AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

『報告 アイヌ政策のあり方と国民的理解』を読む(4)

アイヌ民族をめぐる近年の動き
 「(1) アイヌ民族の現状」(pp. 5-6)の本文では、「道外の人を紹介してほしいと呼びかけたものの」の誤植以外、「ほぼ和人と変わらない」という箇所も既に取り上げたので、特にない。だが、脚注を見てみよう。
 まず、注5である。北大のアイヌ・先住民研究センターによる調査の方が「より詳細で包括的なもの」であれば、なぜそれを用いずに、わざわざ古い調査報告に依拠しているのだろうか。北海道における植民地化の過程によってアイヌが経験させられた体験を「政治や行政」、そして「国民の間で」広く認識させたいのであれば(p. 14)、「より詳細で包括的なもの」は「割愛」などせずに、それに依拠するべきだろう。
 注6に"Cultural Survival"(CS)の名が挙げられているのが、わが輩には非常に興味深い。執筆担当者は、CSの設立者たちと同じ人類学者としてつながりがあるのかもしれない。しかし、名前こそ「文化的生存」となっているが、CSの活動目標には、「先住民族の権利、文化、関心事に対する世界的な理解を増進すること」と、先住民族の力を増進することが明記されている。(http://www.culturalsurvival.org/
 注には「としている」となっているから、執筆者がそれを大して重要な情報とはみなしていないという意味であろうか。いずれにしても、「確かではない」数字のために、わざわざCSを出す理由とは?
 一挙にページを飛ばして、<参考文献>(pp. 16-17)を先に見てみよう。これも、この手の文書がどういう方面から書かれているのかを知る上で、大変役に立つ。
 今でもまだそのようであるが、時は1980年代、「一般の国民」以上に、政府の官僚や政府に近い学者たちは、NGO(Non-governmental organizations=非政府組織)をAnti-governmental organizations(反政府組織)と同一視し、かつ見下していた。権威的な学者たちは、NGOの文書やNGOと関係をもっている研究者の著作などの文献を使用してはならないという金科玉条でもあるかのように、参照することを避けていた。「連中の書いたものなど信用ならないし、利用できるか」という態度であった。(しかし、一方で、裏ではこっそり参照している学者もいた。)
 この『報告』の<参考文献>リストには、そのポリシーが見事なまでに貫徹されている。それだけに、「上手の手から水がこぼれた」のか、あるいは別の意図があるのか、脚注にCSの名を出しているのがわが輩の興味を引いたのである。

 「(2) 国の施策の現状」の冒頭、本稿の(1)で指摘したことが、こういう形で述べられている。

 戦後長い間、日本は単一民族の国家であるという見方が通用してきた。日本政府はアイヌ民族先住民族であると認めては来なかったし、国連が問題とするような権利を剥奪されたマイノリティではないとしてきた。(p. 6)

国連が問題とするような権利」とは、自由権規約27条に記されている権利であるが、厳密に言えば、政府は、そのような権利を剥奪されたマイノリティは存在しないと主張していたのである。これにはここで深入りするのはやめておこう。ただ、上の叙述でもまだ、それが「一般の国民」の関心の浅さと十分に関連づけられていないように感じる。
 ここで注9を見ると、「マイノリティとは、少数者集団のことで、数が少ないゆえに大集団の中で権利上不利な立場に追いやられることがしばしばある」と解説されている。あくまでも「数が少ない」ことが問題なようである。この部分の執筆担当者は、男性であろうか。女性にも「マイノリティ」感のない人も増えているようではあるが、まだ多くの人は、このような規定はしないのではなかろうか。
 7ページの最後から2段目の「一部議論があるが」については、本連載の(2)で取り上げて「本多氏の『敗北』」と書いたのだが、もしこの部分の執筆担当が本多氏であるとすれば、委員会で「マイノリティ」意見だったために、こういう形で自分の主張を押し込んで残したのだとも考えられる。政府が認めたのか否かの問題と同じくらい、委員会内のマイクロ ポリティクスもおもしろい。

先住民族運動と国際的な先住民族政策の動向

世界的な先住民族運動での主張のすべてをアイヌ民族が主張しているというわけではない。(p. 8)

Yes, but ... アイヌ民族が主張している要求のすべてを有識者懇談会が提言に取り込んだわけでもない。「満額回答」という道新――だったと思うが――の記事はあったが、事実は異なるのではないか。

(1) 先住民族とは

先住民族の権利に関する国際連合宣言」においても明確には規定されていない。(p. 8)

なぜ規定されていないのか、その理由を述べてもらいたい。(これに関してもとっておきのエピソードがあるのだが、長くもなるから、将来の機会のネタとして、ここでは披露しない。)
 政府や人類学者による定義の政治に加担したくないので①〜④は飛ばしたいのだが、①と②は、「民族」の定義なら、なぜ「子孫」で止めないのだろうか。また、お互いによる承認も含まれるべきではないか。
 有識者懇談会のプロセスが始まった頃だっただろうか、長年アイヌの活動に関わってきた人が、「今まで沈黙していた研究者が、最近やたらと声高に主張し始めた」と言っていた。そして、この研究者たちは、研究者らしく、大体、「先住民とは誰か」と問うのである。それも、それまで恐らく10年も20年も、人によってはそれ以上、「先住民/先住民族」を研究してきた人たちが、思い出したように、その質問を発するのである。
 研究者たちが「先住民族とは誰か」が定義されるまでは、その権利を語れない/認められないと主張するのなら、それも良かろう。純粋な学問的関心からの学問的議論として延々と、50年でも100年でも、一生やり続けてくれればよい。
 上の「特性」は、"indigenous"(土着の/先住の)を説明しているのであろう。「先住民族の権利」とは、"indigenous rights"(先住権)と称する以上に、"peoples' rights"(民族/人民の権利)であることを基本として認識されるべきである。そして、アイヌ総合政策室有識者も人類学者も、国際人権規約の"All peoples"の"peoples"(民族/人権)は定義がないから、その権利を語り始めることも承認することもできないと、その意味合いも含めて、主張するがよい。それは、己の権利を否定することである。(因みに、国際人権規約には"peoples"の定義は記されていないが、日本政府は批准している。)
 この『報告』を読む少し前、他の書き物をするのに古い蔵書――留学時代に1ドルそこそこで買った古本――を取り出した。ページのマージンが薄黄色になっているペーパーバックである。探していた論文とは別の所収論文がおもしろそうで、こちらを先に読んだ。論文そのものは1969年に書かれたようで、今となっては、歴史資料としてもおもしろい。アメリカ社会学会内部および社会における政治権力との関係を論じたものであるが、それに次の一文があった。

The one and only general sociological law that has ever been discovered, namely that the oppressors research the oppressed, also applies within the ASA.
これまでに発見された唯一無二の一般的な社会学の法則、すなわち、抑圧者たちが被抑圧者たちを調査するという法則は、アメリカ社会学会内部にも当てはまる。
Martin Nicolaus, "The Professional Organization of Sociology: A View from Below," Robin Blackburn, Ideology in Social Science: Readings in Critical Social Theory (New York: Vintage Books, 1973), p. 52.

その次の章は、人類学についてである。
 これを読みながら、わが輩は、主部をこのようにもじってみたくなった。
One of the general political laws that have ever been discovered is that the oppressors define the oppressed.
(これまでに発見された一般的な政治法則の一つは、抑圧者が被抑圧者を定義するということである。)

◎追記: 
 北海道旧土人保護法に、「旧土人」は定義されていたか。否。「アイヌ文化振興法」に、「アイヌ」は定義されているか。否。「アイヌ文化」は、狭く定義されている。それゆえに、問題が生じてもいる。

<続く>


転載元:
http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/20130326/1364227282