AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

"jargon"(業界用語)としての「古人骨」

 "jargon"という語がある。"medical jargon"とか"academic jargon"というふうに用いられる。すなわち、特定の業界、専門分野、集団の間などで使われる独特の言葉、語彙のことを指す。過去に、「遺伝子交流」に触れて、このように書いたことがある。

「遺伝子交流」は、典型的な職業用語(academic jargon:学術的たわ言)に属する言葉であろう。この用語は、「提供」とは異なって無色透明的な印象を与えたり、良好な関係を示唆するが、いわゆる「混血」がどのようにして起こったのかについての先入観を与えかねない。例えば、奴隷の主人が奴隷に子どもを産ませる。そこには「遺伝子交流」が起こる。だが、その「交流」を包む力関係、支配と従属などについて、この概念は何を語ってくれるだろうか。
http://d.hatena.ne.jp/Don_Xuixote/20121104/1352039924

 この時は、トマス ジェファソンが奴隷に生ませた子どもの子孫がDNA鑑定を行ったことを念頭に書いていたのであるが、上記引用で書きそびれていたことは、奴隷主と奴隷との間の「愛」によって「遺伝子交流」が起こる場合もあるということである。

 話を元に戻すと、"jargon"には「理解不能または無意味な話や書き物」や、一般社会では普段用いない、もったいぶった語彙や複雑な構文で、しばしば意味が曖昧な特徴の言葉という意味もある(http://dictionary.reference.com/browse/jargon)。大体において、用いる相手に対して皮肉を込めて使うことが多い。

 「遺伝子交流」だけでなく、自然人類学者が用いている「古人骨」という業界用語も"jargon"の一つであろう。あるいは、これは、ジョーオーウェルの「ダブル スピーク」の要素を持つ語でもある。このどちらも、過去に取り上げたことがある。いずれも遺骨の取り扱いに関する話題であったが、「ダブル スピーク」の例として「研究と慰霊の施設」に言及していた(http://d.hatena.ne.jp/Don_Xuixote/20130127/1359296252)。

 「古人骨」についてはかなりの数のエントリーがあるので、(メイン ブログでは)右の検索窓から確認して戴きたいが、初期に取り上げたのは、もう3年9ヶ月前のこちらの「アイヌ民族の遺骨は『古人骨』か」(http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/20110208/1297099219)や2年7ヶ月前の「これが『古人骨』!?」(http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/20120326/1332694931)である。

 メイン ブログへ入れない読者のために一部引用しながら要点を記すと、まず前者のエントリーでは、日本学術会議の人類学・民族学研究連絡委員会が、「古人骨」の定義について、次のように記している。

古人骨の定義は厳密ではないが、ここでは、およそ近世以前の人間の骨あるいは歯が保存されている場合に、それを古人骨と呼ぶこととする。

 これについて、次のような疑問を呈しておいた。

日本学術会議の人類学・民族学研究連絡委員会によれば、「古」の定義は「近世以前」ということであり、従って、同報告で議論の対象とされているのは、「近世以前の人間の骨あるいは歯」ということになる。

すなわち、

近世「以前」ということは近代の始まり前、すなわち、諸説あるが(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E4%B8%96)、19世紀半ばより前ということであり、440年遡るどころか、今からわずか150年前後しか経過していない「人骨」を「古人骨」と定義するようである。

この定義に従ったとして、現在、主要大学に保管されていて、「民族共生の象徴となる空間」に建設されようとしている施設での扱いが議論されているアイヌ民族の遺骨は、すべて「古人骨」に入るのだろうか。

 「イギリスのHuman Tissue Act 2004(人体組織法 2004年)では、同法の発効から遡る1,000年を基準として、博物館などに収蔵されているそれより新しい人間の遺体や遺骨などを[返還移管]する権限を当該機関に付与している」ことを例に、「『古』の定義があまりにも新しすぎる」こと、そして、「たかだか150年ほど前の遺骨を発掘・収集し、自由に研究対象とするということは、もっと広く議論されるべきことではないだろうか」と問題提起していた。

 上記の「これが『古人骨』!?」では、次のように記していた。

 「さまよえる遺骨たち」ブログによれば、北海道大学が保管してきたアイヌ民族の遺骨のうち59体に関する資料が開示を求めた小川隆吉さんに対して開示されたそうである。59体のうちの6体が、埋葬後10年以内に発掘されていたとのこと。中には、埋葬の3年後に発掘されたものが2体あったとのことである。(http://hokudai-monjyo.cocolog-nifty.com/blog/)これは、れっきとした犯罪ではないのか。これでも、「人骨」研究者たちは、「古人骨」と言い張るのだろうか。

 そして、この投稿にはこのようにも書いている。現在、ますますそのようになってきた感がある。

ここでも、遅らせて、遅らせて、関係者が減って行くのを待つというやり方だ。その間に、「強制の空間」の「慰霊と研究」施設の建設計画は「スピード感をもって」進められている。

 さて、2、3年前の過去の記事を読んでいない/読めない読者のためにやや前置きが長くなったが、この投稿の本題に入ることにしよう。まず、去る8月9日の北海道アイヌ協会主催の「2014年 国際先住民の日記念事業」において配布された同協会文書の第3項(p. 35)および「第18回『政策推進作業部会』議事概要」(p. 4)には次のように記されている。

アイヌ人骨の集約に当たっては、遺骨承継者(祭祀承継者に準じる者)に返還できる遺骨を除きあらゆるアイヌ人骨(含む遺跡等から今後発掘のアイヌ古人骨)、や副葬品も含め、一刻も早く恒久的な慰霊の体制を確立するとともに、作業計画を定めて遺骨と副葬品の可能な限りの原形回復を行うとともに、将来に向けて禍根を残すことなくあり方を希求すること。

 ジャーゴンだらけという感がしないでもないが、ここでは、まず「アイヌ古人骨」に絞りたい。同「議事概要」(pp. 5-6)には、次のような「質疑応答」が記載されている。

○ 今年3月に理事会において決定したということだが、アイヌの人たちは自分達の先祖の遺骨を研究対象として良いと結論づけたということでよいのか。
過去にアイヌの古人骨を研究に活用した時は、古人骨の中から明治以前、江戸時代のものを選び北海道アイヌ協会の理事会で研究指針を確認し、同協会立ち会いの下に試料採取を行うというプロセスを経ることで遺骨の研究活用を同協会の理事会で決定した。
○ 古人骨は発掘成果に基づくものであるが、墓地から集めた遺骨についても研究対象に含めるということでよいのか。
○ 大学で保管されている遺骨は、研究目的で集められたものであり、経過や研究成果はアイヌに提供してもらいたいと考えている。しかしながら、これらの遺骨は慰霊の対象であり、その中には返還可能な遺骨も含まれているので、現時点においてすべてが研究対象となるわけではないと思う。
アイヌ遺骨の調査・研究は、とりわけ人類学、考古学等の研究が必須のものであると北海道アイヌ協会の考え方を説明されたが、具体的には、現在北大の納骨堂に納められている遺骨も研究対象に含まれると考えてよいのか。
過去にアイヌの古人骨を研究に活用した時は、江戸時代より前を対象としているとおり、時間が経ること、例えば50年経って返還できる遺族がいないという状況になってきたときには、研究対象になり得るのではないか。
 また、国連宣言第31条との関係では、アイヌが研究する側になったときには、全ての遺骨が研究対象になり得るのではないか。
(略)
○ 現時点で研究対象となるのは、遺跡等発掘された古人骨と称するものだけということか。
○ 今後、他の遺骨も研究対象になる場合もある。
○ 現時点ではっきりしていることは、原形回復は「可能な限り」である。
遺骨に傷をつけても良いかということは、祭祀承継者がいないと見込まれている遺骨について、過去にアイヌの古人骨を研究に活用した事例において北海道アイヌ協会の理事会で了承している。

 省略部分を読む。

 そして、このエントリーとの関係で私が強い興味をもったのは、「古人骨の中から明治以前、江戸時代のものを選び」という赤太字を付した部分である。この江戸時代と明治時代をスパッと刀で切ったように分ける歴史観について、次のように書いたことがある。

 この企画案内を見た瞬間、私は、「夜明けまえ」という言葉に注意を引き付けられた。サイトの僅かな情報から考えると、この写真展そのものでは、「内戦を経て西洋的・近代的な文化に変容する日本に、写真技術[が]広く普及・伝承されて」いった時期が「夜明け」であって、「幕末の開国と時を同じくして」日本に写真がもたらされた時期からその「夜明け」までを「夜明けまえ」としているのであろう。しかし、そこにはどうしても、明治維新を「夜明け」ととらえる歴史観が底流にあるように思える。それゆえに、「先住民族」と関連付けられて宣伝されていることに違和感を覚えずにはいられなかった。

「夜明け前は、漆黒の闇」http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/2013/04/28/014531

 同じ投稿の追記である。

北海道の高橋知事は、報告に訪れたアイヌの関係者にこう語ったそうである。
北海道は歴史が浅く、国からなかなか認めてもらえなかった。今回の指定はアイヌの方々だけでなく、北海道民にとっても誇り。本当にうれしい。」(赤字の強調は追加。)
 この方もやはり、「和人」入植後か明治以降の歴史=北海道の歴史という観念が頭の中にこびりついているのだろう。その前の歴史は、歴史ではないとすれば、何なのだろうか。

 省略部分を読む。さらに、同協会が協力した研究というのは、「Japanese “Gene Hunters”(日本の「遺伝子ハンターたち」)」(http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/20121109/1352387117)で取り上げておいたものではないかと推測する。なお、「古人骨」だけでなく「古代DNA」も、同じく「業界用語」の1つである。「あー、博物館。/『古人骨』、『古代DNA』」(http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/20120619/1340034301

P.S.
 省略部分を読む。

(注)「記念事業」配布文書第3項と「議事概要」の内容には、微妙な違いがある。①前者の「遺骨承継者に返還できる遺骨を除き」以下の「速やかに当該施設に集約し」が削除され、また、②「禍根を残すことなく」の後の「返還、保管、研究等の」が抜けている。さらに、「議事概要」では、③「遺骨承継者」の後に「(祭祀承継者に準じる者)」が付加されている。