AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

アイヌ民族衣装を着たテディベア

 アイヌ民族衣装を着せられたテディベアのぬいぐるみは、確か100個の限定販売で8月上旬の引渡しとか書かれていたが、もう売り切れたのだろうか。どんな人が買ったのか、北大の研究センターは購買者の年齢、性別、居住地域別に追跡調査をすると、購買者の特徴から同一性や多様性が見えてきて面白いかもしれない。サンプル数も、前の研究と同じくらいだし。

 「テディ ベア」の記事を書いた後、記事に時々コメントをくれる人から反応がないので尋ねると、「苦笑」と返ってきた。そのままになったが、実は、テディベアの記事に噛み付いたから「苦笑」されたのか、テディベアにアイヌ衣装を着せることに「苦笑」されたのか、分からずにいるのだ。


 さて、大方の人はご存知だろうと思うが、「テディ」は、第26代アメリカ大統領のセオドア(=テッド) ロゥズヴェルト(Theodore Roosevelt)に因んで命名された。それは、1902年にロゥズヴェルトが狩猟に出かけ、3日間の狩猟の後、獲物がないまま帰らねばならないと思われた日の翌日、狩猟ガイドたちが1頭の年老いた黒い熊を追い、捕獲した。ガイドたちは、熊を木につないでお膳立てし、大統領を呼びに行った。しかし、彼は、その熊を撃つのはスポーツマンシップにそぐわないとして、射殺するのを断った。(もっとも、熊は既に負傷して苦しんでいたため、大統領は、ガイドたちに苦痛を止めるために射殺することを命じた。)

 この話が全米に広がり、政治漫画家のクリフォード ベリィマンが、その様子を描いた。(こちらの漫画⇒http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/2013/07/22/230542。)この原画は、1902年11月16日にワシントン ポスト紙に掲載された。(同紙が買収されたというニュースを今日6日に聴いた。)その後にベリィマンが描いた同様の漫画には、もっと小さく、震える子熊が描かれていた。

 この話が元となって、大西洋をまたがってアメリカとドイツで別々の玩具会社が同じ頃にテディベアのぬいぐるみを作って売り出した。アメリカでは、ベリィマンの原画を見たニューヨークの駄菓子屋のモリス ミックトム(Morris Michtom)が、店のショーウィンドウに妻が作った2つのぬいぐるみを陳列し、ロゥズヴェルト大統領に「テディの熊」と呼ぶことの承諾を得た。これが大成功を収め、ミックトムは「テディの熊」を大量生産することになり、後にIdeal Novelty and Toy社を設立することになる。

 一方、ドイツでは、このたびアイヌ民族衣装のテディベアを売り出したシュタイフ社(Steiffs)だった。マーガレット シュタイフは、象や他の動物のぬいぐるみを作って生活していた。1903年に一人のアメリカ人が彼女が作った熊のぬいぐるみを見て、多数の注文をした。これらの熊も「テディベア」と呼ばれることとなり、国際的なつながりが生まれた。テディベアは、100年以上を経た今日も、世界中で人気を博している。

 この記事は、
f:id:Don_Xuixote:20130808020928j:plain

転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/2013/08/07/013033

広告を非表示にする