AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

「遺体及び遺骨の帰還についての権利」という外務省仮訳について

 私の記憶の中で、"repatriation"という語に初めて出合ったのは、開発途上国に直接投資を行う多国籍企業による資本や利益の本国への送還・送金/吸い上げという文脈でであった。今、インディアン カジノの収益を吸い上げる外部資本に関する文献を読みながら、「議事概要」の中の「帰還」という変な日本語について、もう一度書いておくべきだろうと考えた。

 第14回と第15回の作業部会で、順に、次の2つの発言が記録されている。ここでは発言内容の妥当性や誰の発言かは問題としない。但し、「帰還」という訳語が外務省による国連の「権利宣言」訳に使用されており、間違っていようが何であろうが、外務省訳を権威ある翻訳として利用するというメンタリティーを考えれば、発言者がどっちを向いて立っているのかについて一定の推測が可能であろう。

 国連宣言では先住民族は遺体及び遺骨の帰還に係る権利を有するとなっているが、日本の場合、権利主体となるアイヌ民族とは具体的に誰を指すのか。要するに誰の声が「アイヌの声」なのか。特に遺骨については、アイヌ民族の中でもさまざまな意見があると言われている。もちろん全てのアイヌ民族の声が一本化されるというのは現実的ではないが、少なくともアイヌ民族の中で意見の統一や合意を図るよう手続的な保障を目指す動きが必要である。

 国連宣言12条等で先住民族の遺骨の帰還に関する権利等がうたわれており、それを尊重して日本としても施策を考えていくということであれば、国が管理をするとしても期限付きのものであり、本来アイヌの方々に返還できるものは全て返還するということになるのではないか。ただし、受け入れという言葉とあわせて、期限についての表現が適切かどうかについては検討の余地があると思う。

 国連の「権利宣言」第12条の外務省訳については、実は既に3年半前に、「『遺骨の帰還』? 何とも変な日本語に思えるが」と指摘したことがある。そこではこの問題にあまり時間を取られたくなかったので、「誤訳」については多くを書かなかった。意図的でなければ、外国語には堪能だが日本語を良く知らない人が訳したかであろう。(と書きながら、私自身、日本語研究者でもないから、絶対的な自信があるわけでもない。日本語研究の専門家から反論が来るかもしれない。)

 まず、「権利宣言」の英語の正文を確認しておこう。主語、述語、目的語の関係を分かりやすくするために、途中は省く。

Article 12
1. Indigenous peoples have . . . the right to the repatriation of their human remains.

 これを前から日本語にすると、「先住諸民族は持っている . . . 権利を/に対する/repatiation/先住民族の人の遺骨・遺骸の」となる。そこで、この"repatriation"という言葉であるが、今では多くの人が利用するウィキペディアには、次のように書かれている。

Repatriation is the process of returning a person to their place of origin or citizenship. This includes the process of returning refugees or military personnel to their place of origin following a war.
http://en.wikipedia.org/wiki/Repatriation

「"repatriation"とは、人をその出身または市民権のある場所に戻す過程である。これには、難民や軍人を戦後に出身地に戻す過程が含まれる。」
 遺骨については出ていないから物足りないが、ここでのポイントは、「戻す過程」ということである。しかし、ウィキペディアの正確性と権威を疑う人は、もっと権威ある出典を示せと言うであろうから、アメリカのMerriam-Webster辞書から引いてみよう。

re·pa·tri·ate
transitive verb
to return (someone) to his or her own country
business : to send (money) back to your own country

 "repatriate"は、他動詞として、「(人を)彼または彼女の自国へ戻す」となっている。(ウィキペディアでは、"a person"を、まだ文法的には確立していないと思うけれど、最近の巷の用法として、theirで受けているのが面白い。)また、冒頭で言及した経済的用法も解説されている。対象が「お金」の違いはあるが、「自国へ戻す」というのは同じである。「自国」の「国」は、「国家」ではない。「お国」、郷里という感覚で良い。さらに、もっと詳しい定義が続いている。

to restore or return to the country of origin, allegiance, or citizenship

 「出身や忠誠あるいは市民権の国へ復元/回復または戻すこと(用例:戦争の捕虜を"repatriate")」とある。"restore"に注目して戴きたいが、先にこのページを済ませよう。次の用例が挙げられている。

Countries are required to repatriate prisoners of war when conflict has ended.

「諸国は、紛争が終結した時に戦争の捕虜を戻すことを要求されている。」ここで、「戻す」のところに「帰還」を使えば、「帰還させる」となる。もう1段下の語源まで見ると、さらに面白い。ラテン語の「郷里/出身地(native country)に再び帰る」という語から派生している。そして、派生の途中に"repair"という語が存在している。その、他動詞としての意味は、次の通りである。

1a : to restore by replacing a part or putting together what is torn or broken : fix
b : to restore to a sound or healthy state : renew
2: to make good : compensate for : remedy

「1a:一部を置き換えたり、引き裂かれたり壊れたりしているものを一緒にして復元/修復すること」、「b:健全または健康な状態に戻す」、「2:償う、補償する」という意味をもつ語である。

(以上、http://www.merriam-webster.com/dictionary/repatriatehttp://www.merriam-webster.com/dictionary/repairより。)

 え? 自分は米語を英語と思っていないって? では仕方がない。オックスフォードの英語辞典を見てみよう。だが、その前に、先ほどの"restore"を見てからにしよう。こちらは、http://www.merriam-webster.com/dictionary/restoreからである。

re·store transitive verb

to give back (someone or something that was lost or taken)
to return (someone or something)

: to put or bring (something) back into existence or use
: to return (something) to an earlier or original condition by repairing it, cleaning it, etc.

Full Definition of RESTORE
1: give back, return
2: to put or bring back into existence or use
3: to bring back to or put back into a former or original state : renew
4: to put again in possession of something

 「(失われるか取られるかした人または物を)返すこと:(人または物を)返すこと」、「存在または利用の状態に(何かを)戻すこと」、「修復、清掃、などをすることによって(何かを)前または元の状態に戻すこと」となっている。そしてもう1つ、「何かを再び[ある人の]保有の状態にする」とある。

 次に、"Oxford Dictionaries"で"repatriation"の定義を見てみよう。

verb
[with object]
1 Send (someone) back to their own country:
1.1 [no object] Return to one’s own country:
1.2 [with object] Send or bring (money) back to one’s own country:
http://www.oxforddictionaries.com/definition/english/repatriate

 簡潔であり、Merriam-Webster辞書の解説に包含されているので、訳出は省く。1.1の自動詞としての「自国へ戻る」という意味に後で言及するので、覚えておいて戴きたい。

 「権利宣言」に"repatriation"という言葉が盛り込まれたのは、いくつもある用語から適当に、あるいは偶然にピックアップされたのではない。日本語訳では1語で対応させるために「返還」としているが、故郷やお国へ、元の全体の状態にして、償いも込めて、戻すという意味が含まれているのである。

 こちらの記事を見て戴きたい。これも、政府という権威が欲しい人のために、アメリカ大使館のサイトで「文化財の返還」に関する賛否両論を載せているページである。ここで、返還賛成派のマルコム ベル3世(ヴァージニア大学名誉教授)が、『オックスフォード英語辞典(OED)』の定義を引き合いに、私と同じように、"repatriation"の"restore"の側面に最初に注意を喚起している。

The Oxford English Dictionary defines“repatriate” as “to restore (an artifact or other object) to its country or place of origin,” and recognizes repatriation as a process of restoration, of making whole again. Many artifacts and works of art have special cultural value for a particular community or nation. When these works are removed from their original cultural setting they lose their context and the culture loses a part of its history.
"Who’s Right? Repatriation of Cultural Property"
http://iipdigital.usembassy.gov/st/english/publication/2010/10/20101022140412aidan0.7519953.html

 ついでだから書いておくと、上記の論争は、アメリカ国務省の「生きている遺産:無形文化を保存する」(http://photos.state.gov/libraries/amgov/30145/publications-english/EJ-intangible-culture-0810.pdf)という電子ジャーナルの中の記事である。政府の宣伝誌ではあるが、日本政府が今のアイヌ政策を世界に「お手本」として示すことができるかどうか、比べてみるとよかろう。さらに、アイヌの無形文化伝承保存に携わっている方々が、遺骨や文化遺産の"repatriation"について声を上げていないのか、さっぱり聞こえてこないから、どのように考えているのか、「国民」は「理解」のしようがない。

 以上を踏まえて、「帰還」という言葉を見てみよう。その意味を検索すると、次のような定義が挙がってくる。

戦地などから元の場所に帰ってくること。
[基本例]「前線から無事帰還する。」「宇宙旅行から帰還する。」
http://www.jlogos.com/d011/4375536.html

1 遠方から帰ってくること。特に、戦場などから基地・故郷などに帰ること。「宇宙から無事―する」「―兵」
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/50746/m0u/

 これを見れば分かると思うが、「帰還」は自動詞として使われ、"Oxford Dictionaries"の1.1にある"repatriation"と同じではある。また、人や物が「自国に戻る」結果となることは共通している。しかし、盗まれた遺骨や文化財が自ら「帰還」する権利はあるとしても、「権利宣言」第12条の条文の構造を見れば、そして、先住民族がこの条項を盛り込むに至った背景――遺骨や文化財の略奪――を考えれば分かるとおり、"of"の後の「遺骨」は"repatriation"の目的語であり、「遺骨をrepatriationする」という行為を行う行為者が前提されている。海外の戦地で没した旧日本軍人の遺骨の「帰還」とは異なる。その意味で、「先住民族は・・・その遺体及び遺骨の帰還についての権利を有する。」という外務省訳は奇妙であり、私には強い違和感があるのだが、いかがであろうか。単に、私の日本語力が弱いだけなのだろうか。


NAGPRAにおける"repatriation"および関連用語の定義

Repatriate: In NAGPRA (25 USC 3005 (f), 25 USC 3009), the term repatriate means to transfer physical custody of and legal interest in Native American cultural items to lineal descendants, culturally affiliated Indian tribes, and Native Hawaiian organizations. See also Disposition, Repatriation, Return, and Transfer.

Repatriation: In NAGPRA (25 USC 3005), the term repatriation means the transfer of physical custody of and legal interest in Native American cultural items to lineal descendants, culturally affiliated Indian tribes, and Native Hawaiian organizations. See also Disposition, Repatriate, Return, and Transfer.

Return: To bring, carry, or send back; to place in the custody of; to restore, to re-deliver. "Return" means that something which has had a prior existence will be brought or sent back. [Black's Law Dictionary, 6th Edition] Used in 25 U.S.C. 3005 (a)(3), "The return of cultural items covered by this Act shall be in consultation with the requesting lineal descendant or tribe or organization to determine the place and manner of delivery of such items." Also used in 25 USC 3009 (1)(a), "Nothing in this Act shall be construed to limit the authority of any Federal agency or museum to return or repatriate Native American cultural items to Indian tribes, Native Hawaiian organizations, or individuals."

Disposition: Act of disposing. Transferring to the care or possession of another. The parting with, alienation of, or giving up property. [Black's Law Dictionary, 6th Edition]. As used at 25 USC 3002 and 43 CFR Subpart B, the term refers to the return of cultural items excavated or inadvertently discovered on Federal or tribal lands after November 16, 1990, to lineal descendants, Indian Tribes, and Native Hawaiian organizations. The term disposition is also used at 25 USC 3006 (c)(5) with respect to the Review Committee's charge to recommend specific actions for developing a process for the disposition of culturally unidentifiable human remains. See also Repatriation, Return, and Transfer.

Transfer: To convey or remove from one place, person, etc. to another; pass or hand over from one to another; specifically to change over the possession or control of (as, to transfer title to land). [Black's Law Dictionary, 6th Edition]. In NAGPRA, the term transfer is used at 43 CFR 10.6 and 10.12. See also Control, Possession, and Return.

管理権をきちんと獲得することなしに、「返還」とはならない。


P.S.(2014.04.24, 23:23):
 滅多に反応の入らない本ブログではあるが、おもしろいことに、2人の方が、「議事概要」の「帰還」という発言は政策室の事務方が書き換えたのではないかという意見を送って下さった。私としては、その言葉を使っている人物が――アイヌの出席者ではなかろうと思うが――何も考えずに使っているのだろうと思っている。しかし、そこにバイアスが現れている。
 それにしても、政策室のお役人さん、信用がないですね。


転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/2014/04/22/002358

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