AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

「わやだ!」――パンドラの箱

 何日か前に「わやだ!」という声が届いたから、ついに私の生活がばれたかと思ってメールを読んだら、北海道アイヌ協会の理事会のことだった。

 「特別委員会設置」要求の声を打ち消すかのように、今朝の北海道新聞に「『象徴空間』に遺骨集約了承」という小さな記事が載っていたそうである。

北海道アイヌ協会(加藤忠理事長)は・・・全国の大学が保管するアイヌ民族の遺骨を集約し、研究対象にするとの政府方針を了承した。

 北海道アイヌ協会もとうとう「パンドラの箱」を開けてしまった。いや、既に開けられていた蓋の開き方を大きく広げてしまったと言うべきか。「集約施設」は、諫早湾干拓事業と似たようなことになるであろう。

 昼間、前にも「パンドラの箱」と書いたなと思って、ブログ内を検索したら、3回も使っていた。
 1回目は、「北海道大学の訴訟対応は、ついに『パンドラの箱』を開けてしまったようである」と書いていた(http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/2013/10/10/013000)。
 2回目は、ここで(http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/2013/07/18/234316)だが、そこには「政策推進作業部会」での次のような発言を引用しておいた。(3回目の使用は、どうでもよいから省く。)

 次に、祭祀承継者にお返しするという返還の仕方をとることについて十分な説明が必要であるという意見を踏まえてのことであるが、海外では、民族又は部族に返還する事例が多く見られること、コタンまたはそれに対応する地域のアイヌ関係団体に遺骨を返還することが、アイヌ精神文化を尊重するという観点からは望ましいとも言える。一方、現実問題として、現在、コタンやそれに代わって地域のアイヌの人々すべてを代表する組織など、返還の受け皿となり得る組織が整備されているとは言い難い状況にあることも考慮する必要がある。このため、返還が可能な遺骨については、まずは祭祀承継者たる個人への返還を基本とし、地域のアイヌ関係団体など、本来の祭祀承継者以外の方への返還については、法的な論点の整理も含め、今後の検討課題とする。祭祀承継者個人への返還に当たっては、過誤が生じないよう専門的な見地から助言を行う有識者委員会を設置するなどして、手続を十分吟味していく必要があるという文言を追加した。

 先日、こちら(http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/2014/03/03/145650)に、このように書いた。

北大や他の研究機関が返還が難しいという理由に挙げていることと同じ理由で、遺骨の遺族全体を代表する立場にはない北海道アイヌ協会がすべての遺骨を1カ所に集約せよ、研究に利用することを認めると言ったところで、それが法的な意味をもつわけではないこと、そしてこのまま事が進められれば、北海道アイヌ協会にとって破滅的な事態につながりかねないことは、常本教授をはじめ、政府の官僚や他の知識エリートたちは重々承知のことであろう。もっとも、同協会が利用可能な間は、官房長官が言ったように、政府が守ってくれるだろうが。

 「北海道アイヌ協会にとって破滅的な事態」とはどういう意味なのかというメールをある方から戴いた。明快な答えは避けたが、1例を出して、あなただったら「どういう行動に出られますか」とお尋ねした。それに対する返事は、来なかった。

 植民地支配下における被支配者の操縦と同じように、政府や有識者たち、北大関係者は北海道アイヌ協会を遺骨問題の唯一の窓口として譲らない。そして、上記の新聞記事のように、政府が進めることに同意しているかのような情報を流布する。

 4月から公益社団法人に転換するという北海道アイヌ協会は、あくまでも「法人」であり、その会員以外のアイヌに対してその規則や方針に従わせることはできない。アイヌ協会は、死者の権利を代弁することができるのか。北大は、遺骨は祭祀承継者にしか返還できないと主張し、政府も同じ考えのようである。上に引用したように、「北大や他の研究機関が返還が難しいという理由に挙げていることと同じ理由で」と書いた。北海道アイヌ協会は、まず第一に、自らの会員の遺族すべてから遺骨を「集約」し、研究材料として提供することに対して同意を得なければならないであろう。仮にこれが達成されたとしても、今、裁判や他の方法で反対している人々も含めて、非会員の遺族の「祭祀承継者」を探し出して、同じように同意を取り付けなければならないであろう。それをせずに、誰の遺骨かも分からない状態で「集約施設」に移管してしまえば、どういう帰結になるか、有識者である「アイヌの友人」たちが知らないはずはないであろう。医学の発展のためにと自らを献体する人もいるから、北海道アイヌ協会が同意を得た死者の遺骨を研究に差し出すことに異議を差し挟もうとは思わない。だが、上述のように、遺族(祭祀承継者)からの承諾がない遺骨は、どうする?

 研究に関しても同じである。アイヌの遺骨を研究材料として用いる場合、国際的・国内的双方の研究倫理規範に従おうとすれば、同じく、「祭祀承継者」を探し出して、同意を取り付けなければ、遺骨を研究材料とすることは許されまい。とにかく、それが現行法規だと自分たちが言っているわけだから。また、遺伝情報が関わる場合、「祭祀承継者」一人の同意では済むまい。

 もしアイヌ協会がこうしたことを無視して、承諾を得られないままに遺骨を十把一絡げに集約施設へ研究の許可とともに移管することを進めることは、犯罪的である。そして、もし私が当事者であれば、勝手に同意を与えた北海道アイヌ協会を訴えるかもしれない。何件もの訴訟を抱えた場合、同協会に対応するだけの資源があるのだろうか。その時は、政府が守ってくれると考えているのかもしれないが。

 加藤理事長が過去に何度も、M. L. キング牧師の言葉を引いたりして、師に言及することがあった。だから、私は、このように(http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/20121008/1349622046)記事にしておいた。そして、このブログなんか訪れないと思われる加藤氏に、側近が引用した言葉の意味を伝えてくれるであろうと期待していた。

 そこの記事に引用していた師の言葉である。
"[T]o arouse the conscience of the community over its injustice, is in reality expressing the very highest respect for the law." (at 4:31)
「社会の不正義に対して社会の良心を目覚めさせるということは、実際には、法に対するまさに最高の尊重を表しているのです。」

"Shallow understanding from people of good will is more frustrating than absolute misunderstanding from people of ill will." (at 4:41)
「善意の人々からの浅い理解は、悪意の人々からの絶対的な誤解よりも苛立たしい。」

"Lukewarm acceptance is much more bewildering than outright rejection." (at 4:53)
「生温い受容は、あからさまな拒絶よりはるかに困惑させるものである。」

 側近から伝わったにせよ、伝わらなかったにせよ、敢えて言わせて戴きたい。加藤理事長には、キング牧師を引き合いに出すことはやめて戴きたい。その資格はないでしょう。

 上のURLの記事に埋め込んでいるキング牧師の演説ビデオの最後の方で、師の暗殺された日が出てくる――1968年4月3日。日本時間の4月4日である。そう、次の遺骨返還訴訟の公判日である。何という偶然であろうか。

P.S.
 トイレに行きたいのを我慢して、一気に書いたから、1件入れ忘れた!

 「還元」という言葉をよく見かける。本ブログで遺骨問題を取り上げ始めた2010年10月の頃の北海道新聞の記事でもアイヌ人骨の研究者たちの学会長が言っていた。第13回「政策推進作業部会」の議事概要でも見かけた記憶がある(http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/2014/02/26/235947)。

 具体的にどのような還元が提案されているのだろうか。契約書のサンプルはあるのか。どことどこで結ぶのか。文部科学省、学会、個別の研究者?

 部会長ほどの法律の専門家ならば、実際の契約書を吟味せずに承諾したり、署名などしてはならないと、学生相手にも教えているだろう――たとえ、そのような不信に根ざした見方がアイヌの伝統的な文化の方式でないとしても。


P.S.
"Buffy Sainte Marie - 'Disinformation'" posted by NativeAmerican4Life at http://youtu.be/y_t8uMcVjZ0


転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/2014/03/22/001552