AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

「参加」の中身

 TPPの話ではないが、参加した後に離脱することが不可能ではないにしても、いかにそれが難しいかは、今のアイヌ政策過程が物語っているとも言えよう。それだけに、参加するかしないかは、事前にとことん話し合われるべきなのである(あった)。

 白老で政府のアイヌ政策PR集会が催されたようである。室蘭民報と苫小牧民報の記事によれば、佐々木利和氏が、次のように、「アイヌの人々」の政策過程への参加を呼びかけたとのこと。

室蘭民報 2012年1月22日(日)朝刊】
佐々木教授は象徴空間整備に向けて「アイヌの人々の積極的参加が求められる」と強調した。
http://www.muromin.mnw.jp/murominn-web/back/2012/01/22/20120122m_08.html

http://blog.goo.ne.jp/ivelove/e/d05ba96763aac5e2f9e317c452029b84

(苫小牧民報 2012年 1/23)
佐々木教授は象徴空間の在り方について、「国が主体的になって自然公園などを整備する事業だが、アイヌの人々や自治体の積極的な参画も欠かせない」と強調。
http://www.tomamin.co.jp/2012s/s12012302.html

http://blog.goo.ne.jp/ivelove/e/120d45e5745371e6786ff81836fd52e9

 これを読んだ読者は、何を思うのだろう。わが輩は、こう思った――佐々木氏は、 政府のアイヌ政策はアイヌ民族当事者の「積極的参加」が不十分なまま行なわれているのだと白状しているではないか。正直な方だなー。

 とは言うものの、なぜ、これほどまでのシラケムードとなってしまったのか、ここらで立ち止まって、しっかりと分析してはいかがか。アイヌの積極的な参加がなければ、やる気のない政府官僚や政治家の思う壺だろうが、参加したところで、まともに意見が通じはしないではないか、せいぜい彼が某集会で語っというご自分の「夢」の実現に手を貸すだけだという気持ちが強いのではないのだろうか。

 わが輩は、佐々木氏と面識はないし、彼に何ら個人的な恨みがあるわけではない。こうして書くことで、逆に恨みを買えばばからしいことだが、彼が権力の近くに位置している以上、自らの権力と影響力をいかに利用しているのかには注目せざるを得ない。

 佐々木氏は、昨年11月2日のさっぽろ自由学校「遊」の連続講座で、出席者(三浦氏)の質問に対して、次のように答えたそうである。(前後の文脈は、下のURLから確認されたし。)

問:二つ以外にも多くの課題があるが、それらの課題に対してはどこでどう対応するのか。
答:とにかくアイヌ政策のスタートラインに立ったばかりだ。ここから始まる。年金の問題やアイヌ議席などの意見も言われるが、この推進会議では一切、話ができない。だから積極的な意見をどんどん出してほしい。http://pub.ne.jp/ORORON/?entry_id=3982025

 これを読んだ読者は、何を思うだろうか。わが輩は、こう思った――よく仰いますこと。そのような堅固で窮屈な枠組みをお作りになったのは、どこのどなたたちでしたか? もしも作成に「参画」しなかったと言うのなら、それを是認したのは、どなたたちでしたか?

 冒頭の発言も同じであるが、アイヌ政策有識者懇談会には、いくつものアイヌ団体やその他の市民団体が意見書を提出したにもかかわらず、それらは、どう扱われたのでしょうか。それらの提言のうち、どれだけのものが採り入れられたのでしょうか。何も出していないわが輩が問うのもおかしいかもしれないが。

 さらには、有識者懇談会が開いた「ヒアリング」なるものにおいて、参加者を事前に選抜し、おまけに、そこで読まれる意見書も事前に「検閲」されていたと聞いているが、これが事実であれば、要するに、政府関係者が求める「参加」とは、政策の枠組みを既に決定している人々に対する支持と同調を求める参加でしかないのであろう――某電力会社がもっと露骨にやろうとして大問題となってしまったやり方――民主的手続の単なる見せかけだけの(つまりお化粧の)形式つくり――と本質的に同じである。

 さらにさらに、恐らく「有識者」たちが政府官僚に押される中で、官僚と議論したくなかったと公言しているわけだから、いくら「参加を」と訴えたところで、それだけで現在のシラケムードを払拭することは難しいと思いますよ。次は、佐々木氏とコンビの常本氏の言葉の要約である。

[有識者懇談会では――D.X.注]とにかく実現可能なことをつくろうとやってきた。いくら美しいものでも実現不可能なものだと意味がない。時間的猶予もない中で政府と議論して時間を費やす余裕がないので、実現できることを考えた。
(中略)
とにかく、実を取りたいと考えた。個々の政策も政府と不毛の議論をしないで実現できることをまずしていくことを考えた。報告書だけを見れば、理想からかけ離れているとの批判があると思う。それは甘んじて受けたいと思う。しかし、先の現状認識の上でのことだということもあわせて考えてもらいたい。
http://pub.ne.jp/ORORON/?daily_id=20091024

 伝え聞くところによれば、現在の推進会議や作業部会のメンバーでさえ、会議で自由に意見が言えないとぼやいているそうだから、意見を出して欲しいと言われても、外部の者が苦労して出した意見に注意が喚起されるのだろうかと、誰だって思うのではないかな。

 争点を封じ込める形で「密室」で進めようとした人々が今さら動員をかけようとしても、ちょっと難しいのではないかと思いますよ。大震災というシステミックな要因とは別に、もっとミクロなレベルで直接的にこのシラケムードをもたらした要因がどこにあるのか、後の歴史家の議論の種になるのでしょうな――アイヌ政策がマイナーなテーマとして無視されなければ。

 参考までに、「先住民族の権利に関する国連宣言」の関連条項を挙げておく。(訳文は、市民外交センターの仮訳による。)

第5 条 【国政への参加と独自な制度の維持】
先住民族は、国家の政治的、経済的、社会的および文化的生活に、彼/女らがそう選択すれば、完全に参加する権利を保持する一方、自らの独自の政治的、法的、経済的、社会的および文化的制度を維持しかつ強化する権利を有する。

第18 条 【意思決定への参加権と制度の維持】
先住民族は、自らの権利に影響を及ぼす事柄における意思決定に、自身の手続きに従い自ら選んだ代表を通じて参加し、先住民族固有の意思決定制度を維持しかつ発展させる権利を有する。

第41 条 【国際機関の財政的・技術的援助】
国際連合システムの機関および専門機関ならびにその他の政府間機関は、特に、資金協力および技術援助の動員を通じて、本宣言の条項の完全実現に寄与するものとする。先住民族に影響を及ぼす問題に関して、その参加を確保する方法と手段(ways and means)を確立する。

 今晩は遅くなったのでここで止めるが、第5条の赤字部分(if they so choose)が挿入されている意味に注目する必要があるだろう。第18条は、歴史的に繰り返されてきた「上からの」選抜(cooptation)と参加の同一化に抗する意味が含まれている。第41条の「方法と手段」で“ways and means”がわざわざ表示されているのは、直訳では「方法と手段」となるが、それがしばしば「財源」を意味するから、それに対する注意を引くためである――と、市民外交センターの訳者は考えたのであろう。(http://ejje.weblio.jp/content/ways+and+means


転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/20120126/1327512372

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