AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

先住民族への血液試料返還――カナダの事例

 カナダの太平洋岸、ブリティッシュ コロンビア州の先住民族、ヌーチャーヌルス(Nuu-chah-nulth:http://en.wikipedia.org/wiki/Nuu-chah-nulth_people)とは、交流のあるアイヌの団体があったような気がする。

 1982年から1985年の間にブリティッシュ コロンビア大学(UBC)のリチャード ウォード博士は、カナダ保健省から33万ドルの助成を受けて、ヌーチャヌルスの人々の関節痛/リウマチの研究という名目で、試料ビン883本分の血液を採取した。その当時、これはカナダにおける先住民族を対象とする史上最大の遺伝医学研究であった。ウォードは、リウマチの遺伝的要因を見つけて、治療へ向けての研究を行なえると考えていた。

 ウォードは研究を行なうためにトライブ全員の調査をしたいと申し出て、彼自身の1987年の最終報告によると、彼の研究チームが13の保留地共同体と保留地外に居住する2,300人のトライブの全大人人口のうち1,878人(82%)から聞き取り調査を行なった。この中から883人(44.3%)が選別されて、それぞれ30mlの血液を採取された。

 しかし、ウォードはリウマチの原因となる遺伝子マーカーを発見できず、研究を中断した。

 1986年、ウォードはUBCの遺伝医学准教授を辞めて、アメリカのユタ大学のヒト遺伝学准教授の地位に就いた。ここでアメリカの保健省が、ヌーチャヌルスの人々の血液を研究するために17.2万ドルの提供を申し出た。再び、彼は、何も発見できなかった。

 1996年、彼は、イギリスのオックスフォード大学で新たに設けられた生物人類学研究所の所長の座に就いた。そこで彼は、採取していた血液を自分自身で使用するとともに、さまざまな研究のために他の研究者たちに貸し出した。ヌーチャヌルスの血液試料を用いて発表された学術論文のテーマは、HIV/AIDSから集団遺伝学まで多岐にわたり、その数は数百に上った。

 「とても重要な研究」のように見えたもののために自分自身と子どもたちの血液を提供したラリー ベアードさんは、「彼は、私たちを代償に利益を上げた」と述べた。「私たちは1年以内に研究の結果を得るものと理解していました。でも、彼は、その後、私たちに何も告げずに消えてしまいました。」「彼は、私たちの血液を持って回っていることで、200本を超える論文を発表し、彼の分野の最高権威者になりました。彼は私たちを安っぽい実験用のネズミのように利用しました。そのことに私は、激しい怒りを覚えるのです。」

◎続き1(2012/10/21):
 ウォード氏の研究の同意書は、研究がリューマチに関するものであると明示していた。しかし、彼が血液採取を行なっている際にBBC放送のドキュメンタリー映画用に行なわれたインタビューで、彼は、カナダの先住民族(ファースト ネーションズ)の進化史をDNAを研究することで追っているのだと述べていた。

 採血された一人、当時13歳で自主的に研究に参加したマーラ ジャックさんは、次のように述べた。
「それは、関節炎研究のためだけで、他の人々を助けるために使われることになっていました。血液は、技術的には今も私のものです。だから、彼らが私の許可無くどうやってそれ以外のことができるのかわかりません。」
「私たちがファーストネーションズの人間だからといって、自分たちが望むことを何でも私たちにできるということではありません。」

 ヌーチャヌルス人の血液の遺伝子配列を分析することで、ウォードは、ヌーチャヌルス人が41,000年から78,000年の間の期間、他と異なる明確な遺伝集団あるいは「系統集団」であったとする論文を1991年に発表した。これは、ベーリンジア地橋説に疑義を唱えるものであった。当時、多くの人類学者が、カナダ先住民族――彼らは「先住民」と言うが――は、15,000年から33,000年前に地橋を通ってアジアからアラスカへやって来たと考えていた。皮肉にも、この論文は、ヌーチャヌルスの人々に「協働」を感謝して結ばれている。

 2000年9月にヌーチャヌルス人の血液に関する最初の情報が出た時、カナダとアメリカ中の学者たちが怒りを露にした。
「それは、いかに私たちが研究倫理の基礎について私たちの科学者を訓練するということにおいてあまり良い仕事をしていないかということの主要な事例であり、また、ぎょっとするべき事例でもあります」と、UBCの応用倫理学センター長のマイケル マクドナルド博士は述べた。「ヌーチャヌルスの人々が彼らや彼女らの知識と経験を他の世界を分かち合ったことは、大変重要なことです。だから私たち皆ができることは、このようなことが先住民族共同体で二度と起こらないことを確かにすることです」と、彼は付け加えた。

 カナダ保健省、カナダ衛生研究所、人間研究倫理全国評議会ユネスコによって後援された数多くの国際会議が、「ヌーチャヌルスの血液事件」に焦点を当てて、何が間違ったのか、そして将来の類似した状況をいかにして防ぐかを議論した。

 同じ頃、先住民族保健研究所が設立され、この事件がこの新組織の優先事項となった。「この事件は、先住民たちに敬意をもって対応することになるもっと大きな動きの一部となりました」と、1999年に初めて事件について知った時に興味を抱いたUBCの臨床遺伝学者であるローラ アーバー博士が述べた。「関連二次研究が行なわれるのは珍しいことではありませんが、この事件を特異なものとしているのは、その二次研究が系統関係に関するものであって、保健とはまったく無関係であったということです」と彼女は付け加えた。

 Ha-Shilth-Sa紙の取材で、ウォード博士は、血液と関連データを別の貯蔵所に送ることを含めて、「事態を正すために可能なことは基本的に何でもする」と述べた。

 2003年2月14日、オックスフォードの研究室から自転車で帰宅した後、ウォード博士は、心臓発作を起こして、自宅の階段付近で死亡した。

 翌日、アーバー博士は、モントリオールのマクギル大学の研究仲間から電話を受けた。彼は、血液がオックスフォード大学の財産となる可能性があり、そうなると、血液が過度に保護されたり、廃棄されたりするだろうと懸念していた。彼は、アーバー博士に、西海岸に血液を戻すことを試みるには今が時機だと助言した。

 アーバー氏は、ヌーチャヌルスのコミュニティ・ヒューマン サービス部長のサイモン リード氏に連絡した。そうするとリード氏は、オックスフォード大のローラ ピアーズ氏と連絡を取り、他にも多くの人々が関与して、誤ってしまった研究事件の解決をもたらすために働くこととなった。

 ウォード氏の未亡人で、メキシコ先住民と信じられていたマリア ラミレズさんは、「血液標本が返却されることを切望していて、血液標本に関するすべての記録を探し出すために彼の書類を分類整理しているところ」だと、ピアーズ氏がリード氏への電子メールに記した。

 今年(2004年)の1月、9箱の文書と何百本もの試料瓶に入ったヌーチャヌルス人の血清が医療配送便によってUBCに届いた。血清は即時にUBCの冷凍庫に保管され、文書はバンクーバーブリティッシュコロンビア州子ども病院へ運ばれ、そこのロバート マクマスター科長の部屋の隅に置かれている。

◎続き2(2012/10/23):

 2003年7月11日のトライバル カウンシル会議でヌーチャヌルスのチーフや代議員たちは、ヌーチャヌルス研究倫理委員会の設立を投票で決定した。同委員会は、ヌーチャヌルスの人々を被験者とするすべての研究提案を評価する責任を有し、オックスフォード大学の生物人類学研究所からの血液標本の返還の手配をする任務を負った。同委員会委員の一人でもあるラリー ベアード氏は、次のように語った。
「みんなは血液研究のことを忘れた感じで、私だけが疑問を呈示していた。自分の血液がどこに行って、結果が出ているのなら、それがどのようなものなのかを知らないことに私は苛立ちました。」「私のしつこさが報われました。・・・・以前にはまったく何の統制もなくて、私たちは研究者に大きな信頼を置いていました。今や、誰が私たちの共同体に入って来るのか知るようになり、研究者たちが私たちの研究計画と規則に従うことを確実にする能力をもつことになります。」
 家族の他の者とともに血液を提供したノリーン ジョンさんは、今もなお、研究者たちの20年間の沈黙が腑に落ちないでいる。「私たちの家族には関節炎を持つ人がたくさんいます。私が知りたいのは、研究の結果がどうだったのかということです。」「研究倫理委員会は、何年も前に、研究者たちが私たちの身体や土地を調査しにここにやって来はじめる前に、存在するべきだったのです。」
 「ヌーチャヌルスだけが研究倫理委員会をもっているわけではありません」と言って、マクドナルド氏は、同州中の似たような組織を挙げた。「そのような委員会が重要なのは、委員会が共同体で何が起こっているかを把握しているからです。委員会は、何が行なわれる必要があるかを知り、そして、どの提案が誰もにとってただの時間の無駄となるのかを知ることになります。」「一部の研究を遅らせることになるかもしれませんが、もっと重要なことに、いい加減な研究に対する保障となるのです。」

 既に委員会によって承認された研究申請があるが、まだ誰も血液に関連する研究案を提出した者はいない。
アーバーさんは言った。先住民族と科学者が「お互いを知って、科学的・文化的問題を理解することがとても大切です。これらの研究者たちは、DNAは単なるDNAではなく、多くの先住民族共同体ではDNAが巨大な精神的/霊的重要性を持っていることを理解しなければなりません。」

 ヌーチャヌルス血液事件は、トライバル カウンシルの顧問弁護士たちによって研究されてきただけでなく、トロント大学の法学生たちには、それについての論文を書くための課題として提示された。[北大法学部でも、遺骨・血液採取問題についてやったらいかが?――D. X.]

 ユタ大学とオックスフォード大学で起こった事柄はカナダ法の境界の外に存在しているが、多くの法律的見解は、ヌーチャヌルスの人々はUBCを訴えることができるし、UBCは、背任、契約違反、プライバシー侵害、信頼違反、受託者義務違反でウォードの財産に対して訴えることができると述べている。
「最初の関節炎研究が遺伝的関係の証拠を何も見つけることができなかった際に、ウォードは、この特別な脆弱性を利用して、まったく異なる分野――生物人類学――で自分の名声を確立する手助けとしてDNAを用いることで自分の利益とした」と、一人のトロント大学の学生が書いた。「ヌーチャヌルスの血液に関する自分の研究の結果である、この分野における自分の著作物に大部分基づいて、彼は最終的にオックスフォード大学の研究所長の地位を与えられた。」

 リウマチ性関節炎に苦しむ71歳のイナ キャンベルさんにとって、諸大学からの謝罪と補償が、適切な出発点である。彼女は、次のように述べた。「私は、利用されたように感じます。私は、彼らや彼女たちが謝罪して、それを補償で示すべきだと、本当に思います。彼らや彼女たちは他の誰もに補償します。なぜ、私たちにはしないということがありますか。」

 ファースト ネーションズの多くの人々と複数の学界は、ウォード博士の研究における役割に対して謝罪するようにオックスフォード大学に求めてきた。
 ベアードさんは、述べた。「オックスフォード大が自分たちがその一部である詐欺行為を認める時、私たちに対して謝罪を負っていると分かるでしょう。この話は、終わっていません。私たちの血液を保有しているオックスフォードと他の研究機関は、自ら進み出るべきです。UBCは、非常に助けになってくれました。UBCは、通常以上のことをしました。だから、他の大学も、同じことをするべきです。諸大学の行動は、彼らや彼女らが私たちのことをどう考えているかについて多くのことを語ります、そして、オックスフォード大の場合、考えていることが良くありません。」
 「このようなことに知らず知らずに関与したことに、既に誰かが謝罪しただろうと望むでしょうが」とマクドナルド氏は言って、彼自身の大学を含めて、各大学はそのような研究に対してより良き統制を持って、類似の事件が二度と起こらないことを確実にする方向で尽力するべきだと付け加えた。彼はさらに付け加えた。「[謝罪]はジェスチャーだということは分かっています。しかし、何かがこれほどまでに過って起こるのを見た場合には、それは示すべき正しい種類のジェスチャーなのです。」

◎続き3(2012/10/23, 21:40):

「私たちの血液がはるばるイギリスまで行ったと聞いた時、心配しました」と、73歳のガートルード フランクは言った。「今でも、結果はどうだったのだろう、そして、それに関することすべては一体何だったのだろうと考えます。今でも、関節炎をもった私たちの仲間を助ける方法を見つけるために血液が使われて欲しいと思います」と、彼は言った。「ウォード博士がそれを向こうまで持っていくことへの同意は無かったとオックスフォード大の人々らは知っておくべきでした。彼は、一線を越えたのです。オックスフォード大が私たちに謝罪すれば、多分私たちの気持ちが少し和らぐ手助けになるでしょう。」
 しかし、オックスフォード大学は、頑なである。大学の報道担当事務室は、ウォードの血液標本とデータをUBCを通じてヌーチャヌルス人に返却すると発表した2004年2月6日の報道声明以外に、この問題に関する追加声明を出すことはないとしている。
 ローラ アーバー博士によれば、遺伝子研究技術は、ウォードの夢が現実になりうるところまで進展してきている。彼女は、次のように述べた。
 「私たちは今、20年前に比べて飛躍的に前進しています。そして科学は、遺伝的理解を決定するのに役立つことが可能です」とアーバーは言った。「それを探求して、何らかの良い結果が生まれうるかどうかを見てみることは有益でしょう。もし誰かが20年後にその研究を再開したいと欲した時に役に立つであろう情報が存在しているのです。」
 ミトコンドリアDNAのデータが何千年もに及ぶ家族の相互関係を示すように、調査データが系統学の研究や「家系図」に関係している家族の援助が可能だということもあり得る。
 しかし、ヌーチャヌルスと他の先住民族社会は、似たような研究の違反行為から保護されているだろうか。
「私たちは、研究成果を誇りますが、私たちの研究の対象者に何が起こるのかを確認しません」と、マクドナルドは述べた。「私たちは、正直言って、その分野で何が起こっているのか知りません。監査、抜き打ち検査、安全メカニズムを実行することができるべきです。私たちは、それをしませんが、本当に行なう必要があります。私たちの信用がかかっているのです。」
 ヌーチャヌルスの人々によって学ばれた教訓はヌーチャヌルス研究倫理委員会の形成、それに国内的・国際的な法改正という結果につながったけれども、警戒は今も必要である。
「残念なことに、ちょうど寄宿学校が私たちに教会を信用するなと教えてくれたように、ウォードは、私たちに研究者を信用するなということを教えてくれました。」とベアードは述べた。「希望的には、私たちがそれをすべて過去のものとすることができる日が来るでしょう。でも、私たちは残念ながら、科学研究の暗黒面について多くのことを学びました。私たちの目は今、大きく開いています」と彼は、付け加えた。

◎記事は、以上。100%逐語訳というものではない。90-95%くらいであろうか。若干省いた箇所もある。また、訳しながら入力したので、未推敲である。日によって、「氏」や「さん」を入れたり、入れなかったりしているのには気づいている。時間をみて訂正していく。
 元の記事は、こちら↓。
David Wiwchar, "Nuu-chah-nulth blood returns to west coast," Ha-Shilth-Sa, Vol. 31, No. 25 (Dec. 16, 2004).
http://caj.ca/wp-content/uploads/2010/mediamag/awards2005/(David%20Wiwchar,%20Sept.%2012,%202005)Blood2.pdf

"Ha-Shilth-Sa"とは、「興味深いニュース」という意味だそうである。確かに!


転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/20121020/1350668746