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AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

アイヌ政策推進会議メンバー/「アイヌの友人たち」

 昼下がりの一言。

 現在のアイヌ政策が「文化」に特化しているとよく言われるが、その「文化」政策を進めている人々に――この会議は、進めていると言っても、作業部会の報告を承認して手続き的正統性を与えるための形式的なものに過ぎないが――博物館の学芸員が1人入っているとはいえ、文化人類学者、特にアイヌ文化を専門とする文化人類学者が一人も入っていないというのは不思議ではないか。今進められている政策がとてもではないが「文化」政策などと呼べる代物ではないと専門的見地から考える良心的学者は招かれないのか、あるいは暖簾に腕押しとなるから初めから辞退しているのか。それとも、文化人類学会のお偉方は、前に批判したこともあるが、「裏方」に徹しているのであろうか。
 名簿⇒http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainusuishin/dai6/sankou2.pdf


P.S.(22:45):
夜半の一言、二言、三言くらいになるかな。

◎ このブログで度々、「アイヌの友人たち」という言い方をしてきた。カッコ付きでもあるから大半の人には何となく分かっているだろうとは思うし、アメリカインディアン(政策)史を少しばかり齧った人なら、もっとよく分かっていることだろうと思う。某所に一節を入れる機会があったので、それを抜粋して「アイヌの友人たち」の解説としておこう。年に1回ポロト湖畔でというわけではないが。

 19世紀終盤、インディアンの苦境に同情を抱く「インディアンの友人たち(Friends of the Indian)」と称する団体が、毎年ニューヨーク州のモホンク湖畔に集まって、「インディアン問題」の解決策を議論した。「友人たち」が具現していたアメリカ主流社会が目指した解決策は、保留地の土地を取り上げて、個々のインディアンに分割して個人所有制を推進する同化政策であった。こうした世論を背景に1887年、連邦議会は、北海道旧土人保護法のモデルとなったと言われる「一般土地分割割当て法(General Allotment Act)」、別名「ドーズ法(Dawes Act)」を成立させた。これは、インディアンの「文明化」を促進させるという同化政策の一環であった。
 先住民族に対する全国政策としてこれを推進するためには、連邦政府は、「誰がインディアンであるか」という問題をクリアしなければならなかった。・・・


◎ あれからもう25年か。昨日のようとは言わないが、つい先ごろのように瞼に焼き付いている。今日、天安門などと書くと、中国当局者が覗きに来るのかもしれないな。

 8月の初旬だったと思う。国連の人権小委員会の会合中に、議長がドイツに出国中だった中国人学生の活動家を次の発言者に指名した。会場が一瞬どよめき、それから緊張感に包まれた。彼は議場にはいなかった。指名されてから、議場の外から入って来た。それと入れ替るように、中国政府代表が議場から退席した。当時の人権小委員会メンバーのティアン ジン氏も退席したのではないかと思うが、これは記録を確認しないと、記憶がはっきりしない。この時のW氏の声明は、国連文書アーカイヴにあると思うが、デジタル化されているだろうか。もしかしたら、口頭で読み上げただけかもしれない。

 この年だっただろうか、ナヴァホの高齢者女性の声明と合同で二風谷ダム建設問題が人権小委員会に提出されたのは。これも記録を確認しないといけない。


転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/2014/06/04/141939