AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

「アイヌの歴史の研究」と「アイヌの研究の歴史」

 瀬口氏の論を紹介して(http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/2014/05/10/223902)そのままにしておいたら、既に書いたように、こちら(http://blogs.yahoo.co.jp/ennkuubutu_0413/38486259.html)で論評が加えられている。重複しないように、いくつか別のことを書いておきたい。

 瀬口氏は経歴から見て児玉作左衛門教授の門下生ではなさそうで、それゆえに、「真摯な対応を迫られて」いるにもかかわらず、頬かむりをして黙り込んでしまっている日本の人類学者・考古学者と学会の態度に対する苛立ちがあるように読める点で面白くもある。

 とは言うものの、結局は同じ穴の何とかで、あくまでも遺骨の返還はするべきではない、あるいは返さないという意思表示の文章でもある。「人骨資料がむやみに返還されてしまうと」(強調は追加)という部分を遺骨の返還を求めているアイヌの遺族が読むと、腸が煮えくり返るのではないかと思う。2010年10月の北海道新聞記事に、あたかも第三者かアンパイアの如くに権威として引用されていた研究者が、実は強い返還反対者であったということは、北海道新聞の姿勢と合わせて、笑うに笑えない。(Cf.瀬口氏:「米国と同じやり方をする必要はない。返還の求めがあるものは返し、承諾が得られれば1カ所に集めてきちんと保管し、いつでも慰霊でき、研究もできる形が望ましいのではないか。」
http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/20101025/1287938558

 先の政策推進作業部会での水口教授の説明にもあったが、遺骨を持ち去った研究者やその後の研究者が遺骨を撫で回し、愛で尽したおかげでDNAが「汚染」されていれば、返還のための鑑定さえ難しいというではないか。その点でも過去の研究者たちは、とんでもないことをしでかしている。それらの研究が、これまでに「人類全体に貢献」を行ってきたのか? スミソニアン協会の国立自然史博物館の中にある人類学部門の返還室では、「形質人類学コレクション調査研究史データベース プロジェクト」が進行中で、近いうちに公開されるもようである。アイヌ政策推進作業部会は、「遺骨返還のためのガイドライン」でシャンシャン手拍子のつもりなのだろうか。

 アメリカの自然史博物館のプロジェクトは、自分たちの先祖のものではないかと思われる人骨に行われた可能性のある研究の歴史に関する情報をインディアン トライブの代表たちが求めたことに端を発している。徹底的に検索が行われた結果、そのような研究に関する包括的なデータベースが存在しないことがわかったそうである。プロジェクトの主な目的は、先住アメリカ人の遺骨に力点を置いて、同博物館の形質人類学コレクションに対して行われたすべての研究に関する参照情報を含むデータベースを作成することである。データベースは、トライブの代表や博物館の研究者や客員研究員の利益になるだけでなく、返還室が新たな返還要請を受けた時に、そのスタッフが当該コレクションに関する過去の参考情報を探し出すのにも役立つという、「利益の一致」が挙げられている。この国では、こういう話を出すと、すぐに官僚組織や研究機関などが予算獲得のために飛び付きそうであるが、あくまでも、過去の研究者の資料から遺骨や副葬品の返還を実現するために、これこそ政府が責任をもって行わねばならないことではないか。http://anthropology.si.edu/repatriation/projects/anthro.htm

 いみじくも、瀬口氏が例として挙げている研究課題は、遺骨が人類移動史研究のためのDNA解析だけではなく、これだけの種類の研究の材料として利用されてしまうことを明かしてくれている。「慰霊」のための施設の胡散臭さを教えてくれているようなものである。そこで遺骨は、安らかに眠ることができるであろうか。

 瀬口氏は、「NAGPRA により先住民の遺骨はつぎつぎと返還され、新しい技術を応用して研究する機会は残念ながら失われつつあります」と言い、それを「アメリカ自然人類学会の失敗」と呼んでいる。NAGPRAそのものにも反対されているのだろうと推測するが、こうした発言もまた、ミスリーディングである。アメリカには今日でも、瀬口氏と同じような考えをもつ研究者も多いが、一方で、NAGPRAは決して研究の妨げにはならず、むしろそれによって先住アメリカ人とのより良い関係の下での研究を可能にしたという見解が研究者の間でも浸透している。それは、悲しいことにというか、残念なことに、遺骨や副葬品の返還のスピードが鈍く、まだまだ無数の未返還遺骨が存在しているという事実があるからでもあろう。

 瀬口氏は、本当に「アイヌ民族の苦難の歴史」を理解しているのであろうか。いつの時代の遺骨を研究して、それを「立証」しようと考えておられるのだろう。埋葬されて間もなく掘り返された生々しくウェットな遺骨もあったという「遺骨に関わる様々な問題」の経緯を含めて、遺骨をドライな「人骨資料」という言葉で抽象化しないでいただきたい。瀬口氏の文章は、1980年代、つまり「30数年前」のアメリカにおける考古学者の議論とそっくりである。


転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/2014/05/21/012321