AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

消えた「返還」の二文字:アイヌ政策有識者懇談会の議事資料より

 現在のアイヌ政策推進会議の検討事項の基本枠組みを作ったアイヌ政策に関する有識者懇談会の公開されている(=一般国民が見ても良いとされている、しかしすべての採録ではない)資料や議事概要でアイヌ民族の遺骨の問題がどのように扱われたのかを追ってみると、興味深い事が浮かび上がってくる。

 第2回会合で加藤忠(現北海道アイヌ協会)理事長は、同協会の「政策提案」の中の「(3) 遺骨の返還、慰霊」の項目で次のように述べている。

人類学の分野では、江戸時代後期にイギリスとの間で外交問題となったアイヌの墓からの人骨盗掘事件が起こっています。
また、全国の大学に、盗掘の結果収集されたアイヌ人骨の返還や人類学研究のあり方とその対応策を進め、全国的な啓蒙と和解の象徴となるような施設の設置ができればと考えております。(p. 9)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainu/dai2/2gijigaiyou.pdf

 歴史的な「アイヌの墓からの人骨盗掘」、「全国の大学に」ある「盗掘の結果収集されたアイヌ人骨の返還」が課題として提出されている。翌年5月の道東(釧路市阿寒町)での「アイヌ関係者」からの提言にも、「アイヌ語地名の普及、アイヌ民族への遺骨・副葬品の返還や文化伝承機関の設置などの文化・宗教・言語の権利」という形で、「返還」は求められている。http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainu/iken/090623gaiyou.pdf

 こうしたことが、次の第3回会合の資料1の「意見・要望等」で、次のようにまとめられ、先住民族の権利に関する国連宣言の関連条項が列挙されている。

2 精神的生活/(2) 遺骨の返還・慰霊
過去において墓から発掘・収集され、現在大学等で保管されているアイヌ人骨等の返還、全国的な啓発と和解の象徴となるような慰霊施設の整備といった対応策を進めることが必要。


第12条
1.先住民族は、その精神的及び宗教的な伝統、慣習及び儀式を明示し、実践し、発展させ、及び教育する権利、その宗教的及び文化的な場所を維持し、及び保護し、並びに干渉を受けることなくこのような場所に立ち入る権利、その儀式用の物を使用し、及び管理する権利並びにその遺体及び遺骨の帰還についての権利を有する。
2.国は、関係する先住民族と連携して設けた公正な、透明性のある、かつ、効果的な仕組みを通じて、自国が保有する儀式用の物並びに遺体及び遺骨へのアクセス又はこれらの返還を可能にするよう努める。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainu/dai3/3siryou.pdf

 「遺骨の帰還」?何とも変な日本語に思えるが、これは外務省の仮訳である。ここの1項でも「返還」の言葉が消えている!「返還」を使うことは、よほど都合の悪いことなのか。2項の「返還」は見落としてしまった?参考までに、市民外交センターの仮訳も載せておく。

第12 条 【宗教的伝統と慣習の権利、遺骨の返還】
1. 先住民族は、自らの精神的および宗教的伝統、慣習、そして儀式を表現し、実践し、発展させ、教育する権利を有し、その宗教的および文化的な遺跡を維持し、保護し、そして私的にそこに立ち入る権利を有し、儀式用具を使用し管理する権利を有し、遺骨(注)の返還に対する権利を有する。
2. 国家は、関係する先住民族と連携して公平で透明性のある効果的措置を通じて、儀式用具と遺骨のアクセス(到達もしくは入手し、利用する)および/または返還を可能にするよう努める。

(注)原語の“human remains”は、遺髪など、骨以外の遺体全体を含む概念である。
http://www005.upp.so-net.ne.jp/peacetax/Indigenous_Peoples_080921.pdf

 ここでは、「盗掘」という言葉が削られているが、これは、政府や研究者たちが嫌った結果かもしれない。理由は何にしろ、ここでは「発掘・収集」の正当・不当は関係なく、すべての「アイヌ人骨等の返還」が課題となる。そしてそれは、「慰霊設備の整備」とは別項目として存在する。

 同じ日に配布された「資料2」で、「諸外国の主な先住民族政策」として、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドフィンランド、台湾が「調査対象国・地域」とされたことが明かされている。だが、遺骨や遺跡に関連する外国の政策は「③その他」の項目の下でアメリカ、カナダ、オーストラリアの3カ国だけが挙げられており(国連宣言に反対した4カ国のうちの3つ)、その中でも遺骨やその返還に関係する叙述は、次のものだけである。

●アメリカ
・「先住民の墳墓保護及び返還法」により、連邦の土地又は部族の土地で発掘及び発見された部族に関する埋葬品の所有権が当該部族の直系子孫に属する旨を規定。連邦政府機関及び博物館に対し、その保管する部族の埋葬品等の目録作成義務、正当な子孫の請求があれば返還する義務を規定

●オーストラリア
・全ての州において、先住民族の考古学的遺跡や伝統を守る法律を整備
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainu/dai3/3siryou.pdf

 検討された諸外国の政策が本当にこれだけだとしたら、どこまで本気になされたのか疑いたくもなるが、今の「日本型先住民族政策」の追求を考えると、真意が見えてくる。この問題は、別途取り上げるつもりなので、今日は入らないことにする。

 同じく第3回会合では、懇談会メンバーの常本照樹教授が、「精神・文化に係る政策のあり方」として、レジュメで次の2点を提示している。

・精神・文化に係る政策は、アイヌとしてのアイデンティティの根幹に関わるとともに多様な文化尊重の基盤。
・民族固有の信仰を尊重し、信仰対象の保全や遺骨等の返還、アイヌ民族の精神性尊重の象徴となる施設の設置などを考慮。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainu/dai3/3siryou.pdf

 これを言葉では次のように述べている。

第1が、精神・文化に係る政策のあり方についてです。まず、精神・文化に係る政策は、先に述べた第1及び第2の基本理念、すなわち文化の多様性アイヌアイデンティティーの尊重から直接に導かれる政策であるということができるのではないかと思われます。とりわけ、アイヌ民族固有の信仰や宗教儀礼は強く尊重されるべきであり、信仰対象の保全や遺骨等の返還、さらにアイヌ民族の精神性の尊重の象徴となる施設の設置などが考慮されるべきではないかと思われます。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainu/dai3/3gijigaiyou.pdf

 ここでも、「信仰対象の保全や遺骨等の返還」と「施設の設置」は、別項目として分離されている。

 第5回会合で、国立科学博物館人類研究部の篠田謙一研究主幹が、「自然人類学から見たアイヌ民族」と題する報告を行い、人骨の研究者の利害関心を提出することになる。アイヌ人骨研究の歴史、成果、新しい研究方法による研究の進展、人類学会の基本方針などに言及した後(全文に関心のある方は、直接、下記URLでお読み下さい)、次のように締めくくっている。

ただし、その研究の源になるのは、あくまでも収集された人骨である。それ無しには、如何に技術が進歩しても、新たな知見を得ることはできない。しかしながら、人骨の研究者は現在数を減らしており、全国の大学に保管されている貴重な人骨が散逸する可能性すらある。この現状を問題視した日本学術会議の人類学・民族学研究連絡委員会は、平成9年に関係機関・関係者に対して「古人骨研究体制の整備について」の提言を行った。アイヌ人骨に関しては、特に倫理的な問題に十分配慮することが必要で、死者に対する慰霊と同時に研究を行うことができる新たな環境が整備されることが必要であると考えている。(pp. 3-4)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainu/dai5/5siryou.pdf

 実際の報告の中では、「私たちの研究室には5,000体位の人骨があります」とも明かされている(アイヌ以外の骨も含む数字なのだろうと思うが)。そして、次のように述べている。

資料1に主なアイヌ人骨がどのように集められたかということを表にしました。古くは明治時代から集められた人骨もあります。大正時代あるいは昭和の初期、あるいは戦後に随分沢山の人骨が集められています。このような先達が集めた人骨の研究によって、私たちはアイヌの成立あるいはアイヌの集団の地域差といったものを見ることができたわけですが、決定的に本土と集め方が違っていたのは、本土の日本ではそこの人々自体に収集の目的、ないしはその意義を説明して人骨を集めましたが、残念ながらアイヌ人骨の中にはそのような手順を経ずに集めた人骨がかなり混ざっています。これは人類学者としても率直に反省しなければいけない点だというふうに思っていますが、このような人骨の研究、特にDNAの研究などは、今後更に研究が進めば、より多くのデータを得る可能性があります。ですから、このような人骨も合わせて、慰霊とそれから研究というものの両方ができるような設備が整って、今後アイヌ研究あるいは日本人全体の成り立ちの研究といったものが更に進むといったことを私どもは願っております。(p.5)

 ここに来て、「返還」の言葉は消え、たとえ不当に収集された骨でも研究のためには保持し続ける必要があるということで、慰霊と研究の両立ができる設備というものが提案されている。

 ついでだから、少し長くなるが、その日の意見交換からもう少し再録しておく。(6-7ページ)

札幌医科大学のイチャルパ、供養祭と言いますが、遺骨の返還、更にはDNAのレベルでのアイヌ古人骨による研究申し入れについての話し合いなど、取組は進めてきているところです。これらの取組は、不当な方法で収集されたアイヌの人骨の返還などに関わる先住民族の権利に関する国連宣言第12条の具体的な取組でもあると思っています。この取組の更なる推進と、東大や京大などの国内外の大学他に分散し、保管されているアイヌの人骨について、先住民族の先祖の尊厳回復と今後の研究、アイヌ文化、歴史の理解促進、啓発の意味合いを込めて、象徴的な施設を早急に国民の理解を得て国の責任のもとに設置していただければありがたいと思っています。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainu/dai5/5gijigaiyou.pdf

 札幌医科大学の取り組みが国連宣言の具体的な取り組みかどうかは、ひとまず置いておく。

○ 今後のアイヌ人骨に対する研究に当たっては、倫理的な問題に対する考慮が必要で、死者に対する慰霊と研究を同時に進められるような新しい環境を、というお話がありましたが、もう少し何か具体的にお考えがあったら教えてください。
札幌医科大学の取組が、イチャルパをやり、それからアイヌの人々とお話をしながら研究も進めさせていただくというモデルケースになっていますので、そのような事例をそのまま進めていくというのが私は一番いいのではないかと考えています。
北海道大学は相当数のアイヌ人骨を保管していて、管理している部局の考えによれば、これはあくまでも慰霊のためにお預かりしているのであり、研究目的ではないとされています。ただ、将来の研究の可能性があるので、その可能性も含めて適切な方法はないかという意見もあり、いろいろ具体的に考えると難しい問題もあるようです。
北海道大学が所蔵されているアイヌ人骨は一桁違う量ですので、この研究が自由にできるようになれば、非常にまた新しいことが分かってくると思います。ぜひ、アイヌの方々との間で研究協力に関する話し合いなどを行いながら、研究を進められていくような体制ができればと思います。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainu/dai5/5gijigaiyou.pdf

 こうした議論が、「懇談会の議論を踏まえた課題」と「アイヌの人々からの意見等」として表にまとめられ、第7回会合で提示された。

・過去に大学等で収集された遺骨を返還し尊厳を持って管理する必要があるのではないか。

・大学等に保管されている遺骨を返還・慰霊するとともに、アイヌの先祖の尊厳回復と今後の研究やアイヌ文化・歴史の理解の促進、啓発のための象徴的な施設の設置(p.2)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainu/dai7/7siryou.pdf

 この第7回会合で、加藤理事長は、次のように発言しているが、実際に言わなかったのか、議事概要から削除されたのか、そこには「返還」の文字は見当たらず、「慰霊や・・・研究などの機能を持たせた仕組みのもの[の]設置」の要望と変わっている。

アイヌ民族先住民族であることの証となり、共生の象徴となる施設の設置については、海、山、川にまたがる広大な規模である国営公園などの設置とあわせ、それに付随させたアイヌの人骨の慰霊や、多くの文化、研究などの機能を持たせた仕組みのものが設置できれば、多くの国民にも先住民族アイヌの存在アピールになり、全国的理解にとって効果的な象徴的政策の一つになると思います。国家が主体になった共生の理念の実践となり、何よりもアイヌの仲間や先祖が喜ぶものになると思います。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainu/dai7/7gijigaiyou.pdf

 この後、有識者懇談会の『報告書』が出されるわけだが、そのポイントには、「②広義の文化に係る政策」として、次のように書かれている。

ア 民族共生の象徴となる空間の整備
アイヌの文化・歴史等に関する教育・研究・展示等の施設や大学等に保管されている遺骨の尊厳ある慰霊が可能となる施設の設置 など
・これらの施設を囲む、民族の共生の象徴となる空間を公園等として整備 など
(p. 3)

そして、『報告書』本文には、以下の記述がすべてである。

⑧ 研究におけるアイヌの人骨の取扱い
アイヌの人骨は、古くから人類学等の分野で研究対象とされてきた。
江戸時代末期の1865年には、道南地域2ヶ所のアイヌの墓から英国領事館員らによってアイヌの人骨が発掘され持ち去られるといった事件も発生した。
明治中ごろには、我が国においてナショナリズムが盛り上がる中で、日本人の起源をめぐる研究が盛んになり、日本人の研究者等によってもアイヌの人骨の発掘・収集が行われ、昭和に入っても続けられた。現在も数ヶ所の大学等に研究資料等としてアイヌの人骨が保管されているが、それらの中には、発掘・収集時にアイヌの人々の意に関わらず収集されたものも含まれていると見られている。(p.16)


アイヌ精神文化の尊重という観点から、過去に発掘・収集され現在大学等で保管されているアイヌの人骨等について、尊厳ある慰霊が可能となるような慰霊施設の設置等の配慮が求められる。これらの施設を山、海、川などと一体となった豊かな自然環境で囲み、国民が広く集い、アイヌ文化の立体的な理解や体験・交流等を促進する民族共生の象徴となるような空間を公園等として整備することが望まれる。(p. 34)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainu/dai10/10siryou.pdf

 かくして、「返還」の二文字は消えてしまった。

 以上、無断転載厳禁。

転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/20101026/1288072578

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