AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

第14回「政策推進作業部会」発言者当て遊び(その4)

 第8問。これは誰の発言でしょう。
 常本氏か佐々木氏か。あるいは、ひょっとして佐藤氏か?

#8 アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会報告書では、アイヌ精神文化の尊重という観点から、過去に発掘・収集され現在大学等で保管されているアイヌの遺骨等について集約するという書き方になっている。集約の意義については、直接にはアイヌ民族の精神生活の尊重という観点から行うとしている。集約の範囲については、過去に発掘・集約されたものについて象徴空間に集約するという書き方をしている点に留意することが必要。

 いずれにしても、話の方向を本題の「過去に発掘・収集され現在大学等で保管されているアイヌの遺骨等」に戻そうとしている。作業部会の初期(すなわち、人類学・考古学界を代表して篠田氏が加わって)からずっとそうであるが、「人骨」研究を臆面もなく前面に押し出そうとする篠田氏らの人類学者との間に(浅くて狭い?)溝はありそうだ。良いデカと悪いデカを演じているのでもなかろうが、違いはその程度かもしれない。しかし、そこに楔を打ち込めば良いものを、北海道アイヌ協会の面々は、取り込まれたのか、進んで人類学者たちを頼りにしたのか、共同戦線を張っているという感じである。アイヌの部会員の一部と「研究者」がそれぞれの関心から(あるいは、ひょっとしたら利害の一致から)、今後の発掘遺骨の集約にまで争点を広げたいのに対し、有識者懇談会報告書の土台が揺らぐことを危惧する常本・佐々木両氏らは、その争点を封じ込めたいという発言である。

 そして、次はまた篠田氏か、それとも「遺跡から発掘される遺骨」に対する権利主張をしながらも、「集約施設」に入れることがその権利を獲得することだと勘違いしているアイヌの「代表」だろうか。クエスチョン No. 9である。

#9 国連宣言31条にある知的財産権との関連を考えると今後も研究を行う必要があるので、今後遺跡から発掘される遺骨も含めて集約の対象としていくべき。

 「今後も研究を行う必要がある」と言うところからみると、恐らく篠田氏の発言であり、人類学者たちの本音であろう。しかし、そうだとすると、アイヌの遺骨に対する知的財産権を主張するなど、勘違いも甚だしく、これもまた滑稽千万である。
Cf. http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/20110208/1297147865
 しかし、である。2つ下の#11の発言を読むと、#9はアイヌ協会の「代表」か、本田氏ということも考えられる。こうして読者が混乱しているところを見て、当事者たちは胸を撫で下ろしているのかもしれない。だが結論は、誰の発言であっても、内容的にはナンセンスだということである。
 一つの可能性として、冒頭(#1)の発言で第31条を引き合いに出しているところを見れば、アイヌ協会を代表する人物の発言ということは十分に考えられる。しかし、もしそうだとしたら、目も当てられないとはこのことである。私の勉強不足と言われればそれまでだが、先住民族が「権利宣言」を用いて(あるいは、それを作成する過程で)、遺骨のDNA研究を行う必要があるために集約するなどという主張は聞いたことがない。オーストラリアやニュージーランド先住民族大英博物館などから遺骨や文化遺品の返還を求めた際に、何が求められたのかをしっかり勉強しなおした方がよかろう。それらがいかに伝統的文化にとって重要なのかという文化的意義を頑固な博物館相手に説明して説得しなければならなかったのである。#9のような論理で、海外にもあるという遺骨や副葬品を「集約」できるとでも思っているのだろうか。
 第31条については、こちら(http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/2013/06/01/020000)で再確認して欲しいが、検索していると、これ(http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/2014/01/28/012606)も出てきた。
 第5回アイヌ政策推進会議で横田氏が、日本のすばらしい取り組みを世界に知ってもらおうという提案をしていた(http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/2013/10/05/002329)が、進行中の作業部会の議事概要も英訳して世界へ出してみたらどうだろう。笑いものになるのではないだろうか。
 With all due respect to you representatives of the Ainu Association of Hokkaido, please allow me to ask you when and where you heard such an argument from those representatives of the world's indigenous peoples who drafted the UNDRIP?

 クエスチョン No. 10。これは、誰の発言でしょう。

#10 今後発掘される遺骨についてまで集約対象にするのであれば、アイヌ民族の遺骨であると言うことと国連宣言の趣旨だけでは、集約する理由として十分といえるかどうか。

 #9の発言に疑問を呈する形で反論もしくは抑制しているが、常本氏(派)の人物であろう。
 次の発言は、篠田氏か本田氏であろうか。Q. 11である。そうすると、#9は、その2人のどちらかか、アイヌ協会代表か。やはり、双方が手を携えてというところだろうか。それにしても、副葬品まで「集約」とは! 「博物館」とは言われていないから、「集約施設」にということなのだろう。そう言えば、最近、白老に建設予定の博物館には、展示する物がないとか、足りないのだということを誰かから聞いた覚えがある。そうすると、これは、その応援団の一員だな。

#11 遺骨だけでなく副葬品も含めて考えると葬制の中にアイヌの考え方や死生観を読み取ることができるので、現在分かっているものだけに限定せず集約することは意義があるのではないか。
 ただし、当面は、大学が保管している遺骨の集約を優先しつつ、今後、集約の意味や研究のあり方というのを論議していただきたい。


 ちょっとここで切ろうか。意見の流れが切れているわけではない。単に疲れたから切るだけである。論理もへったくれもないから、どこで切ったってよかろう。
 読んでいて、作業部会でのセリフを書いて振り当てている人物がいるのではないかと思いたくなる。特に今回の部会は、まさに『動物農場』のエンディング シーンにも匹敵するだろう!(喧嘩と違って、仲良くやっているようであるが。)

 十二の怒声があがっていたが、その声はみんな同じだった。豚の顔に何が起こったのかは、もう疑いの余地もなかった。屋外の動物たちは、豚から人間へ、また、人間から豚へ目を移し、もう一度、豚から人間へ目を移した。しかし、もう、どちらがどちらか、さっぱり見分けがつかなくなっていたのだった。
ジョージ・オーウェル『動物農場』(角川書店、2001年)、149-150ページ。

 『動物農場』は、ここでも登場させたことがある。⇒http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/20110904/1315063608


 「ブログ全開で楽しい」という方もおられるけれど、ずっと続くわけではないのです。ブログがなくなると寂しいという人や、お世辞でも、ここで学んでいると言って下さる方もいるけれど、このブログの最初の記事投稿が昨年の4月20日で、"Against the Wind"ブログのせいか、まだ1年かという気もするけれど、ちょうど良いタイミングなので完全に限定公開に移行しようかと考えており、それまでにできるだけ53番目の発言の近くまで行ければいいがと思っているだけです。まあ、なんとバカな遊びを始めたことでしょう。
 
 議事概要の冒頭に並べられた出席者の他に、事務局官僚の発言の可能性も頭に入れて読まないといけないな。


転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/2014/04/13/002127