AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

第15回「政策推進作業部会」議事概要

 恐らく自分が季節の流れについて行けてないからだろうが、今年は種々の花が咲くのが早い感じがしている。八重桜が咲いているところに、もうツツジが満開になりつつあるし、田んぼにはレンゲの絨毯が広がっている。それでトップの写真をレンゲに替えたのだが、今日は、昨日までなかったと思うところにもう紫色の山藤がたくさん咲いていた。チューリップも、まだしっかり咲いている。週替わりくらいで写真を替えないと、追いつかなくなりそうだ。

 さて、第14回の「議事概要」批判をここでは中断したところで、遠からず第15回の「議事概要」が出るだろうと思っていたら、今日(?)出ている。5ページ半。「議事次第」は、先に出ていた。前回会議から3週間で出るという珍しさだが、明日(18日)、次回会合が予定されているからであろう。

 議題は、「『民族共生の象徴となる空間』の整備及び管理運営の基本方針について」で「『民族共生の象徴となる空間』における博物館等の検討状況等について」と「これまでの部会での議論及び部会報告に盛り込むべき事項について」の2項目に分かれている。

 今回は、文化庁国土交通省からの説明が記されている。なぜ前回は隠されているのか、ますます怪しくなるというものだ。
 しかし、今回の議事の「(2)これまでの部会での議論及び部会報告に盛り込むべき事項について」でも、遺骨問題が登場する「事務局よりこれまでの部会での議論を踏まえた部会報告に盛り込むべき内容について説明」の中味は省略されていて、「主な意見等」だけである。遺骨関連は、隠蔽され続けているのだろうか。

 非常に興味深い意見も出されているので、読者には是非、直接訪問して一読をお勧めしたい。出された質問や要望のすべてにはその場での回答はなかったのだろうか。いずれにしても、第14回作業部会のトーンとは若干異なる印象を受ける。特に、人類学者代表が発言を抑えていたのだろうか。
 終盤部分である。

P.S.(2014.04.19, 22:40):
 先に「終盤部分」として引用していた一連の発言であるが、コメントを入れるために分割した。議題の「(2)これまでの部会での議論及び部会報告に盛り込むべき事項について」の一部である。

アイヌ協会において、返還の方法についてはどういうような議論が行われているのか。
公益法人移行を控えていることから具体的な議論は4月以降になると思うが、議論にあたっては協会の組織率が低いことから地区全体を代表しているのかという問題を念頭に考えなければならない。
 理事会では、集約するということについて同意をいただいている。

 「公益法人移行を控えて」いたら、なぜ「4月以降になる」のか分からない。では、今までは何も「具体的な議論」ができなかった、しなかったということなのか? 具体的な議論もせずに、「地区全体を代表しているのかという問題を念頭に考え」た結果、「理事会では、集約するということについて同意」とは!?

○ 前回の作業部会において返還を望んでいる支部が一つあると申し上げたが、改めて確認したところ、綿密な確認を経て返還することになることや象徴空間では遺骨の情報をもとにきちんと遺骨が管理されることなどから集約するほうが望ましいという意見となったことを報告させていただく。

 これも上に続いて北海道アイヌ協会の人物の発言であるが、興味深い。「・・・集約するほうが望ましいと[強く説得した結果、そう]いう意見となった」のではないかと読んでみたくなる。

○ 最大限返還という基本的考え方に従うのであれば、個人返還には自ずと限界があるので、地域返還についても可能性を追求する必要がある。この問題に関してはアイヌ協会だけで完結する問題ではなく、非協会員を含めた地域という視点から今後検討していく必要がある。[フムフム。ここまでは、本ブログで指摘した点が入っている感じだ。しかし、である。次の行からは、よく言うよ、と言いたくなる。
 一部のアイヌ民族の方々からはとにかく返還せよという要望はあるが、これまでは返還のあり方について、アイヌ民族の側から具体的な考え方や踏まえるべきプロセスについての意見が余りなかったのではないか。今後は、返還に伴う諸問題点も踏まえた上で、アイヌの方々が望む具体的な返還の形についての意見を出されることが必要であり、組織的にそれができるのはアイヌ協会であると思う。

 そもそも、その言葉の真の意味での「返還」は、まったく視野に入れずに、有識者懇談会以来ずっと、「集約」ありきできていたではないか。ここで述べられていることはもっともで、必要なことではあろうが、有識者懇談会も政策推進会議も、そしてその作業部会も、具体的な手順を提示してきたのか。アイヌの人たちの中には「返してもらえるものなら返して欲しい」という声がある。そうした出したくても出せない声を拾い上げ、掬い上げず、返還できないという雰囲気を作ってきたのは誰たちなのか。公式に謝罪が行われれば、そうした声も上げやすくなるだろう。返還を望む声を掘り起こし、返還の手順を説明しながら、親身になって願望をきくという作業をこれまで行ってきたのか。それには十分に時間をかける必要があるのに、集約だ、研究だ、と急いでいるのは矛盾していないか。
 しかも、ここがもっともおかしいのだが、その意味では北海道アイヌ協会も同罪であるにもかかわらず、なぜ「組織的にそれができるのはアイヌ協会」と、アイヌ協会だけを対象とするという結論になるのだ。直前に自らが、「この問題に関してはアイヌ協会だけで完結する問題ではなく、非協会員を含めた地域という視点から今後検討していく必要がある」と述べたばかりではないか。
 第13回作業部会には、アイヌ民族博物館や推進機構のオブザーバーを呼んでいたではないか。最低限、発言権のあるオブザーバーとして、より良い策としては、オブザーバーでは不十分であろうから正式メンバーとして、旭川アイヌ協会など、他の団体から代表を招くべきである。(もっとも、招待を断られる可能性はあるが。)そうしない限り、このプロセスは、いつまで経っても正統性を確保できないであろう。そもそも、2008-09年頃から北海道アイヌ協会は、「道内外のアイヌ民族の意見集約」に失敗している――「集約」がただ寄せ集めてみるというだけの意味なら別であるが。それが拙速によるものなのか、外部からの圧力によるものなのか、それは検証を経ないと明確なことは言えないが、「アイヌ民族の権利確立」を求めるさまざまな団体の声を代弁する別方向の窓口ではなく、「アイヌ政策の受け皿団体」となるために「より内部統制のとれた法人」を目指して「各行政の窓口」化してしまったためであるかのように映っている。(この段落の引用は、アイヌ協会の賛助会員の要請文<http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/2014/04/16/005329>より。)
 第14回作業部会では国連の「権利宣言」が参照されていたが、ここの問題は第19条が関連している。

アイヌ政策推進会議への報告書となる内容であるならば、遺骨について日本各地の大学だけではなく、資料館とか博物館についても入れることはできないのか。博物館や資料館に保管されているアイヌの遺骨があれば、後々にそれも含まれるような表現にできないのか。

 妥当な意見と思える。但し、集約と研究のためではなく、返還が前提で言っているのだと思いたい。
 この発言には返答があるので、続きは、下のURLで読まれたい。

 引用元の「議事概要」はこちら⇒http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainusuishin/seisakusuishin/dai15/gijigaiyou.pdf


P.S. #2(2014.04.20, 14:50):
 私は北大博物館に入ったことはないが、「アイヌ人骨」が展示されていたとは知らなかった。(噂には聞いたような記憶はあるが。)博物館の展示や政策推進作業部会で博物館の遺骨・副葬品の取り扱いが話題になっているからであろうか、展示が中止になっているそうだ。どの筋からのお達しだったのだろう? 「アイヌ人骨」は、またダンボールに入れて「保管」しているのだろうか。
 「はてなブログ」からは確か、トラックバックを送れないのだった。忘れていた。
 情報元: http://blogs.yahoo.co.jp/ennkuubutu_0413/38413991.html

関連記事:
http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/20110221/1298271616
http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/20120215/1329240070


P.S. #3(2014.04.20, 22:30):
 このブログを書き始めて1年が経った。

 第15回作業部会で、このような発言がなされている。

 アイヌの人たちの変遷であるとか、成り立ちを調べるときには当然時代ごとに分けてみていくことになるが、研究の手法自体に違いはない。明治以降の遺骨を研究するということは基本的にないと思うがどの遺骨が明治以降であるかを判別する必要があり、一般的には江戸時代までを一区切りとして研究は進める。

 英国の1,000年という基準、カリフォルニア州のクーマヤイ ネーション関連の9,000年以上という人骨の返還について取り上げたことがあるが、なぜ「江戸時代までを一区切り」とするのか、その合理的かつ「科学的」説明を聞いてみたいものである。次の作業部会で誰か、篠田氏に質問してくれないかな。

 ちょうど1年くらい前に、このように書いておいた。

 盗掘されたアイヌの遺骨が「近世以前」のものではないことは、公開されている資料からも既に明らかである<http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/20120326/1332694931>が、日本学術会議が「古人骨」として研究対象に認めている基準が、どうも「夜明け」の、前か後かに関係しているようである。つまり、学術会議の人々の意識においても、「暗闇の時代」の人間の骨と「開化された時代」の人間の骨として区別されているようである。<http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/20110208/1297099219

 もちろん、普通の墓荒らしは夜明け前の漆黒の闇を選んで活動したのであろうが、「人骨」研究者たちは白昼堂々と墓堀を行なったようでもある。
http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/2013/04/28/014531


転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/2014/04/17/223243