AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

政策推進作業部会で提案されている「別枠」採用と人種差別撤廃条約の「特別措置」の違い

 第13回政策推進作業部会の「議事概要」に、次のような意見のやり取りがある。

札幌大学のウレシパ奨学生のほとんどは学芸員の資格を取得しており、博物館を将来の自分たちの進路として夢を持って見ていると思うがそのためのトレーニングができていない状況であり、具体的な動きとして博物館の検討作業の中でそういう機会があってもよいのではないか。

○(略)
また、職員を採用については国が主体的につくる施設ではあるが国家公務員試験を引用するようなことがあってはいけない。ウレシパの卒業生は大学生であるが、国家公務員試験とは別な採用の形態をとしなければ、中卒の子も含めて採用するといった場合に今の公務員試験は絶対になじまないと考える。採用については別枠で考えていただくべきではないかと思う。
○ 職員の採用にあたっての資格をどう考えるかというは重要な問題であり、施設の設置形態の議論にもつながっていくのではないか。
○ 上記財源等や採用についての意見に全て賛成する。[←この人、何なの?]

○ 職員の採用でアイヌだけに基準を設けるのは逆差別だと受け取られる可能性がある。そのような採用の場合においてはAOという考え方が良いと思っており、特別な能力を持っている人に対する大学におけるAO入試が社会的に認知されているので、特別な能力のある人をAO採用することは、アイヌのことに限らず、これからの日本の社会でも必要であると考えている。
○ 職員の採用について、より一般的に言えばアファーマティブ・アクションを導入できるかという話になるのではないか。我が国でも女性や障害者についてはポジティブ・アクションの名称で採用されており、合理的な理由があれば直ちに違憲とは言えない。

 第15回の作業部会でも、次のようなやり取りが記録されている。

○ 予算のことも考えて2020年までオープンするという目標であるとの話だが、何が何でもオリンピックまでということに固執して中途半端なものが作られる恐れがあるならば、2020年までにプレオープンということでも良いのではないか。きちんとしたものを作らないと意味がないと考えるが検討委員会ではそういった観点から検討されているのか。
○ 部分的な開館ということでもある程度はやむを得ないのではないかという考え方も一つにはあるが、その場合には部分的な開館以降も継続して予算措置されるのかという問題があるので、一気に進める方が良いという意識を持っている。
○ 目指すべきスケジュールと実際の整備の整合が取れるように検討を行っていく。
進捗状況等については適宜報告させていただく。
○ 今年の年初にアイヌ政策が国主導の箱物でごまかされそうですねというコメントを親しい方からいただき、世の中はそういうふうに象徴空間を見ているのかとショックを受けると同時に、これからはやはり国民理解が本当に必要であると感じた。
理解を促進していくためには、例えばキャッチコピーのようなものがある、視覚的にも入りやすいといった啓発ツールや象徴空間は日本国民全体にとってどういう意義があるのかが分かりやすく理解できる資材を用意していただきたいと思う。
[この枠の引用は次からでもよかったのだが、あまりにもXXXXな上のやり取りに読者も興味があるだろうと思ったのである。]
○ ここでの議論が実現されていくと考えているので象徴空間に望むことを申し上げる。
まず、象徴空間では、積極的にアイヌの子弟を採用していただきたいということ。
次に、アイヌの伝承者育成もしっかり取り組み、きちんと世代交代が行われるような方法も検討していただきたいということ。
次に、象徴空間だけでなくイオル事業地域などとも連携し、しっかりした下支えや波及効果が出るような取組を考えていただきたいということ。


P.S.(2014.04.29, 22:00):
 ○で始まる発言と発言の間の間(ま)や各発言の抑揚などが分からないため、本当にこんな風に会議は流れたのだろうか、全部の発言要旨が記録されているのだろうかと、思うときが時々ある。そんなふうに疑っているのは、私だけでもない。例えば、上の引用枠の中に[←この人、何なの?]と入れている発言である。その前の発言の後に沈黙が続いて、この人は、この話題を切り上げようとしたのであろうか。それとも、実際には何も深く考えておらず、「重要な問題」に話題が入っていくと眠くなるから、すべて「おまかせ」だから、さっさと次の話題に移りたかったのであろうか。単に、早く会議を切り上げて帰りたかったか、最近トイレが近くなった人がトイレに行きたかったのか・・・。どこの組織の会議にも一人や二人いそうな人の反応ではあるが、この会議でこれでは困ったものである。

 実際、第13回~第15回の作業部会では、「施設の設置形態」だけでなく、その「管理運営」権をめぐる攻防がもっと展開されるべきではなかったのか。3回にわたって「民族共生の象徴となる空間」の「管理運営の基本方針」が議題となっていたのである。アイヌ政策有識者懇談会の第2回会合で、当時の北海道ウタリ協会理事長が提出した「政策提案」の「遺骨の返還、慰霊」の項目では次のように述べていた。

全国の大学に、盗掘の結果収集されたアイヌ人骨の返還や人類学研究のあり方とその対応策を進め、全国的な啓蒙と和解の象徴となるような施設の設置ができればと考えております。http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainu/dai2/2gijigaiyou.pdf (p. 9)

 仮に、今日「集約施設」と化してしまった感のある施設に遺骨を移したとしても、「返還」という言葉が真の意味をもつためには、そこの管理権を勝ち取るかどうかが重大な意味をもつはずである。有識者懇談会で権利問題の議論が排除されてしまったが、しかしその枠内での闘いで何とか1つでも権利を勝ち取ろうとしているのであれば――この前提が間違っている?――、「管理運営」権について断固として折れない交渉をしないといけなかったはずである。
 その問題を曖昧にしたままで博物館や他の機関にある遺骨や文化財、あるいは将来発掘される遺骨や文化財を集約するかどうかの発言が記録されていても、それが誰のどういう目的での発言かが非常に分かり難い――もっとも、この作業部会では、前に指摘したように、どちらの側からの発言というのは、あまり意味をもっていないのかもしれないが。しかし、その「重要な問題」が、遺骨の研究を容認するという言質を取られる/与える儀式の場となり、揚句は、「国民理解」などという官僚や政治家のお守り言葉を一緒になって暢気に唱え、「キャッチコピー」や「啓発ツール」といったレベルの発言で「重要な問題」の焦点をずらしてしまっている。同一人物の発言とは思っていないが、「ここでの議論が実現されていくと考えている」のであれば、どうしてもっと「管理運営」権について議論しなかったのか。既に手遅れか。

 「アイヌ政策が国主導の箱物でごまかされそうですねというコメント」に「ショックを受ける」こともなかろう。それが「扇の要」と賞賛していたのは、どなたたちであろうか。この方は、何か他に特筆に値する「先住民族」政策を得られたとお考えなのだろうか。

 「アイヌの子弟」の採用について、ここで出されているものは、制度的なアファーマティヴ アクションとも、ポジティブ アクションとも呼べるものではなかろう。AO入試といった低いレベルでもなく、違憲かどうかの高度なレベルでもない、まず単純にプラクティカルな疑問がある。少し考えれば分かるはずの、危ない問題がある。いずれにしても、単に姑息な――その語の真の意味での――やり方にすぎない。
 人種差別撤廃条約との関連での疑問も呈しておきたい。

 続きを読む。


転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/2014/04/28/234736