AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

ラクロス:イロクォイ文化の核心

 この章で私は、私の回想と個人的な見解を共有したいと思います。「宣言」の生成と採択における決定的瞬間であると私が考えることを詳述します。私はまた、「宣言」のいくつかの重要な条項に照明を当てます。最後に、私は「宣言」の履行についての考え方を提案します。


II. 「宣言」の生成における決定的瞬間
 私の視点から、先住民族の権利に関する国連宣言の生成につながった出来事は、1970年代に口火が切られました。1973年のサウス ダコタ州ウーンディド ニーでの行き詰まりの後、アメリカ両大陸の年長者と伝統的指導者たちが集結して、私たち自身がいる国内状況の中で正義を得ることができる方法はないと結論しました。1974年に、国際インディアン条約評議会(International Indian Treaty Council)が創立されて、ノース ダコタ州のスタンディング ロック スー領で最初の集会をもちました。私たちの課題を国際的レベルに持って行くという決定が行なわれたのは、この集会においてでした。
 私たちの民族のために正義を達成する国際的な戦略がなければなりませんでした。そこで、彼・彼女たちは、先住民族の課題を国際連合の議題に載せるための運動を開始しました。
 多くのロビー活動の後、アメリカ両大陸からのおよそ250人の先住民諸氏が、「人種主義、人種差別、アパルトヘイトおよび脱植民地化に関する国連NGO 小委員会」によって組織された「アメリカ両大陸における先住民に対する差別に関する国際NGO会議」に出席するために、1977年にジュネーヴに旅をしました。・・・

 続きは、「『先住民族の権利に関する国連宣言』の生成、採択および履行に関する回想」へ。

 さて、昨日――もう一昨日になってしまったが――の22日、まだボリビアにいるのかと思っていた友人から、1カ月ぶりくらいにメールが届いた。イングランドのギルフォード(Guildford)という街へ向かうところだということで、この写真が添えられていた。
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 何という奇遇だろう。『先住民族の10年News』第167号(2010年9月)に掲載された「主権の原則か、世界選手権参加か――イロクォイ ラクロス チームの場合」の脱稿日が、2010年7月22日となっていた!(この稿をここに貼り込むサービスをしようかと思ったが、そのまま画像としてコピーできないpdf版なので手間がかかるから、今夜はやめておく。その代わり、"Against the Wind"にそれに至る記事があるから、閉じていた同ブログを一時的に公開にしておく。2010年7月10日の「ラクロス―創造主のゲーム」から同年7月19日の「イロクォイ・ネィションの誇り」まで、1本を除いて連続して9本の投稿がある。当時読んだ方には、懐かしく思って戴けるかもしれない。➡P.S. #3(07.25):再び閉じました。)

 あれからもう7年かという感慨とともに、上の写真のチームを英国に入れるのに1カ月かかったと書かれていたので、またトラブルが起きたのかと思ったのだが、今回はパスポート問題は(まだ帰国時のことは分からないが)スンナリといったらしい。
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 地元のThe Sunday Timesが22日付けで、上の写真とともに、イロクォイのパスポートで入国を認められたと報じている。ラクロスは、イロクォイの文化の核心である。

イングランドフットボールクリケットのチームは、自分たちのスポーツの誇り高き発明者として世界を旅することに慣れているが、ラクロスを発明した国は、英国に入国するために長期の戦いに直面してきた。

 7年前の出来事に関する映像があったので貼り込んでおく。2年前の投稿なのに、まだ337回しか視聴されていないのは残念である。

“Native American lacrosse team barred from entering UK with Iroquois passports” posted by AP Archive.

 これは、当時のThe Independentの記事(“Why the tribe who invented lacrosse can't play it here”)である。

P.S.:加藤理事長は、ドイツ行きにアイヌ民族のパスポートを準備しているかな?――超夢物語だな。

P.S. #2(07.24):最近、Google, Yahoo, Bingからのアクセスのどれもで、「「古人骨」研究体制整備と アイヌ「人骨」研究者集団の利益」が上位に来ているので不思議に思いながら、昨夜その記事を読み直してみた。すると、最後にタイトルとは無関係のことを追記していたことがわかり、この記事へのアクセス増はそれゆえかとも思った。

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海外のアイヌ遺骨返還をめぐるポリティクス(w/ P.S. X 4)

 今夜は、昨夜の投稿にコメントを追加しようと考えて、9件を下書きしておいたのであるが、その中から3つを取り出して少し敷衍することにした。

 1つは、前にも「動き出したアイヌ政策」とかいうような見出しがあったなと思ったのであるが、それは、2016-12-05「アイヌ政策過程におけるマスメディア(新聞)⑤」で取り上げた朝日新聞による「国のアイヌ政策が動き始めた」という記事であった。

 国のアイヌ政策が動き始めた。2020年に白老町で「民族共生象徴空間」が開館し、生活や教育の格差解消などを視野に「アイヌ新法」制定への検討も進む。今後の政策への期待と課題を聞いた。

 昨年11月初旬の記事であったが、「動き出した」直後にエンジントラブルに見舞われた感じだった。

 実は、「動き出した」というのは、NHKが前にも使っていた。このブログの前のオリジナルのAINU POLICY WATCHの2014年8月7日の投稿で、その前年の9月27日(金)に放送されたという「動き出した“国立アイヌ博物館”」』という番組の録画を見たということで、この動画この動画を紹介していた。

 昨夜の投稿動画へのコメントの2つ目は、司会進行役のアナウンサーが、「なぜ今この時期にドイツではなく、急にオーストラリアからの返還が浮上してきたのでしょうか。それが国内のアイヌ遺骨の返還との関連でどういう意味合いをもつのでしょうか」と、加藤教授に問うてみれば良かったのにというものであった。
 その時点で読んでなかったのだが、今日、そのドイツからの遺骨の返還に関する報道を読んだ。まず、ドイツにあるアイヌ遺骨のことを報じ続けている毎日新聞である。私が興味をもった箇所に下線を施し、一部には青字でコメントを挿入する。

「アイヌ遺骨 31日返還式 政府、独の団体と合意」毎日新聞(2017年7月20日)

 【ベルリン中西啓介】北海道で盗掘されたアイヌ民族の遺骨がドイツで保管されている問題で、日本政府は遺骨を所有する民間学術団体「ベルリン人類学民族学先史学協会」(BGAEU)と返還について合意し、31日にベルリンの在独日本大使館で遺骨の返還式を行うことを決めた。複数の関係者が明らかにした。19世紀後半以降、アイヌ民族の遺骨が人類学などの研究対象として海外に持ち出されたが、外交ルートを通じた返還が実現するのは初めて
 また、日本は2007年に国連で採択された「先住民族の権利に関する宣言」に賛成しているが、今回の返還は宣言に盛り込まれた「先住民族の遺骨返還への努力」を政府が履行した最初の例になる。

 返還されるのは、1879(明治12)年にドイツ人旅行者ゲオルク・シュレージンガーが札幌のアイヌ墓地から収集した頭骨1体。シュレージンガーは19世紀の民族学誌で「夜の闇に紛れて入手した」と盗掘による収集だったと認めている。遺骨はBGAEU設立を主導したベルリン大教授のルドルフ・ウィルヒョウに研究資料として提供されていた。

 BGAEUは昨年12月の毎日新聞の取材で、遺骨が「不当な手段」で収集された可能性があることを把握。測定や資料照合の結果、今年1月、「倫理的に許されない手段で収集された」と認め、日本政府と返還協議を行う意向を表明した。内閣官房アイヌ総合政策室が在独日本大使館を通じ返還協議を進めていた

 返還式には、北海道アイヌ協会の加藤忠理事長がアイヌ民族を代表して出席。BGAEUのアレクサンダー・パショス代表、日本政府の代表者と共に、遺骨の返還に関する合意文書に署名する予定だ。ドイツ以外の外国にも複数のアイヌ遺骨が散逸しており、今後返還が実現する場合、今回の政府主催による返還式がひな型になる見通しという。
<ここまで読んで、読者は既にお気づきだろうと思うが、そしてこれまでにも書いてきたことでもあるが、ドイツの団体との交渉過程にアイヌ民族が関与しているようすが見えない。仮に関与しているとしても、どのように関与しているのかが見えない。「合意文書」に関して北海道アイヌ協会の中で、そして他のアイヌ民族団体を含めて検討されたのかも分からない――恐らくされていないのではないかと思う。しかも、それが今後の返還の「ひな型になる」などと、とんでもない話だと私は思う。それこそ、日韓の慰安婦に関する「合意文書」の二の舞になるのではないかとさえ思ってしまう。
 さらには、先住民族の権利に関する国連宣言の履行という点でもズレがある。
 「初めて」とか「最初の例」とかばかりが、まるでそれを誇るかのように記されている。>

さらなる「帰国」へ
 【ベルリン中西啓介】北海道から盗み出されドイツへ渡ったアイヌ民族の遺骨が138年の歳月を経て、「帰国」する。海外からの返還「第1号」となる遺骨を巡っては、日本政府と独収蔵団体の間で数カ月にわたる協議が行われた。政府は早期返還実現のための閣議決定を行い、ドイツ側の説得にも努めた。返還協議で進められた取り組みは今後、国内外におけるアイヌの地位向上に大きな役割を果たしそうだ。

 毎日新聞の報道で盗掘により持ち出された遺骨がドイツにあることが判明した昨年8月、内閣官房アイヌ総合政策室は返還を視野に外務省に情報収集を依頼した。遺骨を所有する独民間学術団体「ベルリン人類学民族学先史学協会」(BGAEU)が今年1月、返還の意向を表明すると、在独日本大使館の公使が担当者となり、返還協議に着手した。

 だが、BGAEUが「日本国内のアイヌ民族の同意をどう得るか」や、返還後の遺骨の公平な取り扱いについて政府の対応を求めたこともあり、協議は難航。日本政府は、北海道内に2020年度までに完成予定のアイヌ文化振興施設」<こんな名称でドイツ側に説明したのか?>に関する基本方針に、明確な基準を持って遺骨問題に当たる考えを明記することにした。6月の閣議決定では、この基本方針に遺族への遺骨返還を優先し「直ちに返還できない遺骨については施設に集約」することも記載。さらに人権に配慮し、施設で管理する遺骨を研究対象にしないことも記した。<これが本当なら驚きだな。あの「閣議決定の一部変更」は、海外からの遺骨返還のためであったと!?>

 また政府は国際問題としてアイヌ遺骨返還に取り組む姿勢を明確化するため、返還式の実施も早期に決めた。返還式は先住民の名誉を回復し、過去の傷を癒やす象徴的な意味合いもあるとされる。前例のない返還式を行うため、先住民問題の「先進国」である豪州政府が実施してきた返還式を参考にし、日本政府、北海道アイヌ協会、BGAEUの代表が返還合意文書に署名することにした。

 アイヌの遺骨は欧米や豪州などにも散逸している。豪州政府は6月、国内にある3体のアイヌ遺骨を返還する意向を表明。今後、日本政府は返還実現に向け、情報収集を進める方針だ。ドイツからの遺骨返還で生まれた担当省庁間の連携や、返還式などの枠組みが海外からのさらなる遺骨返還に貢献することが期待されている。<これらの経緯をどれだけのアイヌ民族の当事者が知っているのだろう。この記者は、何を勝手に「期待」しているのだろう。>

 もう1つは、北海道新聞の記事である。

「アイヌ遺骨31日返還 独団体、札幌へ1体」北海道新聞、2017年7月20日

 ドイツの民間学術団体が明治期に道内から同国に持ち出されたアイヌ民族の遺骨1体を盗掘と認定して返還を決めた問題で、この遺骨の返還式が、31日に首都ベルリンの在ドイツ日本大使館で行われることが分かった。明治期以降に研究目的で海外に持ち出されたアイヌ民族の遺骨が、公式に返還されるのは初めて
 返還するのはベルリン人類学民族学先史学協会(BGAEU)。1879年(明治12年)に札幌市内の墓地から遺骨を持ち出したドイツ人旅行者の記録などの審査で盗掘と認定し、日本政府側と返還に向けた協議を進めていた。

 この記事の続きは、ここで読むことができる。

 返還式は日本政府関係者と北海道アイヌ協会の加藤忠理事長らが出席し、BGAEUの幹部とともに遺骨の返還に関する合意文書に署名する。返還後は千体以上のアイヌ民族の遺骨を保管する北大構内の「アイヌ納骨堂」に暫定的に納められ、8月4日に同納骨堂で予定している毎年恒例の慰霊祭「イチャルパ」でともに供養される予定だ。<これに関しては、北海道アイヌ協会他の関係者から「再埋葬の場所が決まらない中で返還の議論を進めるのはおかしい」、「時期尚早」との声は上がらないのだろうか。>

 返還式は当初、6月中旬に行う方向で調整していたが、延期していた<なぜか? 毎日新聞が報じているような経緯に加えて、オーストラリア大使の訪問があったからか。それとも同大使の訪問は、ドイツとの協議が「難航」していたことへの対応としてアレンジされたのだろうか。>

 アイヌ民族の遺骨をめぐっては昨夏以降、ドイツのほか米国、英国の研究機関でも保管していることが判明。オーストラリア政府は6月上旬、遺骨3体を返還する意向を北海道アイヌ協会に伝えている。

 昨夜の投稿動画への3つ目のコメントである。ドイツやオーストラリアからの遺骨返還が扱われ、後者に関わっていたという加藤教授が登場し、そして映像にはオーストラリアの博物館関係者や交渉団体とされるアボリジニーの団体が紹介されていた。しかし、極めて奇妙なことに、北海道アイヌ協会への取材は行われなかったのか、同協会の見解については一言もなかったのはなぜなのか。
 海外からアイヌ遺骨が還ってくることは大歓迎である。しかし私には、それが政府やメディアの「初めて」争いも含めて、国内にあるアイヌ遺骨の返還問題との関係で政治的な道具にされている気がしてならない。

 遅くなったので、ここまでにして投稿する。

P.S.(07.22):第31回作業部会の議事概要が公表されないのは、この件に関するやり取りが収められているからなのだろうか。当該遺骨の遺族の子孫を式典に出席させるかどうかとか、その遺族の子孫への返還が先に申請されたらどうするのかとか、2020年には北大の納骨堂から白老の施設への移転なのか――閣議決定の意義はそこにあるのだとか、それは「拉致」状態の場所が変わるだけではないのか、等々。

P.S. #2(07.22):通常というか、一般的に理解されているジャーナリズムというのは、今回のような政府が関係する「合意文書」の存在を嗅ぎ付け、それを何らかの方法で入手すると、それこそ「第一」を争ってスクープ記事にするであろう。しかし、ことドイツのアイヌ遺骨に関する限り、その文書の内容の秘密を守る取り決めでもあるかのようである。見返りは何であろうか。返還式の独占取材などというものではあるまいな――こうして報じられた以上、他のメディアも動き出しているはずだからそれは難しいか。
 BDAEUとの協議が難航した理由に、「日本国内のアイヌ民族の同意をどう得るか」ということがあったそうであるが、これについてアイヌ総合政策室や北海道アイヌ協会などはどう対処したのだろうか。ここで先方が言及した「日本国内のアイヌ民族」とは、北海道アイヌ協会であろうか。だとすると、その協議の中に同協会は入っていなかったということになりはしないか。あるいは、同協会をも含めた協議の過程で出た質問であれば、それは既に対外的にも明白になっている可能性が強い遺骨問題をめぐっての北海道アイヌ協会と他のアイヌ諸団体との対立を念頭に、他の諸団体からの「同意をどう得るか」という質問であったと考えられる。そのような協議が行われたとは考えにくいのであるが、私が知らないだけかもしれない。しかし、果たしてこの質問に、どういう回答が提示されたのであろうか。

P.S. #3(07.23):#2の「回答を教えて」って、すぐ上の#2のこと? 私が教えて欲しいです。
P.S. #4(07.23):私は遠くから"watch"しているだけ。近くの「市民」は、どう"examine"しているのかな。
 さて、台風の心配でもしながら、暫く静かにしていよう。

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潮目の変化かな?(w/ P.S. X 3)

 ここ何日か、更新しない日々のビュー数が多い。梅雨も明け、明日から1週間は猛暑日の予報。ブログなんてどうでもいいという気分であるが、2日ほど前に読者が知らせてくれていた録画を紹介しておこうと思う。地元の人たちは観た人が多いのだろうけど、北海道外の人は見ていないかもしれないから。

「2017/07/14 NHK 北海道クローズアップ 動き出したアイヌ遺骨問題」 posted by
Afrique _.(☚この方は、他にもアイヌ関係の映像を集めておられる。)

 やっと「動き出した」のだってさ! やっぱり、これまでのアイヌ政策推進会議とアイヌ総合政策室は動いているふりをしていただけだったというわけだ。「閣議決定」が出たから、メディアも動きやすくなったというわけだろうか。北海道新聞「先住民族の遺骨 返還の機運を高めたい」というキャンペーンに変更したようだし、そもそも北海道新聞の「水曜討論」の2人の配置が象徴的でもあった*1。メディアに登場する「専門家」たちも変わってきて、まぁ、アイヌ遺骨返還に関する潮目が少し変わってきたとは言えそうである。

 専門分野を「世界の先住民族政策」研究に鞍替えしたというわけではないのだろうとは思うが、「世界の先住民族政策にも詳しい」らしい加藤教授が、オーストラリアからのアイヌ遺骨の返還に関わってきたと紹介されている*2

P.S.先住民族の地におけるダム建設と考古学者の役割の再検証も「動き出し」て欲しいものである。NHKの皆さん、どうぞよろしく。

P.S. #2(07.22):予定していた9つのコメントうち3つを次の投稿で出したので、残りの6つを書いておく。

北海道アイヌ協会のコメントがないということとも関連していると思うのだが、この映像は旭川の記者が担当しているということがミソでもあろう。それでやや味噌味が違う「潮目の変化」をうかがわせるものとなっている。

②オーストラリアの事例の扱い方に違和感がある。オーストラリア政府がいかに遺骨返還に協力的かを強調し――日本政府と対比したいのかもしれないが――その後にアボリジニーの交渉団体が登場する。加藤教授らの日本側関係者に紹介されて向こうの関係者を取材したのであろうか。オーストラリアにおける遺骨返還のイニシアティヴからの流れが逆の印象を受ける。

③これは編集者によるのであろうが、加藤教授の肩書きは、なぜ「考古学教授」とされなかったのだろうか。それが、同教授の「アイデンティティー」ではないのかな? それは、編集者による「印象操作」であり、「世界の先住民族政策に詳しい」北海道大学アイヌ・先住民研究センターの教授という権威付けだろう。

④シシムカ文化大学の会場の様子は、想像していたものとまったく違っていた。篠田氏の表情には、一寸同情を誘われそうになった。

⑤と⑥は長くなるので、後日に。➡P.S. #3(07.23):それぞれのテーマと関連することが生起するまで、出し惜しみすることにした。

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悩まない国交省と悩める文化庁のお役人たち

 モニュメント建造によって伐採される樹木について、「異例施設」のモニュメントの高さが政策推進作業部会で最初に話題として出た後で書いたか、下書きに保存したままか、覚えていないが、探すのも面倒である。
 第30回作業部会「議事概要」によれば、モニュメントは「30mを基本とする」ということで話が進んでいるようであるが、「景観」だとか「自然との共生」だとかの話題との関連で考えても面白いものである。

 まずは、国土交通省(出席者欄には「傍聴」となっているのに説明もするのだな)による説明から。

スケジュールについては、今後は、本年5月以降、土地造成ということで、その後、本年夏ごろからモニュメント、さらに慰霊行事を行うための施設を本年夏ごろから、墓所となる建物については、本年度末から、順次、整備を進めていく。なお、敷地全体の樹木の伐採等は、検討中。(p. 9)

この「樹木」というのは自然林なのだろうか。

 慰霊施設の構成施設として、モニュメントを検討しているが、これについては、アイヌの関係の皆さんやデザイン・造形の専門家から構成されるモニュメントの検討会を設置して、昨年12月から検討を進めているところ。来週、最終取りまとめを予定していて、現在、議論されている整備の方向性としては、イクパスイをモチーフとして、アイウシ・モレウ等のアイヌ文様を表現するということ、また形状は楕円柱とし、構造体は鉄骨にするということ、外装材はステンレスとして、文様をセラミック塗装で着色するということ、高さは30メートルを基本とする、こういった内容で、検討が行われている。また、コンセプトとしては「過去を忘れず、未来にわたり尊厳ある慰霊を実現するための礎とする」ということ。モニュメントのデザインに込める思いとしては、魔よけの意味があるアイヌ文様と神への願いを意味するイクパスイ。それとフクロウの文様で自然との共生の理念を示すということ。それとモニュメントが空に向かって伸びる様子で、未来に向けての平和を希求する思いと民族共生の理念をあらわすということで、検討が行われている。最終的なデザインや外観・スケールについては、引き続き検討を行う。(p. 10)

 次は、文化庁からの説明に関する質疑応答からである。(以下の抜粋以外にも非常に面白いやり取りがあるので、直接「議事概要」を読まれたし。)

アイヌ文化というのは、自然との共生が非常に大きなテーマだと思うのだが、自然の部分がどのようにあらわされているか、全然ここからは読めない。文化庁さんがつくられるから、しようがないのかもしれないが、基本的には北海道のどのような自然の中で、どのような生物と一緒にアイヌの人たちが共生しているのかということが表現されないと、恐らく自然との共生という話もわからないと思うが、いかがか。
○ 幾つか類似の御質問が出たので、アイヌらしさがデザインや構成の中でどう生かされているか、そこら辺についてお考えがあれば、お示ししていただきたい。
 ○ 幾つか御質問をいただいて、こちらも必死になって考えて、考えたあげく、うーんと悩んで[!!!]、この状態で出したという面もあることはある。建物の形状に関する部分だが、ポロト湖畔周辺の景観なるべく損なわない[でも、損なわざるを得ない]ということを第一の条件にして、それとアイヌらしさをどう両立させるかということで、相当頭を悩ませたのだが、面積であるとか、地形であるとか、こちらが表現したい展示場のあり方とか、総合的に考えたあげく、やはり自然景観との調和を第一に設計しないと、この設計は難しいということになって、アイヌらしさということは、建物の随所に部分的に表現する。例えば出入り口のところにアイヌ文様を施す、あるいはガラスの衝突防止用のマークにアイヌデザインを生かしたようなものをつけることによって、アイヌらしさを出すという形で、外面はそういう形で、さりげなくアイヌらしさを随所に出しながら、世界観をあらわそうという方針で、デザインをつくっていただいた。(p. 13)

○ 先ほどの御説明は、外観としては、自然の中で自己主張をするよりは、自然の中に溶け込むということをもって、いわば自然との共生というアイヌの考え方を尊重する。そしてその中で、アイヌ民族の特徴を示すような展示を試みるという、そういうお考えなのだろうと思う。もちろんそれについては、それとは異なるお考えも示されたかと思うので、さらに検討して、進めていただきたい。
ただいま大西さんがお話したように、私は溶け込んでいいなと思って見ているのだが、せめて真正面だけでも、何らかの形をつくる必要があるのかなと。ここに文様をちょろちょろと入れたからいいという問題ではなくて、全体でどういうように見えるのかなということを、考えたほうがいいと感じた。それと、先ほど篠田先生がおっしゃった、自然との共生の関係、これはなかなかこの中でやれといっても、なかなか難しいと思っていたので、ですから、前回の会議のときに話させてもらったが、ポント・ポロトを利用して、大自然の中で、アイヌが四季を通じて何をしたか、四季を通じてどういう狩猟民族だったか、漁猟民族だったか、そのことを表現したいなということを話したのを聞いていると思う。そのことは進んでいるのか進んでいないのか、私にはわからないが、そういう自然の中で、今、篠田先生がおっしゃったことをすると、納得したものが出る。この中だと、表現するのに、どうなのかよくわからないけれども。と思って聞いていた。だから、アペフチカムイだとか、ペツカムイがどうであるかとか、そういうことを、そういう自然の中で、そういう環境のなかでやることが、誰しもが納得できる部分が出てくるのかなと思っていた。(p. 14)

何にしても、「展示」の話にならざるを得ないようだ。
 ここまでに示したように、この回の「議事概要」から、発言の中に名前を入れることで誰の発言かが分かるように「工夫」されている。それぞれの発言者が明示しろと提案したのか、あるいは部会長や官僚側の隠された意図があるのかは、私の知るところではない。そんな小細工をするより、各発言の冒頭に名前を表示すればよいではないか。もう隠しておく必要はないのではないか。

 第30回作業部会の議事概要を取り上げたついでに、阿部副理事長以外の誰の発言でもないと思われるこの発言を取り上げておこう。

○ 今、有形の展示の関係のお話があったが、無形のほうについて、アイヌ語のほうはある程度御努力いただいて、いろんな柱で今鋭意進められていると認識しているのだが、先ほど大谷課長がおっしゃっていた、アイヌ文様の関係はいろんな文化人類学の中で、新しく報告がある。先住民族文化財、文様とか、衣装というのは、いろんな形で見直されていて、アイヌ文様というのは非常に言語と文様ということで、非常にアイヌを象徴する、アイヌの意識を高める、あるいはほかから評価される材料でして、これに関して、遺骨と同じように、権利宣言の31条を改めてご覧いただきたいが、衣装なども含めて、先住民はこのような文化財私的財産としていいし、管理し、保護し、及び発展させる権利を有するとある。これは博物館の中心の、ソフトの中核を指すもので、今、国内では、デザインに関して、自分のつくった文様、個人でしかその権利は主張できない。言語とか、要するに集団の権利とは言わないが、そういう形で、知的財産権、著作権に関して、是非とも特許庁やなんかに関して、あるいは経産省文科省、関係の省庁に、是非ともこれを深く検討していただいて、どのような、それをどう保護するか、それと発展させるかということを、御相談する窓口を紹介していただきたい。
 31条の2項には、それに関する先住民と連携して、その権利の行使を認め、及び保護するため、国は効果的な措置をとるとなっている。是非とも総力を尽くして、ソフト面の発展をお願いしたい。(p. 15)

 直後にこのような発言もあるのだが、「議事概要」作成者の単純なミスなのか、意図的な改竄なのか、「私的財産」は「知的財産」であろうし、「先住民」は集団としての「先住民族」であろう。それにしても、何を「ご相談」し、「お願いしたい」のか、もっと直截に要望を述べれば良いだろうに(Cf. 本日の言葉)。平取では、政府の会議であれやこれや言っていると応答していたようなのに。それにしても、「権利宣言」第31条が「博物館の中心の、ソフトの中核を指すもの」という限定で語られるとは!

○ お願いなのだが、博物館の中の説明をしていただいたが、先住民族という言葉は1カ所しかないのです。国民の理解を促進するということは、2007年の国連総会で日本政府が賛成して、先住民族宣誓[これも誤植!?]ができて、2008年6月6日には、衆参でも我が国は、先住民族だと、アイヌを認めたわけだから、これは先住民族だということを、日本の国民の方々にわかってもらわないと、あるいはオリンピックの期間に開館したら、世界中から先住民族の人たちが訪れてくるわけで[??]、日本は先住民族として、アイヌのことを紹介しているんだなということがなければ、博物館のイメージが半分になってしまう。[博物館のイメージを第一に心配しておられる!]
 日本の人たちに、今まで我々が会議をやってきた中でも、先住民族だということをちゃんと紹介していただきたいし、アイヌの生活とか、仕事とか、交流とか、信仰などがあるが、信仰は私たちは申し訳ないが、明治になったら、みんな、仏教キリスト教になってしまっているけれども、私たちがこういうものがあるといって、今、勉強したり、やったりしている人もいる。ぜひそういう視点をこの中に、歴史とか、そういうところも含めて、取り上げていただきたいというのは、アイヌ協会として、会員のためにお願いしていきたいことなので、是非お願いしたい。(p. 15)


 先住民族の権利 vs.自然の権利という観点から批評を書こうと思ったまま、もう約1年半が過ぎてしまった。アイヌのリーダーに民族としての主張を語らせることなく早々に死なせてしまうし、末尾の解説者は一番肝心なポイントに沈黙している。だが、まるで「象徴空間」建設を題材にしたのかと思う感じの設定である。

 (「有識者」たちが好きそうな)司馬遼太郎に同題の本がある。

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「時期尚早」(w/ P.S. X 2)

 昨日、ある方が教えてくれていた。

新ひだかアイヌ協「遺骨返還は尚早」 コタンの会へ提訴中止要請北海道新聞、7月14日)


 【新ひだかアイヌ民族の遺骨返還に取り組む「コタンの会」が、日高管内新ひだか町静内地区などから北大が発掘した遺骨計198体の返還を求め札幌地裁への提訴を決めたことに対し、新ひだかアイヌ協会(大川勝会長)は13日、返還は時期尚早として、同会に対し提訴を取り下げるよう申し入れる方針を固めた。
 同日夜、臨時の役員会を開き決定した。協会は近く、コタンの会の清水裕二代表らに文書を送る。
 新ひだか町内には遺骨の集約、慰霊に適した施設はなく、協会内には「再埋葬の場所が決まらない中で返還の議論を進めるのはおかしい」「一度返還されると、研究目的で骨を持ち去った大学や国に責任が問えなくなる」などと、コタンの会の取り組みを疑問視する声があった。
 同協会は、町内から発掘された遺骨について、政府が胆振管内白老町に2020年度に完成させる予定の「民族共生象徴空間」の慰霊施設にいったん集約するのが望ましいとしており、大川会長は「協会は毎年イチャルパ(先祖供養)をしている。地元の受け入れ態勢を整えた後、返還を進めたい」としている。

 「異例施設」の内容や遺骨の研究の是非が決まらない中で「集約」ありきの議論を進めてきたのも「おかしい」。

 今の役員の代で「尚早」でない時期は来るのだろうか。第30回作業部会で出ていた議論がこういう形になってくることは容易に予測できたことであるが、どういう「チャランケ」になるのか、注目である。

Cf. 「「共存」するためには、毒殺されても怒るなとでも?」
「もう一度、シャクシャイン像の建て替えをめぐる現代的文脈」

P.S.(07.15):「一度返還されると、研究目的で骨を持ち去った大学や国に責任が問えなくなる」➡新ひだかアイヌ協会をはじめ、北海道アイヌ協会は、いま具体的にどのように責任を問うているのだろうか。
 6月下旬の平取での講座で阿部一司氏は、『学問の暴力』を読んで驚き、腹立たしくて仕方ないと言っていたらしいけれど――「新版」と言っていたようだから、最近になってようやく読んだのかな――その時に、この新ひだかアイヌ協会と同じような理由を挙げて、(これも今ごろになってという感ありだが)北海道アイヌ協会と地域のアイヌとの対話を訴えていたそうである。さらにここで、国に対してなのだろうと思うが、「賠償金を払えということもある」というようなことも言ったそうである。
 第29回作業部会の議事概要(p. 7)に、国内の大学が保管しているアイヌ遺骨の取得方法に関して、「盗掘」ということを「認めてしまうと法的な意味合いの賠償とか謝罪などが必要になってくるだろう」という発言の中で「賠償」という言葉が出て来るが、これ以外、アイヌ政策会議やその作業部会できちんと、具体的に賠償・補償が論じられてきたという記憶は、私にはないのである。記録に現れない形で、舞台裏で(秘密裏に)話し合いが行われているというのだろうか――それはありそうにないと思うのだが。

P.S. #2(08.05):『週刊金曜日』7月21日号掲載の平田剛士記者の記事によれば、6月26日の平取でのシシムカ文化大学でと思われる講演で、北海道アイヌ協会副理事長の阿部ユポ氏が、政府のアイヌ政策関連会議で「国の謝罪・賠償を求めている最中」と発言したようである。これについて少し書いておきたい。
 まず、上に書いた通り、これまでの政府の会議の記録ではどこで「謝罪・賠償」の話が出て来たのか明らかにされていない。現在のところ、第31回政策推進作業部会の議事概要が未公開であり、公開が長引いている理由にそのことがあるのかもしれない。
 しかし、阿部氏が「謝罪・賠償」について作業部会で発言していたとしても、それが、彼の個人的意見として出されたのか、北海道アイヌ協会を代表する副理事長としての発言なのかが分からない。最近同協会のホームページに公開された北海道アイヌ協会編『アイヌ民族の概説』(改訂版)(2017年3月)の中に「第2回 アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会 加藤理事長発表要旨」(pp. 21-27)および「『世界考古学会議』全体会での加藤理事長発表原稿」(pp. 27-29)も収録されているが、遺骨に関する謝罪や賠償の要求は一言も出ていない。
 平取での阿部氏は、アイヌの同胞たちに向かってウコ チャランケをしようではないかと呼び掛けたようでもあるが、仮にアイヌ協会として「謝罪・賠償」を要求しているのであれば、勝手に訴訟をやられては困るという前に、自らの考えをきちんと説明しておくべきではなかったのだろうか。しかし、これまで遺骨の返還問題を語らねばならない場面では、事あるごとに、返還を求めるアイヌとは反対方向を向いて話をしていたというのは、なぜなのだろうか。
 有識者懇談会の段階で加藤理事長は賠償要求を否定する発言をアルジャジーラ放送とのインタビューで述べていたし、政府と有識者の「広告塔」となっていた某大学教授も国交省のPR誌のような場で、後ろを振り向かず前を向いて行こうと言って、「謝罪・賠償」については類似のことをほのめかしていた。
 北海道アイヌ協会や「有識者」たちは、「謝罪・賠償」を求めても政府は相手にしてくれないだろう、それよりも、そういう言葉は使わずに「民族共生」の名の下に今のような対策――アイヌ政策というより、これからはアイヌ対策と呼ぶことにするか――を推し進めていくことで対策予算を拡充していくことにした方が良いという(アイヌ総合政策室の意向を忖度するかのような)判断をして、これまで来たのではないのだろうか。
 そもそもアイヌ政策関係の会議で謝罪や賠償を個人で要求することが賢明な策なのかどうかも考えてみる必要があるだろうが、仮に阿部氏が「謝罪・賠償」を求めて政府の会議で孤軍奮闘をし、他のメンバーから煙たがられているとしても*1、返還が可能である遺骨に対してその子孫や地元が遺骨を集約して賠償を求めるより原状回復を優先するとした場合に、自分たちの邪魔になるからといってそれを阻止しようとしても、そこには理も利もないだろう。

*1:今は、篠田氏が阿部氏をバックアップしているのかもしれない。第30回作業部会議事概要にはそれをうかがわせるやり取りがあるが、もう少し確かな資料や第31回作業部会の議事概要が出るのを待とうと思う。

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第9回アイヌ政策推進会議での高橋北海道知事の発言について

 まず初めに、6月の後半に書く時間が取れなかったが、今夜改めて、ここで紹介した第29回政策推進作業部会の議事概要の斜め読みしていた部分を読み直していて、「今は何時代?」と思ってしまいそうな発言を紹介しておこうと思った。

来場者100万人というのは確かに達成目標として大きな目標であり、これは官房長官の御下命だからやらなければいけないことはわかっているが、それが先行し過ぎて本当にアイヌの人たちの心のふるさとになるのかが問題。(p. 14)

この後、この方は女性トイレのことを心配しておられるのだが*1、今さら、下線部が「行政のあり方」を何とかと指摘しても仕方ないか。

 第29回よりも第30回作業部会の議事概要が非常に多くのことを見せてくれているのだが、多くのことがあり過ぎてまとめる時間がない(というか、もったいない)。

 さて、1つ前の記事で引用した高橋北海道知事の発言について、読者から何か反応が来るかなと思っていたのだが、もう分かり切ったことなのだろうか、それとも興味がないのだろうか、今のところ何も来ていない。しかし、ディズニーランドに行ってミッキーマウスを本物と思い込んで帰る幼い子どもたち――「夢」を持つことは、それはそれで良いことではあろうが*2――と変わらない感想を持って帰って来たようにさえ見える高橋知事のこの発言は、「民族共生の象徴空間」の将来を非常に分かりやすく予言しているように思える。将来、北海道を訪れる外国の要人を、知事(または道庁)は「民族共生の象徴空間」に案内して、(知事の言葉をもじれば)「白老を含む北海道全体のアイヌ民族のありようを展示しているところ」を見せて、彼・彼女たちが「言葉がわからなくてもストーリーで伝わるという」「すばらしいショー」でアイヌ民族の文化や歴史を理解したのだと感動して帰国してくれる、そして次々と訪問団を送り込んでくれるというものであろう。知事は、アイヌ民族衣装を着せたテディベアーの縫いぐるみをお土産に持って行き、帰りにはフラガールの人形でも買ってきたのだろうか。

 高橋知事は「私どもも国の御指導をいただきながら」と言っているが、ハワイイのポリネシア カルチャー センター(以下、PCC)の設立と運営にアメリカ連邦政府は関係していない。むしろ面白いことは、早い時期からPCCが儲けすぎて、非課税対象としておくのはおかしいと連邦政府のIRS(国税庁)が1981年に決定して、双方で争っていたくらいである*3

 PCCは、末日聖徒イエス・キリスト教会モルモン教会)がハワイイのオアフ島に、近くのブリガム ヤング大学のハワイイ キャンパスの学生に雇用を創出する目的で、1963年に設立したものである*4が、設立当初から、地元の共同体との問題が存在している。

 今夜はここまでとして、"Hawaiian History, Colonialism, and the Polynesian Cultural Center" (By Amanda, December 28, 2012)(ハワイイの歴史、植民地主義、そしてPCC)というブログ記事を紹介しておく。以下は、その後半部分である。

 ハワイイと米国の関係史と同様に、PCCも物議を醸してきた。まず、PCCの建設前に地元コミュニティとの協議が行われなかった。地元民は約束された奨学金を出すことはできないだろうと考えたが、実際には期待されていた以上の成功を収めたにもかかわらず、多くの地元民が不満を抱いたままである。
 ライー(La'ie)コミュニティの人々の中には、実際にはPCCは地元から資金を吸い上げていると感じている人もいた。PCCができる前には、伝統漁によるコミュニティの集まりから上がっていた収益は、地元の貧しい人々の支援に回っていた。ネックレスやその他の品をそこで売って収入を補う人々もいた。教会は、最初は、地元の人々がPCCの外で土産物を売ることを許可していたが、利益に一部を吸い上げた。収益が貧しい人々を支援するためにコミュニティに還元されることはなかった。PCCの前と後の変化について、一人の女性が「生活は、今ほどきつくはなかった」と語った。
 他の人たちは、PCCが学生から多くの時間を要求しすぎていると批判した。1980年代に、あるポリネシア人の教授は、ポリネシア人学生を図書館で見たことがないと語っていた。学生たちは、踊ったり、仕事をしたりしていた。教授は、ブリガム ヤング大学ハワイ校で、その学生たちがどんな教育を受けているのだろうかと不思議に思った。
 PCCが、ショーをより娯楽的にするために、本来のポリネシア文化を徐々に失いつつあるとの批判もあった。他の批判には、学生たちの精神性をPCCの利潤性の名の下に犠牲にしているというものもあった。彼・彼女たちは、白人の学生たちに対してはその衣服を脱ぐことを期待されていないのに、なぜポリネシア人学生は肌を露出する衣服を着ることを許されているのかと問うた。学生たちが家族団らんの夕べ(Family Home Evening)に出られるように、PCCはなぜ月曜日に休みとならないのか、あるいは、教会は熱い飲み物を禁じているのに、PCCがなぜコーヒーを出すことを決定したのかと不思議がる者たちもいた。彼・彼女たちにとって、唯一、意味をなした理由は、ポリネシア人学生たちが何らかの理由で白人学生より価値が低いというものであった。

 ここまでは、アマンダさんがBYU-Hawaiiに収集されている口承史を読んでまとめたものである。そして、続く。

 PCCを訪問した時、これらすべての問題は敷物の下に掃き込まれていた(=臭いものとして蓋をされていた)。サモアは、国の半分が米国領と見なされて、米軍に支配されている場所としてではなく、人々が常に冗談を言って、ココナツの木に登る幸せな場所として提示されていた。フィジーは、ほとんど文化的多様性のない場所であった――インド人労働者の急速な流入には言及も考慮もなかった。条約で約束された土地の返還を要求するニュージーランドマオリは、棒を使うゲームをしたりハカを踊る人々としてしか語られていなかった。PCCでのポリネシア文化の提示に驚きはしなかったが、それでもなお、それは当惑するものだった。特に、私のガイドたちがユタ州テイラーズヴィルから来た金髪の女子と韓国からの留学生であったから。提示された幸せなイメージは、私の太平洋地域の知識と一致しなかった。太平洋地域の至る所の軍やアメリカ政府と太平洋島嶼民との間の緊張した関係について知っている時に、ツアーガイドたちや戻って来た宣教師たちから何度も何度も、ポリネシア人がどんなに友好的で幸せにしているかと語られるのは奇妙なものである。

 それをもっと奇妙にしたことは、BYU-Hawaiiの教授陣の多くと学生の多くが、私が知っていることと同じ問題について知っているということである。そこの書店にはアメリカの植民地主義に関する本がある。

 私がPCCから何を期待していたのか定かではないが、そこを出た時に満足感はなかったし、少しばかり落胆していたということは確かである。

注:ライー コミュニティとPCCの間の不和が続いていることを述べておくべきだろう。マリオット ホテル チェーンが現在(このブログ記事は2012年のもの)、農村コミュニティと自らを見なしているライーに250室のホテル建設を計画中である。多くの人たちが、このホテルはハワイイの北岸の特徴(ビデオに映っている海辺)を壊すだろうと考えていて、地元の政治体にホテルを認可しないように求めてきた。ホテルは、Envision La'ieという地元の団体のもっと大きな開発の一部である。カメハメハ ハイウェーを車で走れば、多くの地元のハワイイ人たちがこの計画について感じている怒りを見ることができる。周辺地域の至る所に、人々に「ライーを田舎のままに」と求める看板がある。マリオットは教会の所有ではないが、その所有者の信仰とハワイイの外の多くのモルモン教徒のEnvision La'ie計画への関与が、多くの人々がそれと教会とを結びつける原因となってきた。

 こちらも参考にされると良いだろう。➡"The Real and the Fake: Polynesian Culture and How We Perceive It".

 最後のNoteに関係する映像:
Residents fight to 'keep the country, country' posted by KITV.

Debate over Laie land development posted by KITV.

Envision Laie - Kuleana owner from Laie speaks against developments posted by MalamaOurIslandHome.

 要するに、事前にどれだけのことを学習して行くかによって、見たものについて考えることが大きく異なるということの好例と言えるだろう。

*1:P.S. #2:第30回作業部会の「議事概要」でも、長さ130mの箱物にトイレが1つしかない、2つにせよと注文をつけている某大学副学長先生のご発言である。

*2:Cf. ランディ・パウシュ/ジェフリー・ザスロー『最後の授業』(ランダムハウス講談社、2008年). 

*3:"CULTURAL CENTER IN HAWAII FIGHTS I.R.S. TAX RULING".これは、1981年3月26日のニューヨーク タイムズ紙の記事である。

*4:ポリネシア・カルチャー・センター概要.

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これは、いつ公開されたのだろう?――第9回アイヌ政策推進会議「議事概要」

 読者諸氏は既にお気づきだったかもしれないが、私が気づかぬ間に、5月23日に開催された第9回アイヌ政策推進会議の議事概要(全8ページ)が公開されている。1カ月後として、6月下旬に公開されていたのだろうか。しかし、4月21日の第31回作業部会分が未だだ!アイヌ総合政策室は、なぜ公開日を明示しないのだ。恥ずかしくてできないのか!? 政策過程や後に歴史を研究する者にとっては、必要かつ重要な情報となるのだ、分からないのか!

 霞んだわが目を疑って、目を細めてよ~く見直した。あれだけ沢山の資料が配布された会議が、わずか30分だったのか。呆れた!(今までもそうだったが。)


 よく覚えておきましょう。

出席者:菅内閣官房長官、橘復興副大臣、阿部委員、石森委員、大西委員、加藤委員、菊地委員、佐々木委員、高橋委員、常本委員、丸子委員、八幡委員、横田委員、杉田内閣官房副長官、古谷内閣官房副長官

 はい、出席者の皆さま、これを暗唱できますか?「民族共生象徴空間交流促進官民応援ネットワーク等」(p. 2)

 事務局が説明の最後で「以上の内容について、アイヌ政策推進会議の審議を経た上で、政府に所要の措置をお願いしたいと考えています」と述べているのだが(p. 2)、「審議」は、「意見交換」(p. 3 以降)にすり替えられている。

 そしてまず、加藤理事長の発言:

○ イランカラプテ。ありがとうございます。
 私からは、官房長官へのお礼しかありません。何といいましても、アイヌに寄り添ってというその言葉。何といっても固定観念や先入観を払うのだと、この対応に、アイヌ全体で感謝しかありません。今後ともよろしくお願いしたいと思います。

 既に多くの国民が、北海道アイヌ協会に対する「固定観念や先入観」を払拭されていることだろうと思いますよ。

 これは、高橋知事であろう。(pp. 3-4)

 若干御報告を申し上げれば、ゴールデンウイークのころにハワイに行ってきまして、ハワイ州と北海道の友好提携のために行ったわけですが、その際にハワイにおける先住民族の方々に対する政策が大変先進的であるというお話を聞いていましたので、ポリネシア・カルチャー・センター(Polynesian Cultural Center)という、ハワイを含むポリネシア全体の先住民族のありようを展示しているところにも行ってきました。それからハワイ語。これもアイヌの言葉と同じように文字を持たない先住民族の言葉ですが、その伝承プログラム学校の状況も実際に拝見したところです。
 そういったことを一つ一つ参考にしながら、私どもも国の御指導をいただきながら、しっかりと、白老における施設整備に生かしていければと思った次第ですが、その際、私が一番感動したのは、このポリネシア・カルチャー・センターのショーがあるのですが、2,000人以上のお客さんを集めてのすばらしいショーです。言葉がわからなくてもストーリーが伝わるということを、ダイナミックなダンスと体いっぱいの表現力で、地元の若い人たちがオーディションを経てやっているということを伺いました。終わった後、彼らが大反響の中で、情熱を持って、はつらつとして、誇りに満ちた表情で、我々観客に接していた。
 こういうことが、今回のアイヌの文化発信に向けても大変重要だということを強く強く思ったところです。こういう問題意識も皆様方と共有できればと思う次第です。象徴空間の整備に向けて、私どもも地元白老町等とも連携を図るわけですが、開設準備と運営体制の整備に向け、道として道内経済界と一体となって積極的な役割を果たしていきたいと思いますので、よろしくお願いします。

 次も高橋知事の追加だろうか? それとも、加藤理事長?

○ もう一点だけ。
 一般公開するのは2020年の4月24日の大安の金曜日ということでお願いしたいと思っていましたので、よろしくお願いします。

 何もコメントは要るまい。読者には、特に下線部を吟味して戴ければよい。「問題意識」ねー。

 その次の人は、誰でしょうね? 3つの言葉に注目。
「北海道のアイヌ民族にも族種の制限があるのです。」⇒「族種」の意味が分かりません。
アイヌ民族側の歴史や実際に寄り添い、行政の不当監視等や過去の政府見解の見直しも含めて(略)」⇒なんとなく、どなたの発言か分かりそうですね。
「2020年には世界の国々から先進国日本先住民族政策が吟味され、評価されるものと思います」⇒「先進国日本」という思い込みも「吟味」し、「評価」し直しましょう。

 最近、メモ帳の機能がおかしかったのだが、ついに、このPCでは初めてだけど、突然、入力したものが失われてしまって、ここまで再入力した。それで遅くなってしまったので、ここで止める。

P.S.:もう少しだから続けて、終わらせよう。

「英語、スペイン語、フランス語でどうアイヌ文化を紹介するかということを、今から準備しておかないと(略)」(p. 7)➡肝心なアイヌ語はないの?

 最後に、菅内閣官房長官の挨拶である。

委員の皆さんから、大変貴重な御意見をいただきまして、感謝申し上げます。

結局、「審議」は何もなかった。
 ついでに、上の疑問を一つ解決してくれている。

先ほど加藤理事長、高橋知事から、開業日として2020年4月24日の大安吉日という御提案をいただきました(略)

 実は、この議事概要で私が探していた情報は、6月27日の閣議決定の件がここで「審議」されたのかということであった。菅官房長官は、「2015年6月に閣議決定をしました、「民族共生の象徴となる空間」の整備及び管理運営に関する基本方針を改正して、象徴空間の開業準備を遅滞なく進めてまいります」(p. 8)とは言っているものの、「異例施設」での遺骨の研究はしないということは一言もない。閣議決定が出された時、私は、アイヌ総合政策推進会議アイヌ政策推進会議の頭越しに決定されたのではないかと推測したのだが、果たして真相は如何に。

 最後に余談を一つ。F先生の笑い話だったので、小学校の5年か6年生の時、多分5年生の時だっただろうと思う。ある田舎出のお手伝いさんが、そこの奥様にある日、「奥様、帯がお垂れになっております」と教えてあげたそうな。すると奥様が、丁寧に「お」を付けて話しかけなくても良いと言ったそうな。
 またある日、奥様の帯が垂れているのを見たお手伝いさんは、後ろから「くさま、びがたれになってります」と教えた上げたそうな。奥様は、???状態だったとか。
 「議事概要」を読みながら、この話を思い出してしまった。

P.S. #2(07.11):今までは、官房長官挨拶は冒頭にあったのではないかと漠然と記憶しているのだが――調べる時間がもったいない――、ここでは最後になっている。ナンカ変だなと感じながら読んだ。たった30分の会議だが、最初からいたのだろうか。

 ところで、"AINU POLICY WATCH" watcherの読者から早速、指摘がきた。メール本文を直接引用しようと思ったのだが、編集が難しい。要点だけ書いておくと、菅内閣官房長官が言及している閣議決定は2014年ではなかったか、「議事概要」/菅が間違えているというもの。(最近は私も間違うから、この方は、まず「議事概要」で確認したとのこと。コピー&ペーストしているのだけど。)

 菅長官が言及しているのがこれ(2014-06-16 「民族共生の象徴となる 空間」の整備及び管理運営に関する基本方針(閣議決定本文))なら――他にないだろう――、たしかに間違っている。

 高橋知事と同じ感動と「問題意識」をちょっとだけ共有したい方は、ここここへどうぞ。
 このレベルの「問題意識」での「審議」しか行われていないことに、怒りを通り越して、笑いと涙しか出てこない。私が思うに、落語研究会の問題とどっこいどっこい、いや、むしろもっと酷いのではないか?

おまけ:
The Bobbleheads posted by Dwayne Wallen.

Hillary Clinton's nodding inspires bobblehead doll posted by CNN.

P.S. #3(07.12):今日は凶と出た! 無理するなとのこと。要注意かな。

 「アイヌ人骨研究利用に関する札幌医科大学への質問書」に対する同大学の回答書が公開されている。
 さて、北大開示文書研究会とコタンの会は、これをどう扱うのだろう。

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