AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

上の写真:ジュネーヴのサン-ピエール大聖堂からレマン湖を望む。

先住民族の文化と権利の結合

 投稿本数は少ないが、1本1本の記事をじっくりと練って書いておられると思われる方が、最新の記事でこのブログを紹介して下さっている。(にもかかわらず、ほとんど読者が重複しているのか、常連訪問者の数はあまり変わっていない。)「とても充実した内容だ」と褒められると、かつてのような道楽記事を投稿しにくくなるというプレッシャーを感じてしまう。

 さて、「第7回アイヌ政策推進会議議事概要」の記事をトップに置いたままにしておくと、自身の団体の矛盾にブログを更新しづらそうな方がいるようなので、某所に寄稿予定の翻訳原稿から一部を少し編集して、本ブログの読者に特別に事前提供することにした。出典その他の情報は掲載誌に明記するので、ここではただの娯楽読み物として読んでいただければよい(転載・転送厳禁)。決して、Googleで逆翻訳して出典を探そうとしたり(その防止策として一部を伏字にするが、無駄かもしれない--彼は元気にしているかな?)、現在この国で進行中の状況とあらぬ類推をしたりしないでいただきたい(特に下線による強調部分)。

先住民族の権利の源

 富を共有する社会システムは、ある種の財産権の存在を必然的に含蓄します。●●●民族の伝統法は、例えば家族の名前と歌のような、承継特権と、精神世界によって立派な個人に授与される「力」を認めていました。専有の漁場と潮干狩り場は、その両方の性格を少しずつもっていることがあり得ました。すなわち、単純な直系の承継とは対照的に、家族の中のそれに値する個人が場所を相続したものでした。立派であることは、謙虚、努力、そして結果によって試されました。すなわち、若い男女は、断食、飛び込み、そして沐浴によって、自らを精神的に清めて、不可視の世界の力強い生き物の注目を惹き付けようとしました。しかし、彼・彼女たちはまた、果たさねばなりませんでした。水面下の力の才があると主張する若い男女は、彼・彼女たちの網が魚で一杯かどうかを確認するために注意して見守られました。
 懸命に働いて自分の力あるいは才能を実証する良き家族の人々は、リーフネット漁場、貝床や他の生産的な資源における遺産相続を主張することができましたが、これは、ヨーロッパの法律の意味での「所有権」ではありませんでした。

 先住民族の権利に関する国連宣言の前文第7段落および第11段落には、先住民族の固有の権利を承認して推進することの緊急の必要性が認識されており、その固有の権利は、先住民族の「政治的、経済的、そして社会的な構造」から、また、その「文化、精神的伝統、歴史および哲学」から由来すると明記されている。先住民族のそのような権利の中で、特に「土地、領域、および資源に対する権利」の重要性が強調されている。さらに、「先住民族の知識、文化、伝統的な慣行」を尊重することが「持続可能で公正な発展および環境の適切な管理に寄与する」ことも、同権利宣言は認めている。

サミッシュ民族の「最初の鮭」の儀式の背後にある物語

クヮアルートはロザリオ ビーチの岩礁で貝を集めていました。そこには、サミッシュのロングハウスが何世紀も前にありました。一人の美男子が海から現れて、彼女に言い寄りました。彼女はとても恥しがりでしたが、彼は来る日も来る日も戻ってきて、ついに彼女は最終的に、彼を自分の両親に紹介することに同意しました。彼がロングハウスを訪ねて来た時、彼は、自分の家族はとても裕福で、そして海に大きな饗宴会場を持っていると説明しました。家族の人々は、素晴らしい親戚になるでしょうと。そして、クヮアルートは、彼女の家族に会うために毎年、帰省することができますと。結婚が取り決められ、若い二人が海に戻る前に、二人のために饗宴が開かれました。
 毎夏、クヮアルートは、帰省をしました。最初の年、彼女の母親は、彼女の脚の数枚の鱗に気づきました。翌年、彼女の腕にいくつかの小さな鰭が生え始めていました。クヮアルートが3年目に帰省した時、彼女は、髪の代わりに昆布を生やしていました。4年目、クヮアルートは、まさに鮭のように見えました。なぜなら、それがまさに彼女そのものであったからです。クヮアルートは、鮭の人々の家に嫁いでいたのです。そして毎年、彼女は、彼女の人間の親戚たちの家で饗宴に加わるために、彼女の子どもたち全員と戻ってきました。

この物語は、私たちに、サミッシュの人々には鮭は親戚であるから鮭を獲って食べる権利があると教えてくれます。私たちの鮭の親戚によって自活する権利とともに、私たちが私たちの人間の親戚に負っているのと同じ度合いの敬意をもって鮭たちを扱う責任が生じます。すなわち、鮭が私たちに食べさせてくれるように、鮭たちに食べさせること、そして、粗末な扱いや不正義から鮭たちを保護することです。もし私たちが、鮭が粗末に扱われることを許せば、鮭たちは、ちょうど人間の親戚たちと同じように振舞って、もはや私たちの家にやって来ないでしょう。この予感、この確信はまた、次の漁労唄にも反映されています。鮭は、ただの動物ではなく、私たちの家族の権威と知恵を持った年長の一員なのです。私たちは、謙虚でかつ感謝しなければなりません。もし私たちが残忍で傲慢であれば、私たちの年長者はやって来ないでしょう。


彼がやってきている――私の兄が!
ようこそ、私の兄よ!
    ――1942年に録音されたジュリアス チャールズのリーフネット詠唱。