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AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

もう一度、シャクシャイン像の建て替えをめぐる現代的文脈

 シャクシャイン像の建て替えを位置づけるべき背景についてはこちらの記事のP.S.に記しておいたが、北海道在住の歴史研究者である平山裕人さんが、去年、「シャクシャイン義経伝承、『犬祖』伝承、そして先住権」という論考を『ウレシパ・チャランケ』No. 46に寄稿されていたのを思い出したので、紹介しておきたい。

 私は5つぐらいに分けたことがあるが、同氏は、今の「アイヌ民族の位置をめぐる立場として、アイヌ民族不在/消滅論、日本政府との協調路線、植民地支配の承認と「先住権」を考える立場の3つに分けている。そして2つ目の協調の立場は、「日本政府と協調しながら、アイヌ研究を、そしてアイヌ文化を発展させようというもの」であるが、「日本の国がアイヌモシㇼを侵攻した事実をぼかし、政府の謝罪を含む、アイヌの先住権に発展しないように、巧みに世論に働きかけ」るものだと論じている。
 
 アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会の「報告書」に目を向け、次のように分析しながら、これが、上の2つ目の立場のものであることを指摘している。

 「有識者」懇の答申では、アイヌ史を21ページに渡って、概観します。その手口はあざやかで、実にわかりやすい。相当、アイヌ史について詳しい方による文だとわかります。
 しかし、大正デモクラシーのときの民族自立の記述が極めて弱く、アイヌ協会の成立や近文アイヌの運動については、全く触れられていません。
 1984年に、ウタリ協会がアイヌ新法を求め、ここから先住権を求める闘いが始まるのに、この流れは無視です。
 これほど、アイヌ史に造詣がありながら、民族の自立、先住権の話題に触れない。これは、意図的なものと見なければなりません。「有識者」懇が、政府とのやり取りで妥協を強いられながらでも、先住権獲得へ一歩でも進めようという考えがあるのなら、何を差し置いても、アイヌ民族の自立の歴史に注目しなければならない。それを敢えて「触れない」のは、そういう考えが全くないということです。しかし、重要な史実を「なかったことにする」ことは、後世の評価に耐えられないでしょう。これは、先ほどの「アイヌ民族の位置」に関しては、二つ目の立場に入ります。いわば、「アイヌ文化の研究、そしてアイヌ文化の発展」はおおいに求めるが、アイヌの先住権については、口をつぐむのです。

 現状では、広義のアイヌ文化政策すら後退してしまい、本当に「アイヌ文化の発展」が意図されているのかさえ疑わしいと私は考えているが、先へ進もう。
 次の節で「静内の『松浦武四郎の碑』建立式」が取り上げられている。そのまま紹介しておきたい。

 静内(新日高町)と言えば、アイヌ史の中で、忘れてはならない地です。
 シャクシャインの戦いは、アイヌと和人の最大規模の戦いですが、その発火点となった地が、シブチャリ(静内)です。
 シャクシャインの戦いを抜かして、アイヌ史は考えられないと言っても、過言ではありません。
 ところが、静内の観光をめぐって、信じられない提言があったと言います。石純姫『北海道で朝鮮人アイヌ民族は記憶されているか』によれば、2012年5月12日、静内のシャクシャイン記念館において、「松浦武四郎の碑」の建立式(シャクシャインの碑でないことに注目)があったそうです。シャクシャイン記念館でなぜ時代も違う、民族も違う松浦武四郎を顕彰するのか、違和感を覚えます。しかも、建立式の「勉強会」では、北大アイヌ先住民研究センターの方の講義があって、シブチャリに流れ着いた身分の高い女性と、その世話をした犬が結ばれ、その子孫がアイヌになったという伝承(『蝦夷島奇観』掲載~1799年)を取り上げたそうです。そして、「アイヌ観光として白老に一歩遅れを取っている静内においては、このような伝承こそを観光の戦略として用いてはどうか」と提言したと言います。
 シャクシャインではなく松浦武四郎を、シャクシャインの戦いではなく、アイヌの「犬祖」伝承を……。建立式には町長代理とアイヌ協会支部長の挨拶と除幕式があったそうですが、アイヌの戦いの象徴となる地において、町もアイヌも巻き込んでの、歴史認識の転換が仕組まれたとも言えそうです
 アジア・太平洋戦争の植民地支配と侵略を肯定する人々が、「日本軍『慰安婦』はいなかった」「南京虐殺はなかった」と、歴史認識の転換を迫れば、「歴史の改ざんだ」とハレーションが起きます。それに比較し、この「和人のアイヌモシㇼ侵攻」の歴史認識転換の、何とソフトなやり方か、だが、何と巧妙で狡猾なことか。知らないうちに、町もアイヌ協会も加担させられているのですから。「和人がアイヌモシㇼを侵攻した」という事実から、アイヌ民族の先住権が導き出されるのですが、そこから歴史認識を取り去り、アイヌ文化のみを扱おうという政策が、ありありと見えます。

(引用はすべて、7-8ページより。強調は追加。)

 産官学複合体による典型的なアイヌ民族の観光資源化ではないか。

 静内と言えば、数年前に亡くなられた、北海道ウタリ協会元理事長の秋田春蔵氏を思い出す。小川隆吉さんが昔語りの中の「アイヌ民族共有財産裁判のこと」という章で、北海道ウタリ協会からの支援がない中で「秋田春蔵さんが理事長になったときにアイヌの衣装を着て裁判に駆けつけてくれたのは嬉しかった」(p. 165)と述懐している。
 個人的な関係はここでは伏せておくが、秋田さんは、今のシャクシャイン像に深い愛着を持たれていたのではないかと思っている。

P.S.(2016.12.18):新しい著書が出たようである。