AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

札幌市議会の動向を見ながら思う

 はじめに、誤解のないように断っておくが、私は、金子市議を擁護する意図など毛頭ない。同氏はきっと今、少数者の人権擁護の大切さをヒシヒシと噛みしめていることであろう。

 私は、次のように書いたことがある。

・・・「先住民族の権利に関する国連宣言」(以下、「権利宣言」)の採択に至る過程で、先住民族の自決権を否定するいくつかの方法があった。最もありふれた方法は、権利を主張する集団が「先住」または「土着」(indigenous)であることを否定するか、「民族」あるいは「人民」(a people)であることを否定するかである。アイヌ政策有識者懇談会は、もう少し巧妙な方法を考案した。それは、アイヌ民族に対して「先住」であることも「民族」であることも認めて「先住民族」と称しながら、有識者がもつ「先住民族」の何らかの抽象的なイメージに実態が合致しないからという「民族」の二重規定を採用することで自決権を中心的権利とする先住民族の権利を適用外としたことである。
 呼称だけ「民族」でありながら、その内実を「民族」として認めず、従って、「民族」の権利主体ではないとして集団の権利を認めない日本政府の狡猾なやり方は、アイヌを「先住民族」であるとする国会と行政府の方針が出された今でも、こうして根本的なところで、国連人権規約委員会への1991 年の第3回政府報告以来一貫して変わっていない。・・・・

(脚注は省略した。)

 この立場を明らかにした上で、以下を述べたいと思う。

 どのレベルのものであれ、議会の本旨とは何であろうか。議論を尽すことにあるのではないか。1990年代から特に顕著になったような気がしているのだが、政治の世界で何らかの改革課題が議論に上ってきた途端に、金や異性(大半が女性)問題や失言問題でスキャンダルとなって、目の前の課題が公の場で徹底的に議論されることなく先送りされたり、密室で決定が行われてきたように感じている。

 民主党を始めとして、金子議員に辞職勧告をつき付けた議員たちは、市議会においてアイヌ政策問題を真剣に議論することを避けたいのではないかという気もしているのは、私だけであろうか。なぜ市議会で「アイヌ問題/和人問題」を徹底的に議論しようとしないのだろうか。

 自民党を含め、他の党・会派の議員は、ただ、早くこの件を鎮めたいだけではないのか。例えば、地名をアイヌ語に変更するとか、いつか話題に上がっていたアイヌ民族の日の制定とか、市議会ではどうなったのであろうか。有識者も含め、これほど多くの議員たちがアイヌ民族の存在を認めていながら、なぜ、そういう小さなこと一つ決まらないのだろうか。

 「先住民族に関する世界会議」を観ながら、議会政治に関して2つのことを改めて思う。一つは、先住民族に影響を及ぼす議会や行政の施策の決定にあたっては、当該先住民族の参加を認めるという先住民族の権利に関する国連宣言の原則の一つである。これは、市議会においてきちんと履行されているのだろうか。

 もう一つは、こちら(http://don-xuixote.hatenablog.com/entry/2014/09/23/144037)に埋め込んである録画の上から3つ目で表明されている課題である。真ん中に座っているInter-Parliamentary Unionの代表が調査結果を語っている(14:30~)が、世界の(国会)議員約46,000~47,000人のうち、先住民の議員は約1,000人だそうである。

 札幌市議会がそれほどまでに先住民族としてのアイヌ民族に関して高い理解をもっているのであれば、最低限1つの議席アイヌ民族に確保しておくという決定を徹底議論の中から行ってはどうか。

 それに取りかかってみるとよい。そうすれば、議員たちの「利権」、いや既得権益を守る行動や偏見が露に出てくるのではないだろうか。それを乗り越えて、市議会が議席を確保すれば、それこそ2020年を前にして、札幌を世界に誇れるのではないかと思うのである。

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