AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

"Package Deal"(パッケージ ディール)

 この言葉は、いわゆる「米軍再編」問題でよく知られるようにもなった。例えば、平成19(2007)年4月10日の第166回国会、安全保障委員会(第7号)の参考人の意見で次のように登場している。(青字部分=引用、太字と赤字による強調は追加。)http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/166/0015/16604100015007c.html

川上高司氏(拓殖大学国際学部教授):

(前略)
 二つ目に重要なのが、地元からの負担を減らすためには、これがパッケージディールであるということを理解しなくちゃいけないと思っております。
 在日米軍の七五%が集中する沖縄から少しでも多くの米軍を削減することは、沖縄県民の長年の悲願であったわけでございます。日本政府は、米国に主体的、積極的に働きかけて、沖縄から大規模な米軍の削減、それから米軍の土地の返還の合意を今回取りつけました。今回を逃しましたら、このようなチャンスはいつ来るかわからない状況であります。
 それを実現させる再編実施のための日米ロードマップでは、普天間基地代替飛行施設の完成に向けた具体的な進展があること、これに加えまして、グアムにおける所要の施設及びインフラ整備のための日本の資金的貢献が取り決められているわけであります。その後に、沖縄からグアムへ第三海兵機動展開部隊の移転がなされ、その展開が行われた後に、普天間基地を初めとする嘉手納飛行場以南の相当規模の土地の返還がなされるというふうなパッケージディールになっているわけでございます。
 したがいまして、グアムのインフラ整備を行う資金調達をするための法的根拠となるこの米軍再編特別法案が成立せねば、すべてが無駄になってしまうということになってしまうわけでございます。
 また、海兵隊八千人とその家族九千人がグアムへ移転するためには、グアムにおけるインフラなどの大規模な整備が必要となり、これをアメリカのみで行った場合は、長期間を要することになり、沖縄の負担軽減が早期には進まないおそれがあるわけであります。このため、グアム移転を早期に実現するため、日本も応分の負担を行うことは合理的であると考えられます。
 さらに、グアム移転経費を民間スキームで行うことにより、在沖縄海兵隊のグアム移転に係る日本側の負担を将来的には日本に戻ってくる資金で賄うことは、アイデアとしては非常に合理的ではないでしょうか。民間資金を使えば使うほど税金を投入する額も減ることになります。こうした努力を期待したいと私は思っております。
 最後になりますが、この米軍再編特別法案が必要な理由は、三年半もかけましてようやく日米間で合意した在日米軍再編協議の合意事項を履行できなかった場合、アメリカ側の日本に対する多大な不信感を抱かせることになり、日米同盟に深い傷がいってしまうことになるということでございます。

続けて、新崎盛暉氏(沖縄大学名誉教授):

(前略)
 それから、負担軽減とは一体何なんだろうか。基地の面積なんだろうか、そこにいる米兵が引き起こす犯罪のようなものだろうか、あるいは騒音のようなものだろうか。一体そのどれをとって基地負担と言われているのか、その辺は非常に不明確です。あちらがふえればこちらが減る、その総体としてどうなのかという問題です。
 そして、この中で繰り返されているのがパッケージ論です。例えば、海兵隊がいなくなる、それは負担軽減になる、では、なぜ辺野古にV字形滑走路を持つ新しい空港が海兵隊基地として必要なのか、そのことに関する十分な説明は全くなされていないと思います。住民側の要求を入れて、騒音が及ばないように滑走路の方角を変えるとか二本にするとか、そういう説明はありますけれども。
 一方では、これは宜野湾市の伊波市長なども指摘していることですけれども、普天間海兵隊の施設等はほぼグアムに移るようですが、では、なぜ普天間代替施設として辺野古に基地が必要になるのか。
 これはアメリカの総領事などが言うことですけれども、普天間基地の周辺には八万人人がいる、辺野古には八千人しかいない、だから負担軽減だと彼は堂々と言っていますが、そういうものでしょうか。それだったら、沖縄には百三十万しか人口がいない、日本には一億三千万いるから、沖縄に集中させれば日本全体としては負担軽減になる、そういう論理が通用しないと同じように、普天間から辺野古に持っていけば負担が軽減されるということにはならないように私は思っています。
 そのほか、この負担軽減等の議論の中で触れられていないのは、自衛隊による米軍基地の共同使用です。キャンプ・ハンセンで陸上自衛隊が共同訓練をするとか、嘉手納飛行場の共同使用の問題が出てきています。
 御承知のように、今沖縄にある自衛隊の基地というのは米軍基地の三十分の一ぐらいだと思いますけれども、ある意味では、米軍から返還された点に存在するような形だろうと思います。そのため、軍隊としての訓練には支障を来していて、そういうときには本土の基地を使わざるを得ないというような事態がこれまで起こっていたと思います。ところが、キャンプ・ハンセン等が使えればそういうことがなくなって、しかし、それは住民の負担の増大にはつながらないのかということです。
 それから、嘉手納基地の共同使用の問題、そして、嘉手納基地にはF22等が、ある意味では当然のごとく今配備されたりしています。この間新聞をにぎわしているオスプリの問題とか機種の変更とかそういうものをトータルで、果たしてどこをとれば負担の軽減だろうか。プラス・マイナス、いろいろなところのマイナス部分だけをつまみ出して負担軽減といっても、しかし、一方ではパッケージ論が強調されている。
 全体がまとまらなければ一歩も譲らない、つまみ食いは許さないというアメリカ側の姿勢ですから、そういう中でどういうぐあいにこれを理解すべきなのか、そう考えたときに、私はやはり、この米軍再編あるいはこれまでの基地活性化事業とか北部振興策とか、そういうものの経験に即して最も効率的につくり上げられたであろうこの円滑化法案の問題点が逆に浮き彫りにされてくるような気がします。
 これが、私が沖縄から眺めた基地の実感です。

 

 今進められている扇の要だか団扇の要だかの「民族共生の象徴となる空間」国家プロジェクトも同じ性質のものなのだろう。政策推進作業部会でこれだけ大きな「人権問題」として噴出しているにもかかわらず、作業部会では、パッケージで一纏めに進めよという集団思考で固まってしまっているかのようだ。もう誰も、パッケージをばらせとは言わないのだろうな。せめて遺骨の取り扱いに関する問題だけでも切り離して、時間をかけて議論するべきだと、アイヌの「代表」たちからも問題提起されていないのだろうか。

 有識者懇談会の頃から、その有力メンバーによる「利益の一致」という言葉が盛んに用いられるようになった。これなどは、議会政治における"logrolling"と似たようなものである。直訳すると、「丸太転がし」。わかるかなぁ。わかんねぇだろうなぁ。

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写真は、http://www.thefreedictionary.com/logrollingより。

 

漫談 松鶴家千とせ - YouTubehttp://youtu.be/cO6xZhPGlD4

 

 

P.S.

 もう少し分かりやすい用語に"back scratching"(背中のかき合い)というのもある。

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http://www.truthdig.com/cartoon/item/20071113_backscratching/

 こちらの方が、わかりやすいかな。

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http://www.empowernetwork.com/vads/blog/reciprocity/

 

(Revised: 2013.05.21)

 

転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/2013/05/21/013017