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AINU POLICY WATCH

――In Light of the U.N. Declaration on the Rights of Indigenous Peoples――

「シャクシャインの秘宝」(revised)

 2015年3月、北海道博物館の開館準備中に北海道開拓記念館の収蔵品倉庫から1枚の変色した文書が見つかった。それには、シャクシャイン像が建立された時、密かにアイヌの財宝がその台座の下に埋められたことが記されていた。しかし、開館に合わせて展示されようとしていたその文書が、4月の開館直前になって行方不明となった。3月の某日の深夜、何者かが博物館に忍び込んで、その文書を盗む様子が防犯カメラの映像に残されていたが、犯人を特定できる物は何も映ってはなかった。
 数ヵ月後、この犯人たちは・・・・・・などと、ミステリー小説の構想を練っていたら、ナント!、シャクシャイン像のモデルであったアイヌエカシが、像の建立時に「シャクシャイン像の右腿にアイヌが使用したいろんな小物を埋め込んだ」そうである。
 シャクシャイン像の建て替えをめぐって、「シャクシャインではなく松浦武四郎を、シャクシャインの戦いではなく、アイヌの「犬祖」伝承を」などと企図するよりは、今の像をそのままにしておく方が、個人的には、よっぽど「ロマン」があって良いような気がするのだが・・・。(読者が早とちりしないように、念のためもう一度記す:冒頭の話は、フィクションであり、ただの構想である。)

P.S.(2016.01.19):
 シャクシャイン(像)の観光資源化に対する地元ウタリ協会の考え方が大きく転換したという印象を強めているが、今後どうなるのだろうか。

 1950年代~1960年代のシャクシャイン祭りの観光資源化や熊祭りに対するアイヌと和人それぞれの態度については、東村岳史『戦後期アイヌ民族‐和人関係史序説―1940年代後半から1960年代後半まで』(三元社、2006年)の第2章「『熊祭り』の政治学」、特に、その「表2『熊祭り』関係新聞記事一覧」を含めて、「シャクシャイン祭における『熊祭り』の顛末」(pp. 84-101)が参考になる。
 類似した議論が、もっと大々的に、2020年のオリンピック開会式などへの参加の対応をめぐって繰り広げられるのかもしれない--だろうか?