AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

「貸与中のDNA」

bank:1a【可算名詞】 銀行/2【可算名詞】a [通例複合語をなして] 貯蔵所.
http://ejje.weblio.jp/content/bank

 お金をバンク(銀行)に預けておいてもほとんど利息を生まない時代になってどのくらいになるだろうか。それでも、銀行にお金を預けるというのは、文字通り「預ける」のであって、自由意志によるものである。預けるのが嫌な人は、いわゆるタンス預金をしている。それに、お金を銀行に預けても、お金は銀行のものにはならない。だから、通常は、引き出したい時に引き出すことができるし、また口座自体を閉じて全額預けるのをやめることもできる。当たり前の話である。チビリチビリでも、年にわずかな利息もつく。

 こちらのバンクは、どうだろう。DNAデータバンクというものがある。上の辞書的意味を当てれば、「DNAデータの貯蔵所」ということになる。文部科学、厚生労働、経済産業の3省が作成した「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」(http://d.hatena.ne.jp/Don_Xuixote/20120616/1339777518)には、次のように定義されている。

(20)ヒト細胞・遺伝子・組織バンク

 提供されたヒトの細胞、遺伝子、組織等について、研究用資源として品質管理を実施して、不特定多数の研究者に分譲する非営利事業をいう。

 この「指針」が対象とする研究の範囲には、

主たる内容がヒトゲノム・遺伝子解析研究ではないが、一部においてヒトゲノム・遺伝子解析研究が実施される研究、診療において得られた試料等又は遺伝情報を二次的に利用する研究を含む

というから、アイヌの血液から採取されたDNAの解析にも適用されると思われる。

 この指針の「基本方針」には、「個人の人権の保障の科学的又は社会的利益に対する優先」が明記され、人権保障の「扇の要」には「事前の十分な説明と自由意思による同意(インフォームド・コンセント)」がある。

研究責任者は、提供者に対して、事前に、その研究の意義、目的、方法、予測される結果、提供者が被るおそれのある不利益、試料等の保存及び使用方法等について十分な説明を行った上で、自由意思に基づく文書による同意(インフォームド・コンセント)を受けて、試料等の提供を受けなければならない。

 このインフォームド・コンセントは、文書によって得られねばならないとされており、それには次の事柄が含まれていなければならない。

・試料等の保存方法及びその必要性(他の研究への利用の可能性と予測される研究内容を含む。)

・ヒト細胞・遺伝子・組織バンクに試料等を提供する場合には、バンク名、匿名化の方法等

・試料等の廃棄方法及びその際の匿名化の方法

 この「指針」でいう「試料等」とは、

ヒトゲノム・遺伝子解析研究に用いようとする血液、組織、細胞、体液、排泄物及びこれらから抽出した人のDNA等の人の体の一部並びに提供者の診療情報、その他の研究に用いられる情報(死者に係るものを含む。)をいう。

 銀行にお金を預けるのをやめるように、データバンクに「試料」を預けることもやめられる。

提供者又は代諾者等は、インフォームド・コンセントを、いつでも不利益を受けることなく文書により撤回することができる。

 そして、この要請は、「特段の理由がない限り」応じられなければならない。

研究責任者は、提供者又は代諾者等からインフォームド・コンセントの撤回があった場合には、原則として、当該提供者に係る試料等及び研究結果を匿名化して廃棄し、その旨を提供者又は代諾者等に文書により通知しなければならない。また、提供者又は代諾者等が廃棄以外の処置を希望する場合には、特段の理由がない限り、これに応じなければならない。

 もっとも、研究者を保護する但し書きもある。

ただし、次に掲げる要件のいずれかを満たす場合は、試料等及び研究結果を廃棄しないことができる。

ア  当該試料等が連結不可能匿名化されている場合

イ  廃棄しないことにより個人情報が明らかになるおそれが極めて小さく、かつ廃棄作業が極めて過大である等の事情により廃棄しないことが倫理審査委員会において承認され、研究を行う機関の長に許可された場合

ウ  研究結果が既に公表されている場合

とは言うものの、これらの制限事項も、事前に記載した説明文書で周知徹底されていなければならない。それに、「廃棄しないことができる」というややこしい言い回しは、試料等を廃棄することを禁じてはいない。

 「指針」には、「試料等の保存及び廃棄の方法」が明記されている。

ヒト細胞・遺伝子・組織バンクへの提供研究責任者は、試料等をヒト細胞・遺伝子・組織バンクに提供する場合には、当該バンクが試料等を一般的な研究用試料等として分譲するに当たり、連結不可能匿名化がなされることを確認するとともに、バンクに提供することの同意を含む提供者又は代諾者等の同意事項を遵守しなければならない。


 試料等の廃棄研究責任者は、研究計画書に従い自ら保存する場合及びヒト細胞・遺伝子・組織バンクに提供する場合を除き、試料等の保存期間が研究計画書に定めた期間を過ぎた場合には、提供者又は代諾者等の同意事項を遵守し、匿名化して廃棄しなければならない。

 1980年代に収集された51人のアイヌの血液試料から解析されたDNA配列データがDNAデータバンクに登録されていると篠田氏が述べていることは、このブログで前にも触れたことがある。その後、この血液試料は、宝来氏が採取したものではなく、尾本氏に分与してもらったものであったということも、このブログで書いた。

 この「試料」が適切に取得されたものでないとすれば、篠田氏が有識者懇談会で述べた人類学者の過去に対する反省を実行するためにも、51人の「試料」は廃棄されるべきではないのだろうか。

 もし血液試料の採取が適切に行なわれていた場合でも、「提供者」――この言葉が必ずしも適切ではない場合もあるのだが――は、同意を与えていない将来の研究への利用を拒否することができ、バンクから「引き出す」ことができよう。

 「指針」は、現在、見直しが行なわれているようである。それは「個人の人権の保障」が基盤となっているが、集団の文化的視点が欠如している。政府が国内に「先住民族」の存在と異なる文化を持つ民族の存在を認めたのであれば、遺骨のDNA研究などが話題となり、厚生労働省文部科学省のオブザーバーも出席していた政策推進会議で、誰か一人ぐらい、この「指針」に集団の異なる文化に関する視点が盛り込まれるべきであると提言しても良さそうなものだが・・・。

 そもそも、血液試料やDNA試料は、誰のものなのか。カナダの事例を研究したある論文の結論的な部分を紹介しておく。

ゆえに、文化的視点と参加型アクションリサーチの原則に合致するかたちで、そうではないと明記されていない限りは、先住民族共同体における研究のために得られたすべての血液および組織は当該提供者/共同体の継続的財産、すなわち、研究者に対して「貸し出し中」であると考えられなければならないということが提言される。こういう方法で、個人および共同体(あるいはその指名者)が、生物試料の将来の取り扱いと利用を決定する能力を保持するのである。かくして、「貸与中のDNA」という考え方は、研究者と先住民族共同体の双方にとって重要な概念となる。研究者はいまや、同意された研究の目的のためにDNA(あるいは他の生物試料)を保持する用人(steward)となる。所有権は、指示された通りに、参加者または共同体にとどまる。この概念は、誤解の余地を残さない。研究者は、仮に個人を特定する情報が除去[=匿名化]される場合であっても、個人、共同体、または指定された者の同意なしに勝手に試料を利用する自由はないのである。

 冒頭に参照した辞書には、このような"bank"の意味と用例も紹介されている。
「a bank of snow 雪の吹きだまり」
「吹きだまり」といえば、思い出す。
http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/20120821/1345559354

◎追記:
 最後に余計なことを書いて、ひとつ書き忘れてしまった。
 北大開示文書研究会が公開している海馬沢博氏の文書(No. 20)は、「貸与中のDNA」という視点から非常に興味深い、先見的とも言える指摘を含んでいるように思える。

故児玉教授が当時1,500体に及ぶアイヌ人骨を収集したのは、人類学上アイヌ民族を人骨骨格から解明するためのものであり、一連の研究がすめば返却する意思があったと推察出来る。

 アイヌに対する尊重とアイヌからの同意に基づいて「貸与」されたものであるか否かはひとまず措くとして、海馬沢氏にとって、遺骨という人体組織の所有権は、決して児玉教授や北海道大学の手に移っていたとはみなされていなかったようである。


転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/20121019/1350578960

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