AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

「古人骨」使用研究例

 「アイヌ民族の遺骨は古人骨か」(http://d.hatena.ne.jp/Don_Xuixote/20110208/1297099219)の記事を投稿した後、幕末以降に盗掘などによって収集され、大学などに保管されているアイヌの遺骨そのものの年代はいつ頃のものなのかという疑問が残った。骨の年代の情報は、あまり広く知れ渡っていないようである。そこへ、お二人の読者から3件の情報を戴いた。名前は伏せるが、感謝申し上げる。

 一つは、2005年4月4日に札幌医科大学学長が、前年に北海道アイヌ協会から照会があった、同大学に保管してあるアイヌ民族の遺骨について北海道アイヌ協会理事長に文書で回答した内容である。それには、こう記してあったとのこと。「〈3〉本学所蔵古人骨資料の内訳は、縄文時代人207体、続縄文時代人89体、擦文時代人14体、オホーツク文化期人96体、近世アイヌ291体。」

 二つ目は、2008年11月4日に愛知学院大学歯学部で開催された第62回日本人類学会大会での「ポスター発表」の要旨である。(http://wwwsoc.nii.ac.jp/jinrui/kako_taikai/jinrui62/syouroku_PDF/00007.pdf)それには、次のように記されている。

P02 北海道有珠4 遺跡出土アイヌ人骨の古病理学的所見
○近藤 修・福本郁哉・福本 敬(東京大・理・人類),青野友哉(伊達市噴火湾文化研究所),三谷智広(洞爺湖町教育委員会
Paleopathological observations on Ainu skeletal remains from Usu4 site, Hokkaido.
Osamu KONDO, Ikuya FUKUMOTO, Takashi FUKUMOTO,Tomoya AONO, Tomohiro MITANI
 北海道伊達市有珠4 遺跡の2006-2007 年の調査において23 体分のアイヌ人骨が出土した.男性12 個体、女性4 個体、未成年5 個体(不明2 個体)である.変形性関節症,変形性脊椎症のほか,上顎大臼歯のchipping,黄色靭帯の骨化と思われる脊椎の強直,脊椎性の結核と思われる椎体の欠損と椎弓の後弯強直が観察された.このうち脊椎性結核の所見を示す個体(第20 号)は青年男性で保存状態もよく,病変以外の加齢性変形等もまったくない.有珠火山灰と駒ケ岳火山灰に挟まれていることから埋葬年代が1640-63 年と限定できるこの個体は,骨結核の症例分布例として有用である.

 もう一つは、瀧川 渉(東北大学大学院医学系研究科人体構造学分野)「四肢骨の計測的特徴から見た東日本縄文人と北海道アイヌ」というAnthropological Science (Japanese Series), Vol. 113 (2005), pp. 43-61に所収の論文である。http://www.jstage.jst.go.jp/article/asj/113/1/43/_pdf/-char/ja/
 同論文で「資料」や「標本」として使用された遺骨については、次のような説明がある。 

 本研究で用いられた資料は,東日本縄文人,北海道アイヌ,および現代関東人の3 集団である。(中略)使用標本は,全て骨端部が融合済みの成人で,男女両性を用いている。ほぼ全身が揃っている個体資料を選択し,頭蓋と寛骨の形態から性別を判定した。(p. 45)

 「北海道アイヌ」の「資料」については、

 北海道アイヌ(以下アイヌ,図2):北海道のほぼ全域から出土した資料で,時期は17世紀〜20世紀初頭に属する。使用標本の保管先は,東京大学総合研究博物館人類先史部門札幌医科大学解剖学第二講座である。使用した個体数は96個体(男性 59,女性37)である。(pp. 45-46)

東京大学札幌医科大学それぞれから何体ずつ使用したのかは、明記されていない。

 「〜20世紀初頭」とは、発掘の時期を指すのか?まさか埋葬されていた遺骨の年代ではないだろうな。もしそうであれば、日本学術会議の人類学・民族学研究連絡委員会「人類学・民族学研究連絡委員会報告 古人骨研究体制の整備について」で定義されている「古人骨」の範疇にさえ入らない「新人骨」ではないか!

 遺骨のことを時々取り上げている「アイヌ民族情報センター活動誌」の昨日の記事に、こういう指摘がある。

たとえば、児玉作左衛門は自ら掘ったアイヌ墓地を「遺跡」と呼びましたが、実際は埋葬されて2〜30年しか経っていない場合もあるのです(植木哲也著「学問の暴力」p. 210 ff)。(http://pub.ne.jp/ORORON/?daily_id=20110219

 さらに、「図2 本研究で用いたアイヌ人骨資料の出土地分布図」が掲載されていて、コピーできないのが残念だが、遺骨の出土地として、北海道ほぼ全周の沿岸地域に印が付されている。上に引用したように、本文でも「ほぼ全域」と断わっている。厳密には、「全域」ではないと思うのだが(言葉は「科学」の対象ではない?)。北海道アイヌ協会が「研究に使用することは認めている」としても、これらの地域のアイヌの遺骨の子孫は、皆が北海道アイヌ協会の会員なのであろうか。そもそも、この論文のための研究について、北海道アイヌ協会も含めて、アイヌ民族の子孫は、事前に十分な情報を提供されて同意したのであろうか

 論文の末尾には「謝辞」が掲げられており、「本研究に際して,以下の方々から古人骨資料の計測・観察にあたり,ご協力とご援助ならびにご助言をいただいた」として、札幌医科大学をはじめとする、大学や博物館に所属する研究者の名前がずらりと挙げられている。しかし、その中にはアイヌの「ア」の字も出ていない。

 「アイヌ政策に関する有識者懇談会」で「先住民族の権利に関する国連宣言第12条の具体的な取組」であると評された札幌医科大学だが、このような研究に「資料」・「標本」として遺骨を提供する際に、どのような手続きが取られ、そこにアイヌ民族はどのように関与しているのだろうか。疑問はつきない。

札幌医科大学のイチャルパ、供養祭と言いますが、遺骨の返還、更にはDNAのレベルでのアイヌ古人骨による研究申し入れについての話し合いなど、取組は進めてきているところです。これらの取組は、不当な方法で収集されたアイヌの人骨の返還などに関わる先住民族の権利に関する国連宣言第12条の具体的な取組でもあると思っています。この取組の更なる推進と、東大や京大などの国内外の大学他に分散し、保管されているアイヌの人骨について、先住民族先祖の尊厳回復と今後の研究、アイヌ文化、歴史の理解促進、啓発の意味合いを込めて、象徴的な施設を早急に国民の理解を得て国の責任のもとに設置していただければありがたいと思っています。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainu/dai5/5gijigaiyou.pdf
http://d.hatena.ne.jp/Don_Xuixote/20101026/1288072578


転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/20110220/1298181531

広告を非表示にする