AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

「自由と平和のための京大有志の会」の声明書(全文)

■「自由と平和のための京大有志の会」の声明書(全文)

戦争は、防衛を名目に始まる。

戦争は、兵器産業に富をもたらす。

戦争は、すぐに制御が効かなくなる。

戦争は、始めるよりも終えるほうが難しい。

戦争は、兵士だけでなく、老人や子どもにも災いをもたらす。

戦争は、人々の四肢だけでなく、心の中にも深い傷を負わせる。

精神は、操作の対象物ではない。

生命は、誰かの持ち駒ではない。

海は、基地に押しつぶされてはならない。

空は、戦闘機の爆音に消されてはならない。

血を流すことを貢献と考える普通の国よりは、

知を生み出すことを誇る特殊な国に生きたい。

学問は、戦争の武器ではない。

学問は、商売の道具ではない。

学問は、権力の下僕ではない。

生きる場所と考える自由を守り、創るために、

私たちはまず、思い上がった権力にくさびを打ちこまなくてはならない。

出典:増谷文生「学問は権力の下僕ではない…京大有志の声明、共感広がる」朝日新聞デジタル 2015年7月18日22時20分

自由と平和のための京大有志の会

賛同いただける方はこちら!
 私も賛同署名をしました。もちろん本名で。

 「そこに楔を打ち込めば良いものを」と書いたこともあるが・・・。


P.S. #2(2015.07.22):上記サイトに「どのような場でどのように用いたのかを事後的にでも連絡してくださるとうれしいです」と書かれているので、この記事のURLをお知らせしようとしたのだが、二重署名にならないように、それと匿名のブログであるがゆえに、他の項目の記入を省いたら送信できなかった。この追記が関係者の目に留まればうれしいです。


P.S.(2015.07.19, 23:30):
 「アイヌ政策有識者懇談会」には「民主主義とはつまるところ多数決である」と言い切った憲法学者もいたなー。もっとも、彼でさえ今の動きには反対するだろうとは思うけれど。

 「民主主義とはつまるところ多数決である」と言い切って、力の論理を肯定することにも問題がある。多数決主義は、「民主主義」と呼ばれている政治体制の一形態に過ぎない。多数決主義の問題は、近年の合理的選択理論を引くまでもなく、既に約175年前に「多数者の専制」としてトクヴィルに指摘されている。

 (「175年前」というのは、これを書いたのがもう6年ほど前だから。)

 こちらに追記あり。

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