AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

先住民族の「現代史」―バイオ植民地主義と遺骨・遺伝資源条項の起源を問う

 標題は、あるブログエントリーの書名を一部模倣した。なかなか良いタイトルだ(笑)。どこかの出版社が興味を示してくれれば、もう少しやりがいもあるのだが・・・。

25年目の発見!

 このような目的で利用することになろうなどとはまったく思ってもみなかったが、手元に市民外交センター国際人権部(編集・翻訳)『先住民族の権利と国連の人権保障』というB5版の1冊のブックレットがある*1。これに「権利宣言」の初期の草案(「先住民族の権利に関する世界宣言」の1988年の「ダイス原草案」と1989年の「ダイス第1次修正草案」)および先住民族代表の準備会議による草案(1987年の「先住民族代表準備会議採択の原則宣言」と1988年の「先住民族の権利に関する世界宣言、先住民族代表準備会議草案」)の翻訳が掲載されている*2。この4つの文書を比較すると、採択された「権利宣言」の4か条に関して興味深い事実が浮かび上がる。

25年以上前を振り返る

 北海道アイヌ協会だけでなく、人骨研究者を含む政策推進作業部会は、これまでに繰り返し何度も、先住民族の権利に関する国連宣言(「権利宣言」)の4条(第11、12、13、31条)を引き合いに出して、懸案の遺骨の集約と研究材料化を正当化してきた。本稿ではまず、この4か条の「権利宣言」への挿入の背景を歴史的な文脈の中で振り返ってみたい。

 まず、最終的に採択された「権利宣言」第12条の原型とも言うべき「ダイス原草案」の第2部第8項に「宗教的伝統および儀式」が取り上げられ、「神聖地および墓地を維持し、保護し、かつこれに立ち入る権利」が収められている。「権利宣言」第11条と第12条で言及される「遺跡」に対する権利は、第6項で言及されている。しかし、ここではまだ、遺骸や遺骨の返還だけでなく、遺骸や遺骨そのものへの言及はない。さらには、「権利宣言」第31条の「遺伝的資源」も具体的には登場していない。但し、第14項において、先住民族の伝統的領域の「地表資源」に含まれる対象として動植物相に言及がなされ、第16項では、「野生生物、あるいはその他の資源」の保護や補償を得る権利が収められている。遺骸・遺骨*3、遺伝資源などに関する以上のことは、「ダイス第1次修正草案」でも変わっていない*4
 一方、先住民族の代表者たちが作成した1987年の「原則宣言」は、「世界レベルでの先住民族共通の関心事の最大公約数」として1985年に先住民族の代表たちによって採択された20カ条の「先住民族の権利に関する基本原則宣言」に2つの条項を追加した修正版である*5。ここには既に、考古学調査に対する強い拒絶と「先祖の遺体・遺骨」の再埋葬のための返還に対する権利が明記されていた。関連項目を順に見ていくことにする。
 遺骨の返還への直接言及は、次のように、第11項目に登場している(下線は強調のため追加、以下同じ)。

先住民族国および民族は、考古学的、歴史的かつ神聖な地、工芸、文様、知識および美術作品を含む、自らの物質文化を継続して所有し支配する。先住民族国および民族は、重大な文化的意義をもつ物品を取り戻す権利を有し、すべての場合において、先祖の遺体・遺骨を、自らの伝統に依拠して埋葬するために返還を受ける権利を有する。

当時――アメリカでは州レベルでの取り組みから全国法の制定へ向けての運動が展開中で、まだ「先住アメリカ人墳墓保護・返還法」が制定される前――考古学に対する先住民族の見方は、非常に厳しいものであった。それは、第13項に表明されている。

先住民族国または民族による事前の認可およびその継続的所有と支配なしには、先住民族国または民族、あるいはその土地に関して、考古学上の発掘を含め、いかなる技術的、科学的または社会的調査も行なわれてはならない。

関連して、「神聖地の所有権および支配権を回復する」権利の尊重が、「奪われた土地」の「使用損益分に対する賠償を含む即時返還に対する権利」を主張する第7項に、そして、「先住民族国および民族の法律と慣習」が「国家の法律と衝突する場合は、それに対して優先する」ことが第9項に主張されている*6。また第14項では、先住民族の「宗教的慣行」の尊重と保護が明記されている。
 1987年――北海道ウタリ協会国連作業部会に初参加した年――に追加された項目の1つ(第21項)には、「すべての先住民族国および先住民族は、不可欠な薬用植物、動物および鉱物の保護に対する権利を含めて、独自の伝統医学に対する権利を有する」と、後に「権利宣言」の第31条に盛り込まれて詳述されることになる権利が述べられている。

「幻」の54カ条宣言草案
 1988年の先住民に関する国連作業部会(UNWGIP)においてダイス原草案の逐条修正の過程を経て、54カ条からなる「世界宣言草案」が作成された。先住民族代表者たちによって作成されたこの宣言案は公式文書とはならなかったが、当時の世界の先住民族の関心事あるいは課題のほとんどが取り上げられている文書であったと言える。
 「世界宣言草案」は、資源としての動植物相に対する権利(第21項)、財産の剥奪に対する返還と補償(第22項)、生物圏を含む環境保全に対する権利と国家の義務(第23項)、「科学的調査の不可欠な一部」として先住民族の「伝統的知識および経験」を承認して包含する要件に言及し、上述の「考古学上の発掘」などの「技術的、科学的あるいは社会的調査」に対する第13項の規制を繰り返している(第26項)。同文書はまた、「独自の文化」の維持、実践、発展に対する権利(第34項)に言及した後、より具体的に、「考古学上の遺跡、史跡、神聖地、工芸品、文様、知識・・・」などの「文化的財産」に対する権利が主張され、「国家は、合意なく先住民族から持ち去られた文化的意義を持つ物品および先祖の遺体・遺骨が、関係民族に返還されることを、彼らと連携して、保証する義務を有する」(第35項)と、「権利宣言」の第12条と第31条へと発展する内容を明記している。そしてさらに、先住民族の「知的財産の保護に対する権利」が登場しているが、ここにおける関心は、「先住民族の文学、音楽、美術、文様、その他の作品」に対する権利の保護であり、「先住民族の物品および作品の模造品の取引に特別な注意」を求めるなど、いわゆる文化搾取に対する措置が論じられていて(第36項)、遺骨の問題とは切り離されている。その一方で、「神聖地および墓地」の管理権を含めて、先住民族の「独自の精神性、信仰、宗教的伝統および儀式を表現し、教育し、実行し、遵守する権利」の享有が、別項目として主張されている(第37項)。上述の1987年文書における薬用植物などの保護への言及も、「世界宣言草案」に保持されている(第48項)。
 このように、「権利宣言」起草の初期段階から、先住民族からは遺骨返還と墳墓の保護に対する強い関心が表明されていたにもかかわらず、「遺伝的資源」という文言はまったく登場していなかった。「権利宣言」草案のタイトルは「世界宣言」から「国連宣言」へと変わり、1993年に第11会期作業部会で合意された草案が、翌年に差別防止・少数者保護小委員会(人権小委員会)でも承認された。

UNWGIP「権利宣言」草案
 作業部会と人権小委員会で合意された「権利宣言」草案の第13条と第29条*7が、最終的に採択された「権利宣言」の第12条と第31条の基盤となっている。

第13条
 先住民族は、彼(女)らの精神的および宗教的伝統、慣習、そして儀式を表現し、実践し、発展させ、そして教える権利、彼(女)らの宗教的および文化的な場所を維持し、保護し、そして密かにそこに立ち入る権利、儀式用の物の使用と管理の権利、人間の遺骸や遺骨などの返還に対する権利を有する。 国家は、埋葬地を含む先住民族の神聖なる場所が保存され、尊重され、そして保護されることを確実にするために、当該先住民族と連携して効果的措置を取ることとする。

第29条
 先住民族は、彼(女)らの文化的および知的財産の完全な所有権、管理権および保護に対する承認を得る権利を有する。
 彼(女)らは、人間および他の遺伝学的資源、種子、医薬、動植物相の特性についての知識、口承伝統、文学、文様、並びに視覚芸術および演じる芸術を含め、彼(女)らの科学、技術および文化的表現を統制し、発展させ、そして保護するための特別措置に対する権利を有する。

 採択された「権利宣言」の第12条と第31条は、次の通りである。

第12条
1. 先住民族は、自らの精神的および宗教的伝統、慣習、そして儀式を表現し、実践し、発展させ、教育する権利を有し、その宗教的および文化的な遺跡を維持し、保護し、そして私的にそこに立ち入る権利を有し、儀式用具を使用し管理する権利を有し、遺骨/遺骸の返還に対する権利を有する。
2. 国家は、関係する先住民族と連携して公平で透明性のある効果的措置を通じて、儀式用具と遺骨へのアクセスおよび/または返還を可能にするよう努める。

第31条
1. 先住民族は、人的・遺伝的資源、種子、薬、動物相・植物相の特性についての知識、口承伝統、文学、意匠、スポーツおよび伝統的競技、ならびに視覚芸術および舞台芸術を含む、自らの文化遺産、伝統的知識および伝統的文化表現ならびに自らの科学、技術、および文化的表現を維持し、統制し、保護し、発展させる権利を有する。先住民族はまた、このような文化遺産、伝統的知識、伝統的文化表現に関する自らの知的財産を維持し、統制し、保護し、発展させる権利を有する。
2. 国家は、先住民族と連携して、これらの権利の行使を承認しかつ保護するために効果的な措置をとる。

 翻訳者が異なることによる訳出の仕方の違いを措くと、第31条の内容がより詳しくなってはいるが、基本的な考え方はほとんど同じである。特に、草案第13条と現行第12条、そして遺骨の返還は、人権委員会以後の過程で論争の対象とはならなかったことを示している。さらに、重要なことに、作業部会/人権小委員会草案において初めて、「人間および他の遺伝学的資源(human and other genetic resources)」という文言が挿入されていることである。「権利宣言」第31条では「人的・遺伝的資源(human and genetic resources)」と「他の(other)」が削除されており、厳密にはここでの「人的資源」は人間の「遺伝資源」とは切り離されているとも論じられ得るであろう。いずれにしても、1989年の「ダイス第1次修正草案」から1993年に至る4年間に何が起こったのであろうか。それが、本稿のテーマであり、そこから第31条が意味していることがもっと明らかになるであろう。<P.S. 少なくとも、北海道アイヌ協会の解釈が曲解であることがわかる。

 ここまでがイントロの一部であるが、このブログでは、ひとまずここまでとする。

P.S.(おまけ):
ユネスコ「ヒトゲノムと人権に関する世界宣言」

C.ヒトゲノムに関する研究
第10条
ヒトゲノムに関するいかなる研究又はその応用も、特に生物学、遺伝学及び医学の分野におけるものも、個人の又は該当する場合は集団の人権、基本的自由及び人間の尊厳に優越するものではない。
http://www.mext.go.jp/unesco/009/005/001.pdf

 北海道アイヌ協会の理事会は、本当にややこしいところへ入っていく決定を下してしまったものだ。

*1: 1990年8月1日発行。多分、当時から誰も気づかないまま25年が経過したのではないかと思う。表紙のタイトルには「人権活動」なっているが、中表紙と奥付には「人権保障」となっているので、そちらを採用した。最終ページの「あとがき」に、「作業の都合上、最終文書のチェックは●●が行なったため、このブックレットにおけるすべての誤りは、●●に帰すことを明らかにしておきたいと思います」とある。

*2: 順に、9-13ページ、14-19ページ、23-25ページ、26-34ページ。

*3:以下、本稿においては便宜上、直接引用文を除いて、"(human) remains"への言及には「遺骨」と表記する。

*4: 「ダイス第1次修正草案」では、宣言のタイトルが"Indigenous Rights"(先住権)から"Rights of Indigenous Peoples"(先住民族の権利)と修正されており、これは民族の自決権を意識した意義深い修正であった。

*5: 同上、21ページ。

*6: アイヌ遺骨の祭祀承継者への返還とコタンへの返還の衝突を思い起こさずにはいられない。

*7:先住民族の権利に関する国際連合宣言(『先住民に関する国連作業部会』第11会期において合意された草案)[国連文書:E/CN.4/Sub.2/1994/2/Add.1]」アジア・太平洋人権情報センター(編)『アジア・太平洋の先住民族 権利回復への道』(解放出版社、1998年)、73-83ページ。

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