AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

「国際先住民の日記念事業」

 1週間ほど前に読者から、北海道アイヌ協会の今年の標記「記念事業」は宇田川洋、瀬川拓郎、加藤博文という3名の著名な考古学者を講師に招いて「考古と口承と史料から」と題する「事業」を行うそうだと情報を戴いた。もう少し詳しく知りたくて、北海道アイヌ協会のサイトを訪れたのだが、まだ何も出ていないようだった。インターネットやSNSの活用が得意な若い職員も採用しているというのに、どうしてもっと世に言うところの「情報発信」をしないのだろう(というコメントをよく戴くのだが、協会に直接提言して下さればよいのに)。

 「植民地主義、人種主義、そして遺伝学」(たまたま先ほど読んでいた海外論文のテーマだけど)というような題で北海道アイヌ協会が「記念事業」を開催するようなことを期待しても無理なのかな。(本ブログで考古学界を批判していたら今年のような企画になっているから、もしかしたら来年はそのような企画をしてくれるかな?)

 月末に発行予定の『ウレシパ・チャランケ』No. 49に、人類学(者)と人種主義の問題を扱う論文が掲載されるとのことである。


P.S.(2015.07.03):「まだ何も出ていない」というのは、間違いだった。読者が今年の「事業計画」を教えて下さった(p.8)。皮肉にもというか、面白いことに、その直前に「ホームページによる情報発信」と出ている。

P.S. #2: 『ウレシパ・チャランケ』No. 49の目次。

イヤイライケレー
オシケオップアイヌ(5)
人類学とインディアン‐ヘイティング
「先住民」の側に立つこと
「人類学とインディアン‐ヘイティング」に重なる「日本における今日的状況」について
概念の諸構造(7)――群論・自然学・神話論理――
アイヌ語地名考(9)オコツナイ、オコッペ――「安岐(あき)郷」と高尾(たかお)山――
報道より 「旧土人保護法」アイヌ民族に土地あたえたと改ざん
イベント紹介
編集後記
会報『ウレシパ・チャランケ』一口解説

P.S. #3(2015.07.19, 23:40):
 一足先に、印刷版を送って戴いた。

もし真に「解放されて」いるのであれば、人類学は、主として人類学者たちに意義がある問題よりも、権力の犠牲者たちによって重要と考えられている問題に集中するであろう。

一世代前、ベトナムにおける民族誌学(ethnography)の軍事的悪用をめぐるアメリカの人類学者たちの良心の大きな危機の最中に、ローラネイダー(Laura Nader)とキャスリーンゴフ(Kathleen Gough)が、同僚たちに「スタディアップ」するように――すなわち、自分たちの分析のレンズを無力な人々の悲惨ではなく、今日のグローバル社会における権力の機関に集中するようにと挑んだ。なぜ彼女たちの訴えが今もまだ完全に心に留められていないのか。

すなわち、抑圧の根源は、無知や誤解ではなく、権力である。

彼・彼女たちは、権力における差によって抑圧されているのであり、彼・彼女たちの敵対者の論理の力によってではない。

他者に対して暴力を動員することは、より多くの課税を行ったり、産業および軍事労働を組織したり、異議を抑えるために主流社会の内部における権力と暴力の使用の増大を伴う。攻撃性、欲求不満、そして不安の増大とともに、内部の階級、エスニシティ、そしてジェンダーの差異が際立つようになる。

目標は、人種主義的なスローガンを最も大声で叫ぶ人々にただ単に反対するのではなく、権力の根源を見つけ出すことであるべきである。

中心的な戦略課題は、その組織の権力の源――現代政治学の術語では、その権力資源――であり、それは、部分的に、その社会基盤、より広範囲の利益集団にとってのその功利性、そして国家官僚組織の場合、その法的地位から生じることがある。この分析なしには、どのようにすればそれは最も効果的に挑戦あるいは宥められ得るのか、どこでその社会基盤は侵食され得るのか、あるいはどのようにしてその行動が無力化され得るのかを知ることは不可能である。

搾取されている人々を解放するためには、人類学者は、自分たち自身の社会を解放しなければならない。彼・彼女たちは、権力の獲得と使用を研究することから始めて、抑圧を正当化するために歴史的に利用された情報と理論の源としての人類学の役割を認める必要がある。彼・彼女たちはまた、一つの学問分野として、人類学そのものを解放することで「教会」に直接に挑戦する必要もある。

それとは対照的に、アイヌ民族を抑圧し、差別している日本という国の政治・経済・社会構造や権力の源泉と行使などをアイヌ民族が、あるいはアイヌ民族と、学び、理解することを補助したり、協働する「イベント」は圧倒的に少ない。人類学だけでなく、社会科学の貧困でもある。

広告を非表示にする