AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

憲法による先住民族の権利の保障

 間が空いたので、新たに投稿する。前の記事(http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/2014/06/05/020152)の続きである。

 先に言及したPFII文書(国家の憲法と「権利宣言」に関する研究)の目的は、「権利宣言」に認められている諸権利を具体的に参照しながら(←この文言は、この国の国会決議や有識者懇談会の設立趣旨にもありましたね)、先住民族の権利が各国の憲法にどのように、そしてどの程度収められているかを評価することであった。この研究報告書は、自国の憲法先住民族の権利を承認した国家の最近の展開を考察している。最初に、先住民族の権利と文化の承認を取り入れる憲法改革過程を現在実行している国家がそれをどのように行っているのかを探った後、第2部で憲法に関係のある「権利宣言」の条項が検討されている。第3部では、世界の憲法の見本例を挙げて、先住民族の権利または先住民族がどのように承認されているかの概要を示し、憲法改革がどのように行われてきたか、また行われ得るかが論じられている。第4部はオーストラリア、バングラデシュ、ケニヤ、ネパール、ニュージーランドにおける現在の憲法改革をより詳細に検討し、第5部は結論と勧告から成っている。

 第2部:「先住民族の権利に関する国連宣言」と憲法による承認

3.「権利宣言」は、憲法による先住民族の承認という課題に関連する条項を含んでいる。それらは、
(a) 第3条(先住民族の自決権)
(b) 第18条(決定作成過程への参加と独自の決定作成制度の維持と発展)
(c) 第19条(先住民族との誠実な協議と協力による自由で事前の情報に基づく同意の獲得)

4.過去数十年間に多くの国家が先住民族憲法で承認してきた。承認は、弱いものもあれば、強力なものもあり得る。弱い形式の承認は、国家内に先住民族が存在することを承認する拘束力のない文言のような場合であり、強い形式の承認は、条約権や土地権のような先住民族の権利の固定であったり、人種差別の禁止の固定であろう。憲法承認は、実質的な先住民族の権利の固定だけでなく、福利の向上に関する重要な象徴的かつ実質的進展と考えられる。オーストラリアのある先住民指導者は、次のように説明している。
「私は、国家の憲法が、その中でその国の市民の幸福または不幸が提供される究極的な枠組みであると考えるようになりました。というのは、どのように社会が統治されるべきであるかや、市民の地位、彼や彼女の他の市民との関係、その国の制度を規定するのがその国の憲法であるからです。」

5.この考えは、憲法による承認の不在と先住民族の社会・経済的不利との関係を明らかにしている王室立オーストラリア・ニュージーランド精神医学院(Royal Australian and New Zealand College of Psychiatrists)によっても支持されてきた。特に、同学院は、憲法承認は先住民族の精神衛生の向上を支援するために決定的に重要な一歩であり、その国の憲法においてある民族の存在の承認をしていないことは、その社会の中でのその民族の同一性(アイデンティティ)意識と価値意識に大きな影響を及ぼし、差別と偏見を永存させ、それがさらに、先住民族の希望を侵食すると論じている。

 第5部:結論と勧告

46. 先住民族は、各国憲法において、その権利への具体的言及を含めて先住民族として承認されるべきである。憲法において先住民族またはその権利を現在承認していない国家は、先住民族との協議によって憲法改革過程へと進むべきである。

47. 国家は、「権利宣言」を憲法に固定化し、第3条に特に焦点を置いて、先住民族の権利の発展と実行のための枠組みとして同宣言を採択するべきである。

48. 略

49. 先住民族の権利を承認することの重要性へのより高い見識を得るために、各国家は、お互いに対話を行うべきである。

50. 市民社会は、「権利宣言」の実行をもっと積極的に主張するべきである。

51. 国家は、先住民族憲法承認について啓発キャンペーンを実行し、政策決定者、国連機関、市民社会組織、先住民族、その他の利害関係者を訓練するために、資源を動員するべきである。

52. 国家は、先住民族を差別している現存の憲法規定を無効にするべきである。国家は、自国の先住民族と協議して、自国の憲法に保護条項を、特に人種的不差別に関して、含めるべきである。

53. 国家は、自国の先住民族と協議して、先住民族の権利を保護する憲法条項を実行するために、基本法および授権法を、そして対応する行政的行動、政策および綱領的行動を採択するべきである。


 アイヌ民族党がアイヌ民族の権利を憲法保障せよと主張していなかったかなと思って、同党のサイトを訪れてみたのだが、やはり今日の「憲法状況」の反映なのだろうか、「『先住民族の権利に関する国連宣言』に記されている権利の法制化」となっている(http://www.geocities.jp/aynuparty/policy.html)。「法制化」には憲法への明記による保障も含まれているのだろうか。

 自由な権利(↓)を行使したのだが、今日のこの国では、ただの徒労、無意味な翻訳だったようである。

 もっとも、有識者懇談会や推進会議のメンバーでない人々が、国連宣言に権利が明記されたことをもって、アイヌ民族にも同様の権利がある、と主張するのは自由である。たしかに、憲法が成立してから、国内において、国民のみに適用されるにすぎない「憲法の保障する権利」によって、普遍的な人権、あるいは先住民族の権利をめぐる国際的な議論が拘束されるべきいわれはない。


落合研一「『民族共生の象徴となる空間』構想の憲法的意義」『国際人権ひろば』No.108 (2013年3月発行号)
http://www.hurights.or.jp/archives/newsletter/sectiion3/2013/03/post-204.html

 この「人権の潮流」(!)論稿は、その内容以上に、掲載場所の方が私には興味深い。

P.S. #3(2016.11.27, 23:40):上の「おまけ」の落合氏の言葉は、2014年6月8日のこの投稿――知らぬ間に誰かがブックマークを付けている――からの再掲であるが、アジア・太平洋人権センターの「国際人権ひろば」というニュースレターは、「アジア・太平洋地域の人権に関する専門情報誌」と謳っている。

 初めてこの論稿を読んだ時、「国際人権ひろば」に乗り込んで――か、招かれてかは知らないが――こういうことを書くというのは、まさに「国際人権法」を専門としている人たちへの殴り込みというか、果たし状みたいなものだろうと思った。ところが、どうも同「ひろば」の定期購読者も掲載団体も、誰も相手にしてこなかったみたいである。

 この引用段落の2段落上では、このように述べている。

 このような理解からすれば、国連宣言に記された権利は、①それが民族的属性に基づいて認められるものならば、憲法の保障する権利の固有性と、②先住民族あるいは先住民だけに保障されるものならば、同権利の普遍性と、③先住民族という集団をも権利主体とするものならば、同権利の享有主体が個人のみであることと矛盾することになる。

 どなたか「国際人権」を生業としている方、反論をお願い致します。

 ところで、道新20日の記事で識者が指摘している「落合氏のような認識」というのは、どこまでの広がり(スコープ)をもっているのだろうか。とても興味があるところである。

<このP.S. #3は、ここからのコピー。>

P.S.:ところで、ここ以外でも「象徴空間」を「テーマパーク」とかなり前から書いてきたが、最近でも「『民族共生』のテーマパーク造り」(http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/2014/04/25/222317)と書いたことがある。だが、とうとう本当に「パーク」になっちゃったんだ! 「民族共生空間」と略しても良さそうなものだが、なぜ「公園」に変わったの?

アイヌ文化の復興の中核となる国立のアイヌ文化博物館(仮称。以下同じ。)及び国立の民族共生公園(仮称。国が設置する公共空地をいう。以下同じ。)・・・。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainusuishin/dai6/siryou1.pdf(2ページ)


P.S. #2(2014.06.09):

吉川副大臣は「13日に閣議決定する予定。12日には私と内閣官房アイヌ総合政策室が安倍総理に経緯を含めて説明しようと思っている。アイヌ民族の共生[???]ということに対してしっかり頑張っていかなければならない」と話した。

室蘭民報(2014年6月8日)http://www.muromin.mnw.jp/murominn-web/back/2014/06/08/20140608m_08.html
http://blog.goo.ne.jp/ivelove/e/4b8f8735d234d789982e5e9106cb9e0c

 朝一で訪問してくれていそうな人が何人もいるのに驚きます。今日は朝5時台からアクセスが連なっています。


転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/2014/06/08/235000