AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

事後説明のみか?――平取町での「説明」

 国立遺伝学研究所や東大などの研究チームが、「過去最大規模の細胞核DNA解析を行い、1日付の日本人類遺伝学会の英文誌電子版に発表した」ということで、その内容をメディアが報じている。こちら(http://blog.goo.ne.jp/ivelove/e/7768173bd3e58d472cec2669c3a521c1)に、時事通信日本経済新聞大分合同新聞毎日新聞のオンライン版記事が転載されているので、記事内容については、そちらを参照して戴きたい。他にも、北海道新聞産経新聞も同研究報告を取り上げているようである。恐らく、この記事を執筆した記者たちは、配布された試料、いや資料に基づいて記事を書いたのではないかと推測する。

 11月1日の夜と昨晩、その英文誌電子版を探したのだが、非会員にはアクセスできないのだろう、論文そのものを読むことはできなかった(http://www.nature.com/jhg/index.html)。日本人類遺伝学会のサイトのトップ画面(http://jshg.jp/)の右端には、バイオテクノロジーや製薬関係の企業がずらりと名を連ねている。

 上記4紙のうち、毎日新聞は、「チームは東京大学のグループが80年代に北海道平取町アイヌから提供を受けた血液36人分や、沖縄で採取された琉球人の血液35人分に含まれるDNAを分析」と報じていた。この36人分の血液は、尾本氏が採取して宝来氏に「分与」した51人分の血液ではないかと推測していたが、昨晩、ある方がメールでこの記事(http://news.mynavi.jp/news/2012/11/02/126/)の存在を教えてくれた。この詳しい記事に、次のような2段落がある。

北海道日高地方の平取町に居住していたアイヌ系の人々から尾本名誉教授らが1980年代に提供を受けた血液から抽出したDNAサンプルについて、これまでミトコンドリアDNA、Y染色体、HLAの研究が行われてきたが、それらの内、36個体分が用いられた。

サンプル収集時期が30年近く前なので、2012年に入って平取町を3回訪問し、町役場のアイヌ施策推進課の協力を得てアイヌ協会平取支部の方々に面会し、これまでの研究成果と今回の成果についての説明も実施。琉球人のDNAについては、琉球大学医学部の要匡 准教授らが数年前に提供を受けた35個体分が用いられた(画像1)。

 36人分の血液は、前に書いた記事の51人の血液の一部と考えて間違いないだろう。なぜ36人分しか用いられなかったのだろう。残りの15人が他界してしまったとか、15人分のDNAが「細胞核DNA解析」に適する質ではなかったとか、あるいは15人からは研究の継続に同意を得られなかったとか? その理由は、論文のどこかに記されているのだろうか。

 報道によれば、「過去最大規模の細胞核DNA解析」ということで、mtDNAだけの分析よりも随分と大掛かりな研究のようであるが、かつて篠田氏は、51人分の「サンプル」について、「どうも同じ地域で集められたサンプルのようなので、アイヌの人たちを代表するデータとして用いることを躊躇させられる」と自著に記していたが、同一地域からの少なすぎるサンプル数と、それから生じる問題は、今回解決されたのであろうか。このデータの質に関して、篠田氏が何と仰るのか窺ってみたいものである。

 この種の研究報告は、方法論も含めての検証や考察と結論の政治的社会的意味合いなどの点からも検討されなければならないが、今は敢えて、手続き的なことに注目しておきたい。上記引用段落から見る限り、「これまでの研究成果と今回の成果についての説明」という言葉は、これが研究実施計画に対する事前の同意取得のための対等な協議だったのかという疑問を残している。30年間にわたって「ミトコンドリアDNA、Y染色体、HLAの研究」をやり尽くしてきた後で、「これまでの研究成果」の報告をしたのだと読める。そもそも「尾本名誉教授らが1980年代に提供(*1)を受けた血液」がどのようにして採取され、それから「DNAサンプル」を抽出すること、そして血液や「抽出したDNAサンプル」が分与され、多岐の方法で研究されることに対して、研究からの退出の可能性の説明も含めて、「事前の十分な情報に基づく同意」が取得されていたのかについて、自然人類学者たちは情報を公開し、説明する責任があるのではないのだろうか。「遺伝子交流」(*2)を明らかにするための研究に「遺伝子奪取」がなかったことをわが輩も願っているのである。


『遺伝子奪取』:http://d.hatena.ne.jp/Don_Xuixote/20120619/1340034301
http://d.hatena.ne.jp/Don_Xuixote/20120705/1341500061

 血液サンプルが平取で採取されたというのは、ある程度の推測はついていたし、一つ前のデュークプーの言葉ではないが、アイヌの知人からも間接的に聞いていたが、それこそデュークプーの指摘からもわかるように、あえて地名は出さないできた。今回、血液採取の地名が公表された。

 平取町役場のアイヌ施策推進課は、遺骨のDNA研究を推進しようとする政府のアイヌ政策推進会議や北海道アイヌ協会の意向を汲んでの「仲介役」だったのだろうか。同推進課は、アイヌ政策の「推進」にあたり、人体組織試料を用いる研究に関する独自のガイドラインなどを持っているのだろうか。

 平取のアイヌ社会は、ヌーチャヌルスをはじめ、他の北米のインディアントライブにも見られるような、集団遺伝学研究を検証するための自前の倫理委員会などの設立へとは動かなかったようである。いずれにしても、対等で公正な手続きのもとで平取のアイヌ社会が自然人類学者たちに自らの歴史の「解明」を求めたのであれば、それはそれで尊重しよう。

 面白いことに、これはわが輩の推論であるが、北海道アイヌ協会(の執行部)は、博物館建設の見返りとは別に、アイヌが民族であり、先住民族であることをDNA研究によって科学的に証明して欲しいがために遺骨のDNA研究に賛成しているのではないかと思える。一方で、アイヌは民族でもないし、先住民族でもないと主張している人々も、DNA研究を「やれ、やれ」と囃し立てている。「万世一系」の神話も含めて、これからさまざまな神話(*3)が科学的に崩されて行くであろう――そして、それらは「DNA神話」(*4)に取って代わられるのであろうか。

 NAGPRA制定過程における「科学的証拠」の政治的利用についても書く予定であったが、長くなったし、少々疲れてきたので、この辺で一旦休止する。

◎追記(2012.11.05, 1:11 a.m.):
(*1)わが輩も少し前まではそれほど意識せずに「提供(者)」という言葉を用いていたが、"donor"(提供者――こう訳して良いだろうか?)は適切ではないから"source"(源、出所)を用いるという英語圏の論文を読んでから、「提供」の背景が分らない場合には避けることを心がけるようになった。
 「提供」には、リンクを貼れるのでオンライン辞書を使うと、「自分の持っている物をほかの人の役に立てるよう差し出すこと」という意味がある(『大辞林』第三版)。また、『デジタル大辞泉』の解説には、「血液を提供する」という例を含めて、「金品・技能などを相手に役立ててもらうために差し出すこと」とある。http://kotobank.jp/word/%E6%8F%90%E4%BE%9B
 この「提供」という言葉には、「差し出」してしまった後、その対象に対するコントロールを放棄してしまったという含意があるのではないだろうか。日本語の専門家は何と言うだろう。文部科学省厚生労働省経済産業省の「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」にも「提供者」が使われており、気になっているところでもある。
(*2)「遺伝子交流」は、典型的な職業用語(academic jargon:学術的たわ言)に属する言葉であろう。この用語は、「提供」とは異なって無色透明的な印象を与えたり、良好な関係を示唆するが、いわゆる「混血」がどのようにして起こったのかについての先入観を与えかねない。例えば、奴隷の主人が奴隷に子どもを産ませる。そこには「遺伝子交流」が起こる。だが、その「交流」を包む力関係、支配と従属などについて、この概念は何を語ってくれるだろうか。
(*3)DNA研究を90年代半ばに賛美した啓発書ではあるが、編者が、日本人の「純血神話」の崩壊について、このように語っている。

・・・もはや単純な「北方説」や「南方説」では日本人の成り立ちを語れないし、日本人が純血などというのも神話でしかありえないのである。(強調は、by D.X.)

 ついでだから、もう少し引用すると、

アメリカ先住民と日本人は「兄弟」関係にあることや、縄文人は東南アジアの人に近いというデータが得られている。
(『科学朝日』編『モンゴロイドの道』(朝日新聞社、1995年)、228ページ)。

 今、手元にないから引用できないが、篠田氏の著書にも似たようなことが書かれている箇所があったと記憶している。
 そもそも、人類のアフリカ起源説にしてもそうだが、「人類みな兄弟姉妹」なのである。「日本列島人」みな兄弟姉妹なのである。しかし、ではなぜ、世界の先住民族アイヌ民族が差別されてきたのか。「違い」を差別の根拠としてきた一方で、今は「同じ」であることを権利否定の根拠としている。「先住民族の権利に関する国連宣言」がなぜ必要であったのか、もう一度考えるべきである。

同宣言、前文第2 段落:
すべての民族が異なることへの権利、自らを異なると考える権利、および異なる者として尊重される権利を有することを承認するとともに、先住民族が他のすべての民族と平等であることを確認[する]。
Affirming that indigenous peoples are equal to all other peoples, while recognizing the right of all peoples to be different, to consider themselves different, and to be respected as such.

(*4)


◎追記2(2012.11.05):
 上記のmynaviの記事の情報元は、こちらの総研大のプレスリリースのようだと、ある方が教えてくれた。各メディアの報道も、恐らくそうであろう。http://www.soken.ac.jp/news_all/2719.html

◎追記3(2012.11.06):
 22ページに、よく見かける方々も何人か・・・。http://www2.town.biratori.hokkaido.jp/biratori/machi/pdf/ainubunka.pdf


転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/20121104/1352039924

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