AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

あー、博物館。/「古人骨」、「古代DNA」

 昨晩、たまたま博物館に関するものを2つ読んだ。

 毎日新聞(2012年06月14日 東京夕刊)によれば、「人権問題の総合的な研究、資料公開に取り組む全国唯一の博物館「大阪人権博物館(リバティおおさか)」(大阪市浪速区)が、廃館の瀬戸際に追い込まれている」そうである。差別や人権などの展示を「ネガティブな中身だ」と批判する橋下徹 大阪市長が、「子どもに夢を与える展示になっていない」同館を「子どもが夢を持てる施設に」と展示を変更する「チャンスを与えたのに」従われなかったということで見切りをつけたらしい。
(特集ワイド:「大阪人権博物館補助金打ち切り、橋下市長表明 フォークシンガー・高石ともやさん、展示見学 http://mainichi.jp/enta/news/20120614dde012010015000c.html

 『大河の一滴』だったか、『元気』だったか、五木寛之の著作に「暗さ」を否定する現代社会を批判した節があったと思うが、どこだったかすぐに思い出せないので仕方なく、数年前に読んだ本を引っ張り出してみた。以下、★のついた引用は、清野徹編『五木寛之のことばの贈り物』(角川文庫、2001年)から。

★「人間の暗い面をしっかり見定めることが、逆に自分を照らしている光を知ることだ。」(p. 73)
★「私たちは、悲しむべきときに悲しまない人間にだけはなってはいけない。」(p. 77)
★「本当のプラス思考とは、絶望の底の底で光を見た人間の全身での驚きである。そしてそこへ達するには、マイナス思考の極限まで降りていくことしか出発点はない。」(p. 70)

 博物館についてのもう一つは、昨晩の記事の「議事概要」(p. 8)から。

カナダの博物館ですばらしいと思ったのは、ガラスが低く、通路の両脇にはフェルトが敷かれていて、子どもたちがそこに座ってものを見ている、お絵かきをしている。そういう体験によって、そこにある民具がいかにすばらしいものか、どうしたらああいうものをつくっていけるのかということを子どもたちは考えるようになる。そういうことを抜きに、どうやって自分たちの伝統的な芸術や作品を尊敬できる子どもが育つのだろうと私は思っている。
ゆくゆくは、そこで少しずつアイヌ語の保育を実施していければとよいと思っている。ハワイの保育園では、親はハワイ語を話せないにもかかわらず、子どもたちは起きた瞬間からハワイ語で話していた。アイヌの若者が保育士としてアイヌ語で子どもたちを育てる、そういう場所にしていきたい。
(略)
こういうコンセプトを持っていると、博物館の姿自体が変わると思う。子どもを育てるための場所という形で博物館を建設していくことができるのではないか。ガラスケースの向こうにあるすばらしいものを見に来る方ももちろんいるが、ガラスケースの向こうにあるすばらしいものを見て、お絵かきをしているアイヌの子どもたちに会いたくて訪れる方が大勢いると思う。象徴空間の中をアイヌ模様のかわいいスモックを着た子どもたちが走り回る、それは希望に満ちた絵だと思う。それに憧れて多くの人たちがサポーターになってくれるはずだと思う。
(略)
大きく国が動いている中で、この機を逃してはいけない、ここで終わらせたくないという気持ちを強く抱いている。

 とても明るく、前向きな映像が浮かびますね。これなら、橋下市長も後押しするかな。

★「楽しいことは長続きする。好きなことは長続きする。気持ちのいいことは長続きする。そうでないことは、どんなに強制されても結局は続かない。」(p. 69)
★「強くイメージする、いい結果を夢見る、そのことが人間にとっては、とても大事なことだと思うのです。」(p. 65)
★「夢見ることは、人間にとって大事なことです。心にも大事だし、体にとっても大事なのではないでしょうか。」(p. 57)


★「人間はただ生きているだけではなくて、自分が何かをこの地上に残そうと思わずにはいられない存在なのだ。」(p. 169)

 Hさんの夢なのであろう。有識者や政府の出席者全員が賞賛している素晴らしいアイデアに水を差したくはないから、そのアイデア自体には何も申しますまい。だが、「しかるべく進めて」もらった結果は、どのような「現実」をもたらすのだろうか。アイヌの子どもたちがフェルトの上で楽しくお絵かきをしている展示室の壁の裏側では、「科学者」たちが過去に盗み出されたアイヌの遺骨から一心不乱にDNAを抽出しようとしている・・・。そんな現実世界は、想像したくないものだ。

 「科学に専念しているときに、[墓荒らしのことで]警官や泥棒の話をするな」
(略)
 理論的には、必要なのはたった一個の細胞だけだ。その一個の細胞からDNAを取り出すことができれば、これがプロジェクトの成功の鍵を握る一族のものであることを遺憾なく確証できる。
 ただちにやらなければならないのは、純粋なサンプルを捜し当てることだ。この遺伝物質は、まちがいなく蛆やモグラなどの地下有機体と雑然と混じり合っている。また、墓地の配置からして、他の死体が混ざっていることも考えられる。となれば、ほんのすこし触れ合わせただけでも、さらに汚染が進む危険がある。
 たいへんな注意を払いながら、それから四十五分かけて、フォスターは骨を丸頭ハンマーで砕いてゆき、破片がじゅうぶんに小さくなると、乳鉢と乳棒で細かい粉にした。フォスターはそれをリンチに渡し、リンチが緩衝液――ヒドロキシメチルアミノメサンのpH七・四水溶液――にそれを入れて、超音波を照射した。(pp. 24-25)

 実は、この本(ハリー・スタイン『遺伝子奪取』、角川書店、1998年)は、読み始めたばかりである。とても面白そうである。

★「人生には、野心と同様に、断念も重要です。」(p. 208)
★「それでも人間は生きてゆかなくちゃならない。生きてゆくからには、未来を信じるか、信じるふりでもしなくては――。」(p. 55)


★「本当のことを自由にきいたり、喋ったりする人間は、世間で生きていくのが難しくなる。」(p. 238)
★「好きなようにするさ。人間、生きてる持ち時間というのは、ほんとに限られたものだし。」(p. 227)
★「自分の一生を、いつ終わってもいいように生きなければ――。」(p. 248)


補足(2012/06/19, 23:45):
 スタインの本の原題はInfinity's Child(無窮の子)で、邦題のイメージとはかなり違う。

 また、人骨の研究は、古くからの形態観察や寸法の測定によるもの、DNA抽出・解析によるものだけでなく、例えば、アイソトープ食性分析法なるものもある。スタインの原著は1997年発刊であるが、1990年代に「ハイテク」分析法として紹介されているこの研究手法では、上の描写とは違って、わずかな骨しか損傷しないように「配慮」がなされるようである。『科学朝日』編『モンゴロイドの道』(朝日新聞社、1995年)より。強調は、わが輩による。

分析したのは、北海道・有珠湾沿いにある約六〇〇〇年前の北黄金遺跡、約二〇〇〇年前の有珠遺跡、そして近世アイヌのほかは、約五〇〇〇年前以降の本州の各地の縄文遺跡から出土した人骨である。(p. 167)


 古人骨中のC13とN15の量を知るためには、まず人骨を完全燃焼させてガスにしたうえで、ガスに含まれるC13とN15の量を質量分析計で測定する。ただこの方法では、貴重な古人骨が煙になってしまうので、分析にあたっては、自然人類学者があまり利用しない肋骨を使ったり、分析に使う量も保存状態がよければ五グラム程度にとどめている。分析技術の進歩で、現在ではこれくらいあれば十分なのである。(p. 168)

ついでにもう一つ補足しておく。「人骨」研究者たちの「古人骨」という用語法については異議を唱えたことがある(http://d.hatena.ne.jp/Don_Xuixote/20120326/1332694931)が、最近、「古代DNA」という用語にも驚かされてしまった。

 生物のDNAを調べる研究には、普通は生きた生物を用いる。ところが、ずっと昔に死んでしまった生物にも、ごく微量ながらDNAは残っていることがある。過去に存在した生物から取り出されたDNAを、試料の古さにかかわらず「古代DNA」と呼ぶ。微量なDNAをねずみ算式に大量に増やすことができるPCR法(ポリメラーゼ連鎖反応法)が一九八〇年代に開発されたので、「古代DNA」の研究が一挙に花開いた。
斉藤成也『DNAから見た日本人』(筑摩書房、2005年)、p. 120.強調は追加。

 「人骨」研究者が話すDNA語は、彼らの研究を神秘のヴェールに包み込み、一般人とのコミュニケーションを困難にしているが、どうも日本語まで改変されてしまっているようだ。上の定義から言えば、極端な話、ほんの少し前に死んでしまった人間でさえ、「過去に存在した生物」になってしまう。すると、「古人骨」に限らず、掘り返された生々しい遺体であっても――上のリンク先にあるように、過去に実際に起きている――、それから抽出されるDNAは「古代DNA」と呼ばれ、それとして処理されることになってしまう。我々一般人が「古代」という言葉から受けるイメージとは、大きくかけ離れている。これからますます注意しておかないといけまい。


転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/20120619/1340034301

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