AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

アイヌを学ぶ/アイヌに学ぶ

 昨今のアイヌ民族関連の記事を見ていると、「交流」の名の下に、海外の先住民族に海外の先住民族のことを学ぶ企画が目立つようである。

 一方、某ミニコミ誌の今月号の行事紹介には、お互いにあまり仲が良くないのかなと思っていた北大アイヌ・先住民研究センターの「アイヌを学ぶ3ヵ月」という企画が紹介されている。担当者はアイヌ以外の「有識者」もいるようだから、「アイヌに学ぶ」とはならなかったのかもしれない。(書きながら思ったが、「『有識者』(のあり方)を学ぶ」という企画も面白いかもしれない。)

 「有識者」の企画はどうでもよいとして、日帰りで行けるものなら、第1回の北原氏による「アイヌ民族の宗教文化」を聴いてみたい。でも、行けないから、講義内容がセンターのサイトかどこかで読めるようになるのを待つしかないだろうとも思う。

 本ブログで遺骨問題を取り上げ始めた頃、アイヌ民族宗教観や死生観を体系的にまとめた文献はないかと探してみたことがある。何しろ研究設備も資金もない身だから体系的な文献調査はできなかったが、よって漏れもあることを認識した上で敢えて言えば、断片的な情報はあっても、(わが輩の関心から必要な)体系的な文献は見つけられなかった。

 アイヌ民族の遺骨問題に取り組む上で、信教の自由の問題は切り離すことはできまい。アメリカのNAGPRA制定過程においても、その後の遺骨返還事例や裁判においても、「アメリカンインディアン宗教自由法」をはじめとして、宗教の自由に対する権利問題が必ずと言ってよいほど出てくる。

 「文化政策」を「推進」する政府の「有識者」たちの談合、あ、いや、会議でも、信教の自由に対する権利という話題は、ほとんど出ていない。(一度や二度は出てきたかな?)だから、この時期、この状況において、わが輩は、北原氏が「アイヌ民族の宗教文化」について、過去の研究の体系的な整理を行ってくれて、現在の「政策推進会議」が行おうとしている遺骨の取り扱いがアイヌ民族の宗教文化との関係でどのような意味合いをもつのかを論じてくれることを大いに期待するのである。

 これは、もう20年以上前のことである。ある時、ある場所で、あるアイヌの長老と食事をしている時、向かいに背広を着て座っているその方の左胸にバッジがつけてあった。それについてわが輩が尋ねると、「わしの宗教団体のバッジだよ」と言われた。それで、「アイヌの宗教の団体ですか」と尋ねると、「わしんとこのお寺の(宗教)法人のだよ」と笑いながら答えてくれた。今ごろ、黄泉の国でどうされているのだろうか。あの時の笑顔がつい先ごろのように思い出される。


転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/20120629/1340897615

広告を非表示にする