AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

「閣議決定」に関する北海道新聞社説(6月15日)の解剖

 今、標記の文章を下書きしたが、推敲の時間がないので、一息おいて投稿する。
 最後だけ引用して、ちょっとだけ書いておく。

 先住民族の権利に関する国連宣言は「先住民族は遺骨返還に対する権利を有する」と定めている。このことを忘れては国際社会からの批判を免れない。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/545461.html

 この国の外圧指向の人たちは、そういう言い方をする。それを全否定はしないが、遺骨の問題は、人としての倫理的なあり方ではないか。国際社会に批判されようがされまいが。

 「閣議決定」を批判するアイヌは一人もいないようだ――この国のマス メディアが報じる限りにおいては。(各種報道のファイル⇒http://blog.goo.ne.jp/ivelove


P.S.(2014.06.17, 1:00):

 新規投稿としても良かったが、ここに追記しておく。一部、重複する。

 以下は、北海道新聞(6月15日)の社説である。青字への転換と<コメント>は、私の付加。

 「民族共生の象徴空間」の基本方針が閣議決定された。2020年までに胆振管内白老町に国立のアイヌ文化博物館(仮称)や民族共生公園、慰霊施設を設置する。
 独自の地位<って何だ?>、文化を持つ先住民族としてのアイヌ民族の権利と尊厳を発信<ピンと来にくい難しい言葉である>する場に育てたい。
 明治以降の同化政策により、日常語としてのアイヌ語は危機に陥り、各地にあった地域共同体(コタン)の暮らしは奪われた。この150年間に失われたものはあまりにも大きい。
 象徴空間の設置は、息の長い復権活動の通過点にすぎないことを政府はあらためて自覚すべきだ。
 1997年のアイヌ文化振興法制定、2008年の「アイヌ民族先住民族とすることを求める国会決議」と続いた流れをさらに推し進めていく必要がある。

 5月30日の社説に批判的コメントを寄せてくれていた読者の観察の通り、アイヌ文化振興法レジームと漸増路線の受容である。そのまま行けよである。冒頭の「日常語としてのアイヌ語は危機に陥り、各地にあった地域共同体(コタン)の暮らしは奪われた」というようなことは、1997年頃にも書いてなかったのだろうか。それから17年、政府としての言語復興策は何がなされたと道新は認識し、それをどう評価しているであろう。

 社説は、次のように続く。

 政府のアイヌ政策有識者懇談会は伝統文化に基づく土地や資源の利活用などを可能にするための新法制定を提言している。
 施設建設に終わることなく、先住民族としての権利に基づく新たな立法措置の検討を求めたい。

 「利活用」がどのように「先住民族としての権利に基づく」のか、一般読者に分かり易く、もう少し説明して欲しいものである。私も分からない。

 というのも、閣議決定に当たり、菅義偉官房長官憲法14条の平等原則を理由に新法制定に否定的な考えを示したからだ。
 懇談会の報告書は既に、先住民族に特別な政策を講じることは14条に反しない、と結論づけている。これに矛盾する政府の見解を容認するわけにはいかない。

 別に菅官房長官の見解を支持するわけではないが、有識者懇談会と閣議とどちらが上位にあるのだろう。いつの間にか(中曽根内閣の頃くらいからか)、「有識者」による政策決定が日常化してしまった。だが、実際のところ、「決定」しているのか、一定の枠組みを「有識者」という権威によって正統化する手続きとなっているのか。

 北米やオセアニアに目を向けると各先住民族が文化復興や権利回復に取り組んでいる。復権を加速するには、象徴空間を拠点にアイヌ民族と世界の先住民族をネットワークで結ぶ環境が欠かせない。

 「復権」の「権」とは何を意味しているのだろうか。「加速」するにも何も、それは本当に進んでいるのだろうか。
 「象徴空間を拠点にアイヌ民族と世界の先住民族をネットワークで結ぶ環境」だなどと、ちょっとタイミングが合いすぎて拙いのではないかな。5月14日直後に公開されていれば、読んだ人もサッカー熱で忘れているかもしれないが、白老に「アイヌ民族のため」となるカジノを提案している社長も、第17回作業部会で同じようなことを言って、議事概要に記させている。

国民的な理解の促進のためには世界的な認知も不可欠であり、先住民族サミットなどの継続的な開催など世界の先住民族とのネットワーク強化も同時に進めていく必要がある。

 これまで、各種のネットはできてもワークしてこなかったようであるが、かと言って、それを政府や作業部会の面々が主導したら、推進会議の国際版のようなものができるだけだろう。最終段落で「国際社会」の目を気にしているが、国際社会で先住民族の運動を引っ張ってきた人たちから遊離することであろう。(もちろん、政府や経営者は、カネに物を言わせるであろうが。)

 北海道やサハリン千島列島の豊かな自然の中で育まれた共生の精神を発信する場にもなり得る。
 構想の具体化や開業後の研究・運営、解説にはできるだけ多くのアイヌ民族が参加できる仕組みを整えることも重要だ。

 ここでも、編集委員氏は、どういう性質の「参加」を言っているのだろうか。「できるだけ多くの」は「民族」にかかるのか? ただ単に個人のアイヌの数を言っているのか。遺骨返還に「権利宣言」を引き合いに出すのなら、第18・19条が誠実に履行されているかどうかの検証をしてみてはどうか。

 研究目的で全国の大学が保管する1600体を超す遺骨は大半が慰霊施設に集約される見通しだ。
 遺骨を墓から持ち去ってずさんに保管してきたこともまた尊厳を踏みにじる行為にほかならない。 <それをこの先また研究対象とすることへの批判は文章にできない?>
 慰霊施設はその事実と大学・研究者の反省が刻まれる場とし、遺骨はあくまで遺族や地域への返還を基本に据えるべきだ。 <それでも、「集約」には反対しないのね。>
 先住民族の権利に関する国連宣言は「先住民族は遺骨返還に対する権利を有する」と定めている。このことを忘れては国際社会からの批判を免れない。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/545461.html

 5月30日の社説「アイヌ象徴空間 ほんの一歩にすぎない」の中に、次のような文がある。前の批判では、これは敢えて取り上げなかった。

北大を相手取って遺骨返還訴訟を起こした日高管内浦河町紋別市などのアイヌ民族は、先祖を供養していくうえで、道内各地に地域コミュニティーの再生が必要だと主張している。

 だからどうだと、編集委員氏は言いたいのだろうか。「地域コミュニティーの再生」という見解を支持しているのなら、それにとって何が優先的に必要とされるのか。その答えが出せないとしても、それに対する管理権も何もない「民族共生公園」がそれに取って代わるほど喫緊の代物なのであろうか。
 政策決定は、数多の事項に優先順位をつける過程でもある。「象徴空間」が「扇の要」として最優先順位を得たのは有識者懇談会においてである。この「象徴空間」の建設によって、アイヌ民族が得るものは(一部の関係者を除いて)文字通り「象徴的報酬(symbolic reward)」の性質が強く、実際的な利を得るのは誰なのかを調査することに、北海道新聞はその資源を使うべきではないのか。

 有識者懇談会で「扇の要」として「象徴空間」が出された時には、オリンピックの招致は未定であった。いざ招致が決まると、それを進めるのに好都合とばかりに、「それに合わせて一般公開」という理屈がつけられた。そしてさらに、「象徴空間における遺骨等の集約については、象徴空間の一般公開に先立ち・・・できる限り早期に行う」ことが閣議決定された。

5 象徴空間は、アイヌ文化の復興等を図るとともに、国際観光や国際親善に寄与するため、平成32年(2020年)に開催される2020年オリンピック・パラリンピック東京大会に合わせて一般公開するものとする。
 また、象徴空間における遺骨等の集約については、象徴空間の一般公開に先立ち、関係者の理解及び協力の下、できる限り早期に行うものとする。

 「集約」が、なぜそれほどまでに急がれるのか。ロウカルチャーの下衆の勘ぐりに過ぎないかもしれないが、2020年までに「遺骨問題」を「解決」しておきたいからであろう。世界に「アイヌ民族を守って」いることをアピールしたい政府と利害関係者は、それまでに「喉に刺さった骨」を取り除いておきたいのであろう。2020年に「集約施設」反対者に騒いで欲しくないからである。

 ここ数年の私の感触であるが、「遺骨問題」に関心を寄せ、その返還を支持している人々でも、北海道新聞社のように、有識者懇談会のアイヌ政策路線は容認している人が少なくないと思われる。その人たちにとっては、「遺骨問題」は、政策推進作業部会が行ってきたように、「扇の要」を獲得するための障害として、「さっさと片付ける」ことが優先された事項なのである。決して、その根本的解決まで求めているとは限らない。
 また同じように、有識者懇談会報告書路線を支持している人の間でも、カジノ建設には批判的な人もいることであろう。

 前に第14回作業部会の議事概要から「遺骨返還に関する主務大臣が必要な手続を踏んだ上で判断する行政行為」という、恐らく政府委員からの説明の中にあったと思われる文言を引いておいた(http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/2014/05/11/224247)。これは、作業部会のアイヌ政策推進会議への報告でどのように扱われていたのだろうか。閣議へ上げられる段階ではどうなっていたのだろうか。
 もう一つ、ロウカルチャーの下衆の勘ぐりである。遺骨返還裁判の判決が出るまでは、現行制度を弄らずに、特定可能な個人の遺骨のみの返還としようではないか。もし不利な判決が出たら、その時にその案を提示すればよかろう・・・というような判断で、当面、奥へ引っ込められたのではないのだろうか。(と問うても、誰も答えてはくれまいが。)


転載元:http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/2014/06/16/150732