AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

アイヌのDNAサンプルを使った「アイヌの遺伝的起源」の研究

 アイヌの血液から取得されたDNAデータを用いた研究論文が見つかった。Atsushi Tajima, Masanori Hayami, Katsushi Tokunaga, Takeo Juji, Masafumi Matsuo, Sangkot Marzuki, Keiichi Omoto, Satoshi Horaiの8名による「アイヌの遺伝的起源」に関する共同執筆論文("Genetic origins of the Ainu inferred from combined DNA analyses of maternal and paternal lineages")であり、発表の場は、Journal of Human Geneticsという日本人類遺伝学会の機関誌(2004年刊行の第49巻、187-193ページ)である。http://ychrom.invint.net/upload/iblock/6ee/Tajima%202004%20Genetic%20origins%20of%20the%20Ainu%20inferred%20from%20combined%20DNA%20analyses%20of%20maternal%20and%20pater.pdf
《いつの間にか、リンク先の論文が非公開となっている!こちらで概要を読むことができる(2012/02/26)。http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/14997363
 用いられた「試料と方法(Materials and methods)」(p. 188)で、この研究が総合研究大学院大学の倫理委員会の承認を受けていることを明記しており、そして論文末尾の「謝辞(Acknowledgements)」(p. 192)では、研究の一部が宝来氏(アイヌの血液サンプルを採取利用したと篠田氏が紹介している人物)に対する文部科学省からの研究助成費によって資金的に支えられていることも明記している。

 「試料と方法」の節で、アイヌ民族の51人のミトコンドリアDNAと16人の男性のY染色体ハプログループを調べたことが記されている。("We examined 51 unrelated individuals from the Ainu for mtDNA analysis and 16 males for Y-haplogroup analysis." )

 ついでに記しておくと、この51人のアイヌの血液サンプル採取については一つ前の記事で紹介した通りであるが、実は、16人の男性のサンプルにも篠田氏は次のように言及している。

ハプログループCが人口に占める割合は、本土日本でおおむね一〇%程度ですが、北海道のアイヌの人たちでやや多いという報告もあります。もっとも、このアイヌの人たちのデータは全部で一六人分のサンプルから得られた結果ですので、確定的な話ではありません。もう少し例数を増やさないと比較データとしては使えないでしょう。(p. 194)

 「もう少し例数を増や」すことに「アイヌの人たち」がどのように対応するのかはひとまず措いておいて、篠田氏が「確定的な話ではありません」と言及している研究(の一つ?)なのだろうと推測される上記の論文で、日本語にして取り上げておきたいことがある。

 この論文を読み始めると、冒頭で、21世紀に入って、2004年に書かれたものだということを疑いたくなるような驚くべき記述に出合う。思わず、「アイヌ肖像権裁判」を思い出してしまった。

 「序(Introduction)」(p. 187)で、この論文は次のように始まる。"Hanihara(埴原)1983"を参照しているが直接引用ではなく、ここに書かれているのは共同研究者たちの言葉である。(翻訳に間違いがあれば、ご指摘願います。)

日本列島の最北の島(北海道)の原住民であるアイヌ(民族)は、日本におけるエスニック(民族的)マイノリティ(少数)住民である。彼らは一般的に、毛深さ、波状の髪、深くくぼんだ目のような、ユニーク(独特)な身体的特徴を現しており、そのような特徴は、普通の日本人の特徴とは大変異なっている。ゆえに、アイヌ(民族)のエスニック的起源と遺伝的帰属関係が日本の内外で100年以上にわたって論争の対象となってきた。

The Ainu, the aboriginal inhabitants of northernmost island (Hokkaido) of the Japanese Archipelago, are ethnic minority population in Japan. They generally show unique physical characteristics such as hairiness, wavy hair, and deep-set eyes, which are very different from those of the ordinary Japanese. The ethnic origin and genetic affiliation of the Ainu, therefore, have been debated for more than 100 years in and outside Japan (reviewed by Hanihara 1983).

 同研究は、結論(p. 192)で、「アイヌ(民族)の遺伝的背景に新たな洞察を提供する」ということで、「アイヌ(民族)の独特な母系および父系の遺伝的特色は、彼ら自身の遺伝的特徴を明瞭に表している」と述べている。

In conclusion, the present combined phylogeographic analyses both for mtDNA sequence types and Y-haplogroups provide new insights into the genetic backgrounds of the Ainu. Unique maternal and paternal genetic features of the Ainu clearly represent their own genetic characteristics, although the Ainu have some degree of genetic affinity with the geographically neighboring populations: other regional populations in Japan and the Nivkhi in Sakhalin.

 この種の研究分野は、分子人類学、人類遺伝学、形質(自然)人類学などと細分化されているようであり、この論文の執筆者たちが会員となっているのかどうかまでは調べていないが、日本人類学会の「人類学の研究倫理に関する基本姿勢と基本指針」(http://wwwsoc.nii.ac.jp/jinrui/kenkyuronri.pdf)の「研究の目的に関する倫理的配慮」には、次のように明記されている。

2. 人類学の研究者は、不適切もしくは不十分な科学的根拠に基づく社会的差別に反対し、それをなくすよう努めなければならない。
3. 人類学の研究者は、自分たちの研究結果によって、社会的差別が正当化されたり助長されたりしないよう、十分に配慮しなければならない。特に、研究によって明らかにされる個人あるいは集団の間の差異が社会的差別の根拠として利用される危険を十分に認識し、差異と差別との違いを明確にし、社会的差別の不合理さを明らかにするよう努めなければならない。

さて、上記の研究は、差別の解消につながるものであろうか、それとも差別を助長するものであろうか。人類学者が「反省」しなければならないのは、「盗掘」という過去の行為だけとは思えない。


転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/20110529/1306600429