AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

『報告 アイヌ政策のあり方と国民的理解』を読む(2)

 表題の内容を少しだけ続けて、「要旨」部分を終えよう。

 政府はアイヌ民族先住民族であるとの認識の下にこの問題への取組を始めているものの一般の国民にあってはこの問題への関心が薄い。日本の近代化の過程において不利益を蒙ったアイヌの人々への対策や保障は本来全国民の理解のもとに進められる必要がある。(p. ii)

 これまでに明らかになっているように、問題は、どのような「先住民族」と政府が認識しているかであろうが、ここでも「一般の国民にあっては」である。「関心が薄い」というのは、確かにその通りだが、よく言うよ、という感じである。国民の無知・無関心は、状況を改善するための障碍となり得るが、これまで歴史的に国民の「無意識」に働きかけてきたのは誰、どの機関だったのだろうか。「取組」を始めているだけで、いかにも率先してやっているという感じであるが、では、政府はなぜ、ILO 169号条約の批准を国会の審議過程に載せないのだ? 「一般の国民」よりもまず、「国民の選良」の中にどれだけの関心がもたれているというのだろうか。分科会の各委員のお膝元の大学などの教員も「一般の国民」に入れているのだろうか。こういう「知識人」たちは、どうなのか。
 何しろ、文書による報告はもっと後だが、口頭では1987年に国連で表明するまでは、日本政府は「アイヌの人々」は存在しないと言っていたのではないか。
 人類学者たちは、確かに早い時期からアイヌ民族に関心を持ってきた。学会は、専門的機関として100年におよぶ「伝統」を持つ。「選良」たちも、学術会議も、人類学者たちも、あまりに熱心で、「アイヌの人々」が「無知蒙昧」で、いずれ「消え行く人種」であると規定し、それを正当化する政策を実行してきた。「選良」たちも、学者たちも、今度は掌を返したように、「一般の国民」が、まるで「無知蒙昧」であるかのように言い、自らに「教化」を先導する役割を課す。
 現場の教師たちは戸惑っていると言うが(p. 15)、それは、そうであろう。これまで、誰の、どの機関の指示で、何を教えるかが決められてきたのだろうか。『報告』の執筆者たちはそうではないのかもしれないが、専門的機関としての歴史と伝統を背負っている以上、「これこれこういうことを言い、行ってきたけれど、それは間違いでした」とはっきりと書かないことには、現場の教師たちは、何を教えるべきかの前に、何を教えてはいけないのかで戸惑うことだろう。上記のような文章を読むと、原発事故の前後や敗戦の前後の「選良」や「知識人」たち、そしてマスメディアの変わり身の速さを想い起こしてしまうのである。

 この『報告』には、有識者懇談会報告書ほどには「官僚語」が使用されていないが、「不利益」という言葉は、有識者懇談会の報告書でも使用されている官僚の婉曲語の1つである。何度も出てくるので、後に本文で取り上げる。

アイヌの人々は、土地を奪われ、固有の生活様式を否定されるという少数者としての不利益を蒙った。またアイヌの遺骨が研究目的で収集されたが、中には無断で持ち出されたものもある。現在、大学などに保管されているそれらの遺骨の適正な保管や返還を求める声がある。(p. iii)

 ここでも「不利益」となっているが、同ページの『報告』の要旨の(5)は、学者らしく慎重に、「アイヌ民族先住民族として理解し、その声を聴き、共に考えていくことが重要である」とだけしか言わないのである。「土地を奪われ」と認めていても、これに関しては、口にチャックをしている。
 そして、同じく「奪われ」たものとして、遺骨の問題があるが、2011年の9月半ばという時期に及んで、いや、その時期となったからこそか、「声がある」とだけ、2文しか言及がない。これは、歴史的な「国民の理解」への影響と関係はないのだろうか。
 この『報告』は、分科会の「審議結果」をまとめたとのことであるが(p. i)、「審議」というからには議事録があるのだろう。2009年1月の第1回会議から遺骨問題がどのように取り上げられたのか興味が湧く。殊に、2011年3月6日のシンポジウム当日に開かれた第7回会議(p. 17)では、どんなことが話し合われて、この2文だけになったのであろう。
 『報告』の本文では、海外の「先住民族運動」の共通点の1つとして「聖地・祖先の遺骨等の回復」(p. 9)で、そして有識者懇談会報告書の「考え方」と「政策提言」の紹介(pp. 11-12)で「遺骨」に言及されているだけで、この件に関する分科会としての立場は、上の2文以外、何も表明されていない。つまり、有識者懇談会の報告書と同じ考えだと考えざるを得ない。

 ほとんどのアイヌの人々は、現在日常的な衣食住の生活様式のうえで、他の日本人と似たような生活を送っているが、経済格差は存在している。(p. iii)

本文の5ページにも次のように書かれている。こちらは、「同化政策の結果として」と断ってはいるが。

 これまでの同化政策の結果として、ほとんどのアイヌの人々は現在日常的な衣食住の生活においてほぼ和人と変わらない

 よく言われることである。こちらも、参照されたい。いずれも、先住民族の権利を否認する論拠とされている。

いま日常的にアイヌ語を話している人たちも、伝統的な生活習慣を維持している人々も見当たらないし、多かれ少なかれ外見的にはアイヌ以外の日本人と同様の生活をおくっているのが実情である。
(常本照樹「アイヌ民族と『日本型』先住民族政策」『学術の動向』(2011年9月)、79ページ)

 このような文章を読むとき、わが輩は、いくつかのことを考える。「他の日本人」とは? 「似たような」とは? 例えば、わが輩は、皇族の人々とは「衣食住の生活様式のうえで」とうてい「似たような生活」をしているとは思えない。それが極端だと言われれば、では、「アイヌ以外の日本人」とは、どこの地方、どのような社会的経済的階層(敢えて「階級」とは言うまい)、どのような年齢層、等々の人々と比較して「同様の生活」としているのだろうか。
 また、生活様式が「似たような」ものという前提に立ったとしても、その人々が「民族」であると認めていながら、「民族/人民の権利」は消滅するのか?

 国家的事業として行われた北海道開拓(開発)のために不利益を蒙ったアイヌ民族については国が主体となって政策を展開する必要があり・・・。

 放送大学教科書で「植民地的な支配」と述べている本多氏は、委員会でこの婉曲表現を「植民地支配」と記すべきであると主張したのだろうか。(負けたように見えるが。)

 「開拓(開発)」という婉曲表現は有識者懇談会『報告書』のものであり、それを焼きなおしている「明治以後」(本文3ページ)の叙述においても出てくる。そこには「植民地」という言葉は、一度も出てこない。

 一方、執筆担当者が違うのではないかとさえ思えるのであるが、「本当に同一見解を共有しているの?」と尋ねたくなるような記述が14ページにある。

江戸期・明治期を経てアイヌ民族が日本社会に取り込まれ、土地を収奪されて、支配下におさめられていく過程は、人類学者がしばしば海外での調査研究において出会う植民地化の過程に他ならず、本州以南の日本は移民国家ではないが、北海道においてそうした移民国家と同じ体験をしたと考えてよい。そのような学界での認識が政治や行政においても認められ、国民の間でも一般的な認識に広がることをわれわれは切に願う。(p. 14)

 ページの順を追って進むつもりなのだが、本多氏の「敗北」について、もう1つ。ここが面白い。

 この決議によって「アイヌ民族先住民族である」と認められたかどうかについて、一部議論があるが、同日発表された内閣官房長官談話は、この決議を素直に受け入れるものとなっており[11]、これをもって政府がアイヌ民族先住民族として認めるものとなった。また、平成21 年10 月19 日の国際連合総会第3 委員会において、政府代表は、「我が国の国会は「アイヌ民族先住民族とすることを求める決議」を全会一致で採択し、同決議の採択を受け、我が国は、アイヌの人々が日本列島北部周辺、とりわけ北海道に先住し、独自の言語、宗教や文化の独自性を有する先住民族であるとの認識を示しました。」[12]と公式発言している。(p. 7)

 「一部議論」している人々には、本多氏が入っているのだろう。彼は、放送大学の教科書で、「国は2010年10月現在、アイヌ民族先住民族として認めていない」と述べ(114ページ)、後でもう一度、「アイヌ先住民族であることを日本政府は現在(2010年9月)認めていない」(216ページ)と繰り返している。(http://d.hatena.ne.jp/Don_Xuixote/20130130

 あらゆる方法で国民的理解を得る努力をすべきであるが、その中心課題に教育がある。小・中・高校のすべてのレベルの教育において、アイヌの文化と民族の歴史の理解の促進を図るべきである。(p. iii)

 このシンポジウムもその一環ということか。http://race.zinbun.kyoto-u.ac.jp/news/racesympo20130427.html

<続く>

◎追記:
 有識者懇談会が、カーナー委員会の報告書のような、出版社が版権獲得を競い合うようなベストセラー報告書を書いていれば、もう少し「国民的理解」は広がっていたのかもな。


転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/20130321/1363877886