AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

アイヌ遺骨の「一体化」(w/ P.S. X 4)

 先月26日の平取でのシシムカ文化大学講座では、アイヌ遺骨の「一体化」という言葉が繰り返し強調されたようである。どうしても気になることがあって、このことについて、このブログの記事でざっと過去の流れを振り返ってみた。(読者には行ったり来たりが面倒だろうから、それぞれの記事から必要最小限の転載を行なっておく。)

 その前にまず、直前記事のP.S. #3にリンクを張ったが、2014年6月13日の「アイヌ文化の復興等を促進するための『民族共生の象徴となる空間』の整備及び管理運営に関する基本方針について」という閣議決定においては、実は、自然人類学者によるアイヌ遺骨の分子人類学的研究については一言も触れられていなかったのである。

 これより前の2014年1月31日の「第13回「政策推進作業部会」議事概要」には、このようなやり取りが載っていた*1。以下、下線や太字による強調は、今回新たに付すものである。

(略)
 また、遺骨の慰霊と保管については、研究者たちがアイヌの研究を進めることも大切で研究したいという気持ちも分かるが、保管と慰霊を別としたら、知らない間に遺骨がぐちゃぐちゃになったなどというのもすごく腹立たしいこと。私としては、できれば土にかえしたいと思っており、たとえ土にかえせなくて保管せざるを得ないのであれば、必要最低限の方法で守ってあげたい。余計な手には触れさせたくないし、汚されたくないという思いも含めて、絶対保管はアイヌが主導権を持って関わるべきであるし、それを監視し続ける必要があると思っている。
○ 遺骨に関する施設は保管すると同時に慰霊の場でもある。これはポロト湖畔の各ゾーンの中に置くのは異質である。また、全体の管理体制の中で遺骨に関する施設は、博物館等に置くのではなく、別の組織と言うか、別の管理部署というのを設けるべきである。博物館・公園と遺骨の保管・慰霊の場とは、ゾーンを分けて考えるべきである。
○ 別に分けるという話の具体像が見えていない段階ではあるが、アイヌの人たちの管理がきちんと見える組織でなければいけないという意見があり、その形が保障されるのであれば、どこに保管するかということはそれほど問題にならないのではないかと思う。
 特に実際は、象徴空間に集約後は研究以外の場面においても遺骨にアクセスしなければならない部分も出てくるかと思うので、完全に切り離した形はむしろ不適当であると思う。<この時点でのこの人の発言は、まるで研究が集約の主たる目的であると認識しているかのようである。>
アイヌの遺骨については、今後に渡って何をしなければいけないというかなり難しい問題があり組織として対応しなければならないと思うが、実務としては、アイヌの遺骨以外の遺骨を管理している博物館はたくさんあるので、博物館の中に一体化することに問題があるとは思わない。
○ 象徴空間において中心的な研究機能を果たすであろう博物館の組織との関係については、副葬品まで含めた話になると思うので、別にすることはかなり難しいのではないか、管理そのものがむしろ難しくなるのではないかと思う。
遺骨に関しては慰霊の場でもある。これは研究目的にも使用する。ただし、アイヌの許諾を得てという前提であり、これはアイヌの管理のもとに置かれた上で、遺骨の個体の特定などの返還のための基本的な調査をする場ということにおいて必要であり、そのための研究員は当然必要である。このような機能を置く施設は、例えば象徴空間の全体の組織の中の遺骨管理部などといった部門をつくるなど博物館の活動とは別な方向で考えていかなければいけないと思う。博物館はアイヌの人々の歴史や文化そして現在の状況を突き詰めるもので、人の歴史というものは博物館にはそぐわないのではないかと考える。
○ その人のルーツ、その人の食生活など副葬品も含めて私は骨から学ぶものであり、過去においてもずっとそうだったと思うし、将来にわたってこのことは絶対にアイヌ民族の理解のためにも必要であると思う。5年くらい前に北海道アイヌ協会の理事会できちんとそういうことをやるべきだと、やってルーツをきちんとすべきだということが決議されている経緯もある。象徴空間における博物館でこういった調査研究を行うことは義務だと思う。

第13回「政策推進作業部会」議事概要.

 2014年5月14日の投稿、「第16回政策推進作業部会議事概要」の中で取り上げている第14回作業部会(2014年2月28日)の議事概要には、次のようなやり取りがあった。

○ まず、大学において、頭骨や四肢骨がバラバラになっているかを調査し、象徴空間に遺骨を集約後は、爪の先1つまで遺骨を一体とすることこそまずやるべき研究であり、これが終わった段階で初めて人類学的な研究を行うことにするべきである。
遺骨を一体にすることとアイヌ民族の起源などを知るために行う作業は、性別や年齢の特定や仮に行う場合におけるDNA鑑定なども同じ作業とになるので分けて考える必要はないのではないか。

 こういう発言もあった。

遺骨を一体とするためにDNA鑑定が必要であれば行うべきである。この結果をきちんと残しておけば返還に役に立てることもできる。当然のことながら遺骨を一体化する場合、DNA鑑定に対する同意は難しい問題だが、アイヌの代表者の方々に同意していただき進めるべきである。

 この年の8月9日に行われた北海道アイヌ協会の「2014年 国際先住民の日記念事業」で表明された同協会の見解について、「盗まれたアイヌ遺骨の分子人類学的歴史研究と北海道アイヌ協会―― 補遺――」『ウレシパ・チャランケ』No. 47の中にこのような解説がある(pp. 11-12)。

(略)「集約」に関しては、「遺骨承継者に返還できる遺骨を除き、速やかに当該施設に集約し」、「一刻も早く恒久的な慰霊の体制を確立」し、「返還、保管、研究等のあり方を希求すること」としている(第3項目)。さらに、研究については、上述のとおり、「アイヌ人骨の調査・研究は、我が国におけるアイヌ民族先住民族たる時間軸と地理的偏在性の実証等から、とりわけ人類学、考古学等の研究が必須のものであると考える」とまで明言している(第4項目)。同項目は、次のように続く。

これら学術的取組みは、先住民族アイヌの歴史が、人類史の一隅を担う重要かつ欠くべからざる必要性を増すものであり、その調査研究は、アイヌ民族アイデンティティの基盤を確保すると同時に日本の多様性を実証し、根幹を形作るものでもある。(強調は追加。)

 第5項目では、「人類学研究をはじめとする学際的研究などの取組みは、アイヌ民族個々人の内心に関わることでもある」として、そうした研究の「取組みは、自らの民族や先祖について、知る権利を希求すること、アイデンティティの源、『縁(よすが)』を求めることであり、新しい共生の姿勢を自ら打出し、多文化社会のあり方に挑戦することでもある」としている。率直に言って、多くの説明を要する分かり難い内容であるが、明白なことは、協会は、植民地主義や人種主義による支配の下で当該遺骨が現在の状態に至った歴史的経緯の解明を「希求」して「知る権利」を行使するのではなく、遺骨の「人類学研究をはじめとする学際的研究」の結論に「アイデンティティの源」が存在するとの前提を置きながら、「北海道大学札幌医科大学、日本人類学会など」の、また「記念事業」で講演や報告を行った自然人類学や考古学の、研究者に「縁を求め」ているのである。昨年初期の政策推進作業部会の取材でしきりに「人権問題」と訴えて「集約」を正当化しようとしたアプローチが後方へ下がり、死者の尊厳を代償に、遺骨の研究によって「アイデンティティの源」を「知る権利」が強調されている。(*)


*諸外国における人権問題としての先住民族の遺骨の返還要求運動では、少なくとも3層の人権侵害が認識されている。1つは、過去において先住民族の(慣習)法制度や伝統が無視されて、自由で事前の情報に基づく同意(FPIC)が得られないままに墓地などから遺骨や副葬品、その他の文化遺品が奪取されたという人権侵害である。こうした過去の人権侵害と連結して、今日の2層の人権侵害がある。1つは、先住民族の(慣習)法や伝統に反して、かつ/または、FPICのないまま、奪った人物や機関(またはそれぞれの「承継者」)が遺骨や副葬品などを継続的に保有し続けていることであり、もう1つは、同じくそのような法や伝統に反していたり、FPICを得ずに、大学や博物館が遺骨や副葬品などを展示や研究、利益追求に利用していることによる先住民族の人権の侵害である。(略)

 この頃まではまだ、「一体化」という言葉は、現在のように「集約前」の「一体化」としては表立って使用されてはおらず、北海道アイヌ協会推していたアイヌ遺骨の研究は、現在篠田氏がしきりに強調していることでもあるが、「アイデンティティの源」としていわゆる「ルーツ」を知るということであった。(ひとまずここまで、昨夜下書きした半分くらいを公開にしておくが、この2つの要点を押さえた上で、続きに関心がおありの方は、またお出で下さい。⇒P.S. #2(23:45):いつになるか分かりません。

P.S.:26日の講演者は篠田氏vs.常本氏でも違った実りが得られたのではないかと思うが、平取のシシムカ文化大学講座の企画担当者には、ぜひこの問題も取り上げて欲しい。早いなー、もう5年か!
「尿からもアイヌの系統分析!」
「『アイヌ尿』と未成年者の同意」
この2本の記事については、続きで言及する。

P.S. #3(07.09, 0:01):先ほどこのブログで知ったのだが、新たに2件のアイヌ遺骨返還に関する訴訟が始まるようである。私の予測では、少なくともあと2件は訴訟が考えられる。
 第30回政策推進作業部会の議事概要を読んだ時に思った。そして、平取でのシシリムカ文化大学講座の様子を聞いて、もっと強く思った。今後、場合によっては、北海道アイヌ協会も訴訟の対象になるのではないかと。

P.S. #4(07.09):上に続けて書いておいた部分を出しておく。各論点に関する参考資料をつけるために出し控えていたのだが、まあ、これは「論文」ではないから不要だろう。

 <承前>
 しかし、このシンポジウムで北大の加藤博文教授が遺骨の返還を唱えた。ここにリンクした記録には収録されていないが、私が聴衆として参加していた一人から個人的に聞いたところでは、どこかの筋に気を遣う司会者が、「加藤先生、そんな[返還するべきという]ことを言っていいんですか」という反応を漏らしたとのことであった。
 この辺りから、アイヌ政策に関わっている学者たちの間で、考古学の長期的「利益」を第一に考える考古学者と人類学の目先の「利益」を考える人骨研究者の見解の相違が(遠く)外にいる者の目にも明らかになってくる。
 その後、3学協会の「ラウンドテーブル」で奪われたアイヌ遺骨の研究を制限しようとする動きが「中間まとめ」で出されたのが、2016年5月である。そして、2016年の9月の世界考古学会議での演説内容に関する報道で、私が「ふと思った」と書いたこと、すなわち、バラバラにされている遺骨の「一体化」が、この加藤理事長の演説がきっかけであるかのように、頻繁に出て来るようになった。しかし、昨年末に北海道アイヌ協会のサイトで公開された加藤理事長の演説原稿の当該段落には、「祖先の遺骨や副葬品が国の責任の下、関係機関が誠意を尽くし発掘時の姿にすることで、在るべき慰霊の姿となり、返還を含めた禍根の無い解決が、現実味を増すと考えます」ということで、「一体化」という言葉そのものは出ていない。
 同じ頃、誰によるリークなのかを想像すると非常に興味深いのだが、「ばらばらに保管されている可能性のある遺骨をできるだけ一体として特定」するために2017年度から遺骨のDNA鑑定を始めると、文科省の「有識者会議」が方針を固めたという、後に訂正される「誤報」を北海道新聞が流した。このことを取り上げた「笑止千万(アイヌ遺骨のDNA鑑定と今後の調査研究の在り方)」では、P.S. #12の「良く出来た筋書き」で、「一体化」が出て来た背景を推測しておいた。
 <ここで少しジャンプする。>
 今年に入ってから(外野席の者の目には特に3月~5月頃)遺骨の地域返還の方針が出されたり、「ラウンドテーブル」の最終報告が出され、奪取されたアイヌ遺骨の分子人類学的研究を「慰霊施設」への集約後に、少なくともその場で行うことはほぼできない状況になりつつあるように見える。それゆえに、一番焦り、危機的に感じていそうな人骨研究者たちと、もしかしたら彼・彼女たちと利害を共有していそうな北海道アイヌ協会の「幹部」(の一部?)が、当初は集約後と言っていた「一体化」を、最近は集約前に行なうものだというような発言をしているのではないかと思われる。
 「一体化」という言葉を繰り返している関係者には、少なくともそれをいつ、どのような方法で行おうと主張しているのかを明らかにして欲しいものである。

 上で押さえておいて欲しいと書いた「2つの要点」のうちの1つは、ここまでである。もう1つについては、(いつになるかは分からないが)新規で書くことにする。

*1:因みに、平取では阿部氏が、議事概要よりも詳細な議事録が存在していること、そして公開されている議事概要は、その内容が整えられたり削除されていて、会議で述べた通りの発言が必ずしも載っていないということを示唆する発言もしたようである。

「民族共生の象徴となる空間」閣議決定の一部変更

 今日は訪問者も少ないし、明日をめどに片付けなければならないことがあるから新規投稿は控えようと考えていたのだが――読者登録している人にだけ通知が行ったのではないかと思う昨日の午後の投稿は、一旦下書きに戻した――アイヌ総合政策室のサイトに昨日なのか今日なのか、「『アイヌ文化の復興等を促進するための「民族共生の象徴となる空間」の整備及び管理運営に関する基本方針について』の一部変更が閣議決定されました」ということで、閣議決定本文が公開されている。

(2)アイヌの人々の遺骨及びその副葬品の慰霊及び管理


 先住民族にその遺骨を返還することが世界的な潮流となっていること並びにアイヌの人々の遺骨及び付随する副葬品(以下「遺骨等」という。)が過去に発掘及び収集され現在全国各地の大学において保管されていることに鑑み、関係者の理解及び協力の下で、アイヌの人々への遺骨等の返還を進め、直ちに返還できない遺骨等については象徴空間に集約し、アイヌの人々による尊厳ある慰霊の実現を図るとともに、アイヌの人々による受入体制が整うまでの間の適切な管理を行う役割を担うこととし、管理する遺骨等を用いた調査・研究を行わないものとする
 また、全国各地の博物館等において保管されている遺骨等の取扱いについて、検討を進める。(p. 2)

 篠田氏らがシャカリキになって焦っている所以だろう。政府と「有識者」としては、まずこれ(下の引用)を実現させることを優先したのであろう。
 どのような「発掘」かまでは踏み込めず、博物館については、暫くは今のままということのようである。

 また、象徴空間における遺骨等の集約については、象徴空間の一般公開に先立ち、関係者の理解及び協力の下、できる限り早期に行うものとする。(p. 3)

 恐らく、閣僚たちは上の空だったのではなかろうか。

P.S.:こうやって閣議で決められて、変更も簡単に行われる。集約後、やっぱり研究材料として利用させてもらいますという「一部変更」が行われないという保証はどこにある?

P.S. #2(06.29, 22:22):どうなってるの、これ?
 昨夜、アイヌ総合政策室のサイトを覗いた時には閣議決定のことは出ていなかったと思ったのだが、見落とした可能性も考えて「昨日なのか今日なのか」と上に書いた。
 上の投稿後、この問題に関心をもっているある北海道のアイヌの方と少し話をした。驚いたことに、地元で報じられてない感じだった。同時に、一部の地元メディアにどこから情報がリークされているのかが、改めて分かった感じがした。

 夜に帰宅してメールを開くと、ここで知ったのだろうか(?)、某団体の「幹部」に近い人が閣議決定のニュースに慌てふためいていた様子を伝えてくれる報が入っていた。

 昨夜、この4年余りで初めてと思うが、ロシアの検索サイトと思われるここから訪問者が来ていた。それが面白いことに、アクセス先の記事は「インディアン再組織法(IRA)」

P.S. #3(07.05, 1:00):2014年6月13日の閣議決定「民族共生の象徴となる 空間」の整備及び管理運営に関する基本方針(閣議決定本文)。Cf. 「アイヌ施設閣議決定『夢のよう』」(朝日新聞); 「閣議決定」に関する北海道新聞社説(6月15日)の解剖.
 なお、今回の「一部変更」に関する北海道アイヌ協会や各メディアの反応は、フォローしていない。(誰かが「悪夢のよう」に近いことを言っていたということは聞いたけれど。)

It takes two.(w/ P.S. X 13)

 すっかり勘違いしていた! 19日の夜、恐らく投稿された直後にこの記事を読み、その延長線上で最後に紹介されている26日の平取町シシムカ文化大学行事を見たものだから、てっきり平取のアイヌ遺骨を考える会(☜正式名はこれで良かったかな?)が篠田氏を招いたのかと思った。そこにこれまでお独りで(?)人類学者や考古学者と「対話」してきたらしい阿部氏が加わるようなので、その点についてはお二人に敬意を表さねばなるまいと思っていたのであるが、主催そのものは平取町のようで、ある意味では、アイヌ遺骨のDNA分析による「歴史研究」の推進派のPR活動の一環と言えそうである。平取町アイヌ施策推進課は、インターネット中継できないのかな。あるいは、少なくとも、何日か後にYouTubeに録画を投稿するとか。

P.S. #8(06.26):あれー、よく見ると、阿部氏の話は20分だ! 運営協力団体には、北大のシンクタンク沙流川ダム建設事業所も!
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P.S. #2(06.24):(某情報筋によると)奥村チヨの「恋泥棒」が、替え歌ではなく、そっくりそのまま合うのは、このお二人の関係なんだとか!

 阿部副理事長は、「対話」の結果、アイヌ遺骨を研究資料として差し出すことに賛成するようになったのだろうか。
 過日画像で紹介していた某地方のアイヌ協会の、阿部氏もよくご存知の若者は、その論稿でこのように主張しているのであるが、「本末転倒」の事態に繋がらないという確信はおありなのだろうか。
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 ところで、先日お知らせした第30回政策推進作業部会の「議事概要」の内容であるが、提示されているアイヌ遺骨の「地域返還の考え方」(p. 5以降)は重要である。重要さから言えば、それを転載しておきたいところであるが、今日はむしろ、この2人の発言を対比しておきたい(pp. 6-7)。

○ 今①~⑤の説明があったが、この中で、まず①の一番最初の尊厳ある慰霊の確保という観点は、非常に大事な問題だと思うが、⑤の一番最後の継続的な慰霊に努めること、これが本当に返還の基本的な考え方だと思う。実は今年になって、返還を去年受けた日高地区連合会の会合があった。そこに出席して、いろんな話を聞いたところ、今回、返還を受けるために、去年新しい組織としてコタンの会というものをつくった。それは今までの50年の北海道アイヌ協会の組織とは全く違う組織。そうしたら、そこの人たちが会合で、自分たちは、慰霊をしたくても慰霊の仕方がわからない。イナウという私たちが神様に上げる、供える、そのイナウの削り方もわからない。イチャルパの仕方もわからない、慰霊の仕方もわからない、教えてほしいと言っている。非常に驚いた。こういうことで、①~⑤の言っていることが達成できるのか。慰霊をするといっても、慰霊の仕方もわからない、お金もない、アイヌのそういういろんな儀式をするためのこともできないと言っているのだから、これをどういう具合に考えているのか。

 誰の発言とは書かないけれど、Tさん、これが先日お話しした「内面化されたレイシズム」というものの一つの表出形態でしょう。
 この発言から延べ10人後に、この発言がある。

○ 先ほどのイチャルパの方法がわからない、何もわからない、でも返してほしいといっている人たちがいるという話だが、実際に今、生きているアイヌ全員が全てアイヌプリを身に着けて、イチャルパができるわけではない。私はイチャルパをこだわってやるタイプだけど、イチャルパをやらないアイヌもいっぱいいる。やり方がわからないから教えてほしいというのならば、指導してやれるように育てていくというのも1つの方法だろうし、引き取った側が埋葬して、普通にお墓に埋めて、土に返して、それで自分たちの慰霊は成就するのだという考え方で引き取る人も絶対に出てくると思う。だからその辺を、イチャルパの仕方も知らない云々というだけではなくて、知らないのだったら教えてやろうという発想も必要なんじゃないか。(下線は追加。)

 自分(たち)が推進している「慰霊(と研究)施設」に是が非でも遺骨を集約せねば気が済まない、それが唯一絶対的なものであって異なるやり方を許せない――この考え方の根底にあるのは、アイヌ民族が晒されてきた「同化思想」と同じじゃないのかな?

P.S.:念のため、私が1年くらい前から注目して、その業績を追っているオーストラリアの文化人類学者兼医学博士は、次のように述べている。

[遺伝子検査は]決して誰かに、その人が先住民ではないということを語ることはできません。それは、ある人がDNA塩基配列の別の集団にどれだけ似ているかを示すことができるだけです。アボリジニであることに対する遺伝子試験は存在しません。遺伝子試験が実際に行なうのは、あなたの遺伝子配列をあるサンプル、別の誰かの遺伝子配列と、あるいはある集団の遺伝子配列と比較することだけです。

P.S. #3(06.25):あーあ、再編ならず崩壊か。

P.S. #4(06.25):今夜の二節。

世界的に、文化的自律の価値の認識が、植民地的態度へのより強い感受性と、地球上の至る所での先住民族の権利を承認する政治運動の拡大ともに増大してきた。植民地主義的慣行は、政治を越えて広がった。それには経済的および社会的システム、そして科学的システムさえ包含された。科学植民地主義とは、「その国についての知識の獲得のための重心が、その国そのものの外に位置しているところのプロセス」(ガルトゥング、p. 13)として定義されてきた。この定義を用いると、過去の[先住民族の]社会への考古学および自然人類学の研究調査は、科学植民地主義の一形態であると考えられ得る。研究は[先住民族の]国々の外で、外の科学者たちによって行われている。遺骨は外で収蔵されていて、これらの遺骨の研究から得られた知識は、一般的に[先住民族の]国々の外に広められている。

科学的研究過程の一貫性は、人道的関心事より重要ではないのか。ガルトゥング(同上)が論じるように、「知識は善きものとして知られているが、人間に関する事柄において、その知識がどのようにして獲得されたかということは取るに足らないことではない。」それが含蓄することは、研究対象が人間である考古学者、自然人類学者、そしてすべての他の研究者は、自分たちの研究方法が人道的かつ科学的条件において正当と認められるものであると確信していなければならない。

Cf. J. Galtung, "Scientific Colonialism: The Lessons of Project Camelot," Transition 5-6 (30): 11-15.

 以上を読んで訳しながら、改めてこの国の考古学者、人類学者、そして北海道アイヌ協会が頻繁に用いている「(社会への)還元」という言葉について思った。「還元」とは

1 物事をもとの形・性質・状態などに戻すこと。「利益の一部を社会に還元する」

 「原状回復」である。そして、遺骨もそれから得られてきた知識も、その元(もと)とはどこか。この社会の「外」である。逆にアイヌ民族の側から見れば、研究の中心地は「外」にあり、「外」の研究者たちによって「外」で研究(知識獲得)は行われてきた。還元する先は、この社会ではないはずである。

P.S. #5(06.25):確認したいことがあって過去の記事を読み直すと、遺骨の返還問題で一晩で大急ぎで書いていた頃の記事で間違いを犯していることに気づいた。こういう時はブログごと閉じてしまいたい気持ちになるのであるが、4本の関連記事のうち3本を訂正した。時間がなくなったので、残りの大元の1本は今夜にでも訂正することにして、下書きに戻した。すべて終えてから、もう少し説明を付け加えることにする。

 こういう時の慰めの言葉:

Freedom is not worth having if it does not include the freedom to make mistakes.
――Mahatma Gandhi
自由は、過ちを犯す自由が含まれていなければ、持っている価値がない。
――マハトマ ガンジー

だが、過ちに気づいたら、すぐに訂正して謝罪せねば。

P.S. #6(06.26):★「1,000年」のこと

 大元の記事というのは、2010年10月27日(もう6年半以上前)の「イギリスの『人体組織法(2004年)』と遺体・遺骨の返還」である。
 3学協会のラウンドテーブル(RT)報告書の「註2」でも言及されている「人体組織法」について、RTは研究利用可能な遺体の死亡後の年数に注目して、「100年」に言及している。私は、2010年当時、博物館の歴史が豊かな英国でどのくらい古い年代の遺体まで返還可能としているのかという情報を探していた。そこで、上の記事中にそのまま引用しているが――それゆえに、英語の読める読者はこの時点で間違いに気づいていたと思うのだが――、私は"de-accession"の条項を取り上げていた。

 "de-accession"――あまり聞き慣れない/見かけない言葉かもしれないが、これは、博物館、美術館、図書館などが資金集めのために収蔵物を売却できるようにその収蔵物リストから公式に取り外す(remove)という意味である。第47条2項では、私はその部分を「その収蔵物から遺体や遺骨をはずすことができる」と訳しており、"de-accession"の意味から"transfer"(移す)を「はずす」と訳したのだと(今振り返って)思う。ここまでは間違いではないだろう。(条文の下のリンクの2つ目から同条の注釈へ行くことができるが、その63にも"transfer"とあり、第47条のタイトルへの注目を疎かにしてしまったのだろうと思う。

 そして、収蔵品からはずすことが出来れば、2010年には既に実際に行なわれていたように、「返還」することも含まれると解釈して、導入部分で「同法の第3部第47条が、博物館などに収蔵されている人間の遺体や遺骨などを「帰還」させる(返還する)権限について規定している」と書いてしまっていたようである。だが、厳密な意味では、"de-accession"と"repatriation/return"は異なり、そこは間違いであったと言わざるを得ない。
 さらに、その延長で第3項に関して、「第2項の権限には、その関連物を一緒に返還する権限が含まれることを規定している」と解釈してしまったようである。(記事タイトルと合わせて、「返還」⇒「移管」と訂正した。)

 関連する記事が他に3本(これこれこれ)あったので――検索機能の便利さを再認識した!――それぞれで同じ訂正を行った。(廃刊となっている印刷媒体についてはどうしようもない。)

 もう1本ここでも「1963年の大英博物館法」と「人体組織法」に言及しているが、要望が来なかったので出典を記さないままになった文書の著者である先住アメリカ人の法学者も、「収蔵物から外してもよいことになっている」とか『博物館の収蔵物から人骨を移転すること』を可能としている」として、返還と結びつけて書いている。

 もし誰かにご迷惑をおかけしたとすれば、お詫び申し上げます。

千年の古都 都はるみ 21 1990' UPL-0020 posted by kazu1spx.

P.S. #7(06.26, 14:14):蒸し暑さがウンザリ感を2倍にする。いや、ウンザリ感が蒸し暑さを2倍にする。――どっちでもいいが、もし暫くこのままになっても、上の訂正や外からの「圧力」とは無関係である。念のため。

P.S. #9(06.26, 23:30):今日は朝7時台に多数のビュー数が記録されていた。冒頭の行事になのか、終盤の「訂正」記事になのか分からない。前から、考古学とか自然人類学とか「人体組織」とか書くと、その時だけ訪問しているような特殊な海外からのような検索サイト/アクセス元が記録されている。

P.S. #10(06.26):「道アイヌ協会が参画した検証・検討作業」って、いつ何を「検証・検討」したのだろう。私は、篠田氏の話よりも、こちらを聞いてみたかったし、あれこれと質問をしてみたかった。

P.S. #11(06.27):昨日の講座に参加した人の話では、篠田氏は道新の「水曜討論」の記事は編集に相当偏りがあると批判していたとのこと。私は、あれはご自身で書くか、校正を入れたものだと思っていた。そのうち取り上げようと思っていたが、これは扱わないことにする。その代わり、彼自身が書いたものを取り上げたいと考えているが、いつそれに取り掛かれるか、今のところわからない。
 昨夜の講座にもし自分が参加していたら聞いてみたいと思う質問を篠田氏に3問、北海道アイヌ協会No. 2としての阿部氏に6問、考えてみた。これらと同じような質問が会場で出たのかどうか分からない。平取の主催団体は、そのうち報告書のようなものを出すのだろうか。そこになければ、特に北海道アイヌ協会に対する質問を出してみたい。

P.S. #12(06.27, 22:03):26日の平取での講座にはアイヌの参加者が少なかったと聞いた。一方で、アイヌにはボイコットするようにとの呼びかけがあったとも聞いた。ツイッターとかフェイスブックでの呼びかけだったのだろうか。どこかに意思表明されているのだろうか。

 ところで、こちらの札幌市のアイヌ施策推進委員会の動きは関心をもって追っているわけではないのだが、政府の会議と同様、昨年10月3日の会議の議事概要を最後に、議事概要が公開されていない。「年間1~3回程度」と書かれていることと、前年度の開催状況から推測すると、今年の1月~3月に1、2回開催されていてもおかしくないと思うのである。
 第2回なのか第3回なのか分からないが、昨年度の会議でT委員長に辞めて戴きたいというような発言があったそうであるが、それと議事概要の非公開とは何か関係があるのだろうか。そして、これは政府の政策推進作業部会の議事概要の公開が大幅に遅れたこと(そして第31回分が未公開であること)とも関係しているのではないだろうか。感熱紙に記録しておいて、暫く時間が経って消えるのを待っているとか!?
 それにしても、T氏やO氏に辞めろと言っている――「いた」が正しいのかも――人は、S氏とは「恋泥棒」の関係になってしまって、そんなことは口にしていない感じだな。(先日、「水曜討論」の記事に関して、ツイッターでS氏を作業部会から外せという声が出ていたけれど。)

P.S. #13(06.28):次の記事を書こうかと思ってブログを開き、少しスクロールすると、講座のチラシの上部で止まり、「これまでの調査研究を問い、なおすために」とテーマが書かれている。「問い」の後に読点が入っているのはなぜだ?「問い直す」ではなく、「問い、なおす」。何か深~い意味がありそうである(笑)。二人は、「これまでの調査研究」の何を「問い」、何を「なおす(直す/治す)」という話をしたのであろうか。

 この動画は目が覚めるし、元気が出るから好きで、この二人に「捧げる」のはもったいない気がするのだが、どちらも片方ではダメ、想い(利益)が一致する「二人が必要」なんだという意味で。
Rod Stewart - It Takes Two (from It Had To Be You) posted by RodStewartVEVO.

 タイトルが決まった! P.S.もこれで終わり。

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Source: here.
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Sources: here and here.

オーストラリアからのアイヌ遺骨と京都大学の琉球人遺骨

 キャンベラの博物館サイトを訪問したけれど、見つかったアイヌ遺骨のことは何も公表されていないようだった。
 北海道アイヌ協会のサイトも然り。阿部副理事長、オーストラリア大使から渡された報告書には3体の遺骨はどこから持ち出されたものと書かれているのですか。それぞれの地域のアイヌの同胞にお知らせしなくて良いのですか。(もしもうされていたら、謝ります。)

琉球人遺骨に関する『週刊金曜日』の記事は、削除しました。>

死者が平穏に休息する権利 vs. 「考古学者」の物質主義的価値観

 何度も言及してきたことではある。ここにおける「考古学者」には、墓掘りをしたり、埋蔵文化財として収蔵されている「近代」の遺骨に飛びついてDNA分析をしている自然人類学者も含まれよう。

 人骨の科学的分析に関して、私は個人的にこれに反対です。それは死者が休息する権利に対して無礼だと、私は信じています。しかしながら、考古学者として、私たちの目標は人類の過去のより良き理解を促進することです。抽出技術は、掛け替えのない骨、歯、そして埋蔵物の一部を抽出します。これらは、その人が誰であったかについて私たちにより良い理解を与えることになるでしょうけれども、一部の人々は、骨の一部を取り除くことは無礼だと論じることでしょう。それゆえに、死者の願いとその平穏な再埋葬が死者に与えられるべきです。考古学者として、私たちは、私たちの研究対象を分析する際に、私たちの物質主義的な価値観をその対象に押し付けているのです。この点で、上述の討論に基づき、私は、死者が休息のためにそっとしておかれる権利を持った人ではなく研究者の単なる物質であるという考えには同意しません。(略)

スコットランドの大学の考古学者の、博物館における死者の取り扱いの道義的課題を論じた2015年12月刊の論文の結論より。

P.S.:これも「研究者の正直な気持ちなのでしょう」って。
 この方は、昨年秋、京都に来ていたのかな?
 全文をお読みになりたい方には出典をお知らせします。

 昨夜は、前に書いたことがある、先住民族から採取された血液の今日的対処問題に関する有益な論文も見つけて「わくわく」し、むしろそちらについて書きたかったのであるが、他にやっていることが片付いていないし、遺骨問題ほどに読者の関心はなさそうだから、時間をかけてコツコツとやっていくしかない(コレ、意図せざるpun)。ここでも日本は大遅れだ。またそのうち(10年くらい経ってからだろうか)、「世界の潮流」が「大きく変わった」から「政府や関係する研究機関には、徹底した調査」をせよと、道新あたりが論じるだろうか。

北海道新聞社説:「先住民族の遺骨 返還の機運を高めたい」(w/ P.S. X 8)

 読者からお知らせ戴いたけれど、いま他のことに集中しているのでコメント一言、質問一つだけにしておく。
 昨年来、北海道新聞の担当者も調査に関わってきている感じだから、そりゃそうでしょう。
 第30回作業部会の「議事概要」で、どなたかが面白いことを言っていた。政府の官僚がドイツからの別の遺骨の返還に消極的なことを言っていたのに対して、遺骨の返還を求めるのに、なぜ奪われた側のアイヌに挙証責任を押し付けられるのかと。ドイツの1体、オーストラリアの3体と言わず、どんどんと返還の機運を高めるとよいだろう。オーストラリアからアボリジニの遺骨に関する関心が伝えられてきた。また当然、琉球人遺骨の返還の機運も高めねばなるまい。しかし、なぜ「政府や関係する研究機関」だけに「徹底した調査と返還をめぐる関係国との真摯(しんし)な協議が求められる」としているのだ? この編集委員は、先住民族の権利宣言をちゃんと読んで書いているのだろうか。

 「一言」を超えてしまったか。上にも疑問形で書いてしまったが、質問というのはこれである。「先住民族の遺骨研究には、人類学上の観点の半面、人種差別的な収集という負の側面がつきまとってきた」という一文。「人類学上の観点の半面」というのが、私には意味不明である。この編集委員も、研究の内容には興奮を覚えるというのだろうか。「人種差別的」というのは、「収集」だけのことか。

先住民族の遺骨 返還の機運を高めたい 06/17 08:50

 ドイツの民間学術団体が、保管しているアイヌ民族の遺骨の1体が墓からの盗掘だったと判断し、近く日本政府を通じて返還する。

 オーストラリア政府も、自国内の2博物館に保管されているアイヌ民族の遺骨3体を返す意向を日本側に伝えた。

 昨年夏以降、海外に渡ったアイヌ民族の遺骨の存在が次々と分かり、返還の動きが続いている。

 アイヌ民族の遺骨を巡っては、国内の大学などで保管状況などの調査が進められている。

 一方、国外流出の遺骨は8カ国に及ぶとの指摘もあるものの、全容はよく分かっていない。

 政府はまず、海外に渡った遺骨の把握を急ぐ必要がある。

 その上で、持ち出された経緯を詳細に調べ、出身地域や子孫などが特定できるなら、元の場所に戻す努力をするべきだ。

 先住民族の遺骨研究には、人類学上の観点の半面、人種差別的な収集という負の側面がつきまとってきた。

 しかし、2007年に採択された「先住民族の権利に関する国連宣言」に「遺骨の返還」を求める権利が明記され、その前後から流れが大きく変わった。

 例えば、欧州に流出したオーストラリアの先住民族アボリジニの遺骨である。

 英国は約10年前、エディンバラ大学が保管していた約2千体のうち700体をオーストラリアに返還。ドイツも13~14年に大学主体で約50体を返した。

 気になるのは、国外から入手した遺骨に関する、両国と対照的な日本の動きの鈍さだ。

 北大では1995年、サハリンのウイルタ民族などの遺骨6体が段ボール詰めで長年放置されていたことが分かり、4体がロシアの民族側などに返還された。

 だが、後が続いていない。

 オーストラリア政府から返還されるアイヌ民族の遺骨3体については、アボリジニの遺骨との交換であり、3体が東大に送られた記録が同国側に残されている。

 なのに、東大側はノーコメントを通している。閉鎖的な対応は世界の潮流に逆行するのでないか。

 このままでは、他国にアイヌ民族の遺骨返還を求めても、勝手な言い分ととられかねない。

 実は、国内で保管されている外国由来の遺骨は、その実情すら分かっていない。

 政府や関係する研究機関には、徹底した調査と返還をめぐる関係国との真摯(しんし)な協議が求められる。

P.S.:削除。

P.S. #2:削除。

P.S. #3:新聞の社説というのは出典を明記しなくてよいからいいよな。例えば、オーストラリアのアボリジニ遺骨の返還がどのように行われて来たか、今度特集でも組んで、時系列的に2007年の「前後から流れが大きく変わった」のかどうかを検証してみると良いだろう。北海道新聞にとっては、そのくらいのことは容易いことだろう。

P.S. #4:参考までに記しておく。
 エジンバラ王立外科医師会が500体の遺骨を返還したのは2000年のこと。「約10年前」とは、これに言及しているのだろうか? 私には、もう20年近く前に思えるが。エジンバラ博物館からの返還は2003年。この年、アイルランドのダブリン王立外科医師会が、自国に遺骨を帰還させるためにアイルランドまで訪ねたアボリジニの代表に60体の返還を行っている。翌2004年には、スウェーデンストックホルム民族学博物館が20体のアボリジニ遺骨を返還。これは、ヨーロッパの主要博物館からの初の自発的返還であった。
 先住民族の権利に関する国連宣言採択後の2008年にはスコットランド国立博物館が6人のアボリジニの頭蓋骨を返還しているが、この年にエジンバラ大学は、収蔵しているアボリジニの最後の遺骨を返還し終わっている。もちろんその後も、アボリジニへの遺骨の返還は、世界の各地から続いている。
 残念ながら、10年前の2,000体のうちの700体という情報を私は持ち合わせていない。インターネット上で探せば見つかるかもしれないが、それは私の仕事ではない。
 仕事と言えば、先日ブログを非公開にした際に、「生活の糧の仕事でない限り、気が乗らない事はしない方が個人の人生として健全だ」という的確な助言を戴いていた。記して感謝します。

P.S. #5:「政府や関係する研究機関」が保有している国内・国外の先住民族の遺骨/遺骸に加え、先住民族文化遺産の返還のための「徹底した調査」を課す法律制定の「機運を高めたい」ものである。しかし、北海道新聞社はまず、「人類学上の観点の半面」に自社がこれまでどう関与してきたかの検証を行なわねばならないだろう。

 次の社説は、「『アイヌ新法』制定の機運を高めたい」だろうか。

P.S. #6(22:40):いくつか感想を付け加える。
 恐らく多くの読者は、上の社説を好意的に受け止めているのではないかと思う。しかし、私にはいくつかの疑問が残る。
 第一に、これまで長い間、北海道アイヌ/ウタリ協会の代表が国連の会議などに行く時に、海外に保管されている文化財に関しては独自に調査をしたり、博物館などの機関を訪ねたりしていたようである。然るに、こと遺骨に関しては、独自で動こうとしていないように見える(あるいは動いていてもそれがまったく見えてこない)のはなぜなのか。

 社説は、「3体が東大に送られた記録が同国側に残されている」と書いている。先日、駐日オーストラリア大使が阿部副理事長と会談した際に渡したと報じられていた報告書にその記録が収められているのだろうか。北海道新聞は、その記録についてアイヌ協会やオーストラリア大使館に取材して報道しているのだろうか。もし報じられていたら、どなたか道新を購読している方が教えて下さるとありがたい。
 そういう記録があるのであれば、オーストラリア政府は同国のアボリジニのコミュニティや団体に周知徹底するか、既にしているはずであろうし、いずれ、東大の博物館にも照会や訪問があることであろう。(もしかしたら、同博物館ではどこにあるのか分からずに右往左往しているのかもしれない――勝手な推測であるが。)

 また、「東大側はノーコメントを通している。閉鎖的な対応は世界の潮流に逆行するのでないか」とも書かれているが、道新の「水曜討論」にも出ていた篠田氏らは、「世界の潮流」が間違っているという考えなのだから、それに「逆行する」と言ったところで、彼らにとっては「屁の河童」ではないのか。だから、上述のように、「人類学上の観点の半面」という意味を明瞭にする必要があるし、単純に2007年前後に「世界の潮流」が「大きく変わった」という議論ではダメだと思うのである。各国の先住民族の不断/普段の努力があってのことなのだ。だから、そこでまた話が3段落上のアイヌ協会の不活発に戻るのである。

P.S. #7(06.20):26日の講演者の組み合わせが非常に面白い! 篠田氏の話には新しいことはなさそうだし、私としては、阿部副理事長の話により強い関心がある。

P.S. #8(22:50):今、「日本人類学会の研究倫理基本指針とアイヌ「人骨」研究」を読み直した。初出は約6年前。

現在、大学等に保管されているアイヌ民族の遺骨の研究は、日本人類学会の研究者が「集団として倫理的責任を負う選択を提出」していると言えるであろう。日本人類学会および「人骨」研究者が、アイヌ民族に対する「第一位の倫理的責務」に従って、遺骨研究の自主的モラトリアムを宣言することを期待したい。

 当時、理事だった篠田氏は現在、会長となっている。モラトリアムを宣言するどころか、この頃も盛んにアイヌ遺骨のDNA分析を行っていたようである。

<放影研>被爆者に謝罪へ ABCC時代、治療せず研究

 消える前に残しておく。

「<放影研>被爆者に謝罪へ ABCC時代、治療せず研究」毎日新聞、6/17(土) 13:30配信

 原爆による放射線被ばくの影響を追跡調査している日米共同研究機関「放射線影響研究所」(放影研、広島・長崎両市)の丹羽太貫(おおつら)理事長(73)が、19日に被爆者を招いて広島市で開く設立70周年の記念式典で、前身の米原爆傷害調査委員会(ABCC)が治療を原則行わず研究対象として被爆者を扱ったことについて被爆者に謝罪することが分かった。放影研トップが公の場で直接謝罪するのは初めてとみられる。丹羽理事長は「人を対象に研究する場合は対象との関係を築くのが鉄則だが、20世紀にはその概念がなかった。我々も被爆者との関係を良くしていかなければいけない」としている。

【写真特集】原爆投下翌日 米軍が8月7日に撮影した航空写真

 ABCCでは被爆者への治療は原則行わず、多くの被爆者の検査データを集めた。被爆者たちは「強制的に連れてこられ、裸にして写真を撮られた」などと証言。「モルモット扱いされ、人権を侵害された」と反発心を抱く人が少なくなく、「調査はするが治療はしない」と長く批判を浴びてきた。

 丹羽理事長は取材に「オフィシャルには治療せず、多くの人に検査だけやって帰らせていた。被爆者がネガティブな印象を持って当然で、さまざまな書物からもそれははっきりしている」とし、「おわびを申さなければならない」と語った。歴代の理事長らトップが被爆者に直接謝罪した記録はなく、放影研は今回が初めての可能性が高いとしている。

 記念式典では、冒頭のあいさつで「原爆投下の当事者である米国が、被害者である被爆者を調べることに多くの批判や反発があった。不幸な時期があったことを申し訳なく思う」などと述べる方針。この内容は1995年に放影研作成の施設紹介の冊子で言及されているが、ほとんど知られていなかった。

 一方、被爆者を裸にして検査をしたり遺体の献体を求めたりしたことについて、丹羽理事長は「米国側が日本の習慣などを十分理解しておらず、文化摩擦があった。だがサイエンスとしては必要だった」との見方も示した。

 放影研歴史資料管理委員会委員の宇吹暁・元広島女学院大教授(被爆史)は謝罪について「放影研被爆2世、3世の研究を今後も続けるには、組織として謝った方が協力を得られやすいと判断したのだろう」とみている。【竹下理子】

Cf. 2012-01-28「人体「標本」返還と脱植民地主義(先住民族の「遺骨」と原爆犠牲者の臓器)」

 昨夜、第30回作業部会の議事概要に出て来る「謝罪」と「賠償」への言及について書かねばと思いながら床に就いていた。