AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

「アイヌ民族の自決権」はタブーまたはイレレヴァントになったのか

 「週末の戯言」と書いてから、明晩で早くも1週間だ。光陰ミサイルの如し。どうせまた戯言と取られるだろうが、提案を書いておく。

 国連の「先住民族の権利に関する宣言」が出来る前は言うに及ばず、出来てからも、宣言第3条の自決権について深い議論が交わされるシンポジウムのような企画を目にした記憶がないのだが、標題のようなテーマのシンポジウムが開催されないものだろうか。会場や資金力を考慮すれば、北大の研究センターか財団あたりがやってもいいではないか。
P.S. 忘れていた。北海道新聞社があるではないか。それに、「民族共生空間 『先住権』の議論足りぬ」という社説も掲載していた。http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/2013/09/29/003403

パネリスト案(順不同)

●あまり興味も出席への熱意もないかもしれないが、アイヌ総合政策室から1人
●権利行使の主体となるアイヌ集団の実態がないと主張しているアイヌ政策有識者懇談会・政策推進会議の常本氏もしくは北大アイヌ・先住民研究センターから1人
●「『権利宣言』が成立した暁には」と言っていたのを忘れたかのような北海道アイヌ協会から1人
●宣言の最後に「自決権」を付け足している「アイヌ民族の団結と権利奪還にむけた共同宣言」の呼びかけ代表もしくはその賛同者から1人
アイヌ民族の自決権を唱えている市民外交センターの上村、苑原、相内のお三方あたりから1人
●コタンの「先住権」を唱えているアイヌ遺骨返還請求訴訟の市川弁護士または弁護団から1人
●そもそも「アイヌ民族」は存在しないと主張しているグループから1人



と、大体こんなところで、現在の大方の立場をカバーしているかな? 中には、お互い、顔も見たくないという関係の人々もいるかもしれないが、出席辞退は自由だから。
 パネリストが多すぎて時間がない? では、エリミネーションマッチにするか、バトルロワイヤルにするか? だが、一人15分のプレゼンテーションで、7人で105分。15分の休憩を入れて、討論45分、会場との質疑応答に45分で、計210分、3時間半だから、無理ではなかろう。

(イレレヴァント(irrelevant)=的外れ、問題とされない、見当ちがい、etc.)


P.S. #1 (2013.11.26):

 今日の夕方、某所でかかっていたニュース番組を見ていたら、TBS系列だったと思うが、アメリカのNSA(国家安全保障局)による通信の「根こそぎ傍受」を取り上げていた。
 これもどこかで書くか話すかした記憶があるが、ほぼ20年前、グアム島に初めて調査に行った時、グアム政府の対米交渉担当者がAT&T社の建物へ案内してくれて、同社を利用したアメリカ政府による通信傍受システムの話をしてくれたことがある。周囲にはアンテナ塔がたくさん建っており、彼が私に問うた。「今日、大学で何人のCIAエージェントと会いましたか?」

 アメリカといえば、魅力的な方には違いないが、この国のメディアによるケネディ新大使の「セレブリティ」扱いは、凄まじいものである。
 
 昼間に「しばらく、コメント機能を停止」すると書いておいたのだが、何で閉じたのだと話している通信を傍受したので、またしばらく開けておくことにした。


P.S. #2 (2013.11.27):エンターテインメント動画を省略。
P.S. #3 (2013.11.28, 0:40):

 #2の投稿からまだ1時間も経っていないのだが、エンターテインメントからは別件とした方が良さそうである。
 上の私のシンポジウム案には、私が「暴走」し始めたのではと心配する声も届いたが、こちらは大真面目のシンポジウムのようである。北大のメディア・コミュニケーション研究院のシンポジウムです。こちらに情報あり。⇒http://p.tl/XQGn


P.S. #4 (2013.11.30, 21:42):

 今夕の「報道特集」で、『原発ホワイトアウト』を著した若杉 冽という現役官僚作家の覆面インタビューが放映されていた。そこで、「配慮」という官僚用語について語られていたが、非常に面白く、ためになった。「配慮」という言葉は、法的拘束力をもたず、官僚にとって何の意味もないと解説されていた。批判して書いてきたことでもあるが、アイヌ政策有識者懇談会「報告書」や政策推進会議の過程で、「配慮」という言葉がなんと多用されていることか。「報告書」にその言葉を使うように圧力がかかったのか、それとも官僚的思考様式を身につけた人が書いたのか。あるいは、官僚の作文に"rubber stamp"を押したのか。この最後の例は、「名義貸し」とは呼ばれないのか?
 若杉氏は、こうも言っていた。霞が関の官僚の1割は国民がバカだと思っていて、8割はどっちつかずだと。「報告書」中の「配慮」という言葉にも、パターナリズムやエリート主義の臭いがするとも書いた。

 「国民の理解」にしても、うまい具合に利用されている。日本全国の被服科やファッション関係の学科がある大学や短大で「アイヌ文化」をモチーフとしたファッションショーが催されて、アイヌ文化に対する「国民の理解」が広がることを関係者とともに祈るとしましょうか。

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