AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

DNA、形質、文化

 一つ前の記事で書いたように、アイヌ民族の「遺骨問題」に関心が薄いというのは無理もない話かもしれない。そもそも、ますます多くの日本人が孤独死したり、遺骨の引き取り手がいなくて無縁仏となっているという事態が、ここのところよくニュース番組の特集として組まれているくらいだから。日本人が遺骨をどう取り扱うかという文化も、社会的状況が変えつつある。そう、「伝統的文化」が「消えつつ」あるのである。だからと言って、わが輩は、日本人が消えつつあるとは言わないが。そもそも、チョンマゲを切ったからといって、日本人が「消えゆく民族」となったわけでもあるまい。

 今日(3日)の午後、ラジオで雛人形の並べ方の話がされていた。わが輩も知らないが、雛壇の飾り付けを何も見ないでやれる日本人がどれだけいるだろう。これもチョンマゲの話と同じであろうが。

 さて、ここからは、本ブログのテーマに戻ることとする。

科学は純粋な「知」の営みです。それがいつの間にかお金の絡んだ儲け仕事になって、国家的プロジェクトなどといわれるようになったのです。それは科学者に新しいインセンティブ(動機)を与えたことも確かですが、それによって何もかもマネーオリエンテッドになってしまうことは、科学の創造性にとって致命的なことだと思いませんか。残念ながら最近の生物学、特に分子生物学のトレンドにはそんな傾向があります。研究費を出す国の政策も、それをあおっているようです。そこからは次の時代の科学は生れてこないでしょう。(多田:p. 59)

 「慰霊と研究」の施設も、今や「国家プロジェクト」となりつつある。博物館――特に西欧の――が人間の遺骨を保有し、研究し、展示してきたのは18世紀以来のことであり、その理由は歴史的に形成されたものである。一般的に観察されていることとして、「博物館は、資本主義社会の結合と再生産に貢献している。すなわち、西洋社会における博物館の発展は、社会秩序を保存しながら、支配的な階級を活発に支えている」とのことである。――Tiffany Jenkins, Contesting Human Remains in Museum Collections: The Crisis of Cultural Authority (New York/London: Routledge, 2011), pp. 2 and 6. この著作は、博物館の権威に内部から挑戦が起こる時、博物館のこの機能に対するインパクトとは何なのかという問いに答えようとしている。この書については、近いうちに独立の記事で紹介したいと思っているのだが・・・。21世紀の博物館で盗掘したアイヌ民族の遺骨を「保有し、研究し、展示」するとなれば恥であるという声が、博物館という制度の中から、しかもその中心的人物たちから起こるのかどうか、わが輩は、これから注目していたいのである。

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 「歴史・迷宮解:アイヌ・沖縄同系論 研究進む祖先の歩み」『毎日新聞』(2011年11月23日 東京朝刊)という記事を読んだ。「沖縄と本州の出土人骨から縄文人の顔つきを比較」する研究によって、「日本列島の南と北に分かれた、沖縄(琉球)人と北海道のアイヌが遺伝的に同系統かどうかという100年越しの議論が、新たな展開を見せている」と、昨年11月初旬に沖縄で開かれた日本人類学会の第65回大会の一幕を記者が報告している。毎日新聞のオンラインサイトでは現在読めなくなっているが、こちらに保存されている。⇒http://blog.goo.ne.jp/ivelove/e/f65d88818a1213ecdc23595cf44d65b7 著作権問題があるのと、全文を貼り込むほどの興味もないので貼り込みは控えることにする。

 この記事の終盤2段落、全文の1割ほどで、佐々木泰造記者は、こう締め括っている。

 縄文時代に既に見られたアイヌの祖先と沖縄人の違いは、何によるのだろうか。約3万年前の旧石器時代に日本列島にやって来た人たちの故郷が北と南で違ったのか、それとも日本列島に住み着いてから北と南の環境の違いで地域差が生まれたのか
 いずれにしても、アイヌ、沖縄人を含め私たち日本人の祖先が、地域ごとに異なる歩みをたどり、それぞれ独自の文化を育ててきたことは間違いない

 遺伝子分析という言葉は出てこないが、いわゆる形質人類学の成果発表のようである。ほぼ全文にわたって形質(顔つき)の類似や相違について報告していながら、最後に突然、「地域ごとに異なる歩み」と「独自の文化」の話が出てくる。わが輩としては、ここをもう少し敷衍して欲しかった。DNAが文化を支配しているのかという課題と同様に、形質と「独自の文化」とはどのような関係にあるのか、それを形質人類学者がどう説明しているのかを知りたかった。

 いつか機会があれば、アイヌの遺骨研究を進めようとしている篠田氏らに尋ねてみたい。遺骨からDNAを抽出して「日本人のルーツ」を探ることと、有識者懇談会の「伝統文化」振興策とはどのようにつながっているのか、「ルーツ」研究がアイヌ文化をどのように振興するのか。あるいは、mtDNA分析による研究がどのように「民族の共生」をもたらすのかを。


転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/20120304/1330789917

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