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AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

第10回口頭弁論における差間正樹さんの陳述書

 標題の「陳述書」が公開されている。1日の公判に出されたものだろう。もう10回か・・・。

 北大開示文書研究会のサイト(http://hmjk.world.coocan.jp/trial/trial20140801.html)より転載させて戴きます。太字は、追加しました。

 私は自分のことを一人の町民であり、道民であり、国民と思ってくらしておりました。しかし、どうも、周りの私を見る目が何か違う、もちろん、それが民族差別のせいだと今は納得しておりますが、そのことに思い至るまではきっと自分がどこかで周りの人に劣っているからだと思い、自信喪失、自己嫌悪、などなど、いろいろ思いめぐらしました。周りの目が民族差別によるものではないかと考えるようになって少し、違ったふうに考えるようになりました。


 そのことに思いが至って北海道ウタリ協会の地元支部に入りました。それでも、なかなか自分がアイヌとして活動することができず、ずいぶん苦しみましたが、自分がアイヌであることを隠して生活すると、相手もそのことにかさにかかり自分に向ってくることに思い至ったのです。そうですよ、私はアイヌですよ、と答えると相手も態度が大きく変わるように思えるようになりました。小馬鹿にしたような態度が変わって、少しまともに相手してくれるようになるのです。


 わたしたちの地区から先祖の骨が持ち去られてその骨に対する慰霊祭が毎年北大で行われていると知り、私も参加するようになりました。その当時は遺骨もプラスチックの箱に入れられて、慰霊祭の時間中も隣の建物のクーラーの室外機の音がぶんぶん鳴り、お祈りの言葉も聞き取りにくい状況でした。


 私はウタリ協会の全道総会でイチャルパに触れて発言いたしました。工具箱じゃあるまいし、プラスチックの箱に入れられて尊厳も何もあったもんじゃないと。ところが次の年には遺骨すべてが白木の木箱に入れなおしてありました。不思議な気持ちになりました。


 地元議会で質問いたしました。北大の研究者が行ってきた盗掘による人骨の大学管理についてどう思うか、北大のアイヌ人骨に対する慰霊祭に町理事者として出席するつもりはないか。町の回答は、“北海道大学医学部のアイヌ人骨発掘については発掘時から現在まで関わりがなく、アイヌ人骨発掘状況の確認及び保管状況の認識についてはございません。”、“町としては盗掘についてはまさに人権の意味からも大変そういうことがあってはならないというふうに感じてはおりますけれども、ただこれは町が関与してやったものではありません。そういう意味では、本来であれば民事としてとり行われる分だろうというふうに思いますけれども、私どもとしては町行政としてそこに参加するというふうには今のところ考えていないということをお答えしておきたいと思います。”、というものでした。


 私たちは地域住民のはずであり、もし、ある地区の住民の墓が暴かれ、その骨が64体分もの数が、ある建物の中で保管されており、その慰霊祭が行われていたとして、自治体の長がそんな答えをするものなのか、自分たちの住民が苦しんでいるなら、その場所に出かけて行って一緒に慰霊の気持ちをあらわさなければならないとは思わないのか。北大においてもプラスチックの箱が悪いというなら白木の木の箱に納めておけばいいと、思うのか。北大関係者も、各地区に出かけて行って、どこから盗掘したのか調べて、人骨の関係者を探したり、調べようとは思わないのか。


 一体、私たちは地域にとって、本当に住民として認識されているのか、研究者たちは私たちのことを被害者として認識しているのではなく、たんなる研究対象として見ているのではないか。去年の北大のイチャルパの際、北大総長が私の体験の中では初めて参加致しました。私は彼が北大を代表して謝罪するのでは、と期待しましたが見事に裏切られました。もしかしたら私たちの先祖の墓を暴き骨を持ち去ったことを犯罪と思っていないのではないか。


 とにかく、浦幌から持ち出した骨は浦幌に返してください。毎年札幌まで慰霊に出かけたくないです。まさか白老の施設に保管しなおすのはやめてください。私たちは地元で先祖の骨を慰霊したいのです。