AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

第10回「民族共生の象徴となる空間作業部会」議事概要を読んで

 久しぶりにアイヌ政策推進会議のサイトを覗いたら、第10回「民族共生の象徴となる空間作業部会」(2011年1月27日)の議事概要が掲載されていた(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainusuishin/shuchou-kukan/dai10/gijigaiyou.pdf)。いつ掲載されたのかは分からないが、今回は珍しく早いなという印象。今日は他の話題について書くつもりだったのだが、感想を少しばかり書く。

 「議事」の中で、「1.海外事例等について」ということで、2つの報告があったようだ。内容を知りたいと思っても、議事概要には何も収められていない。小谷氏がアメリカインディアン政策の専門家だったとは、恥ずかしながら、知らなかった。(http://kaken.nii.ac.jp/d/r/40111091
それに、国交省の北海道局がフィンランドの対サーミ政策を研究しているというのも興味深い。ますますお茶が濁されてきたという感じだ。

アメリカ合衆国における対インディアン政策について
名古屋大学名誉教授 小谷 凱宣氏
フィンランドにおけるサーミ文化等関連主要施策について
国土交通省北海道局

 小谷氏は、「古人骨研究体制の整備について」という文書とともに篠田氏が言及した「アイヌ研究に関する日本民族学会研究倫理委員会の見解」(1989年6月1日)を出した委員会のメンバーでもある。本ブログでは取り上げていないが、今日、非常に不十分な倫理見解である。3月6日の法政大学で行われるシンポジウムといい、いよいよ、アイヌ政策(現状維持)コネクションの要人たちが表に出て来始めたなという印象である。

◎アメリカのように遺骨を再埋葬してしまえば、100年後に先住民族のルーツが歴史の中で消えていくおそれさえある。アメリカの例は、現状のみに目を奪われて将来について考えないことが問題であると思う。アイヌ人骨の研究成果が、アイヌの人たちや国民に還元されるために、50年、100年保管が可能な状態が必要。これはアイヌ協会と同じ考え方。

 これは、小谷氏の報告の一部なのだろうか、それとも部会メンバーの篠田氏の発言なのだろうか。アメリカのNAGPRAについては、それこそ全米で膨大な量の議論が行われてきた。こんなに簡単に片付けられては、北米先住民族もたまるまい。この一節を英訳して、わが輩の知るアメリカ先住民族の諸団体に送ってやろうかとさえ思った。今晩は時間もないので、この発言に対して出されるであろう反論の一つを掲載するにとどめよう。

Native Americans have different perspectives on time, the past, interpretation of the law, and curation of artifacts. Archaeologists tend to emphasize the past and future, while Native Americans emphasize a present that is bolstered by oral history and mythic time.... Curation for archaeologists may be a process of saving remains for future use, while for Native Americans remains must be subject to natural processes of decay.

Archaeology and Native Americans - Proceedings: Conference on Reburial Issues, Newberry Library, Chicago, June 14–15, 1985 http://www.jrank.org/history/pages/6364/Archaeology-Native-Americans.html#ixzz1EEldaF7l
ネイティヴ・アメリカンは、時間、過去、法解釈、そして遺物のキュレーションについて異なる見方を持っている。考古学者は、過去と未来を強調しがちである。それに対して、ネイティヴ・アメリカンは、オーラル・ヒストリーと神話的時間に支えられる一つの現在を強調する。(中略)考古学者にとってのキュレーションは、将来の利用のために遺骨を保存する一つのプロセスかもしれないが、ネイティブ・アメリカンにとっては、遺骨は朽ち行く自然のプロセスに委ねられなければならない。

 それにしても、「これはアイヌ協会と同じ考え方」ですか。ならば、それはそれで、尊重しましょう。それにしても、やけにそこが強調されているものだ。3ページと1/4の議事概要で3回も出てくる。

アイヌの人骨に関しては研究が進んでいない。アイヌ協会としては、遺跡発掘からの人骨を中心に研究に使用してもよいとしている。
○きちんと供養できるならば、アイヌ協会としては国民の理解のために研究に使用することは認めている。相互理解のもと、研究成果が明らかになっていないから誤解が生まれる。

 次の発言は、わざわざ出てくるというのは、「尊厳を持って扱う」ことが実行されていないからだろうな。

○研究資料とする場合、モノではなく人間の一部として尊厳を持って扱う必要がある。

 これ(↓)は、良く言えてる。そして、立ち入りを許可する/しない権限をアイヌ民族がしっかりと保持することだ。

○慰霊施設は、博物館から離れたところに置くことが肝要。

 この発言(↓)の前半に対する答えは、どんなものだったのだろうか。誰か答えたのであろうか。

○各大学の責任といった時の主体は具体的にどこか。どのように解決するかは慎重に検討する必要がある。

 かねてから疑問に思っていることがある。この段階になって、やっと出てきたようだ。

○人材育成は卒業後の進路とセットの問題。白老イオルでの伝承者育成事業の卒業生数名程度の進路にも困っている状況も踏まえる必要。工芸品のブランド化など環境整備も必要。
○工芸分野については、製品に対するマーケットがあるかどうかの確認が必要。これまで十分に検討されていなく、一度検討してみる必要がある。

 アイヌ政策有識者懇談会の時から、メディアも含めて、「担い手育成」という人材育成プログラムが取り上げられているが、有識者でも、どこかの省庁や道庁でも良いが、育成された人々が活躍できる場、需要が、どのくらいあるのか、そしてそれが今後どのくらいの期間持続するのかをシミュレートしたものがあるのだろうか。

 次の発言も気になった。どうしても国民の理解や国民の目が気になるようだ。いちいち「国民に見せる」ことをしなくたって、良いではないか。

○象徴空間の中に担い手育成機能を置くとすると、最善の教材が身近にあることの合理性とともに、文化復興に向けてアイヌが学んでいる様子を国民に見せることができるという利点がある。

転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/20110218/1297961440

広告を非表示にする