AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

ミシガン州の博物館、収蔵品を先住アメリカ人に返還

 ミシガン州、バトルクリーク発のニュースである。(以下は、一部抜粋)

 1990年のNAGPRA制定以来、キングマン博物館は、先住アメリカ人の遺骨と遺品(加工品)を元のトライブに返還するべく作業を続けてきた。

 キングマン博物館が返還したいと考えている対象物の一つは、アラスカのトリンギット トライブ由来のミイラ化した人間の頭部である。

 ヤーネ(Yahne)さんによれば、これは、約100年前にエスター ギブソンという名の宣教師からジョン ハーヴェイ ケロッグ博士に送られたものである。そのコーンフレークの発明者であり、バトルクリーク療養所の所有者(=ケロッグ)は、それを博物館に提供した。

 (西ミシガン大学の考古学教授、マイケル)ナサネイ(Nassaney)によれば、NAGPRAは時を経て、先住アメリカ人の遺骨の最終的な落ち着き先に関する態度変化という結果をもたらした。

 残りは、時間のある時・・・ではなく、気が向いたら訳出する。本日、やる気出ず。

◎追記(2012/01/29, 0:58 a.m.):全文訳ではないが、記事の大部分を訳出した。
 1990年のNAGPRA制定以来、キングマン博物館は、先住アメリカ人の遺骨と遺品(加工品)を元のトライブに返還するべく作業を続けてきた。

 遺骨などの出所を正しく特定して返還するのは、どの機関にとっても気落ちするような仕事となり得る。遺骨の通知を関連トライブと国立公園局(NPS)のNAGPRA対策部門に送付しなければならない。後者はそれから、先住アメリカ人トライブに対して、彼らが自分たちに返還されるべき遺骨があるかどうかを検討するために通告を公刊しなければならない。[日本の官僚も博物館も、こういう面倒なことをしたくないから、アメリカのやっていることは「間違いだ」の一言で片付けようとしているのだろうな――D.X.]

 キングマン博物館も例外ではなく、スタッフ不足と限られたスペースに対処しながら、NAGPRAの完全遵守機関となるために作業を行なってきた。そういうわけで、同博物館は、12ほどの遺品や遺骨を返還する仕事を手伝えるインターンのポジションに空きがあることを発表したのである。

(中略)
  キングマン博物館が返還したいと考えている対象物の一つは、アラスカのトリンギット トライブ由来のミイラ化した人間の頭部である。

 博物館の収蔵物課長(Collections Manager)のべス ヤーネ(Beth Yahne)さんによれば、これは、約100年前にエスター ギブソンという名の宣教師からジョン ハーヴェイ ケロッグ博士に送られたものである。そのコーンフレークの発明者であり、バトルクリーク療養所の所有者(=ケロッグ)は、それを同博物館に提供した。

 キングマン博物館の地下室で注意深く監視されている頭部は、箱に収められ、保護のための包装を施されている。

 近くには、別の容器の中に、その頭部とともに発見されたバックスキンの袋がある。

 宣教師のケロッグ宛ての手紙によれば、その箱にはまた、長い間人目に触れなかったその男の灰も入っていたということだが、彼女は、それを送ることはできなかった。

 箱の蓋を最近取り外した際に、ヤーネさんが明るみにさらしたのは、疑いなく、語るべき物語をもった人の顔であった。彼の頭頂には長髪がふさふさとしていた。彼の顔は、時の経過による傷みを考慮したとしても、痩せこけていた、

 彼の上唇の上には、顔の毛の薄い層が、まだこびり付いていた。

(略)

 「[二人の先住アメリカ人少年によってアラスカの洞窟で発見されたこの人物は]シャーマンか戦士―とても重要な人物――だと思います」とヤーネさんは言った。

 他の人骨も、博物館が法令遵守作業をしている期間に、[ミシガン州の]マスキーゴンやコロラド州のメサ ヴェルデといった場所に返された。

上の例ほどにドラマティックではないとしても、他にも、なおかつ重要な返還される必要がある物がある。例えば、亀の甲と頭から作られたガラガラヘビの尾のようなからくりが、キングマン博物館の大量の加工品コレクションのそばの保管室に存在している。

 それもまた、故郷への帰り道を見つける必要がある。

 そういうことで同博物館は連邦政府からの資金を受けており、政府から資金を受けるいかなる機関もNAGPRAを遵守することを義務付けられている。また、博物館は、トライブへの敬意からそのような加工品や遺骨を展示したり、写真撮影を許可することを許されていない。

 (西ミシガン大学の考古学教授、マイケル)ナサネイ(Nassaney)氏によれば、NAGPRAは時を経て、先住アメリカ人の遺骨の最終的な落ち着き先に関する態度変化という結果をもたらした。

「過去には、考古学者たちは先住の人々にほとんど何も言う事はなかった。理解できることだが、先住民は、考古学者たちと話したがらなかった。なぜなら、考古学者たちは墓泥棒と見られていたから。今では、そのような関係が、一部にはNAGPRAの結果として、変わりつつある。」とナサネイ氏は述べた。

(後略)

“Museum gives back artifacts to Native Americans,” Livingston Daily (Jan. 26, 2012) http://www.livingstondaily.com/usatoday/article/38434203?


☆転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/20120128/1327734251