決めたことを巡り、先月、同国でその遺骨と対面し、ウォルフラム・シーア会長とも会談してきた北大大学院文学研究科の小田博志教授(人類学)に、受け入れに向けた課題などを聞いた。(聞き手・編集委員 小坂洋右)
 ――協会が返還を決めた理由は何ですか。
 「収集者は夜陰に乗じて掘り出したと報告しており、協会独自の倫理規定に照らして不法な収集方法だったと認定されました。今後、同様の実態が明らかになれば、返還される遺骨が増える可能性もあります。日本国内でもかつての収集のあり方を再検証すべきではないでしょうか」
 ――受け入れに向けて求められることは。
 「遺骨は埋葬地から海外に持ち去られて形状などが測定されたが、そうした研究手法が時代遅れになり、放置されてきました。人としての尊厳が奪われてきたわけです。だから、それをまず回復しなければなりません。私たちは、協会のメンバーとともに、かつてこの地で生きていた人間を帰還させるのだという思いを共有する必要があります」
 ――地元の対応はどうあるべきですか。
 「最も重要なことは子孫の声を聞き、郷里の土へと戻れるように努めることです。当事者はサクシュコトニ・コタン(集落)の子孫であり、もっと広げるとかつての札幌や石狩のコタンゆかりの人々です。当事者との対話や協議の枠組み抜きで意思決定することは望ましくありません。かつてのコタンの構成員や暮らしの情報を集め、コタンの歴史の中に遺骨を位置づける努力も欠かせないと思います」


転載元:こちら

P.S. #2(03.31, 14:00):政府がサイトに公開の日時を明記しないから、記録のために書いている。今日も現時点で、第29回と第30回の議事概要は公開されていない。
 ふと気になることが生起して確認すると、やはり間違っていた。4年前の投稿を訂正した。結構読まれていたようなのに、誰も指摘してくれなかったとは。

P.S. #3(3.31, 23:59):とうとう議事概要は、年度を跨った。担当者は、解任でもされたのか――そういうフィクションを4月1日に出すのも面白いだろうと思った。

P.S. #4

アイヌ遺骨:安置場所決定まで札幌に保管…独から返還予定
毎日新聞2017年03月30日 07時30分


 北海道アイヌ協会(加藤忠理事長)は29日、札幌市で理事会を開き、19世紀に盗掘されドイツで収蔵されているアイヌ民族の遺骨1体を同市内に一時保管することを決めた。研究目的で海外に持ち出されたアイヌ遺骨の外交ルートを通じた初返還に向け、政府による準備が本格化する。
 対象となる遺骨は、民間学術団体「ベルリン人類学民族学先史学協会」(BGAEU)が保有している。この日の理事会で内閣官房アイヌ総合政策室の担当者が、現在の北海道大敷地付近から盗掘され、BGAEU側が「不当な収集だった」として日本に返還の意向を示していることなどを説明。埋葬されていた同市内に一時保管し、身元特定につながる調査をすることが提案され、理事会で了承された。
 政府は今後、具体的な保管場所について協議する。一時保管中に調査し、遺骨の身元が判明した場合は遺族らに返還し、特定できなければ北海道白老町に2020年開設予定のアイヌに関する国立の複合施設「民族共生象徴空間」に、国内の大学などにある遺骨の一部と一緒に安置することが検討されている。<返還ガイドラインはそのまま、方針の転換はないということか。>
 加藤理事長は「約150年を経て、アイヌ民族の人権回復の一歩が国レベルで踏み出されることに大きな意味がある。遺骨の返還は将来を見据え、適切に関係者が責任を持って進めていくことが最も大切だ」とコメントした。<相変わらず、他人事のような響きである。私は、この手続きには異論というか、奇妙に――非常に政治的に――感じられる点がある。>【安達恒太郎】


民族共生をアピール…解説
 ドイツの民間学術団体が返還の意向を表明したアイヌ民族の遺骨1体について、北海道アイヌ協会が札幌市内に一時保管するのを決めたことで、日本政府は今後、返還実現に向けた実務的な検討に着手する。日本は2007年に国連で採択された「先住民の権利に関する宣言」<「解説」ならこんな名称にするな!>に賛成しているが、返還実現は、宣言が定めた遺骨返還への尽力を政府が履行する最初の事例になる。<この「解説」も変だ。この「解説」には更なる解説が必要である。>
 19世紀後半以降、アイヌ民族の遺骨は欧米などで、人類学の研究対象になった。北海道などの墓から持ち出された遺骨が現在も、ドイツだけでなく、英国やロシアなどに広く拡散している。<日本がスッポリ落ちている!>
 先住民権利宣言の12条では、先住民が「遺骨の返還に対する権利」を有していることと、国が「遺骨の返還を可能にするよう努める」ことを定める。<中西記者は、"in their possession"をどう理解する?>海外の遺骨について、日本政府はアイヌ民族の尊厳回復の一環として返還実現に向けた調査を進めてきた。<この「解説」は、問題をぼかしすぎる。>
 先住民問題に積極的に取り組んできた豪州などの事例では、遺骨の返還に先住民の代表が立ち会うことが一般的だ。内閣官房アイヌ総合政策室は今後、遺骨の受け取りのあり方や、返還式実現に向けた対応を関係団体と協議する。また、日本への遺骨の運搬方法などについて、航空会社との協議も必要になるとみられる。
 アイヌ問題を巡ってはこれまで、衆参両院が08年にアイヌ民族先住民族と認める決議を行い、政府が中心となりさまざまな政策<!!>が進められてきた。今回の取り組みは、国が海外の遺骨についても積極的に返還を進める姿勢を示したもので、政府が民族共生を目指す姿勢を、国際的にアピールする大きな機会になる。<ほら、ここに政治的意図が表れている。>【ベルリン中西啓介

https://news.nifty.com/article/domestic/society/12159-0330m040181/

 やはり毎日新聞は、政府と北海道アイヌ協会の代弁機関だった。

 毎日新聞もお寒い状況なのだろう。先住民族の権利に関する国連宣言の歪んだ解説をドイツの支局員に書かせないといけないとは!

 やはりあれは、ガス抜き、目くらましだった。
 今、「先住民族の権利」宣言をねじ曲げて、誤魔化しのアイヌ政策が作られつつある。

アイヌ遺骨、出土地域団体に返還(w/ P.S. X 7)

「アイヌ遺骨、出土地域団体に返還=博物館は多言語対応―政府」 時事通信 3/23(木) 20:38配信


 政府は23日、アイヌ政策推進会議(座長・菅義偉官房長官)の作業部会を内閣府で開き、国内の研究機関などに保管されているアイヌ民族の遺骨について、身元不明でも出土地域が特定できる場合、その地域のアイヌ団体に返還する方針を示した。

 今後、返還対象となる団体の要件などを詰める。アイヌの遺骨をめぐっては、北海道内で返還を求める訴訟が相次いでいる。

 作業部会ではまた、アイヌ文化伝承のため国が2020年に北海道白老町に開設する「民族共生象徴空間」の中核施設「国立アイヌ民族博物館」の基本計画を策定した。地上3階建てで、延べ床面積は8600平方メートル。旧石器時代から現代までを対象に、狩猟の道具や衣類などを日本語、アイヌ語、英語など多言語で解説する。

 珍しいな、その日のうちにこういうニュースが出るとは。前回の議事概要は未だだというのに。多分、明日くらいに公開か?
 先日のコタンの会総会での決定が効いたのだろうか。

P.S.:多分、それ以前に方針は出ていたのだろう。早く議事概要(今回の分)を出して欲しいものだ。

P.S. #2(03.24, 14:30):今のところ、昨日の作業部会の「政策推進作業部会(第30回)議事次第」のみ。第29回の議事概要は未だ。担当者がこれから退庁までの間に出るのかもしれない。

P.S. #3(03.24, 23:25):前回(第29回)の議事概要は公開されないままに週末となった。どこを出すか出さないかでもめているのだろうか。

P.S. #4:削除。

P.S. #5(03.29, 0:15):年度末まで、あと3日。現在、小説化のために編集中か。

P.S. #6(3.29, 14:59):今日は何が起こっているのだろう。直前にログインしたら、萱野茂氏の国会演説の記事にFacebookその他からアクセスが増えている。ただ誰かが話題にしているというだけの話かな? 今日もまだ、議事概要は未公開である。

P.S. #7(4.12, 22:40):共同通信配信の日経記事。半月経って、まだこの程度しか出てこないとは!

アイヌ遺骨、発掘地域に返還 政府が方針見直し
日本経済新聞2017/4/11 22:28


 北海道大などが保管している身元不明のアイヌ民族の遺骨について政府は、発掘された地域のアイヌ団体などに返還する方針を固めた。11日までに政府関係者らへの取材で分かった。これまで、北海道白老町に新設する慰霊施設に集めるとしていたが方針を見直した。
 遺骨は研究目的で道内各地から持ち出され、全国12大学に1600体以上が保管されていた。
 2012年以降、発掘地域の子孫らが北大に返還を求めて提訴。昨年から札幌地裁で順次和解が成立し、地域の団体などに返還が決まった。政府はこうした動きを踏まえ、方針を見直した。内閣官房アイヌ総合政策室は「返還の手続きを具体化する」としている。
 政府は、北海道アイヌ協会に方針を伝達。関係者によると、返還する団体の条件として、発掘地域に関係するアイヌが所属していることや供養を続けられることなどを挙げた。協会側は了承する見通し。
 政府はこれまで、身元を特定できる遺体については遺族に返還する考えを示している。〔共同〕

北海道大学アイヌ遺骨等返還室/浦幌アイヌ協会との和解(w/ P.S. X 3)

 ちょっと知りたいことがあって、北海道大学のサイトを訪れ、「お知らせ」ページからサイト内検索で「アイヌ遺骨」と入れると、この検索結果が出て来た。最新の情報を見ようと思うのだが、ややこしいことに、西暦と元号が入り混じっている!
 一番新しそうな項目をクリックすると、ここに来た。そして、これが最新の投稿なのかなと思うが、半年間新しい投稿がないのだろうかと、確信が得られない。
まあ良い。結局、探している情報は見つからなかった。

 何を確認しようとしたのかというと、この「返還室」の室長が誰なのかということである。こちらのブログ記事にこのような一節が出ている。

『痛み』によると土橋さんらは2016年3月23日に北大を訪ね、常本照樹アイヌ・先住民研究センター長、岡田真弓アイヌ遺骨返還副室長らと面会し、遺骨の返還を話しあいました。その際に、ご自分はペンリウクの弟の家系であることを告げ、自分でも引き取り手になれるかを聞きます。北大側は「大丈夫です。あなた以外に名乗り出る人がいなければ、お引き取りになれます」と全員が明るい対応をしたので彼女は安心したと記しています(P126)。

 そして、2016年7月11日、ご遺族が最初に遺骨と「対面」した際に、北大の職員は「ペンリウクさんは生前いろいろな方に計測されておりましたので。それらと照合して間違いありません」と「自信たっぷりに言って」(P123)いたのに、2ヶ月後の9月6日に突如、「ペンリウクさんの遺骨ではないという事がわかりました」と常本氏、岡田氏が発言。それはどうも、再度、頭骨を計測したところ、過去の計測値と違ったとのこと。

 2つ目の段落を読んでの疑問なのである。常本氏は「返還室」の室長も兼ねているのか? そうでなければ、なぜ彼がここに登場したのだろう。「返還室」がどう動くのかも、彼(あるいは政策室の審議官)がコントロールしているのだろうか。
 当該遺骨がペンリウクさんのものでなければ、他の誰の遺骨の可能性があるという説明はあったのだろうか。誰が――たった一人でなのか――どういう方法で「再度、頭骨を計測」したのかも含めて、「返還室」は遺族に詳細に説明する責任があるはずである。昨年9月以降に、そういう話し合いはあったのだろうか。そういう再調査をやったのであれば、ちゃんとその記録と報告書は作成しているのだろうな。相手は元法学部長だし、ただの口頭のやり取りではなく、ちゃんと話し合いの記録もあるのだろうね。
 それとも、「ではDNA鑑定で決めましょう」とでも言わせたい/言いたいのだろうか――そういう不信を招くことは、常本氏お決まりの「利益論」に反するのではないだろうか。


 この本は今、こんな状況になっているみたいである。上記ブログの紹介で品切れ状態になったのかもしれない。

¥ 2,556 より 2 中古品の出品
¥ 1,000 より 1 新品(⇒ここをクリックすると、現在品切れと出る。)
¥ 4,999 より 1 コレクター商品の出品

P.S.:何かあるのだろうな。今日もまだ、「議事概要」が公開されていない。

P.S. #2(03.23):

アイヌ遺骨返還 浦幌も和解 札幌地裁 北大から最多76体 北海道新聞 03/23 07:00


 北大が保管しているアイヌ民族の遺骨について、浦幌アイヌ協会(十勝管内浦幌町)が北大に返還などを求めた訴訟は22日、札幌地裁(岡山忠広裁判長)で和解が成立した。返還対象は76体で、アイヌ民族の遺骨返還として過去最多の規模になった。3次にわたる北大への返還訴訟はこれで終結した。

 原告側代理人によると、和解では、北大医学部の研究者が1934~35年に浦幌町内の墓地から持ち去ったとして返還を求めた64体に加え、北大側は新たに12体を返還対象にした。北大側からは「箱に入っている遺骨を整理した」と説明を受け、浦幌町内から掘り出されたとみられるが、詳しい発掘時期や場所などは不明という。北大は理由を明らかにしていない。

 浦幌町への搬送や再埋葬の費用約200万円は北大側が負担。浦幌アイヌ協会は6月以降、同町の協力を得て町営浦幌墓園に再埋葬する。北大は76体のうち身元が特定できる可能性がある13体についてはホームページで1年間情報を公表し、子孫などが名乗り出なければ原告側に引き渡す。

P.S. #3(03.26, 1:00/15:45):予期される問題は詰めた上で「和解」に至ったのであろうから、外野席から口を挟むまいと思って何も論評はしなかったのだが、ある「人骨研究者」の言葉を思い出したので参照しておく。

(略)強圧をかけて「この遺骨を返せ」ということをどんどんやり始めると、「もう適当でいいから返してしまえ」という話になるかも知れません。「もう数だけ合わせて返せばそれでいいじゃない」、埋めてしまって「もう責任は取りました」というのが、どうも私は、アメリカやオーストラリアのやり方のような気がします。

 この発言はここで取り上げた篠田謙一氏の発言であるが、その前にもここでも取り上げていて、このようなコメントを挿入しておいた。

いやいや、そのような発想をもっている日本の「人骨研究者」たちがやりそうなことだな。「適当」でいい加減なやり方は、北大による旭川への返還に前例があるではないか。

 北大の関係者がこの「人骨研究者」の言葉にヒントを得たというのではないことを願いたいのだが、実際はどうなのだろう。(その後、アメリカやオーストラリアの関係機関から何も抗議や「質問書」は届かなかったのだろうか。)

ちょっと一休み(木村二三夫/ボブ ディラン/アリス)

 なぞなぞではないが、標題の3人をつないで作文せよという課題が出たら、読者はどんなことを書くだろうか。あるいは、標題の3人とかけて何と解く?

 今夜はアメリカ北西部(太平洋岸北西部ではない)のインディアン トライブの条約とサケの漁業権に関するこの1カ月の間のニュースを4本読んでいたのだが、翻訳するのが面倒になって取り上げるのをやめた。

 ひと休みしたところで、先日読んだこのブログ記事を思い出した。平取の木村二三夫さんがFMピパウシでボブ ディランの言葉を取り上げて話をしたそうである。
 ディランと先住アメリカ人とのつながりについてはほとんど何も知らなかったので、ディランが先住アメリカ人の遺骸奪取について何か語ったことはないだろうかと思って検索してみた。Google検索で挙がってきた1ページ目しか見ていないが、残念ながら成果はなかった。
 しかし、「ブルースの歴史における先住アメリカ人の影響」(Native American Influence in the History of the Blues)という興味深い記事を拾うことができた。(但し、とても長いので、まだ全文を読んではいない。)
 話をディランに戻すと、彼は、1975-76年に"Rolling Thunder Revue"と銘打ったコンサートツアーを行っている。"Rolling Thunder"をツアー名に選んだ理由には、その名を持つメディスンマンに因んだという説と米空軍の作戦名に因んだと主張する説があるようだが、ディラン本人によれば、どちらも違うと、このページには書いてある。
 しかし、こちらの解説の脚注4には、このように書いてある。

シェルトンによれば、ディランは、ツアーを「ローリング サンダー」と名付けて、「誰かが彼に、先住アメリカ人にとって、ローリング サンダーとは真実を語るという意味だと告げた際に嬉しそうにしていた」。ローリング サンダーという名のチェロキーのメディスンマンが、ロードアイランド州プロヴィデンスのステージに登場した・・・。

 上に書いたように、Rolling Thunderの伝統名は「真実を語る」という意味だそうである。下に示す出典から引用する。

・・・彼は、先住アメリカ人についての時には恐ろしく、時には楽観的であるが、常に彼の本当の信念を表すメッセージを提供する。このトライブのヒーラー(癒し人)の現実についてのビジョンは、彼の人々の悲劇的な過去と彼・彼女たちの大地との密接な関係、今日とても多くの人々が憧れるもっと簡素で、大地に戻る生活スタイルのためのインスピレーションを与える人類とその環境との特別な親戚関係に基づいている。・・・・

Rolling Thunder: Native American Medicine Man.

 そして最後に、アリスの「冬の稲妻」である。
メドレー ジョニーの子守唄~冬の稲妻~今はもうだれも~涙の誓い~今はもうだれも(Live ver.) / アリス posted by PolystarTube.

 2曲目だけの投稿動画もあったが、私は個人的に「ジョニーの子守唄」が蘇らせてくれる思い出があり、この曲が一番好きなのでこの動画を借りた。

 よって、3人をつなぐ解は、「ローリング サンダー」であった!

P.S."You're Rolling Thunder"

 アリスの谷村新司氏がそう意図したとは思わないが、「ローリング サンダー」を実在する「真実を語る人」と解すれば、歌詞から少し違ったイメージも湧いてくる。(敢えて、それは言葉にしない。)

あなたは稲妻のように 私の心を引き裂いた
蒼ざめた心ふるわせて 立ちつくす 一人立ちつくす
You're Rollin' Thunder 突然すぎた
You're Rollin' Thunder 別れの言葉
忘れない あなたが残していった 傷跡だけは

今日にもパイプラインに原油が流れる可能性

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Oil Could Flow in Dakota Access Pipeline as Early as Monday.

アイヌ遺骨の問題を知る会

「アイヌ遺骨の問題を知る会」 NHK 北海道 NEWS WEB 03月19日 07時52分


国内外の大学などに保管されているアイヌ民族の遺骨について学ぶ集会が日高の平取町で開かれました。
遺骨の返還に取り組む地元の団体が18日、平取町二風谷地区で開いた集会には、およそ100人が参加しました。
明治から戦後にかけて収集されたアイヌ民族の遺骨は、1600体以上が国内外の大学や博物館などで保管されていて、一部に返還の動きが出ています。
集会では、はじめに苫小牧駒澤大学の植木哲也教授が、研究のためなどとして遺骨が発掘された経緯を紹介し、遺族などから承諾がもらえない以上、倫理的に研究に利用できないためすみやかに返還すべきだと訴えました。
また、北海道大学大学院の小田博志教授は、先にドイツの学術団体が返還の意向を示した遺骨について、掘り出された札幌市内の地名がドイツの学術誌に記載されているとして、場所が特定されれば遺骨の返還先を決められる可能性があると指摘しました。
会を主催した団体の木村二三夫 共同代表は、「たくさんの人に遺骨の歴史を知ってもらえたと思う。
最終目標である遺骨の返還に向けて活動を続けたい」と話していました。

 埋め込むことができないが、リンク先に1分24秒の映像あり。