AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

全道庁労連:「アイヌ民族の歴史にしっかり目を向けよう=内閣府が全国世論調査」

 まだ冬眠中だけど、久しぶりに暖かくなって穴ぐらから外を覗いてみたら、あるところを経由して、自治労の全道庁労連の「アイヌ民族の歴史にしっかり目を向けよう=内閣府が全国世論調査」という記事のお知らせが届いていて読んだ。⇒http://www.zendocho.or.jp/2014/01/no195.html

 「教育委員会の姿勢も及び腰で、どのようにアイヌ民族差別に対する人権問題やアイヌ文化、歴史を教えていくかという視点が定まっていないといえる」とのことであり、それはその通りだろうと思うが、この記事全体のトーンもどことなく「視点が定まっていない」し、「及び腰」のように感じる。まるで道新の社説を読んでいるかのような印象を受けた。1980年代初期にアイヌ民族の遺骨問題を提起していた海馬澤さんは、自治労の副委員長だったそうであるが・・・。

鳩山元首相は古くからアイヌ民族問題解決に熱心であり、政権下で具体的なアイヌ政策のあり方が議論されてきた。

ほんまでっか?

しかし、「民族共生の象徴となる空間」を白老町に整備する方針以外、教育、啓発はもとより生活向上関連施策などの具体的なものは示されていない。しかも、「象徴空間」はアイヌ文化の振興が全面に出されるなど偏った印象を与えるものとなっている。

 有識者懇談会のメンバーたちは、『報告書』で示したと答えるだろうな。だが、「アイヌ文化の振興が全面に出され」ていたら、なぜ悪いのだろうか。そこをもう少し深く突っこんで論じて欲しいものである。「偏っ」ているのは「印象」だけなのか、実態はどうなのだろう。

 「まずはアイヌ民族がたどってきた歴史にしっかりと目を向けよう」ということもその通りであろうが、その先どうあるべきなのだろうか。

 実のところ、次の1点だけを指摘するつもりで穴ぐらから出てきたのである。

国連宣言が求めているのは、国によって奪われた民族の尊厳と失われた権利の回復であり、具体的には①土地、資源の返還、賠償を求める権利(回復されるべき権利)②文化を復興する権利③民族的政治参加の権利などである。

 どうしてこういう書き方ばかりに出合うのだろうかと考えてしまう。国連の「権利宣言」採択までの歴史を少しでも復習して書いているとすれば、このような書き方にはならないはずである。先住民族が宣言に求めて長く闘ってきたものは、①と同等あるいはそれ以上の重みをもって、第3条に明記されている2つの国際人権規約と同じ「民族/人民の自決権」である。それは、③の「民族的政治参加の権利」を包含してはいるが、同等ではない。③の「参加」は、第5条や第18条、第27条などを念頭に書かれているのであろうが、単純に現存する支配的な政治制度への「参加」を語っているのではない。特に第5条にある通り、「そう望めば」という条件付きである。先住民族の中には、支配的な政治制度に参加したくない人々だっているのだから。

http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/2013/11/22/231222
http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/2013/12/22/223602
http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/2013/12/24/012126


P.S. #1:遺骨問題への言及はゼロだね。


P.S. #2
 読者から「有識者懇談会や道新よりまともかも」というコメントを戴いた。確かにそうかもしれない。
 何を隠そう、この私、20数年前に自治労の雑誌に寄稿したことがある。上記記事の担当者には、もっとアイヌ関係の記事を載せてもらい、掘り下げてもらうことを期待しておくことにする。ILO 169号条約だって論じて欲しいものだ。


☆転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/2014/01/24/004814