AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

わが青春の○×△

 明日は、雪が舞うらしい。去年の12日も小雪が舞っていた。「また、1年が過ぎた」というエントリーは、12日の日付けにしておくべきだった。(25日にしてあるのは、埋め込んだそのタイトルの曲がクリスマスのものだから。)

 ネルソン マンデラ氏の逝去と葬儀に関するニュースが多く出ている。安倍政権は、「葬儀外交」の機会をミスミス投げ出したかのように見える。
 『日本の遠い夜明け』とか題した冊子が出た頃を思い出すが、「イランカラプテ」キャンペーンに湧くアイヌの人たちにとっては、既に日が昇り始めたかのようだ。

 留学生時代、一度だけ――いや、レーガン大統領の欧州への中距離核兵器配備の時にもう一度あったかもしれぬ――抗議デモに参加したことがある。夏休みに入る前のキャンパスの「赤の広場」――モスクワとは関係なく、単に褐色のレンガが敷き詰められた広場だったからそう呼ばれていただけだが――では、学生たちがアパルトヘイトを支える企業の代表格としてIBMへの抗議集会を管理棟の前で開いていた。(そういえば、関係日本企業のリストも載っていた国連の研究報告をどこかで紹介したっけ。)

 抗議デモの一部は、ダウンタウンの南ア領事館へと向かった。その日の夕方、地元局のTVニュースで、大学の教授をはじめ、参加者が逮捕され、後ろ手に手錠をかけられて警察の護送車に乗せられているところが映し出された。

 その学期、既に必要単位を履修していた私は、その教授の大学3・4年生向けの授業に、授業料が払えなかったからでもあるが、非公式の(つまり無料で)聴講生として出席させてもらっていた。何度も話をし、尊敬していた教授であったが、自分の学位プログラムの組立との関係で一度も授業を受講する機会がなかったため、帰国前に聴いておきたかったのである。この教授は日本でも良く知られており、その著作や論文が翻訳されてもいる。

 逮捕報道の翌日、授業はどうなるのかと思って行くと、教授が授業に現れた。教室に入ってくると、学生たちの拍手で迎えられた。そして、逮捕も想定内であり、弁護士も交えて、釈放まですべて事前にアレンジされていた背景を明かしてくれた。その街になぜ南ア領事館があるのか、そこで何をしているのか――そうした問題を社会に明らかにするための行動だった。

 最初の2行の呟きだけのつもりが、長くなってしまった。実は今、時節柄、遠藤周作の『冬の優しさ』を読んでいて、今日、その中の「帰国まで――我が青春のリヨン」を読み終わったところであり、マンデラ氏の訃報にも触れて、「我が青春の」思い出を記してみた。

 何で今、『冬の優しさ』なんか読んでいるのかって? 永井荷風、リヨンつながりとだけ言っておこう。でも、まあ、ほぼ偶然のことである。アイヌ政策とどう関係があるのかって? 何もない。

※「教授」と書いたが、当時は、たしか「准教授」だったと思う。


P.S.(2013.12.12):
 一夜明け、昨晩からは想像がつかないような好天である!


転載元=http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/2013/12/11/232049

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