AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

第10回「政策推進作業部会」議事概要、他

◎追記(2013.03.28, 23:00):

 組織というものは、恐ろしいものである――公であれ、私であれ。財布の紐を掌握する権力、人事権を行使して担当者を入れ替えて、防衛強化・・・。
 アイヌ総合政策室では、年度替りで人事異動はあるのだろうか。

 アイヌ政策推進会議のサイトを訪れる度、トップに出てくる写真の伊達座長代理がお気の毒に感じていた。今日は「議事概要」のリンクとなっているが、そこに「議事概要は追って掲載します」というような文が表示されていて――削除されているので正確な引用ではない――まるで、座長代理がそのお詫びをしているみたいに見えていたのである。いっそのこと、写真に吹き出しを入れて、その中にそれを書き込んではと思っていた。今思えば、「要望」として書き込めばよかったかもしれない。
 昼間読めなかった「議事概要」も、今は読めるようになっている。そこで提案だが、今度はしばらく、座長代理の口から「ご意見・ご感想をぜひ」という吹き出しを入れてみてはどうだろう。効果があると思いますよ。

 「議事概要」は、それぞれで読まれたし。そのうち、遺骨返還裁判の支援グループの事務局長か誰かが書いてもくれるだろう。

 別途、遺骨問題に新たな展開も起こりそうである。わが輩が新聞記者なら、スクープを狙うかもしれないが・・・。遺骨裁判もそうだが、先の展開に備えている人たちはいるのだろうか。

 「日本は相変わらずのようですね。官僚は自分の省庁の問題が議題とならないように画策しているし、政治家はこの新しい枠組みに興味がない」
「長年日米交渉にたずさわってきた米政府の高官」の言。202ページ。

なんだか、ピッタリの感じだ。そして、著者が「あとがき」に書いている。

 ブリアたちの落ち着きは、行政の脱線や暴走を抑止する制度として、情報公開がアメリカ民主主義にしっかりと根付いている証拠のように思えた。
 翻って日本では、巧妙にウソをつき、国民をミスリードし、事実を隠すことが許されると考えている政治家や官僚もまだ少なくないようだ。事態の真相を「墓場まで持っていく」心意気を良しとする雰囲気も根強い。
 情報公開制度が二〇〇一年四月から実施されると決まった後、ある経済官庁の幹部からこんな話を聞いた。
 「情報公開法で開示を求められてはたまらないので、議論の過程で文書を作るなと部下に言っている」
 国民が正確に事態の推移を知ることが民主主義のイロハであることを考えれば、このような壁をはねのけて、情報公開制度をしっかりと定着させていくことが重要になってくる。そして、取材の努力と情報の吟味を通じて、国民にできる限り正確な記録を提供するというジャーナリズムの力量もまた、一層磨き込まれねばならない。(212-213ページ)


軽部謙介『ドキュメント 機密公電――日米経済交渉の米側記録は何を語るか』岩波書店、2001年。

 本の引用のついでに、もう1つ。「学術会議『報告』を読む」の(1)を書いた頃だったと思うが、いつもの古本店で、また1冊の本に目を引き寄せられた。
 走り読みしただけでも、第2章「いわゆる戦後史学への批判」などには引き込まれる。例えば、53ページからの「権力と神話と」では、このように述べている箇所がある。省力のため、導入部分は省略する。

 戦前のように、記紀神話をそのまま史実としてこれに批判を許さず、権力が国民におしつけてきたのは、全く愚かしいことであった。いや、愚かしいだけではない。人間の理性、つまり一人一人の人間の考える力の尊厳に対する、不当な干渉、すなわち侮辱であった。
[ここまでにしたいが、次の段落を入れておかないと、「操作」と非難されるかもしれないから。]
 それゆえ当然ながら、戦後、『記・紀』に対する「不信用」が一挙に爆発した。さらに問題は一種政治的な〝熱い場〟に立たされたため、記紀神話・説話群の史実性について、「シュリーマン以後」[「以後」に傍点]の立場から、徹底的にクール(冷静)に吟味し直すこと、その作業が今に至るまで欠落していたのではなかっただろうか。」(54ページ)

 もう1つ、430ページからの「未証説話」。これは、全体がおもしろいが、少しだけ。

 このような〝史実か否か、不分明のまま〟の世界各地の説話群、それらをわたしは「未証説話」として規定するのである。
 『記・紀』も、本質において、その例外ではない。そのような「未証説話群」の一つ、つまり"one of them"としてとらえること、それが問題の核心である。すなわち、『記・紀』もまた「未証説話の宝庫」の一つなのだ。
 しかし、『記・紀』の場合、別に留意すべき一点がある。
 それは〝権力者の庭の中で文字に書かれた〟という事情だ。むろん、先の世界の各地の「未証説話」群の場合にも、〝そこに権力の介入はなかった〟とはいえないであろう。なぜなら、わたしたちいわゆる「文明人」が、その地をたとえば「未開人の部落」と呼んだとしても、その人々は、実は何千年、何万年もの歴史、権力争奪のなまなましい時の流れを必ず背景にもって現在に至っているのだ。けっして太古の「原始共同体」が、タイム・マシンによって凍結されて現在に突如出現したわけではないのであるから。
 けれども、〝広大な領域を支配する権力者ほど広大な介入を必要とし〟、そのとき〝文字がよき道具となる〟――この事実、少なくともその可能性をわたしたちは否定することはできない。(431-432ページ)

 あー、疲れてきた。で、そうそう、「解説」の言葉だ。

 世に「学者」と言ったり言われたりする人の数は実におびただしい。戦後になって、いわゆる人文科学の分野においても、「学の自由」は大きく解放されたというが、しかもなお学者への束縛や制約が全く無くなったわけではない。当事者がそれをどこまで意識しているかは別として、学者の多くはそれぞれに様々の束縛を背負っているというのが実状である。「権威」や「伝統」などというものは勿論、あるいは「学派」「学閥」「主義」「宗派」「組織」「イデオロギー」をはじめ、「定説」「通説」「常識」などという「学の本質」とは何らのかかわりもない世俗的問題さえもがからんで、故意にまた無意識のうちに真実の歪曲が強行されるということも決して少くはない。古田氏が厳しく指摘し、激しく対決しようとしているのは、そうした学界の状況なのである。束縛やなれ合いの中に動きのとれなくなっている学問精神の硬直化を、小児のように純粋で自由な智的精神に戻そうというのである。これは当然「独善」「独尊」の非難をまぬかれぬであろう。しかし氏はここにこそ真の「学問の前進」が約束されるものと確信し、その困難な道にあえて挑戦しているのである。
 氏がこうした態度を貫くことによって、味わわねばならなかった様々の社会的研究的不利不便、さては犠牲(氏はこのことばを好むまいが)といったものは、決してなまなかのものではなかった筈である。ただその故にこそはじめて、氏は氏自身における稀に見る「学の自由」を確保し得ているということが出来るのである。・・・・
梅沢伊勢三「解説――古田武彦氏の人と学問」、442-443ページ。

以上、古田武彦『盗まれた神話――記・紀の秘密――』(角川書店、1985年<1979年初版>より。

4 大学等に保管されているアイヌ人骨について

○ 一昨年6月の象徴空間作業部会の報告においては、アイヌの人骨について、遺族等への返還が可能なものについては各大学等において返還し、遺族等への返還の目途が立たないものについては、国が主導して象徴空間に集約し、尊厳ある慰霊が可能となるよう配慮すると、集約に際しては地元の理解を得るように努めること、集約した人骨については、アイヌの人々の理解を得ながら研究に寄与することを可能とすること、といった方針が示されたところ。
 これを踏まえ、文部科学省において、大学等におけるアイヌ人骨の保管状況を把握するため、昨年末まで全国の大学を対象に調査を実施している。現時点で11大学から保管している旨の回答が寄せられているが、記述内容に統一性がとれていない部分などもあり、現在文部科学省において回答内容を精査中。次回の作業部会において経過を報告できればと考えている。
 また、昨年9月に、3名の方が人骨の返還を求めて北海道大学を提訴しており、現在、訴訟係属中となっている。
 こういった状況を踏まえて、今後返還・集約に向けて更に具体的な検討をしていくに当たっての基本的な考え方について御議論いただきたいと考えている。
 一点目は、人骨の返還・集約を進めるに当たっては、アイヌの人々の意向を最大限尊重するということ。国はアイヌの多数の人々の意に反して、無理に象徴空間へ集約したり研究利用を強行するというつもりでこのプロジェクトを進めているわけではない。人骨問題については、アイヌの方々の中にも多様な意見が存在するように思われる状況があるが、可能な限り多くの方々に御納得いただけるよう、丁寧に説明していく必要があると考えている。
 二点目は、アイヌの人々が返還を求める人骨については、象徴空間への集約後も含めて、最大限返還するということ。返還は、十分な情報提供のもと、アイヌの方々からの申請によることが基本になると思っている。手続には十分時間をかけるとともに、象徴空間への集約後であっても、求めがあれば返還に対応できるようにする必要がある。象徴空間への集約後の人骨について、当分の間、返還手続に備えて適切に保管しておく必要がある。
 三点目は、返還に当たっては、適切な相手先に確実に返還し、遺骨が何度も移転させられるような事態は極力避けるということ。現在の裁判例によると、遺骨の所有権は本来的には祭祀承継者に帰属することになっている。そうすると、本来の祭祀承継者以外の方々、例えばそのお墓を管理していない親族の方あるいは地域のアイヌ関係団体の方々に返還する場合、返還後に祭祀承継者から返還を求められる可能性がある点に注意をしなければならないという趣旨である。また、文化財に一部指定されている副葬品などについては、帰属する地方公共団体との調整を要するものである。論点としては、本来の祭祀承継者以外の方々、例えば地域のアイヌ関係団体に遺骨を返還することについてどう考えるか、ということが挙げられる。
 四点目は、遺骨と一対一で対応する副葬品については、遺骨と帰趨を共にするものとするということ。各大学が保管している遺骨に関連する副葬品のうち、個々の遺骨と一対一で対応する、つまり、この遺骨と一緒に納められていた副葬品であることが明らかな場合には、遺骨を返還する場合には共に返還し、遺骨が象徴空間への集約対象となる場合には共に移管するというのが一つ。また、遺骨との対応関係は明らかでないが、掘り出された遺骨と一緒にあった副葬品であることがわかっている場合については、他の遺骨と共に象徴空間に移管して慰霊施設で保管することが基本ではないかと考えている。また、一般的に副葬品とされる事物であっても、各大学が保管している遺骨との関係が明らかでないものについては、これらの手続の対象とはしないということで考えている。
 五点目は、各大学等で対応に差異が出ないよう、政府において返還手続に関するガイドラインを作成し、各大学等に御協力いただくということ。
 六点目は、返還・集約に先立ち、適切でない保管状況の人骨がもしあれば、その大学等に対して速やかな改善を促すということ。
 これらの基本的な考え方を踏まえて、個人が特定できる人骨については、返還手続に関するガイドラインの検討に速やかに着手し、平成25年度のできるだけ早い時期に返還に着手できるように進めていきたいと考えている。個人が特定できない人骨、おそらくはこちらのほうが大半になるかと思われるが、これらについてもできるだけ早期に返還に着手できるよう、集約の在り方についての検討と並行して検討を進めていきたいと考えている。

○ 11大学から回答があったとのことだが、大学名はわかるのか。

○ 回答内容を精査中のため、この場での個々の大学名の公表は差し控えさせていただくが、以前からアイヌ人骨を保有していると知られている大学に加えて、例えば数体だけ保有しているのではないかという大学が一部追加されたという感じである。

○ 氏名はわかるのか。説明では大半はわからないと言われていたが、そう理解してよいのか。

○ そういう状況だと伺っている。

○ 返還の話が出ているが、氏名がわからないのでは返しようがない。

○ 祭祀承継者以外の方、例えば地域のアイヌ団体の方への返還をどう考えるかということに関わるが、例えばある地域から出てきた人骨であることはわかっているが個人が特定できない場合に、その地域に返還するということが適当か。個人が特定できないものは象徴空間に集約するのか。考え方によって帰趨が変わってくる。

○ 文化財に認定されている副葬品等については、帰属する地方公共団体と調整するとのことだが、どういった副葬品の話をしているのか。お墓から一緒に出てきたから副葬品というのではないか。

○ 例えば男性の墓の場合だと刀剣を一緒に副葬するといった事例があるが、お墓から掘り出されたわけではない刀剣も当然ある。後者については、一般的に副葬品とされる事物であっても、対象とはしないということである。
 文化財に認定されている副葬品というのは、実際にお墓から一緒に出てきたものであって、かつ文化財として認定されているものが仮にあったとしたら、それについては文化財関係の手続があり、関係自治体との調整が必要であるという趣旨を注意的に述べたものである。

○ 文化財に認定されたものの中に、副葬品と思われるものは、おそらくないのではないか。

○ 想定される論点、問題点をある意味網羅的に拾ったということであり、実際これに該当するものがあるのかどうかというのはこれから明らかになってくるということだと思う。

○ 遺骨と副葬品が同一で保管されているということは、その記録があるということ。その記録を大学が見落としているだけで、どこかに発掘当時の記録があるかもしれない。大学側に資料をもう一度チェックしてもらう必要もあるだろうし、副葬品から家系をたどれる可能性もある。そのあたりをもう少し掘り下げて調べてほしい。
 また、ここには大学で保管されている遺骨しか出ていないけれども、大学だけではなくて、どこかの資料館や博物館にもアイヌの遺骨があるかもしれない。

○ 遺骨と副葬品の対応関係がわかるものは例外的で、副葬品に何らかの情報がついているものはあまりないように聞いている。

○ 非常に多岐な問題を提起されており、大学からの情報が出てきていないのでわからないところが多いが、個々の大学によってかなり状況が違っていて、それによってこちら側が考えなければいけないことがたくさんあるのだろうと思う。
 25年度のできるだけ早い時期に返還するということになると、大学が個別に返還することになる気がするが、それが果たして実際に可能かどうかはかなり難しいと思う。人骨が個体別になっているところはそうたくさんあるわけではないと思うし、まとまった状態のものもあるだろうから、それを個体ごとに分けていけるのかという問題もある。
 アイヌの骨だと言われていたものが後に和人のものだとわかった例もある。そういうことも考えると、かなり長い期間調査しないと、なかなか返還までは辿り着かないと思う。氏名がわかっているものがいくつかあるのでそれは返還しようと先走り、後から問題になるのも心外である。
 副葬品については、メモが出てきて、この骨には副葬品があったと書いてあるのだけれども、その副葬品が見つからないというケースはあり得る。最初にしっかりと精査しないと、後で統一がとれなくなると思われる。

○ 問題の多くは調査結果が出てこないと議論できないので、今の段階では、論点として提示したことについて御意見を頂戴したい。
 人骨の返還について、できるだけ多くのアイヌの方々の御意向に沿ってその取扱いを考えていきたいということでよろしいかということが一つ。それから、象徴空間に集約することになったとしても、集約後も継続して人骨及び副葬品の返還を継続するということでよろしいかということ。返還の相手方についても、基本は個人に返還する方向で考えているけれども、その場合の個人というのは現行法制上の祭祀承継者という考え方でよいのか。団体とか地域への返還ということもあり得ると考えるかどうか。そして副葬品については、基本的には遺骨と対応関係の明らかなものについては遺骨と同じ扱いにして、そうではないものについてはお墓から出たものという意味で慰霊の対象として扱うということでよろしいのかということ。
 大学においてまず返還できるものは返還するとしてはいるけれども、個々の大学がそれぞれの考えに応じて返還するということでは混乱が生じ、アイヌの方々にとっても不利益が生ずるおそれがあるので、まず国が統一的なガイドラインをつくって、それにしたがって各大学が極力速やかに返還していくということでよろしいか。それができる体制が整ったことを前提にした上で、25年度の可及的に早い時期から返還し始めるということでよろしいか。論点はおおよそこういうことなのだろうと思う。

○ 団体に返還して果たしてよいのか。これはよくないと思っているけれども、ただ、1,600体もあるものをいつまでも放っておいてよいのか。大きな人権問題だと思う。何もしていないまま5年が経っている。先住民族と認められて5年が経っているが何もできていない。言葉を躍らせても物事はできない。そうではなくて、実際にやることだと思う。何もせずに議論していても始まらない。

○ 過去に、北大がアイヌ協会の5支部に返還をした。これは、返還を受ける意向があるかどうか、末永くその地域で慰霊ができるかということを踏まえたものだったが、今思うに、アイヌ協会が御遺族に成り代わっていろいろと対応していたが、協会員以外の遺族、関係者もいる。
 当時は、地域、コタンに戻すという発想で、そういう経験もなかったのでよかれと思ったが、コタンなのか遺族なのかということを突き詰めていけば、個人ということにならざるを得ないのではないか。
 地元がよいということであれば、むしろ象徴空間に集約していくことが、今後に遺恨を残すようなことにならないのではないかと考えている。

○ 諸外国の例を見れば、地域や団体に返還するのが原則で、個人に返還するほうが例外というか、ほとんど例を見ないくらいである。団体なり地域に返還することができれば、返還できる御遺骨数もふえるということは確かである。
 一方で、地域のアイヌの方々を適正に代表するような組織なり団体をどう構成するのか。アイヌ協会の支部が地域を代表しているといえるか、それなりに地域を代表しているといえるような組織、団体ができたとしても、複数の考え方に基づく競合的請求が出る可能性もある。競合的請求の扱いは非常に難しい。

○ 先般、アイヌ協会八雲支部の総会に出席した。八雲支部は過去にもアイヌ碑を建てているが、今回、寄付を募って、再度、大きな地震が来ても大丈夫なような碑を建てた。八雲町の皆さんの理解度がすごいと思ったのは、場所が共同墓地の正面であること。北海道のどこに行ってもそんなところはない。そこに13名のアイヌの名前が刻まれている。
 そういったことからいくと、博物館などに保管されているアイヌの人骨についても、国の責任で調査して、懇ろに弔っていただきたい。そういった感情は、民族を問わない。お盆になったら墓参りに行くのと同じこと。早急にできるところから進めていただきたいと思う。

○ 現実問題として、かつてあったように、アイヌ協会の支部が大学等に返還を要求することが今後もあり得るだろうか。もしそういうことがあった場合には、その支部が果たして遺骨の返還を受ける適格を有するかどうかを考えなければいけないことになるわけで、おそらく個人以外の返還対象者を考える場合の具体的論点の第一はそれではないかという気がする。

○ 今までそういう議論をしたことがなく、そういう支部があるかどうかは何とも言えないが、支部として受けるか受けないかは微妙な話である。重大な話になってくる。

○ 現在、協会として、そういう動きがあるとは認識しておられないということか。

○ 遺族に成り代わってという形にはなっていない。地域の代表としてその地域を包含しているかといった、先ほど述べられていたことにつながっていく話で、結論を導き出すことはなかなか難しい。

○ 北大や札幌医大についてはほぼ問題なく整理が進んでいると思うが、他の大学はどうなのか。適切に保管されているかどうかわからないのだとすれば、北大と札幌医大以外の人骨を当面どこかに集約するという方向も考えるべきではないかと思う。

○ 11大学あるというのは知らなかったが、北大、札幌医大のほか5つの大学に関しては、基本的には適切に保管されていると考えている。

○ 御指摘のような問題があり得るので、象徴空間ができるまで若干時間がかかるとすれば、その間は大学において改善を図るということは要望せざるを得ない。結論としては、こういう改善を促すということでよろしいかと思う。
 まとめると、原則としてアイヌの方々の御意向を踏まえて進めていく。象徴空間への集約後であっても返還すべきものは返還するという体制をつくる。返還に当たっては、個人を原則とせざるを得ないけれども、集団については、なお検討する可能性がないわけではない。実際どうなるかという問題はあろうが、今の段階でその可能性を封ずるべきではないだろう。
 副葬品については、基本的に御遺骨との対応関係の有無で取扱いを決めていく。そして何より重要な返還については、まず政府のほうでガイドラインを早急に作成し、それに基づいて大学において返還手続に入る。そして、現時点で個人が特定されていない御遺骨の取扱いについては、早急に法的な問題等を詰めながら、結論を導いていく。
 ただ、これらは、以前からある程度議論にはなっていたことでもあって、実務的な検討が我々の期待していたほどのスピードで進んでいないという印象があるといわざるをえない。

○ 今後発掘される人骨の取扱いについては、どのようにお考えか。

○ その点については、逆に御意見をお伺いできればと思うのだが、一つの考え方としては、文化財保護法等の現行規定で適切に処理していただくということ。もう一つには、アイヌの遺骨である以上は、すべからく象徴空間に集約すべきだという議論もあり得るかと思う。現時点でどちらが目指すべき望ましい方向なのか、結論が出ているわけではない。

○ 現実的可能性を持った問題ではあるが、おそらくここですぐに議論できる問題ではないと思う。
 ただ、重要な問題には違いないので、宿題として残させていただく。

○ 基本的にアイヌの人骨であれば全て象徴空間に持っていくというのは、すっきりする一つの考え方だと思う。ただ、返還作業が当然出てくるわけだから、骨をきちんと扱える人がそこにいなければいけない。博物館の機能と関わる問題だが、人骨を適切に管理できる技術を持つ人間を配置し、返還に関する調査もそこでするというシステムをつくるのがよいと思う。

○ 今のことに関連して論点の確認をさせていただくと、集約後の御遺骨のあり方については、土にあったものはできるだけ速やかに土にお返しすべきだという御意見もあるが、こういった返還の可能性を残しておくためには返還できる状態にしておく必要があるので、直ちに土にお返しするわけにはいかないということを御了解いただきたいということ。
 それから、返還するということであれば、専門的な取扱いが必要なので、研究とは別の意味でも、専門家が必要であるという御指摘かと思う。

○ おっしゃるとおり、象徴空間では、返還のためにいろいろな調査研究をする人が絶対に必要。

○ この問題については、次回の部会で文部科学省から報告があると思うので、その場でまた御意見をいただきたい。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainusuishin/seisakusuishin/dai10/gijigaiyou.pdf(5-9ページ)


P.S.(2013.08.31, 23:05):
 下の本で最近知ったのだが、上で紹介した古田武彦氏――同一人物なのだろうと思うが――は、この「事件」でずい分と株を下げてしまったようである。
斉藤光政『偽書東日流外三郡誌」事件』、新人物往来社、2009年。


転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/20130328/1364447030

広告を非表示にする