AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

日本文化人類学会の「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会報告書についての見解」を読んで

 うかつであった!こんなことになるとは予期していなかったから正確にその時期を覚えてはいないのだが、アイヌの遺骨についての記事を書き始めた後に気付いたから、昨年10月下旬か11月頃からだったと思う。「アイヌ研究に関する日本民族学会研究倫理委員会の見解」のその後を念のために確認しておこうと思って日本文化人類学会のホームページを訪れたのだが、なぜか分らないが、そのサイトだけ、全面が文字化けしてまったく読めなかった。ここの読者の一人は、同じ時期でも読むことが出来ていた。その状態がしばらく続いたので見ていなかったのだが、夕べは文字化けがなくなっていたので、本当に探しにくい更新履歴の中に、「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会報告書についての見解」を見つけた。

 わが輩は非会員なので詳細は知らないが、日本民族学会は2004年4月に日本文化人類学会に名称変更したと「アイヌ民族の権利確立を考える議員の会」の世話人代表、今津寛議員宛ての書状に書いてあるのだが、それに、本文の冒頭にも「日本文化人類学会理事会の議を経て」と書いてあるのだが、文書の右肩には「日本民族学会理事会文書21−1号」と書かれている。文書の分類は「民族学会」で通しているのだろうか。いずれにしても、日本文化人類学会会長の山本真鳥名で平成21年12月13日付けで平野博文内閣官房長官に送られた、同学会の見解を示す文書である。

 もう一つ些細なことではあるが、この文書は、「平成21年12月13日」の日付けが打ってあるのだが、ホームページには、「2009年12月28日」のものとなっていて、しかも、約10ヵ月後に「学会通信を更新」ということで、2010年10月14日の更新で掲載されている。このタイムラグは、どうしてなのかな?学会通信の日付けか?いずれにしても、以下のURLで探す方は、ご注意を。

 この文書は、1ページの短いものだが、無断で全文をコピー貼付すると学会から苦情が来るかもしれないので、原文を確認したい方は、こちらを訪問されたし。http://wwwsoc.nii.ac.jp/jasca/(←2013.03.10現在つながらなくなっている。こちらを参照されたい。→http://www.jasca.org/news/past/ainu2.html

 しかし、恐れ入るというか、この文書には平伏してしまいそうになる。

 まず、「アイヌ政策の推進に向けて、特定の立場に偏ることなく、公平かつ客観的な形でこのような報告書が出されたことを、世界の民族と文化を研究する者として、私たちは高く評価する」ときた。

 わが輩などは、特定の立場に偏って、不公平かつ主観的な批判を行っていると一蹴されるのだろう。それはそれで、良し。「世界の民族と文化を研究する者として、私たちは」、「世界各地の先住民族についての知見を蓄積してきた私たちは」、「世界各地の先住民族の過去と現在について研究を進めて来た『文化人類学』」と、この短い文書の中で3度も言われれば、「へへー、そうですか」と平伏してしまいかねない。でも、そこまで専門知識の独占を誇示することもなかろうに。

 非学会員で良かったなと思うが、わが輩の知り合いにも文化人類学者はいる。もし彼らが「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会報告書」の批判を学会誌に投稿したり、学会発表で行ったら、どうなるのだろうと、他人のことを心配してしまう。まずは、採用されないだろうが、それを外で行えば、党員いや会員資格停止になるのだろうか?学会理事会がこういう文書を出せば、駆け出しの若い研究者は、批判論文を書き辛くなるだろうな。文化人類学というのは、時の政府が作った懇談会による報告書を自由に批判してはならない学問だったのかな。と言うか、そうした統一見解を出せるほどに一枚岩の学会なのか。自らを専門知識の正統な独占所有者として、異論を「特定の立場に偏る」という批判で排除しようとした態度こそ、NAGPRAをとりまく議論の過程でアメリカの先住人民から批判されたものではなかったでしょうか。「世界各地の先住民族についての知見を蓄積してきた」方々は、そこから生まれてきた先住民族と人類学者や考古学者との新しい関係について、どのように考えておられるのだろうか。

 「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会報告書についての見解」には、次のようにも書かれている。

また、2008年には、「政府はアイヌの人々を独自性を有する先住民族として認めること」などを求める国会決議に向けて、日本文化人類学会会長名でアイヌ民族の権利確立を考える議員の会宛に「日本文化人類学会がこれら二つの文書で表明した立場をそのまま引き継ぎ、堅持していること」を表明した。今回の報告書の中で強調されているアイヌの人々が先住民族であるとの基本的認識の中に、私たちがこれまで表明してきた見解が十分に生かされていると考える。

 これなどは、文化人類学会の政治的行動を物語るものであるが、ここで注目しておきたいのは後半である。「これら二つの文書」とは、1989年の日本民族学会(2004年に日本文化人類学会に改称)による「アイヌ研究に関する日本民族学会研究倫理委員会の見解」と、1996年の当時の内閣官房長官宛ての、日本民族学会理事会による「ウタリ対策のあり方に関する有識者懇談会報告書についての見解」である。これらの二文書のうち前者は、アイヌ民族を「少数民族」と規定していて、当時から「世界各地の先住民族の過去と現在について研究を進めて」いたはずの民族学者や文化人類学者たちは、その理由については一言も触れずに「先住民族」という言葉はまったく使用していなかった。政府との歩調を狂わすわけにはいかなかったからだろう。ところが、今回の文書では、何度「先住民族」という言葉が使用されていることか。「今回の報告書の中で強調されているアイヌの人々が先住民族であるとの基本的認識の中に、私たちがこれまで表明してきた見解が十分に生かされていると考える」という見解を真剣に討議したのだろうか。そしてその見解に、自己矛盾はないのだろうか。

 恐らく、「公平かつ客観的」に討議し、矛盾もないと判断したのであろう。とすれば、ウタリ対策有識者懇談会報告書とアイヌ政策有識者懇談会報告書との間の連続性と一貫性を学会自身が認めているということであろう。では、その意味合いは何か。「アイヌ民族先住民族ではあるが、諸外国の先住民族国連宣言でいうところの先住民族ではなく、従って、先住民族の権利も適用されない」という主旨の論を展開している政府や有識者懇談会報告書と、学会は同じ見解を有していると解釈してよいということか。

 今、アイヌ政策推進会議で、ウタリ対策有識者懇談会が提言した「少数民族対策」に止めようとする勢力と、アイヌ政策有識者懇談会が提言した「先住民族政策」を進めようとする勢力が、大枠ではコップの中の何とかかもしれないが、わずかな違いを露わにしようとしている。最新で掲載されている第10回「民族共生の象徴となる空間作業部会」(2011年1月27日)の議事概要(http://d.hatena.ne.jp/Don_Xuixote/20110218/1297961440)に、次のような一節がある。

・イオル事業ウタリ懇談会報告に基づく少数民族文化政策として始まったもの。したがって、先住民族政策としての観点から、個々の事業の必要性・合理性を再検討するのが筋。イオル事業が現状のまま象徴空間事業と併走するのはおかしい。もっとも、行政の継続性の観点から現に動いているものは手当てする必要があるかもしれない。

 誰が、どの立場から発言しているのかは示されていないが、この発言の赤字部分は、文化人類学会の見解では、コップの中の何とかに過ぎないのだろうな。どう解釈したものか・・・。

 それにしても、「特定の立場に偏ることなく、公平かつ客観的な形でこのような報告書」に、どうして当事者のアイヌの人たちから、「何が行われているのか分らない」とか、「会議の内外で自分たちの声が通らない」とか、そういう声ばかりが届くのだろう。その人たちも、きっと少数者なのだろう。

 あとは、アイヌ民族の「善き友人たち」にお任せするとしますか―なんて言うと、怒られるかな。


※転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/20110224/1298530489

広告を非表示にする