AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

1992年以前に逆戻り?

 先ほど気づいたのだが、3月3日の朝日新聞デジタルに「(文化の扉 歴史編)虐殺者だった? コロンブス」という記事が載っている。その冒頭、「『1492(いしのくに)』という年号暗記の語呂合わせでおなじみの、新大陸の発見者コロンブス」(強調は追加)とサラリと言ってのけて始まる。そして、「だが、その実態は、先住民からの略奪を繰り返した奴隷商人に近い存在だった」と続くのだが、「新大陸」、「発見者」という言い方の誤りは、1992年前後にさんざん話題に上ったにもかかわらず――私も、朝日には書いていないが、他の新聞や雑誌に寄稿を求められて書いたことがある――、この記事を書いている記者はその頃幼少だったのか、結局、社会に先住民族の声が広がらず、教育にも定着しなかったということなのだろう。「変容するコロンブス像」という絵の中にもカッコなしで「アメリカ大陸の発見者」と書いてある。20年経っても十分に変容していないみたいだ。http://news.asahi.com/c/aecycevEt68r3Hak

 そう言えば、以前の記事で名前を出した野村さんが、そのことに言及していた。


P.S. 記事本文を読んでみた。記事内容そのものを否定するつもりはないが、記事本文には「発見」とカッコ付きにして2度出てくる。そして、3つ目のコロンブス像――いつも最後に付加される――として、「コロンブスの新大陸『発見』も、現在は先住民の立場を鑑み、『到達』と表現されることが多い」と記している。死亡年齢には「(異説あり)」と付記しているが、私は、この「到達」にも「(異説あり)」と付記したい。1992年当時の先住民族側の主張には、「漂着」というものや、「先住民族コロンブスを発見した」という見方が強かったのである。記者は「このようなコロンブス像はやや修正が必要なようだ」と書いているが、記者自身の言葉の選択も「やや修正が必要なようだ」。

 良い機会だから――ちょっと入力が面倒だが――、北海道ウタリ協会理事長(当時)の野村義一さんの講演要旨から2ヶ所抜粋しておく。「アイヌ民族の自立と解放」と題された講演で、1991年12月12日に北九州市小倉北区日本基督教会小倉教会で行われたものである。

 まず、数日前に転載したいと思った部分から。場所請負制度とクナシリ・メナシの戦いに触れた後、次のように話されている。

 私共は10数年前から年に一回、このノッカマップでこの時亡くなった先祖の供養をしています。結城庄司君という、今は亡くなりましたがいわばアイヌの革命家ですね。彼がその供養のあくる日「理事長、車にのれよ」「何処へ行くんだ」と聞くと「乗ったらわかるよ」というんですね。根室市総理府の建物があってそのすぐ傍らに殺された和人の石碑があるんです。そこへ着いたんです。そして供物を供えてアイヌのしきたりで供養をしたんですね。私は彼に「どうしてそんなことをするの」というと結城君は「理事長、生きている時は敵味方であっても死んで仏になったら敵味方はないんだ。だから毎年自分の方の供養が終わると次の日はここにきて供養してあげるんだよ」というのです。それを聞いて私は涙が止まらなかった。なんてアイヌは優しいんだろうと。
 ところがこのことは根室の市長さんはじめ名士の皆さんがたは知ってる筈なんです。ですけどこの人方、和人の供養はしてもこれまでただの一度もアイヌの霊を供養しに来たためしがない。線香一本立ててもらっていないのです。

 そして、コロンブスへの言及箇所である。

 そんな中で1869年(明治2年)にアイヌモシリが北海道と名付けられた。どんな事情で北海道になったのか、今でも我々アイヌは不思議でしょうがない。
 そして1877年(明治10年)明治政府は「アイヌモシリは無主の土地である」といって全部官有地にしてしまった。そこにアイヌが昔から住んでいるでしょう。「主のない土地」というのです。ひどい話ですねえ。
 来年アメリカ大陸をコロンブスが発見して五百年というでしょう。あそこもインディアンの人たちがずーと住んでいたんだ。無人島ならいざ知らず、人が住んでいるのに自分達の国旗を立てて「発見したー!」というんですね。その当時のヨーロッパ人の考え方では自分たち白人だけが人間で、それ以外は人間ではない、先住民は動物と同じと見做したんだ。それと同じですね。日本人はヤマト民族だけが人間でアイヌは熊や鹿と同じ動物と考えたんだね。

 出典は、『シサム通信』第11号(1992年1月1日)、7-8ページ。

 「こんな『ところ』」がばれてしまった! 私の手元にはこの『シサム通信』――途中から「ム」が小さな文字の表記に変わった――が創刊号から自然消滅した最終号まである。そろそろ処分のことも考えておかないといけないと思うのだが、こうしていつ必要になるかも分からないから、まだ当分保存しておかないといけないかも。一昨年頃、ある人の手でDVD化が進んでいるとも聞いた。もしかしたら、もう完成しているのかもしれない。

 今夜、第13回「政策推進作業部会」議事概要を読み直していたら、眠くなってしまった。「先住民族としての政策」というような言葉が繰り返されているが、発言者がその言葉によって何を具体的に頭に描いているのか、私にはもう何が何だかわからなくなってしまった。


転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/2014/03/08/012428