AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

第14回「政策推進作業部会」発言者当て遊び(その3)

 4つ目の発言。「大学」と「担保」という言葉、発言の内容から推測して、これは常本氏のものではないだろうか。そうでなければ、佐々木氏か本田氏か。いずれにしても、「慰霊と研究」推進派である。

#4 大学では、基本的に研究者単位で管理を行っており永続性は担保できないと思われるので、不適切であると考えられるような過去の遺骨収集に対する責任を踏まえ今後も責任をある慰霊や管理を行っていくためには、象徴空間への集約が必要である。
 研究者はアイヌ遺骨に限らず発掘される全ての遺骨を人として扱っていると思っているが、研究に関して、大学での遺骨研究はマジョリティの視点によるものとなっており、過去の研究を見るとアイヌ遺骨については和人の視点からになっているのではないか。象徴空間ではアイヌの視点からの研究や慰霊を行うことができると考える。
 また、過去の研究者の行為により現在このようにアイヌの方々に苦しみを与えているが、仮に今後アイヌ遺骨について研究を行わないとすれば、アイヌ以外の研究が進むことでアイヌの人々についてだけその成立のシナリオや過去の生活が分からないという事態も想定される。今の私たちの判断も将来において責任を問われることになる。そのため、今後も研究は必要であり、アイヌの方々の視点からの研究を担保するためには、象徴空間の中に研究機関の機能を持たせるべきである。

 段ボール箱にバラバラで放り込まれている遺骨でも、「研究者はアイヌ遺骨に限らず発掘される全ての遺骨を人として扱っていると思っている」などと言えるのだろうか。実際のところ、多くの「人骨」研究者は、人骨に感情移入しすぎてはならず、人骨は「情報源」としての物質にすぎないと考えているのではないか。だから、用の済んだ物質は、ダンボールにごちゃ混ぜにされて放置されてきたのではないか。

古人骨は死者そのものではない。むしろ、死者の纏っていた鎧のようなものだ。この点では、セミの抜け殻やトラの皮とはたいして変らない。ならば、古人骨を特別視して、死者の遺体としての情緒的な面のみを強調し過ぎるのはいかがなものであろうか。それよりも大切なことは、先祖の様子を知るための情報源として古人骨を再評価することではないだろうか。
http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/20120626/1340639423

 「象徴空間ではアイヌの視点からの研究や慰霊を行うことができる」というのは、管理・統制の権利がアイヌにあって、さらに将来的にアイヌの研究者が出てくればの話であろう。

 「仮に今後アイヌ遺骨について研究を行わないとすれば、アイヌ以外の研究が進むことでアイヌの人々についてだけその成立のシナリオや過去の生活が分からないという事態も想定される」ということは、宮内庁天皇陵の調査を拒んでいる間は、心配いるまい。篠田氏らは、それもしっかりと要望している学者グループに入っているのだろうか。
Cf. http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%9A%87%E9%99%B5 http://yamatai.cside.com/yasumoto/tyosyo101.htm

 この発言には、次の発言者が釘を刺している。これは、丸子氏であろうか。

#5 まず、大学において、頭骨や四肢骨がバラバラになっているかを調査し、象徴空間に遺骨を集約後は、爪の先1つまで遺骨を一体とすることこそまずやるべき研究であり、これが終わった段階で初めて人類学的な研究を行うことにするべきである。

 すると、また篠田氏らしき発言が続く。バラバラの遺骨には記録が残されていないという杜撰な「科学的」研究であったことを認めている。仮に、本当に同じ作業となるにしても、目的を分けることの意味を理解できないこういう「科学者」に遺骨を触らせたくないという子孫の気持ちは十分に理解できよう。

#6 遺骨を一体にすることとアイヌ民族の起源などを知るために行う作業は、性別や年齢の特定や仮に行う場合におけるDNA鑑定なども同じ作業とになるので分けて考える必要はないのではないか。

 クエスチョン Noは何だったっけ? No. 5だが、「その1」でNo. 2としている。次の発言は誰のものでしょう。

#7 アイヌの哲学を考える前に、自分の先祖の場合はどうするかという視点で考えれば、一日も早く集約することが一番丁寧な方法である。大学の他にも博物館や資料館についてもどうなっているのかと心配している。
 また、アイヌの歴史解明などアイヌのための研究は必要である。

 「アイヌの哲学」など、どうでもよいと言っているかのようだ。まさか、これはアイヌの部会メンバーではなかろう。そう願う。明確な承諾の証拠もなく掘り返されて、持ち去られた自分の先祖の遺骨があると分かっていながら、返して欲しいと思わずに、「集約施設」に入れて欲しいという感覚は、理解不能である。
 「大学の他にも博物館や資料館についてもどうなっているのかと心配」するのはなぜだろう? 「研究者はアイヌ遺骨に限らず発掘される全ての遺骨を人として扱っている」そうではないか。しかし、過去にも、「アイヌの歴史解明などアイヌのための研究は必要」という説得で、遺骨を持ち去られ、血液や尿を採取されてきたのだったな。
 1,636体全部でも、歴史の「解明」は終わるまい。それがどのように、そして実際に、「アイヌのため」となるのか、さまざまな可能性を検討したのだろうか。

★その4まで下書きは済んでいるが、ゲーム感覚の発言者当て遊びならよいが、深く内容を読んでいくと、「目も当てられない」とはこのことかと思える状態になっている。どうしたものか・・・。
 発言に参照し易いように、「その1」に戻って番号を付すことにした。


転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/2014/04/12/135545