AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

「慰霊と研究」

 3月11日が過ぎたので、投稿する。

 しばらく前にある人が、「慰霊と研究」がどこから出てきたかという質問を発したから、「何でわが輩がせねばならないんだ、自分でやれよ」と思いながらも、もう一度調べてみた。現地視察の意見交換も含めて有識者懇談会の議事概要全部、政策推進会議本体の3回の議事概要、そして「民族共生空間部会」の13回分の議事概要に「慰霊」と「研究」で検索をかけてみた。この記事を投稿しようとしていたら、第4回作業部会の議事概要が出た。

 因みに、わが輩が「慰霊と研究」にここで最初に反応したのはこちらの記事であり(http://d.hatena.ne.jp/Don_Xuixote/20101025/1287938558)、その後の記事でも、その言葉は登場している(http://d.hatena.ne.jp/Don_Xuixote/20101026/1288072578)。取りあえず、もう一度、再確認の意味でやってみた。もちろん、ここに現れるのは表向きにということである。政治の世界には非公式に、あるいは裏でということがつきものであるが、今のわが輩にはそれを調査する資源がない。後の歴史研究者が、そこを埋めてくれるであろう。

 結果は大して変わらないが、前にも書いた通り、この件が有識者懇で最初に出てくるのは第5回(2009/02/26)において篠田氏が招かれて話をした時である。彼は、次のように述べた。

このような人骨の研究、特にDNAの研究などは、今後更に研究が進めば、より多くのデータを得る可能性があります。ですから、このような人骨も合わせて、慰霊とそれから研究というものの両方ができるような設備が整って、今後アイヌ研究あるいは日本人全体の成り立ちの研究といったものが更に進むといったことを私どもは願っております。

 質疑応答では、次のような発言が記録されている。

今後のアイヌ人骨に対する研究に当たっては、倫理的な問題に対する考慮が必要で、死者に対する慰霊と研究を同時に進められるような新しい環境を、というお話がありましたが、もう少し何か具体的にお考えがあったら教えてください。

 この後、「慰霊と研究」というフレーズが出てくることはない。上に挙げた過去の記事で書いたように、「返還」の文字は消えたが、有識者懇談会の結論からはまだ「研究」は除外されていたと思われる。

 ところが、政策推進会議が始まり、その「民族共生の象徴となる空間部会」に誰が招いたのか、押し込んだのか――後世の歴史学徒たちよ、ここはポイントの一つですぞ――、篠田氏が委員として座ることとなる。「アイヌ文化政策」の推進で、文化人類学者をはじめ、アイヌ文化の研究者たちがおいしい恩恵にありつこうとしているところへ、自然人類学者たちが、自分たちにも分け前をよこせと割って入ってきたのか、あるいは、推進勢力を拡大するために「両刃の剣」あるいは「喉に刺さる骨」を取り込んだのか。いずれにしても、その部会の第2回会合(2010/04/27)において、「慰霊と研究」と組み合わされたフレーズが登場する。

人骨問題は、今後の共生、発展のためにしっかりとした位置づけが必要。将来の研究成果の還元も考え、慰霊と研究を両立させることはアイヌ協会も理解の上で提案。

しかし、部会では、慎重な意見が出されている。

人骨の問題については、アイヌ文化として慰霊をどう考えるかなどの微妙な問題もあり、アイヌの中で慎重に検討してほしい。

 面白いのは、この第2回会合の4日前(2010/04/22=現地時間)にハヴァスーパイの人々がDNA標本を取り戻し、21日からの週にはNYTが数本の記事を載せるなど、全米のいくつものメディアが報じていたのであり、政府の官僚が知らずとも、「世界の民族を研究」する人類学者たちは、その意味するところを少なくとも感じていたはずである。
http://www.nytimes.com/2010/04/22/us/22dna.html?_r=1&pagewanted=all
http://www.nytimes.com/2010/04/22/us/22dnaside.html?ref=us
http://www.nytimes.com/2010/04/25/weekinreview/25harmon.html?ref=us
 この後、部会の第5回会合(2010/06/15)で、これも前に指摘したが、有識者懇談会報告書を守ろうとする勢力と、そこに「研究」を押し込もうとする勢力とのせめぎ合いが窺われるのである。

アイヌの生き方や文化は、信仰と切り離すことが出来ない。慰霊施設は、年に一度イチャルパ(先祖供養)が出来る場所にしてほしい。

人骨は、可能であれば土に戻してほしいという気持ちであるが、ルーツ解明等のため調査する必要がある場合は、必要最小限を残すなどの方法が必要。アイヌ側が精神的に納得する落としどころとすることが「共生」ではないか。

「慰霊の配慮」と同列で「人骨研究」を記載するのはどうか。先の有識者懇談会報告では、慰霊の配慮は、アイヌ民族の精神生活の尊重の象徴的な位置づけだったはず。慰霊の配慮のあり方を具体化していく中で人骨研究との関わりが出てくるということはあるとは思うが。

 この対立は、第6回(2010/07/26)でも続く。ここでは、一つひとつの発言の細かい部分へのコメントは保留して進む。

人骨問題に関しては、尊厳ある慰霊と、研究による成果還元の両立を求めたい。研究によりアイヌのルーツや過去の生活状況が明らかになれば、差別や偏見の解消につながっていくと思う。

先住民族の人骨の慰霊と研究の両立は、世界では例がない取り組みであり、我が国では可能ではないか。慰霊が主であるが、人骨研究もアイヌにとって如何に重要であるかを時間をかけて説明していきたい。それまでの間、将来の研究の可能性を含め、一カ所できちんと管理していくことが重要。

人骨問題は、筋論から言えば、懇談会報告に記載されているとおり、アイヌ精神文化を尊重し、国として負っている責任を果たすことであり、慰霊と研究を同列に扱うことは出来ない。現実論から言えば、現在、いくつかの大学で人骨を保管しており、アイヌ民族との協議に基づいて研究に活用する可能性はある。研究によってアイヌ民族のルーツが明らかになればアイヌ民族にとってもプラスであろうし、慰霊施設の設置といっても、納骨だけでは地域にとっては受け入れ難いかもしれない。どの筋から議論すれば、どういう論点が出てくるかを整理する必要がある。

 第8回(2010/11/18)では、「慰霊機能、自然人類学研究」という見出しの下で、次のような発言がなされている。

【慰霊機能、自然人類学研究】
アイヌの人骨については、研究者が減少しており、大学によっては早晩、責任を持った管理ができない状況になることも考えられる。象徴空間で集約し、過去を明らかにした上で研究成果を還元していくことが必要と考える。
・先祖に関わる問題であり大きな問題。きちんと位置づけて欲しい。
・研究に活用することは北海道アイヌ協会として了解している。
・歴史的経緯や遺族の問題もあり、慎重に進めるべき問題であるが、しかし速やかに進める必要。
・大学が研究の一環として集めたのだから、引き続き大学が責任を持って対応すべきとも考えられるが、何故、研究者がアイヌの人骨を研究対象としたかを考えてみる必要がある。国の開拓政策の結果として、アイヌ民族が滅んでしまう前に研究する必要があると考えられ、しかもある種の国策として研究が行われたのだとすると、最終的な責任は国にあることになるのではないか。さらに、懇談会報告が、慰霊を国によるアイヌ精神文化の尊重の表現と位置づけていることを忘れるべきではない。

 第10回(2011/01/27)では、次の通りである。これらの発言は、過去の記事でも取り上げたことがある。さらに、ここではまだ書いていないが、わが輩は、遺骨の問題は「精神文化の尊重」に止まらない、もっと広く、遠くまで及ぶ意味をもっていると考えている。そこが有識者懇談会報告書と見解が異なるところでもある。仮に「慰霊施設」から遺伝人類学研究が消えたとしても、有識者懇談会報告書の内容では、「遺骨問題」の解決はできない。それは、権利の問題とつながることを、いつか別の機会に論じたいと思う。

【慰霊施設】
○慰霊施設は、先祖の問題であり一日も早い対応が良い。硫黄島の戦没者人骨の収集の動きがあるが、アイヌ人骨の問題も不条理な点では同じ。
○きちんと供養できるならば、アイヌ協会としては国民の理解のために研究に使用することは認めている。相互理解のもと、研究成果が明らかになっていないから誤解が生まれる。
○北大の人骨については、過去に5つのアイヌ協会支部に返還されている。支部は遺族の成り代わりとして受け取っている。
○象徴空間の中でのアイヌ人骨研究の問題は、研究倫理が求められること、研究成果をフィードバックする必要があること、現在研究者が和人のみであること、さらに新しく遺跡から発掘されるものの扱いと併せてどうしていくかがポイント。
○今後は、アイヌのルーツを研究する必要。それと並行してアイヌの研究者育成が必要。
○先の有識者懇談会報告で記載されている「精神文化の尊重という観点」の意味を改めて検討してみる必要。実際に人骨が収集・発掘されたことのみにキーがあるのでなく、国としてアイヌ精神文化を尊重するという意味で、責任の主体は国にあること。また、慰霊についてどういう方法が精神文化の尊重に結びつくかという点も併せて検討する必要。
○慰霊・納骨の問題は、アイヌの人たちのために何が最も正しいのかを考えることが根本にある。
○アメリカのように遺骨を再埋葬してしまえば、100年後に先住民族のルーツが歴史の中で消えていくおそれさえある。アメリカの例は、現状のみに目を奪われて将来について考えないことが問題であると思う。アイヌ人骨の研究成果が、アイヌの人たちや国民に還元されるために、50年、100年保管が可能な状態が必要。これはアイヌ協会と同じ考え方。
○各大学の責任といった時の主体は具体的にどこか。どのように解決するかは慎重に検討する必要がある。
○人骨の収集・発掘は、学問という名の下に行ったことであり、未来永劫残すというものではなく、個人的には土に返すべきと思っている。
○人骨は何もしなくても50年、100年はもつ。劣化していったものは土に返す、研究には歯や骨の破片などの一部を残すことでも可能ではないか。
○研究資料とする場合、モノではなく人間の一部として尊厳を持って扱う必要がある。
○慰霊施設は、博物館から離れたところに置くことが肝要。
○海外におけるアイヌ人骨の状況は整理されているのか。

 こういう経過の後、第11回(2011/02/23)で、以下のような「慰霊施設等について」の「概ね合意」に達している。

・各大学等に存在するアイヌの人骨の状況、それらの人骨が各大学等に存在するに至った経緯等の詳細について不明な点があることから、まず、各大学等における保管状況、存在するに至った経緯、個々の取組等に関する調査・整理が必要である。
・仮に象徴空間に集約、保管する場合は、当該人骨については、研究の用に供することができるようにするとともに、研究の成果については、博物館等の展示を通じてアイヌを含めた国民に広く還元することが考えられる。
・人骨の集約、保管に当たっては、受け入れる地元の理解・協力が必要不可欠である。

そして、「調査を行う場合の実施主体、人骨を集約するとした場合の具体的な取扱い等について、委員の間で多様な意見があり、引き続き検討することとな」り、第13回(2011/05/31)で、次のようにまとめられている。

・各大学等に保管されているアイヌの人骨について、遺族等への返還が可能なものについては、各大学等において返還するとともに、遺族等への返還の目途が立たないものについては、象徴空間に集約し、尊厳ある慰霊が可能となるよう配慮
・集約に際しては、施設の設置場所に留意するとともに、地元の理解を得るよう努めるほか、集約した人骨については、アイヌの歴史を解明するための研究に寄与することを可能とする 等

 これによって「空間部会」は終了し、「報告書」をまとめた。それについては、こちらで批判を書いた⇒http://d.hatena.ne.jp/Don_Xuixote/20110707/1309968755

 この作業をしながら、最近読んだ本(多田富雄南伸坊『免疫学個人授業』、新潮社、2001年)を思い出した。強調は、わが輩による。

免疫の自己には、寛容(トレランス)という現象があることも注意すべきことです。これは、当然反応すべきはずの異物に対して、まるでそれが「自己」であるかのように受け入れて、まったく免疫反応をしなくなってしまうのです。異物であるにもかかわらず、それを排除しないのです。(p. 199)

[HLA分子の]立体構造の中には必らず自分の体にあるさまざまなたんぱく質の一部分がはりついているんです。Tリンパ球が自己と認識したのは、実はHLA抗原と自分の蛋白質がくっついたものだったのです。細菌やウイルスなどの異物が入ってきますと、体の中で分解されて、その切れっ端がHLAの上の自らの蛋白質と置きかえられます。するとTリンパ球は、異物がはりついたHLA分子を非自己と認識して排除の反応を起すのです。自己を認識するためのレセプターを使って非自己を認識するというすばらしいしくみを免疫系は発明したのです。(p. 201)

 ここからは、素人の「遊び」であるとお断りしておく。こういうアナロジーは、社会科学の徒がやることではないのだが。

 この本の中の生徒、南氏は、胸腺のことを「胸腺大学」という面白い比喩を使って、「胸腺大学では、T細胞をこの『自己がわかる奴』に教育する」と解説する。90%以上のわからない奴(T細胞)は、自死する(アポトーシス)(p. 112)。あるいは、「T細胞は『自分』というものを、胸腺大学でたたきこまれたエリートで、つまり『自分とは自分じゃない奴じゃない奴だ』ということをわかった奴になる」(p. 127)。このT細胞には、すべての外敵に対応するための「B細胞の働きをヘルプするヘルパーT細胞と、自分じゃない奴を殺すキラーT細胞があり、そしてそれらの働きを抑制するサプレッサーT細胞の働きもある」(p. 128)。
 免疫反応とは、「抗原が入ってくると、それに反応する」ことであるが、「ある条件下では、同じように抗原が入ってきても反応を起さないことがある」、すなわち「『反応しない』という反応」である(p. 134)。

 アイヌ政策において、北大(と日本社会)という「胸腺大学」で守るべきものを叩き込まれたエリートのT細胞たち。しかし、有識者懇談会では入って来た抗原を排除してしまうキラーT細胞が機能せず、「寛容」による対応をしてしまった。ところが、「寛容」がたたって、すなわち、第5回で入って来た抗原を自己と混同し、非自己として攻撃せずに取り込んでしまった。抗原を殺すことも、無力化することも、そして抑制する(p. 137)こともできなくなる、すなわち「寛容」が破綻すると、自己免疫病を来たすということである(p. 144)し、あるいは、「人骨研究」という抗原は、推進会議の免疫不全症――「免疫細胞が働こうと思えば、ウイルスの遺伝子もどんどん働いてしまう」(p. 156)――をもたらすのかもしれない。放っておけば、政策推進会議という体そのものが死んでしまうか、衰弱の一途を辿り、機能しなくなる・・・と人間の体なら、それでウイルスも死んでしまうのだが、第4回議事概要では、北大のアイヌ・先住民研究センターへと転移して増殖しようと狙っているようだ。あるいは、この診断は誤っていて、政策推進会議自体で、まだ「寛容」が働いていて、そこは既に共棲の場、利益共有の場と化して、体も生き続けようとしているのだろうか。

 T細胞と抗原の関係を顕微鏡で観てみたいものである。政策推進会議の生命が、しなやかさと強靭さ(p. 140)をもっているのかどうか・・・。

 民主党マニフェストではないが、有識者懇談会の報告書の中身にすら風穴を開けて違うことが進められつつある。そのエージェントは、篠田謙一という自然人類学者。形質人類学者は骨を求め、遺伝人類学者は、骨そのものというよりも、それから得られるDNA標本、そして血液から得られるDNA標本が欲しいのであろう。「慰霊と研究の両立」に反対する人々は、「研究」の象徴でもある篠田氏を標的としているようだが、彼は、軍隊で言えば、恐らく司令官か軍曹レベルではないのだろうか。学術組織も似たようなものであろう。彼が代表し、弁護しようとしているもっと上層の人間集団、さらには「もの」は何であろうか。

■「過程に興味が存するばかりです」
<まったく文脈の異なる詩ではありますが・・・>

過程に興味が存するばかりです
それで不可[いけ]ないと言ひますか
(中略)
集積よりも流動が
魂は集積ではありません
(吉田凞生編『中原中也全詩歌集 上』、講談社、1991年、162-163ページ)


転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/20120312/1331480595

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