AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

「現代と前近代の混在」?

 1ヶ月半ほど前にコロンブスの「漂着」をめぐって「1992年以前に逆戻り?」という記事を投稿したが、20数年を経ての同じような思いは、ILOの107号条約改定の意義についても感じる。しかも、現代の若者で、いや若者だけに限らず、先住民族に関心を持ったり、その運動を支援しているという人たちの間でも、何が学ばれ、受け継がれてきたのだろうかと思うことが度々ある。私は舌で頬っぺたを膨らませながら「国民の理解」という言葉をここで使ってきたが、真面目な話、それは幻想であろう。砂漠の蜃気楼のようなものである。

 「前近代」とは何なのか。単なる時間的な言及なのであろうか。しかし、「前近代と近代、それから現代を交差する生活」とか「前近代的な風習」と言う時、「前近代」や「近代」が表象している何かがありそうである。それが残っている今は、それぞれの地域の人々にとってすべてをひっくるめて「現代」ではないのか。表象の対象が既に過ぎ去った「前近代」や「近代」という時系列的な順序を表わす言葉によって置き換えられる時、そこには、それらの対象がやがて消え行くものであるという想定が暗黙裡になされてはいないだろうか。

 この文章を書いた人にとって、「現代」が代表するものは何なのであろうか。

 [未完]


転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/2014/04/22/233657