AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

第7回アイヌ政策推進会議議事概要

 10月1日に開催された第7回アイヌ政策推進会議の「議事概要」が、7週目でようやく公開された。全8ページ。今日公開されたばかりではないかと思う。時間がないので、まだ読んでいない。お知らせだけしておく。


P.S.:これは、誰の発言だ!? 「アイヌ系」と2回も! しかも、これは何の会議だ? ここでも、誰も、何も言わなかったようだ。一昔前のアイヌなら、きちんと主張したのではないかと思うが、どうかな。

アイヌの伝統や文化に対して、アイヌの人々の主体的な参加が重要であり、そういう意味では、「民族共生の象徴となる空間」における博物館の初代館長もできればアイヌ系の方が望ましかったのですが、必ずしもアイヌの方でなくても、そういった施設の運用に十分素養のある方になっていただいて、その上でアイヌの方の声も反映するということでいいのではないかと考えています。
 ただ、主体的参加において、特に博物館の運営のようにいろいろな問題が絡まる場合は、経験とそれに耐え得る学識が必要です。明治の近代化以来、アイヌの言葉を意図的になくしたわけではないが、結果としてはそれがなくなり、言葉を根幹とする文化そのものが非常に危機的な状態にあることから、そういうものを担える人々を教育し養成する。とりわけ早期の語学教育が重要です。今後は政策の一つの柱として、アイヌ系の方が主体になり得るような教育、さらに人材の育成という点にお力をいただきたいと思います。
(3-4ページ)

 「その上でアイヌの方の声も反映する」。「主体的な参加」という日本語は、そういう意味だったのか! 知らなかったなー。


心の声を聴きなさい!
"Listen to your heart - Roxette. Lyrics HD" posted by Canal de esbesdi at https://youtu.be/MLGrnmRJVS0


P.S. #2:「議事概要」がその場の雰囲気をそのまま伝えているとは限らないから、その場で何か主張したアイヌの「代表」がいるのかもしれない。そして、「議事概要」からその発言が削除されたとか、あるいは「自主撤回」したとか。だが、それは考え難そうだ。

 これは、あの元札幌市議たちが言っていたことと同じメンタリティーではないのか? 皆さん、物分かりのよい「大人の対応」を心がけたのだろうな。「会議は冒頭から紛糾」なんてことになれば、格好のマスコミネタになって、日ハムのバナー撤去くらいでは済まなかっただろうから。

 もしかしたら冒頭で小さな悶着があって、最後に、「まあまあ、民族強制の象徴空間の完成を祝って、2020年に世界的なお祭り騒ぎを一緒にやりましょう」で収まったのかもしれない(単なる邪推)。それにしても、「零点何%」を最小の0.1%と見ても35万人! そりゃ「すごい数になる」でしょう。
 それにしても、この程度の提案をするために国連の元委員の出席が必要なのだとは! 委員たちにとっても、首相官邸の会議室の椅子は、もの凄く座り心地の良いものなのだろう。

P.S. #3:もう1つの、もっとありそうな推理は、こうである。「推理」とお断りしておく。時々当たることもあるが、事実として拡散されると困る。誰かから内部情報を取得しているわけでもない。

 この会議の目的は、政策推進作業部会から上げられた「報告」をつつがなく、粛々と認めるということであった。しかし、「民族強制の象徴空間」の管理を巡る、以前から物議を醸している課題があった。そこで、会議を運営する側としては、政策推進作業部会のメンバーではなく、形式上は「中立的」に見える立場から、権威あるこの人物(仮にA委員としておく)に「客観的」な意見を述べてもらいたい。A委員は、忠実にその役割を果たし、アイヌ民族、いや北海道アイヌ協会を管理運営から外す方針の「合理性」を説いた。
 ところが、上手の手から水が漏れたというか、弘法も筆の誤りというか、恐らく若い頃に心の底に刷り込まれていたのであろう言葉が、ポロッと出てしまった。

 生命倫理研究の国際的動向を読み間違えた北海道アイヌ協会が遺骨のDNA研究を進めることも困ったことであるが、しかし、アイヌ民族全体を代表すると公言している人たちが、ここまで言われて、よくも黙って帰ってきたものだと思う。いっそのこと、「ここにいる私たちは、アイヌ系のハプロタイプXXX型と○○○型・・・だけど、あなたは何系何型ですか」と問うてくればよかっただろう。2020年以降は、「民族強制の象徴空間」でそういう話し方がされるようになっているかもしれない。

 A委員は、「そういった施設の運用に十分素養のある方」が、北海道アイヌ協会の外の、日本全国のアイヌの中にもいないというのか。このような、アイヌ語が「危機的な状態」に至る過程の認識で、「担える人々を教育し養成する」というのか。

 私が怒っても仕方ない。「相手に逃げ道を作ってあげるのがアイヌ精神」(K.T.氏の箴言)らしいから、こういうのはどうかな? Y委員が提案している世界先住民族祭り(ここでの仮称)でA氏がこの歌を歌うというのは。

 イギリスなら、今頃、「博物館の初代館長は誰になるのか」という賭けのサイトが立ち上げられているかもしれない。


 ※本日、やっとGoogleからブログトップへのアクセスが「『自由と平和のための京大有志の会』の声明書(全文)」を追い抜いて1位となった。それだけ、このブログの主題とは違う記事の方が人気があったということで、複雑な気持ちだった。Yahoo検索からのアクセスは、まだまだだ。


P.S. #4:前にも似たようなことを書いたので書かずにいたら、読者からご指摘いただいた。

わずか40分ほどの会合のために北海道から大挙出向くとは、どんだけお忙しい方たちなのやら。しかも「ありがたい、ありがたい」の連発、大名の将軍家への謁見と変わるところがない。

 予測しておいたことだけど、これほどまでに形骸化してしまった会議も珍しいのではないか。それとも、第6回は僅か30分の会議だったから、10分延びた分だけ「一定の進歩」だと誰かさんたちは仰るのかな?
 たまたま今日読んでいた、1995年のアメリカの先住民族関連の裁判の判決文の中に、こういう引用があった。

密室での、そして非公開記録の非公式な決定作成は、そのように重い問題の決定には適切な過程ではない。

アイヌ政策を追っている――もしいるとすれば――ジャーナリストたちは居眠りしているのかもしれないから、将来の歴史家たちは――もし出てくるとすれば――このような儀式の裏のやり取りを明らかにせねばならないだろう。

 発言が誰のものかは一目瞭然であるが(発言者を伏せる意味があるのだろうか)、今回は記さないでおこう。
 「言葉の体温」(3ページ)は、きっと生温か(lukewarm)かっただろうな。このリンク先の下から2つ目の名言は、「アイヌ系」発言の人へ贈ろう。

善意の人々からの浅い理解は、悪意の人々からの完全な誤解よりもフラストレーティングである。

 これも含めて、アイヌ政策関連会議は、「インクルージョン」の問題点を浮き彫りにしている。


P.S. #5アイヌ系の方」って何だ?
 約7週間かかって作成した「議事概要」に「アイヌ系の方」が残されているということは、どういう意味をもつのだろうか。官房長官の前で既に発言を終えた「アイヌ系の方」は、ホッとしてA委員の発言は聞いてなかった? その後の発言予定の「アイヌ系の方」たちは、発言用原稿に目を落としてリハーサルに余念がなく、A委員の発言は聞いてなかった? しかし、「議事概要」の内容確認過程で誰も指摘しなかったことも問題だろうが、この時も、自分の発言内容だけを見て、他人の発言には注意を払わなかった?(「忙しい」人たちは、よくこれをやるんだよね。)でも、これは、日ハムのバナー問題よりも深刻な問題ではないか? なぜなら、政府の政策決定機関での政府が任命した「有識者」の発言であり、現在のアイヌ政策がすべてそこへ向って進んでいるからである。つまり、「先住民族としてのアイヌ民族政策」などというのは単なるレトリックにしか過ぎず、「民族的マイノリティ」に対する「対策」である。
 会議のメンバーの全員が、グループ思考の中で、誰一人として指摘しなかった。アイヌ「民族」の「代表」たちとて! そして、それを公文書の記録として残された。これまで書かないできたが、これは、有識者懇談会以降の政治過程を観察する中で、私が危惧してきたことの一つである。北海道旧土人保護法制定の意図が何だったのかと、教科書検定を巡って議論されている。今から50年、100年後、アイヌ民族の「代表」も参加して、率先して賛同したと、このような記録を利用されて言われることであろう。
 「アイヌ系」が何を意味するのか。「民族強制の象徴空間」と引き換えに、アイヌ民族の権利運動の歴史が30年、40年前に押し戻されている。

P.S. #6:一大事業の完成記念祭
 この会議で3回ほど同じ事を言えば、実現の運びとなる。「アイヌ政策」という名で進められている事業に関心のある方は、この会議を何回か遡ってみるとよい。Y委員が「提案」しているお祭りは、実現されることであろう。それは、決してY委員からの提案というよりは、北海道アイヌ協会を含めた産官学共同体が考えていることを、「有識者」が発案しているような形式的手続きを取っている。「アイヌ系の方[々]」が世界の「先住民族」を招いて、「民族強制の象徴空間」で一大イベントを観光するわけである。ここで大きな役割を果たすのが世界に知られている北海道アイヌ協会の「顔」であり、「政策推進」予算で「海外研究交流」を行っている北海道大学を中心とする研究者たちであろう。
 まぁ、それでみんなが幸せになれるのなら・・・と、またあの歌が聞こえてくる。
 (このエントリーでは誤変換がよく起こる。ここでも2つ出てきているが、そのままにしておこう。)

P.S. #7:今月上旬に環境の「執事」(steward)について書くことがあった。その後、一息つくのに、書棚に載ったままで読みあぐねていた本を読み始めたら、なんという偶然か、大英帝国の「執事」のお話である。そして、冒頭から次回のテーマである「風景」の話が出てくる。
 ところで、文脈はまったく異なるが、このようなセリフが登場する。

「過ち自体は些細かもしれません、ミスター・スティーブンス。でも、その意味するところの重大さを、あなたももうお気づきにならなければいけませんわ」

カズオ・イシグロ土屋政雄訳)『日の名残り』(中央公論社、1994年)、81ページ。


P.S. #8:追記はもう終わりのつもりだったけれど、あと1つ。
 誰かが財団にでも助成金を申請して、これまでの政策推進会議と作業部会の議事概要を英訳するプロジェクトを始めるとおもしろいのではないだろうか。もちろん、アイヌ総合政策室がやってもよい。有識者懇談会の報告書は英訳しているのだから。