AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

アイヌ民族の遺骨は「古人骨」か

 アイヌ政策に関する有識者懇談会の第5回会合(2009年2月26日)で、国立科学博物館人類研究部の篠田謙一研究主幹が、「自然人類学から見たアイヌ民族」と題する報告を行って、アイヌ民族の遺骨を研究する研究者の利害関心を提出したことには、前に触れておいた。(http://d.hatena.ne.jp/Don_Xuixote/20101026)そこでも引用しておいたが、今日の話題と関係する引用を、読者の便宜を図ってもう一度引用する。

ただし、その研究の源になるのは、あくまでも収集された人骨である。それ無しには、如何に技術が進歩しても、新たな知見を得ることはできない。しかしながら、人骨の研究者は現在数を減らしており、全国の大学に保管されている貴重な人骨が散逸する可能性すらある。この現状を問題視した日本学術会議の人類学・民族学研究連絡委員会は、平成9年に関係機関・関係者に対して「古人骨研究体制の整備について」の提言を行った。アイヌ人骨に関しては、特に倫理的な問題に十分配慮することが必要で、死者に対する慰霊と同時に研究を行うことができる新たな環境が整備されることが必要であると考えている。(pp. 3-4.)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainu/dai5/5siryou.pdf

 これだけを読むと、「古人骨研究体制の整備について」の中で「人骨が散逸する」恐れについて言及されているのかと思い込んでしまうのだが、人骨の研究者の減少と発掘される人骨の増加への対応の問題は危惧されているものの、人骨(特に、ここで問題とされているアイヌ民族の骨)の散逸の可能性への直接的言及はない。そして、もっと興味深いことに、宗教的意味をもつ「遺骨」の研究に対する配慮は、まったく検討の枠外の問題として触れられていないのである。

 問題の提言というのは、日本学術会議 人類学・民族学研究連絡委員会「人類学・民族学研究連絡委員会報告 古人骨研究体制の整備について」(平成9年6月20日)pp. 325-335(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/14/16-46.pdf)である。この報告は、「人類学・民族学研究連絡委員会に設置された、古人骨研究体制検討小委員会の審議内容を基に作成され」(p. 335)、第16期日本学術会議人類学・民族学研究連絡委員会の審議結果を取りまとめて発表」(p. 325)されたものである。小委員会の委員長は馬場悠男が、連絡委員会の委員長は尾本惠市が、それぞれ務めている。発表後10年以上が経っているが、有識者懇談会で特に引き合いに出されたということは、同報告の内容が現在も生きているということであろうと考える。その上で、この報告の中身を見ていくと、いくつかの興味深いことが浮かび上がってくる。

 1.まず、「古人骨」の定義であるが、同報告には次のように記載されている。

古人骨の定義は厳密ではないが、ここでは、およそ近世以前の人間の骨あるいは歯が保存されている場合に、それを古人骨と呼ぶこととする。(p. 328)

 日本学術会議の人類学・民族学研究連絡委員会によれば、「古」の定義は「近世以前」ということであり、従って、同報告で議論の対象とされているのは、「近世以前の人間の骨あるいは歯」ということになる。イギリスのHuman Tissue Act 2004(人体組織法 2004年)では、同法の発効から遡る1,000年を基準として、博物館などに収蔵されているそれより新しい人間の遺体や遺骨などを返還移管する権限を当該機関に付与しているが(http://d.hatena.ne.jp/Don_Xuixote/20101027/1288116810)、この定義に従ったとして、現在、主要大学に保管されていて、「民族共生の象徴となる空間」に建設されようとしている施設での扱いが議論されているアイヌ民族の遺骨は、すべて「古人骨」に入るのだろうか。

⑧ 研究におけるアイヌの人骨の取扱い
アイヌの人骨は、古くから人類学等の分野で研究対象とされてきた。
江戸時代末期の1865年には、道南地域2ヶ所のアイヌの墓から英国領事館員らによってアイヌの人骨が発掘され持ち去られるといった事件も発生した。
明治中ごろには、我が国においてナショナリズムが盛り上がる中で、日本人の起源をめぐる研究が盛んになり、日本人の研究者等によってもアイヌの人骨の発掘・収集が行われ、昭和に入っても続けられた。現在も数ヶ所の大学等に研究資料等としてアイヌの人骨が保管されているが、それらの中には、発掘・収集時にアイヌの人々の意に関わらず収集されたものも含まれていると見られている。(p.16)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainu/dai10/10siryou.pdf

P.S. 近世「以前」ということは近代の始まり前、すなわち、諸説あるが(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E4%B8%96)、19世紀半ばより前ということであり、今からわずか150年前後しか経過していない「人骨」を「古人骨」と定義するようである。

 有識者懇談会報告書に記されている「昭和に入っても続けられた」発掘によって収集された骨がいつのものかは分からないということはあるが、「古」の定義があまりにも新しすぎる。イギリスの1,000年という区切りも恣意的過ぎるという批判があるが、たかだか150年ほど前の遺骨を発掘・収集し、自由に研究対象とするということは、もっと広く議論されるべきことではないだろうか。

転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/20110208/1297099219