AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

「共に-」の問題点:掘ることをやめた考古学者

 カナダの大学の人類学科の考古学者が、昨年10月に太平洋岸の「割譲されていない先住民族領」で開かれた「コミュニティ志向(community-oriented)考古学」に関する研究集会(2013年度カナダ考古学協会年次大会)で「協働(collaboration)と呼ばれる考古学における新動向」について、「考古学者として、伝統的に領土の侵略者であり遺産に対するおせっかい屋として」、「他の文化の領土にいるということが実際に何を意味するのかについて考え」を共有した。
 彼女は、2010年に「協働考古学」へ向かう学界の動向に関する論文を発表し、自身の経験に基づいて、考古学者たちが「行っていると言うことと彼らが実際に行っていることとの間のギャップ」に疑問を投げかけた。2004に彼女が最初のフィールドワークを行って以来、携わってきたほとんどすべてのプロジェクトが協働という枠をはめられていた。しかし、彼女は、「それらのどれもが実際にそうであったかどうか、正直言ってわからない」と言い、この「協働」という術語は、「プロジェクトが「日常事」として継続する一方で、「『以前』と何か違うものであると主張することで、考古学に関して人々を心地よくさせるのだと結論した。」彼女は、「協働が考古学の過去との本当の断絶を意味するということに疑義を表明して、この言語転換は単に、搾取について誰もを心地よくさせるのだ」と表明したのである。そして、2010年以来、彼女の疑念は晴れるどころか、堆積していき、今や未来の考古学と見られているものに対する不信は深まるばかりだった。未来の考古学が「何でないかに批判的焦点を当てることは、考古学のプロジェクトが途切れることなく続くことを確保する実践において信奉されている「脱植民地化」の物語を崩壊させる」と論じた。

 疲れたので途中を飛ばして、「協働」が何でないかの10項目(「協働」の神話と言ってもよいだろう。):
1.協働は、すべての当事者が同じ目標を有することを意味しない。
2.協働とは、友情ではない。
3.協働は、本質的に善または倫理的ではない。
4.協働は、社会的不平等を平等にしない。
5.協働とは、権力を放棄することではない。
6.協働は、資本主義に対する免疫はない。
7.協働は、研究を中止することではない。
8.協働は、現実のことでさえないかもしれない。
9.協働は、善より多くの害を及ぼすかもしれない。
10. 協働は、脱植民地化に関することではない。

 「取り込み(cooptation)」としての「協働」に関する議論が続いた後、彼女は、開発を止めるために、考古学者に「掘ることをやめよ」と訴えた。考古学者が掘ることをやめれば、開発は法的に進められなくなると提案するのだが・・・その集団行動が難しいところである。

*"cooptation"については、過去に2回触れている。
http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/20120126/1327512372
http://ainupolicy.hateblo.jp/entry/2014/10/11/231237

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